前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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20 厩舎地区にて 新米騎士あれこれ考える

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 ◇   ◇   ◇



 王都の、城を挟んで西と東。厩舎地区の朝は、何かと気忙しい。
 広大な敷地の中に立ち並ぶ、幾つもの厩舎。主に騏驥たちのものだが、他にも騎兵用の馬の厩舎もある。
 そして、調教用の馬場が数タイプ。加えて、騏驥が人の姿で、また馬の姿で自由に過ごす放牧場も複数作られており、初めてここを訪れた者は、広さに驚き、この地区一つでちょっとした村ほどの大きさがあるのではとも思うらしい。
 そして実際、慣れぬ者が入れば迷って出られなくなる程度の広さは十分にあるのだ。
 時によっては、移動には馬を使う——ぐらいの広さは。
 獣医師に医師といった健康を管理する者も常駐しており、この国の騏驥の大半は、騏驥となって育成施設を経てここへ入厩してからは、ほぼここで一生を過ごすことになる。
 
 レイゾンは、いつもより少し遅れて始まり遅れて終わった白羽の調教のののち、西の厩舎地区へやってきていた。
 騎士である彼がここに来ている理由は他でもない。騏驥の調教のためだ。
 白羽を譲り受けてからも、彼は他の騏驥に騎乗しているのだが、これは不思議なことではない。
 遠征時や要事と言った特別な時、もしくは公的な際には白羽に騎乗することが求められるものの、騎士はその仕事の一つとして騏驥の調教をする必要がある。
 そのため、どんな騎士も調教師からの求めに応じて、もしくは自ら希望して調教の際には他の騏驥たちに騎乗することになるのだった。

 だから——。レイゾンは白羽に乗り、調教をするようになってからも、毎日ここへやってきていた。西に、東に。いろいろな騏驥を知りたくて。乗ってみたくて。
 そして今、彼はとある厩舎の一角で、調教師と話し合う機会を待っていた。
 乗った騏驥の様子や調子、レイゾンなりの意見を伝えるためだ。
 

 目の前を、騏驥たちが行き来する。
 人の姿のままの騏驥もいれば、馬の姿の騏驥もいる。
 彼らの話し声と嘶き。足音と蹄の音。さらには調教師、厩務員に助手たち、そして時には医師たちの声が飛び交い、慌ただしいことこの上ない。
 活気がある、と言えば聞こえはいいが、この朝の調教時間は一日でも最も騒々しい時刻だろう。
 一度に大勢の騏驥を見る機会に恵まれるのもこの場所、この時刻だ。
 今まさに調教へ向かう騏驥もいれば、既に終えて馬房で寛いでいるものもいる。食事しているものもいれば、気ままに放牧へ向かう者もいて、すぐ側を入れ替わり立ち替わり騏驥が通る。
 人の姿でも馬の姿でもとびきり美しく、目をひく、この国の宝。

 レイゾンは、そうした騏驥たちを目にするたび、胸の中で密かに感嘆のため息をつく。
 自分が騎士になった実感を改めて感じ、その感激を噛み締める。
 ずっとずっと——こうして騏驥を間近に見ることに焦がれていたのだ。
 騎士としての名誉がどうこうというよりも、生命力に溢れ、知性を持つ強大な兵器である彼らに乗り、共に駆けることに焦がれていた。
 初めて騏驥を見た時から。

(まあ、単純にいえば「かっこいい」と思ったんだよな……)

 あまりに物知らずで幼かったが故の素直な憧れ。
 だが今、自分はその憧れを叶えたのだ……。

 叶えた。
 そう。

 そのはず——なのだが。

(慣れぬなあ……)

 目の前を行き合う大きな馬体——もしくはいずれも美しい美男美女姿の騏驥を眺めながら、レイゾンはぼんやり思う。

 今朝のレイゾンは、頼まれた調教は既に全て終えている。
 だからもう少しリラックスしていてもいい状況であるはずなのだが——。

「…………」

 目の前を通っていく騏驥、そして厩務員や助手たちが丁寧に挨拶していくたび、何となく居心地の悪さを感じ、落ち着かず、ジリジリしてしまうのだ。
 レイゾン本人の素直な希望としては、たくさんの騏驥をゆっくりと見られる機会なのだし、この機会にそれらをじっくりと見たい。何しろ騏驥が好きなのだ。堪能して、そして感激したい。
 しかし。

 実際はどうもそう上手くはいかないのだった。
 念願叶って騎士になったのはいい。騏驥をたくさん見られるのもいい。しかし、騎士なのだろう。あちこちから挨拶が飛んでくるからその対応に困ってしまう。他の騎士たちは慣れた様子で気にしていないようだが、なにしろレイゾンはまだ騎士になって日が浅い。
 度々挨拶されるとどうも気になってしまい、気が抜けないのだ。
 ただ立っているだけで「見られている」気がして。

 それに、自意識過剰かもしれないが「あれが他所からやってきた騎士か貴族以外から初めて騎士になった男か」という目で見られている……ような気もする。
 わざわざ自分から宣伝してはいないが、見た目も立ち居振る舞いも、貴族たちとは違うだろうから、普段はそうした騎士たちと接している騏驥や厩舎の者たちには”わかる”だろう。
 実際、騎士学校の頃から違っていたのだから。
 幸いにして、だからと言って悪意を向けられているようには感じられないが……。
 一度気になってしまうと、どうしてもずっと気にしてしまうのだ。

 そうした、周囲からの好奇の目については日が経てば慣れるのかもしれないし、騎士学校でもそう助言された。世話になったヴォエン正教官からもだ。
 だからレイゾンとしても早く慣れればいいと思いつつ、あまり気にしないようにしたいのだが……。まだ一週間程度ではそれも難しいようだ。
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