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52 王城での宴へ(3) 赤い騏驥。そして侍女。
しおりを挟む今日も、彼は彼の長身に似合った多種多様な赤や紅や朱をふんだんに使った——それでいて派手過ぎない絶妙の趣きある装束だ。結い上げられた髪にも乱れなく、腰に帯びた剣も勇ましく、王太子の騏驥に相応しい堂々とした佇まい。
目を瞬かせる白羽に、サンファは「彼がこっそりと連れてきてくれたのです」と説明してくれる。
こっそり? 大丈夫なのだろうか?
白羽は不安になったが、ダンジァは落ち着いた、穏やかな笑みを見せながら近づいてくる。
彼は白羽の前に屈み込むと、
「大丈夫ですか?」
と気遣うように言った。
久しぶりに——本当に久しぶりに向けられた、心からの優しさが感じられる声だ。もちろんサンファだって心を配ってくれている。けれど同胞とも言える騏驥から声をかけられたためだろう。
白羽は思わず涙ぐんでしまい、慌てて袖で目元を拭った。
「大丈夫、です。ご心配をおかけして……申し訳ありません」
「謝らないでください。自分こそ……もう少し早く気づいていればよかったのですが……」
「いいえ。こうしてサンファの顔が見られただけでもう十分です。一人じゃなくなっただけで心が落ち着きます。でも……ダンジァ、さまは……大丈夫なのですか? サンファをここへ連れてきた下さったために、ご迷惑をおかけしてしまうのでは……」
気になって白羽が言うと、ダンジァは苦笑を見せた。
「『さま』は不要ですよ、自分は騎士ではないのですし」
「でも……」
「どうぞ、”ダンジァ”とそのまま呼んでください。騏驥同士なのですから」
「……」
そう言われても、戸惑ってしまう。騏驥同士だが、白羽は今まで他の騏驥に会ったことがない。
すると、
「ダンジァ、です。——白羽」
促すように、励ますようにダンジァが白羽を呼ぶ。
騎士に呼ばれるときとは違う、不思議な感覚だ。なんだか擽ったくなるのを感じながら、白羽はおずおずと——小さな声で「ダンジァ」と彼を呼ぶ。呼ばれた騏驥が、にっこりと笑った。落ち着いていて大人っぽいのに、なんだか弟のようにも感じられる笑みだ。
騏驥になると年の取り方が変わってしまうというが、もしかしたらこのダンジァは白羽が思っているよりも若いのかもしれない。
……そう見えないけれど。
白羽はサンファの手を握ったまま、ダンジァを見つめた。彼は白羽と視線を合わせるように片膝をついて屈んでくれている。優しい。だから話しやすいのだろうかと考えながら、白羽は口を開く。
「ダンジァ、は……大丈夫ですか? サンファが来てくれたのは助かりますが、あなたが罰されるのでは……」
心配になって白羽が言うと、ダンジァは小さく苦笑した。
「見つかれば……そうかもしれませんね。ですから是非誰にも見つからないようにしていてください。ただ……サンファさんは自分よりもこの辺りに詳しいようです。近道のような抜け道のような通り道をよくご存じでしたし、ならば、もし見つかりそうになったときには、隠れる場所もよくご存じでしょう」
そう言ってダンジァがサンファを見ると、彼女は自慢半分、照れ半分といった顔で笑う。
そんな彼女の説明によれば、白羽と引き離されたのち、なんと彼女は清宮に”もぐりこんだ”らしい。ダンジァが言っていたように、彼女はこの辺りの造りに詳しいようだ(白羽が暮らしていたころ彼女が諸々の雑事をしてくれていたから、そのためだろう)。
しかし、そうして入りはしたものの、広い宮の中、白羽の居場所がわからずに困っていたところ、偶然通りがかったダンジァに助けられてここへ辿り着けたようだ。
「そうだったのですね……。本当にありがとうございます」
きっと秘密裏にことを進めてくれたのだろうダンジァに、白羽は心からの礼を言う。
もしかしてシィンが気遣ってくれたのだろうか? しかしそう想像した白羽の想いは、次のダンジァの言葉で否定された。
「自分はなにもしていません。元々城住まいなので、待機らしい待機をせずに比較的自由に歩き回れていただけです。あとは、騏驥の待機場所のおおまかな見当がついていたぐらいで……城内のことについては、サンファさんの方がよほど詳しかったぐらいです」
ダンジァの言葉に、サンファがまたはにかむように笑う。ダンジァは続ける。
「当初は、騏驥たちは同じ部屋で待機する予定だったようですね。その予定通りだったなら、こんな風に長く一人にすることもなかったのかもしれませんが、色々とありまして……」
「……色々?」
「はい。……色々と」
ダンジァは苦笑する。
よくわからないが、なにか問題が生じたのだろう。
俄かに不安が増す。考えてみれば、今から他の騏驥たちにも会うのだ。皆、立派な騏驥だろう。なにしろ特別な五頭のうちの四頭なのだ。自分だけが騏驥らしくなく、みすぼらしいと思われるのではないだろうか。
そう考えると、独りでいるのは不安だったが、皆といたとしたら今よりもっと怖かった気がする。
いずれにせよ、シィンの采配ではなく彼が考えてしてくれたことのようだ。
いや——もしかしたらそういう形にすることでシィンは関わりのないことを示しておきたいのかもしれない。今の白羽はレイゾンの騏驥だ。シィンであっても関わることはできない。
(レイゾン……さま……)
でも、自分は本当に彼のものなのだろうか?
自分もシィンを忘れられないが、彼も白羽を自分の騏驥として認めていないだろう。出会った時からしてそうだったし、この数日は、他の騏驥の香りを漂わせていることが増えた。人は気づかなくても、騏驥は気づくものだ。彼は他の騏驥に乗っている。頻繁に。何頭もに。
乗って屋敷に戻ってくると、部屋にいる白羽にも香りでそれが感じられるのだ。
おそらく厩舎地区に調教に行っているのだろう。
(別に……それは騎士の務めだけれど……)
だから仕方のないことだが、自分との調教はなおざりで他の騏驥に乗っているのかと思うと、なんだか悲しいような切ないような気持ちになる。
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