前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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53 王城での宴へ(4)

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 そう考え、我知らず俯いてしまっていたためだろう。

「お疲れですか? 馬の姿の方が楽なら、変わっても——」

「い、いいえ」

 心配するように言ってくれたダンジァに、白羽は首を振る。大丈夫だ。
 サンファが来てくれて、ダンジァが気遣ってくれたからもう大丈夫だ。独りじゃない。ただ騎士がいないだけで。
 離れていても信頼できるような——そんな主が、いないだけで。
 しかしそんな白羽の様子をどう思ったのか、サンファが口惜しそうに言った。

「白羽さまがお疲れになるのもお加減が悪くなるのも当然です。どうしてこんな……亡き陛下を思い起こさせるような場所にお一人で……」

「——サンファ」

 彼女の言葉は間違っていない。けれど、ダンジァに愚痴を言っても始まらない。むしろ過去に囚われ続けている軟弱な騏驥だと思われるかもしれない。
 しかし、そんな白羽の心配に対し、返ってきたダンジァの言葉は思いがけないものだった。

「……そうですね……」

 彼は、この場所にいることを辛く感じる白羽の胸の内を察しているかのように顔を曇らせてしみじみと言う。驚く白羽に、彼は続ける。

「大体の事情は、シィンさまから聞いています。この辺りは前王陛下の思い出の残る場所だとか……。辛いだろうと思います。せめて何か慰めになるものがあればいいのですが……」

「いえ……」

 気にしないでください——という代わりに、白羽はダンジァを見つめる。彼の言葉からは、単なる同情以上の想いが感じられたためだ。
 と、ダンジァは昔を想うような貌で言う。

「貴方ほどの辛い思いをしたわけではありませんが、自分も以前、『この方こそ』と思っていた騎士の方と別れたことがあるのです。そもそも自分を選んでくださっていたわけではありませんし、全て自分が至らなかったせいなのですが……。それでも、ずっと憧れていた方でしたので、いっときはとても辛い思いをしました」

「…………」

「今、その辛さや哀しみを引きずらずにいられるのは、幸いにして——本当に幸いにしてシィンさまに出会えたからです。もしそうでなければ、自分もずっと過去を想って過ごすことになっていた気がします」

「…………」

「そんな状態のまま、もし自分も同じような状況に置かれたら……思い出の場所に一人で居なければならないとなったら……きっと自分も、動揺して辛くて堪らなかったと思います。ですので……貴方の辛さのいくらかは、わかるつもりです」 

 最後はしみじみと、ダンジァは言う。
 白羽はダンジァを見つめ返した。

 騏驥から見ても立派だと思える体躯。そして知性。シィンに望まれて入城した騏驥。ならば能力もきっと素晴らしく、秀でた外見と相まって、どんな騎士からも引く手数多の、優秀な——苦労もない騏驥だったのだろうと思っていたのに。
 そんな彼でも、思い出の場所には居たくないと思うような、そんな辛い別れをしたことがあるというのか……。

 けれど、今の彼は新たな主を得て、悲しみや辛さを跳ね返す強さを得た——。

(わたしもそうなれるのだろうか……)

 ティエンを忘れられない自分が悪いのだろうか。
 忘れれば、レイゾンは真の意味で白羽の主となってくれるのだろうか。

 でも。

 忘れられないのだ。
 忘れ方が、わからない。

 それに、自分たちはダンジァとシィンのような関係ではない。彼らは自由な中でお互いがお互いを望み、騏驥とその主という強い関係になった。
 けれど自分とレイゾンは……全欧の喪に服し続けて碌に走ったこともないお荷物のような騏驥と、それを押し付けられた騎士でしかない。彼は自分を望んだわけではないのだ。

(でも……)

 優しさや思い遣りのない方ではない、と思う。
 レイゾン本人は貴族ではないことを気にしているようだけれど、騎士としては悪い方ではないと思うのだ。そもそも驥騏にとって貴族かどうかなど関係ないのだから。
 ならばいずれは……自然といい関係になれるだろうか。それは甘い考えだろうか?

「わたしたち……も…… 」

 白羽は思わずダンジァに尋ねかけ、慌てて口を閉じた。
 恥ずかしい。そんなことを尋ねるのは、今現在、自分と主とが上手くいっていないと打ち明けているようなものだ。そんなみっともないこと、すべきじゃない。

「……白羽……?」

 すると怪訝そうにダンジァが顔を覗き込んでくる。誠実そうな瞳だ。こういう騏驥だからシィンにも信頼されているのだろう。お互いを信じ合えているに違いない。
 自分との——そして自分たちとの違いを改めて感じながら、白羽は小さく首を振った。

「なんでもありません。失礼しました」

「本当に? そろそろ姿を見せなくては周りにおかしいと思われるでしょうから、自分はここを離れなければなりませんが……。なにか希望があるようならば、なるべく叶えるようにいたしますよ?」

「いいえ。いいえ——もう。もう充分です。こうして話せただけでだいぶ気分も晴れました。サンファも、もう少しはいられるでしょうし……」

「そうですか……?」

「はい。ぁ……一つ、だけ。もしおわかりであればなのですが……」

「なんでしょうか」

「今宵の宴のことです。陛下と……わたしたち騏驥と騎士の方たちだけなのでしょうか。それとも……」

「それは……自分も詳しくはわからないのですが、殿下もお出になります。あとは陛下と親しい騎士の方々もお見えになるご様子で……」

「……」

 つまりは——それなりに多いのだ。
 危惧していた通りだ。白羽は微かに柳眉を寄せた。
 人前に慣れていない自分と、騎士としてのふるまいに慣れていないレイゾンと……。大丈夫だろうか……。
 しかしここで心配していても、帰るわけにはいかないのだ。何事もなく終わるように祈るしかない。 
 
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」

 白羽がダンジァに頭を下げると、美丈夫を体現しているかのような騏驥は、励ますかのようにじっと白羽を見つめ、やがてゆっくりと立ち上がる。
 
「……では……また後ほど……」

「はい」

 そして言葉を交わすと、サンファの「ありがとうございました」という声に笑みを見せてダンジァは部屋を出ていく。
 不安は募る。けれどティエンとの思い出が残るここで、彼が眠る場所も近いここで、恥ずかしいことはできない。したくない。
 白羽はサンファの手を強く握り返すと、胸の中で自分にそう言い聞かせた。
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