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3 不満だらけの命令(3) いらなくなった愛人を押しつけられるってどうなんだ!?
しおりを挟む「……納得いかぬ……」
先刻、拝謁した折に王から告げられた命令には、どうしても納得がいかないのだ。勅命に逆らうことはできないとわかっていても——わかっていても、それでも。
きつく眉をよせ、ぬぬ……と繰り返しレイゾンが唸っていると、流石にその様子を気にしたのだろう。
もう一杯お茶を淹れてくれたユゥが、「一体何があったのですか?」と改めて尋ねてきたのだ。
その顔は不安そうで気を揉んでいる様子で、見ているとレイゾンも「早く気持ちを切り替えなければ」という気持ちにはなるのだ。
悩もうが嫌だと思おうが、下された命令は変わらない。ならば少しでも早く、受け入れられるように気持ちを切り替えるべきなのだ、と。
だが……。
そう思っていても踏ん切りはつかない。
相変わらず眉を寄せていると、
「……ご主人様? 僕には話せないようなことなんですか?」
僕では力不足ですか?
少しばかり拗ねたような寂しそうな口調で言われると、何も話さないまま、ただ不機嫌でいる自分の態度に流石に申し訳なさを感じてしまう。
それに、従者である彼に黙ったままでいられる話でもない。
仕方ない……と、レイゾンは渋々ながら口を開いた。
「……実は……先ほどの拝謁の折、陛下から一つ、命令が下された」
「!? 早速騎士としてご命令を受けられたのですか!? しかも国王陛下から直々になんて、素晴らしいではないですか!!」
レイゾンと対照的に、ユゥの声は一気に弾む。しかしレイゾンはそんな従者に、ますます頭を抱えたくなる。彼が思っているような「いい話」ではないのだ。
「そんなに喜ぶな」と嗜める代わりに、
「だが、素晴らしい……とは言い難い」
渋面のまま続ける。
ユゥがキョトンとする。レイゾンは脚を組み直し、組んだ脚の上に肘をついて頬杖をつくと、はぁっと息を吐き、ユゥから顔を逸らすようにして言った。
「俺が受けた命令は、騏驥を貰い受けろというものだ。『貴族ではない身でありながら、努力を重ねて騎士となったそなたへの、記念の贈り物だ』——とかなんとか言葉だけは上手いこと言っていたが……要するに俺は不要物を押し付けられたんだ」
「陛下から騏驥をいただいた……のですか? なのに……それが不要物……???」
ユゥは首を傾げる。
それはそうだろう。側からみれば、一見すればこれは「いい話」なのだから。
だがそんな「カラクリ」は、一層レイゾンを苛立たせる。
「……王城にいる騏驥は、『王の騏驥』と呼ばれる王族専用の騏驥たちだ。彼ら/彼女らはこの城の中だけで一生を過ごす——と言われているが、実際は、稀にだが臣下に下賜されることがある。褒美がわりだったり、怪我をして使い物にならなくなった騏驥の余生を思ってのことだったりらしいが……。つまり払い下げだ。そしてそれは、今までなら、もう騏驥に乗ることもなくなった年寄りの騎士に下賜されていたものだ。年寄りだが金だけはたっぷりあるような、そんな騎士にな。王の方は使えなくなった騏驥を自分たちで養わなくて済むようになる。騎士の側は、もう騎乗することはないだろうものの、『王の騏驥』をもらったことで騎士としては名誉になる——そういうやりとりだ」
なのに。
「なのに俺には、早々に騏驥が払い下げられるという訳だ。騏驥を無駄に養えるほどの財もなく、これからバリバリ騏驥に乗ろうと思っている俺にな。それがどういうことかわかるか。つまりは『お前はこの騏驥に乗っていろ』ということだ。一方的に——それも——」
思い出すと、また胸がムカムカした。頼んでもいないのに勝手に騏驥を下賜され、こちらは相棒を選ぶ楽しみも権利も奪われた。
騎士になって、騏驥に乗る。
何頭もの騏驥に乗り、それぞれの違いを楽しみ、活かし、そしてやがては「これ」という一頭を見つけ出し——そんな相棒と巡り合い、あちらこちらに遠征して手柄を立てまくる——。そんな夢と希望を抱いていたと言うのに。
しかも——。
「で、でも『王の騏驥』であれば名誉は……」
「違う!」
なんとか取りなそうとするかのようなユゥの声を遮り、レイゾンは声を荒らげた。
しかも、自分に与えられる騏驥は——。
「俺に押し付けられる騏驥は、『王の騏驥』ですらないのだ」
レイゾンは一層顔を歪めると、驚いた顔をするユゥに、胸の中の憤りをそのまま吐き出すような荒い口調で言った。
「王が俺に下さるという騏驥は、よりによって前王の色子——愛人だった騏驥だ。五変騎の一頭だという触れ込みだが……それとて定かではあるまい。そう言えば俺がなおさら断れなくなると知ってのことに決まっている。騏驥としての実績があるわけでもなく、見た目と手管だけで王の側に侍っていたような……そんな役立たずだ!」
後になって思えば、まだ少年のユゥを相手に随分と相応しくない物の言い方をしてしまったものだが、この時はそんなことまで気が回らなかった。
レイゾンは溢れる憤りのまま、堰を切ったように不満をぶちまける。
「寵騏だとか言われて囲われていたそんなものを、俺は下賜の名目で押し付けられたというわけだ! いらなくなった愛人の後始末だぞ!? ……なんなのだこの仕打ちは。せっかく騎士になれても、これでは意味がないではないか! くそ…… 俺が貴族じゃないからって舐めた真似を……」
まさか騎士になる前だけでなく、なってからもこんな——嫌がらせとしか思えないような目に遭うとは……。
悔しさに胸が煮えたぎるようだ。
王は「美しい騏驥だぞ」と褒めるように言っていたが、知ったことか。
そんな風に言外に「喜べ」と言われて、むしろなおさらムカついたほどだ(顔は伏せていたので流石に気付かれていないと思いたい)。
欲しいのは美しい騏驥ではなく強い騏驥だ。優れた騏驥だ。
確かに騏驥は美しい。だが自分が求めるのは王が言っていたような「そういう美しさ」ではないのだ。騏驥は飾り物ではない。囲ってただ愛でるだけのものではない。
少なくとも自分にとって騏驥とはそういうものではないのだ。
ただお綺麗なだけの騏驥にどれほどの価値があるというのか!
(むしろそんなもの、疎ましいだけだ)
顔を顰め、悔しさに奥歯を噛み締めてはため息をつく主人を慰めるかのように、ユゥが再び温かな茶を淹れてくれる。けれど、レイゾンの気持ちは重く沈んだままだった。
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