59 / 239
54 過日、ダンジァ
しおりを挟む◇
廊下に出て静かに扉を閉めると、ダンジァはふっと小さく息をついた。
辺りに誰もいないことは、部屋の中にいたときから確認済みだ。騏驥の耳なら部屋の外の音も聞き取れる。周囲に人がいないことを確かめて白羽の部屋を出たから、誰かに見られた心配はない。が、それでもさすがに緊張していたようで、歩き始めてすぐに、妙に身体がぎくしゃくしていることに気づいた。
城住まいでも、自分はまだこの場所に慣れていないようだ。
ダンジァは努めて落ち着いた素振りで城の廊下を歩き、自身の控室を目指す。
宴の準備のための、騏驥たちと設営との連絡係を引き受けて正解だった、と思う。
でなければ白羽のあの酷い様子にも気付けなかっただろう。あのまま独りにさせていたらどうなっていたかと思うと、他人事ながら胸が痛い。
(結局、シィンさまが懸念していた通りになっている……)
ダンジァは過日のシィンとの会話を思い出し、密かに眉を寄せた。
◇
『……父上はいったい何をお考えなのか……』
二人の逢瀬のための秘密の部屋へやってきた途端——先に来ていたダンジァの顔を見た途端、シィンは疲れたような顔を見せてそう言った。呻くように、大きな溜息とともに言うと、ダンジァに胸の中に飛び込んできた。
いや——倒れ込んできたというべきか。
弱り切ったような困り切ったようなその様子には、ダンジァも心配で顔を曇らせてしまったほどだ。
『……拝見してもよろしいですか』
シィンが手にしているものを意図しながら尋ねると、シィンはダンジァの胸の中で『うん』と頷く。
『父う……陛下からのものだが、封はもう解いてある』
そう言うと、シィンは持っていた紙をダンジァの手の中に滑り込ませてくる。
ダンジァはシィンをそっと抱えると、そのまま近くの長椅子に腰を下ろした。
膝枕してやる格好でシィンを一旦横たわらせると、ダンジァは改めて手の中の文を開く。
そこに記されていたのは、騏驥を宴に出席させるようにとの通知だった。まだ内々のことだが、五変騎全てを揃えた宴を催す予定である……そういう報せだ。
『…………』
ダンジァもさすがに絶句した。
一応、慰労という理由はついてはいるが、この内容をそのまま読めば、騏驥だけを宴に出席させろ、ということになる。騎士についての記載がまるでないのだ。もちろん、許可があれば騏驥単独で行動することもできるが、王が催すような宴の場に騏驥が単独で並ぶなどありえない。
それでは見世物と同じだ。
そんなダンジァの胸の内を察してか、シィンは再びはーっと息をつくと、困ったような顔でダンジァを見上げ、そして眉を寄せて目を閉じる。
『陛下にはお断り申し上げた。断ったと言うと外聞が悪いな……”この催しは難しいと思われます”とご助言申し上げた。ご希望に沿う形は無理でしょう——とな』
『…………陛下はご機嫌を損ねるような……』
『もちろん損ねた。いや、損ねた——らしいと聞いている。が、止むを得まい。わたしは騎士として間違ったことは言っていない。わたしは王子だが騎士なのだ。自分の騏驥を無意味に人前に晒す気はない。見せびらかすのはやぶさかではないが、これは違うだろう』
『…………』
『それは他の騎士も同じはずだ。名誉なこと、と陛下は言うが……』
シィンは語尾を濁す。
あまりに自分勝手なふるまいとはいえ、自身の父親を非難し続けるのは辛くなったのだろう。
しかしダンジァだって、そんな宴に出たいと思わない。シィンの父親である国王がシィンに対して冷淡な態度であったところを、ダンジァは既に目撃しているのだ。王とはいえ、そんな人物に呼ばれて嬉しいとは思わない。
シィンはダンジァの手を取ると、甘えるように弄ぶ。しばらくそうして落ち着いたのだろう。彼は静かに続けた。
『だが……これで考えを改めていただけるかどうかはわからぬ。いや、おそらく形を変えての命令になるのだろう。父上はなんとしても五頭を集めたいようだ』
『なぜでございましょうか』
『わからぬ……。おそらくは慶事があるという言い伝えを信じておられるのだろう。迷信だろうと思うのだがな。でなければ凶事が起こる可能性もあるのだ。そんな賭けのようなことはすべきではない。それに、珍しいとはいえ騏驥が数頭集まっただけで吉事が続くなら、日々疲れるほど政に勤しむ必要などないではないか。そうは思わぬか?』
微かに唇を尖らせて、シィンは言う。その子供っぽいような仕草に、ダンジァはつい笑ってしまった。可愛らしい。
普段は王子として、若いながら威厳ある態度のシィンだが、二人だけでいるときは年相応の——むしろそれよりも子供のような表情を見せることがある。いつも張り詰めている気持ちを自分の前では緩めてくれているのだと思うと、それもまたダンジァには嬉しいことだ。
シィンは続ける。
『だが、父上は目出度いことと信じておられるようだ。もしくは——在位中に五頭全てを揃えた数少ない王の一人として名を残したいのか……』
無意味なことだと思うのだが。
ぽつりと零れた声は、小声だが危険な発言だ。誰からも聞かれる心配のないここでしか言えないことだろう。
この部屋はシィンが張っている結界のために、通常は部屋の場所さえわからないようになっている。シィンが結界を緩めない限り『塔』の魔術師でも簡単には位置を特定できないようだから、ほぼ完全に外界から隔絶された場所ということになる。
心から寛げる繭のような部屋の中、シィンはいっそう不安そうな面持ちを見せる。
『最近の父上は……少し……思い付きで行動なさることが多いような気がしている……。以前から周囲の意見を聞きすぎるきらいのある方だったのだが、前はもう少し色々と吟味してから動いていたような気がするのだ。本来は慎重なお方だからな。だが……』
最近はそうでないことが多くなっている気がする、とシィンは言う。
騏驥であるダンジァは王と対面することはまずないが(正式に騏驥になったときとシィンの騏驥となって入城したときぐらいだ。それも遠くに座る王に対してほぼずっと頭を下げていただけなので会ったとはいいがたい)、息子であるシィンが言うならそうなのかもしれない。
仲が良くなく、ほとんど顔を合わせない親子とはいえ、行事などがあればまったく会わないわけではないだろうし、人を介して聞こえてくる話もあるだろう。
11
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説

カランコエの咲く所で
mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。
しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。
次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。
それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。
だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。
そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる