前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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25 目が覚めたら……

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「……ん……ぅ……ん……」

 何だかやけに耳元がむずむずする気がして、白羽はくぐもった声を上げ、逃げるようにみじろぎする。なのに”むずむず”は離れない。それどころか、一層”むずむず感”が増している気がする。
 聞いたことがあるような——ないような微かな音もしている。
 何となく温かな……ふわふわとしたもの? が頬を掠めている。

 むずむず。
 むずむ……いや——くすぐったいのだ。

「……?」

 なんだろう……?

 不思議に思ったところで目が覚め、白羽は自分が眠ってしまっていたのだと気づく。
 ぼんやりとした頭のまま、枕に突っ伏した格好のままで、自身の耳の辺りに触れてみる。髪がくすぐったいのだろうか?
 しかし。
 そんな予想に反し、触れたのは、自分の髪とは別の何か——温かなもの。
 
「!?」

 びっくりして思わず顔を向けた白羽の目に映ったのは……

「ニァ」

 夜具の上にちょこんと座り、こちらに向けて小首を傾げている小さな猫の姿だった。毛色は明るい栗色。いや、少し濃淡がある。瞳は金。桃色の鼻先。お腹の辺りは少し白くて……。

「……え……」

 なんで?
 どうして?

 いつの間に猫が???

(この屋敷に猫などいたかな……??)

 混乱する白羽の視線の先、小さな猫はニァニァと声を上げながら、よろけるようにして彼にじゃれついてくる。
 温かいからなのか、枕と白羽の顔の隙間——肩口のあたりに、自らの顔を突っ込んでこようとする。

「ぁ……あの、ちょっ……」

 だからくすぐったかったのかと納得しつつ、しかし未だ解けない謎——どうしてこんなに小さな猫がここに? と不思議に思いつつ、それでもとりあえずこの猫を何とかしなければ、と小さな生き物に手を伸ばす。
 このままにしておくと、下手をすれば潰してしまいかねない。
 と、人懐こいたちなのか、猫は喜んで白羽の手に身を擦り寄せてくる。
 柔らかな毛。温かな小さな舌。
 寝起きの、まだぼうっとした頭のまま、

(かわいいな……)

 目を細めながら、そう、思っていた時。
 白羽は、その視界に猫以外のものが映った気がして、ぎょっとした。

(えっ!?)

 慌てて半身を起こす。その瞬間は、痛みも忘れた。
 そこには、今朝調教後に別れたはずの、白羽の騎士——レイゾンが立っていたのだ。

「……レ……」

「言っておくが、俺は勝手に入ってきたんじゃないぞ」

 白羽の言葉を制すように、憮然とレイゾンは言った。

「騏驥の部屋に入るのに許可もなにもないが、一応、声はかけた。お前は肯定の返事をした。生返事だったがな」

「…………」

 覚えがない。いや——あるような気もする。確かに何か話しかけられた気がする。けれど寝ぼけていたのだ。多分。だからてっきりサンファが戻ってきたのだとばかり……。

「……あっ——」

 白羽は、乱れた部屋着の合わせから剥き出しになっていた自身の脚を隠すように、慌てて夜具を掻き寄せる。
 誰も来ないと思っていたし、湿布での治療中だったから内衣も身につけていない単衣姿だ。みっともない……。
 いや、本当は治療していたことも知られたくなかった。なのに、こんな醜態を晒してしまうなんて……。

 まだ寝起き——と言うか寝ていた白羽に対し、レイゾンは簡易ながらこざっぱりとした騎士らしい格好だ。
 おそらく、外出帰りだろう。彼が白羽の調教の後に厩舎地区へ行き、他の騏驥たちの調教に乗っているらしいことはサンファから聞いて知っている。
 騎士なら当然のことだから——それが仕事だから、そのことについて白羽は何か言うつもりはない。
 そもそも思うこともない。
 けれど、碌に走れない自分と、厩舎地区の現役の——おそらく元気に、生き生きと——レイゾンの望むように走っているに違いない騏驥たちと比べられているのだと思うと、自分の拙さが恥ずかしいような気がして、居た堪れなくなってしまう。
 
 しかも、こんな情けないところを見られてしまうなんて。

(昼間から寝ているなんてだらしない騏驥だと思われただろうか……)

「……っ……」

 そう思った途端、突然——白羽自身、全く予期していなかったのに、ぽろりと涙が零れた。
 色の違う両目から、ひとつ、ふたつ、と雫が零れる。

「お、おい!?」

 レイゾンが驚いたような声を上げた。

「おい——。い、いくら俺を嫌っているからと言って、泣くことはないだろう。俺は勝手に入ったわけではないと——」

「泣いてなどいません!」

 白羽は上擦った声音で咄嗟に言い返すと、慌てて袖で目元を抑える。
 恥ずかしい。
 どうしてこんな……醜態の上に醜態を重ねるような真似を……。

 まだ起きたばかりだから混乱しているのだろうか。
 疲れていて、身体中が痛くて、それで……。急に猫なんか見たせいて驚いて、部屋にはサンファもいなくて一人きりで——違う、自分を嫌っているレイゾンと二人で、だから——。

「……おい……」

「わたしは泣いてなどおりません!」

 困りきったような顔でこちらの顔を覗き込んでこようとするレイゾンから逃げるように身体ごと顔を逸らし、白羽は重ねて言い返す。
 叱責されるかとヒヤリとしたが、レイゾンはなにも言わなかった。
 彼は何も言わず——ただ白羽が落ち着くのを待つように、そこに立っている。
 だからなおさら、白羽は身の置き所がない。

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