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1 不満だらけの命令(1) だから従者に八つ当たり
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「っ……ふざけるな! 冗談じゃない!!」
案内された部屋に入り、扉が止まったのを確認すると、レイゾンは吠えるように溜まっていた怒りをぶちまける。
途端、大きな花壺で隠れていた部屋の向こうから、「ひゃっ」と驚いたような声が上がる。次いでそろそろと見覚えのある顔が覗いた。
「レイゾンさま……?」
「……なんだ、ユゥ。ここにいたのか」
憤りはいまだ続いているものの、知った顔を見たことで少々毒気が抜ける。するとレイゾンの従者である少年・ユゥは「はあ……」と、まだいくらか戸惑ったような顔をしながらも、レイゾンの方に近づいてきた。
「城の方たちに、ここで待っているように言われたのです。レイゾン様が陛下への拝謁が終わればここへやってくるから、と……。でも……どうしたんですか? あんな大声を上げられるなんて」
こちらの気配を伺うように、気遣うようにユゥは首を傾げる。
鳶色の大きな瞳に長い睫毛。伸びかけの栗色の髪を一括りにした様子が初々しいこの少年は、小さい頃に親を亡くし、それからは生きるためにあれこれと「悪さ」もしていたという。
だが、縁あってレイゾンが従者にしてからは見違えるように「良い」少年になり、不器用なレイゾンの世話をあれこれと甲斐甲斐しく焼いてくれている。
今日も、登城のしきたりや服装に不慣れなレイゾンに代わって色々と調べてくれた上、一通りの身支度を整えてくれた。
何事もキビキビとこなしつつ感じが良いところからすると、おそらく、生まれは悪くなかったのだろう。根は素直だし人当たりはいいし、おまけに目端が効いて賢く、むしろレイゾンの方が彼よりよほど野蛮で粗野なぐらいだ。
そんな優秀な従者に改めて問われ、レイゾンは流石にばつが悪くて黙る。
と、ユゥは不思議そうに目を瞬かせつつ、控えめに切り出してくる。
「ええと……何かあったなら、早く帰りましょう。宿に戻って美味しいものでも食べれば気分も良くなりますよ」
「いや」
しかしレイゾンはその提案に首を振った。
そうしたいのは山々だ。だが……。
「まだ帰れぬ。しばしの間ここで待っていろとのお達しだ」
「??? 陛下への拝謁の際にはそういうしきたりなのですか??」
「知らぬ!」
絶対違う。
そう叫びたかったものの、そんなことをすれば再びユゥを驚かしてしまうことは分かっているので、レイゾンは努めて控え目に言う。それでも吐き捨てるような口調になった。
とにかく——不快で不愉快で不満なのだ。それが抑えられない。
騎士になって王への拝謁のために王都の城へやってきて。
それで終わる予定だったのに、何がどうしてこんなことになってしまっているのか。
胸の中では、もやもやとした想いが渦巻き続けている。
ついさっきのことを——王から告げられた思いがけない命令を思い出し、レイゾンは甦る不愉快さに再び顔を歪める。
はーっと長く息をつくと、
「とりあえず、おかけになっては……?」
ユゥが、気遣うように言った。
「しばらくここで待つ……のですよね? なら、お茶でもお淹れします。この部屋凄いんですよ。広いし綺麗だし……お茶もお菓子も用意されているんです。絨毯なんかふわふわですし、椅子も長椅子も寝椅子も色々あって、僕、この部屋でなら何年でも暮らせそうです!」
少しでもこちらの気分を明るくしてくれようとしているのか、無邪気に言うユゥに、レイゾンもようやく笑みを見せる。
そうだな、と呟き、目についた椅子にドサリと腰を下ろすと、ユゥが「待っててくださいね」と踵を返した。
そしてすぐに茶器の一揃えを持って戻ってくる。
高価そうな、繊細な茶器たち。それを用いて丁寧に茶を淹れるユゥを見るともなく眺め、レイゾンは気怠げに脚を組み、改めて部屋を見回す。
確かに美しい部屋だ。それも、優美というか洗練されているというか、とにかく華やか且つ品のいい美しさだ。
無骨で風情を解さないレイゾンが一番苦手とする部類の「美しさ」といっていいだろう。その傾向だ。
城の外観はごく普通だったのに、中に入ってみればこの有様で、なんだか騙されたような気がしてならない。それとも、こうした「見えないところに凝る」のが貴族的なのだろうか。
(よくわからんな……)
だとしたら、ますます俺とは相性が悪い……。
レイゾンは眉間に皺を寄せつつ、ため息をつく。
しかも、自分が通されるような部屋なら、おそらく城では「普通」のクラスの部屋だろう。それだけでも、今までの暮らしとは大違いだ。
領主様の城の一番立派な部屋だって、これほど美しくはなかった。
(田舎とは何もかもが違うのだな……)
どうぞ、と差し出された茶を飲み、レイゾンは改めて思う。
(しかも茶もやたらと旨い! 思わずユゥにも勧めてしまったほどだ。そして彼も一口飲んで驚いたように目を丸くしていた。「淹れている時から香りが違うと思っていましたが凄く美味しいです!」とのことらしいので本当に美味しいのだろう。彼は「食べられればなんでもいい」レイゾンより食にうるさい)
案内された部屋に入り、扉が止まったのを確認すると、レイゾンは吠えるように溜まっていた怒りをぶちまける。
途端、大きな花壺で隠れていた部屋の向こうから、「ひゃっ」と驚いたような声が上がる。次いでそろそろと見覚えのある顔が覗いた。
「レイゾンさま……?」
「……なんだ、ユゥ。ここにいたのか」
憤りはいまだ続いているものの、知った顔を見たことで少々毒気が抜ける。するとレイゾンの従者である少年・ユゥは「はあ……」と、まだいくらか戸惑ったような顔をしながらも、レイゾンの方に近づいてきた。
「城の方たちに、ここで待っているように言われたのです。レイゾン様が陛下への拝謁が終わればここへやってくるから、と……。でも……どうしたんですか? あんな大声を上げられるなんて」
こちらの気配を伺うように、気遣うようにユゥは首を傾げる。
鳶色の大きな瞳に長い睫毛。伸びかけの栗色の髪を一括りにした様子が初々しいこの少年は、小さい頃に親を亡くし、それからは生きるためにあれこれと「悪さ」もしていたという。
だが、縁あってレイゾンが従者にしてからは見違えるように「良い」少年になり、不器用なレイゾンの世話をあれこれと甲斐甲斐しく焼いてくれている。
今日も、登城のしきたりや服装に不慣れなレイゾンに代わって色々と調べてくれた上、一通りの身支度を整えてくれた。
何事もキビキビとこなしつつ感じが良いところからすると、おそらく、生まれは悪くなかったのだろう。根は素直だし人当たりはいいし、おまけに目端が効いて賢く、むしろレイゾンの方が彼よりよほど野蛮で粗野なぐらいだ。
そんな優秀な従者に改めて問われ、レイゾンは流石にばつが悪くて黙る。
と、ユゥは不思議そうに目を瞬かせつつ、控えめに切り出してくる。
「ええと……何かあったなら、早く帰りましょう。宿に戻って美味しいものでも食べれば気分も良くなりますよ」
「いや」
しかしレイゾンはその提案に首を振った。
そうしたいのは山々だ。だが……。
「まだ帰れぬ。しばしの間ここで待っていろとのお達しだ」
「??? 陛下への拝謁の際にはそういうしきたりなのですか??」
「知らぬ!」
絶対違う。
そう叫びたかったものの、そんなことをすれば再びユゥを驚かしてしまうことは分かっているので、レイゾンは努めて控え目に言う。それでも吐き捨てるような口調になった。
とにかく——不快で不愉快で不満なのだ。それが抑えられない。
騎士になって王への拝謁のために王都の城へやってきて。
それで終わる予定だったのに、何がどうしてこんなことになってしまっているのか。
胸の中では、もやもやとした想いが渦巻き続けている。
ついさっきのことを——王から告げられた思いがけない命令を思い出し、レイゾンは甦る不愉快さに再び顔を歪める。
はーっと長く息をつくと、
「とりあえず、おかけになっては……?」
ユゥが、気遣うように言った。
「しばらくここで待つ……のですよね? なら、お茶でもお淹れします。この部屋凄いんですよ。広いし綺麗だし……お茶もお菓子も用意されているんです。絨毯なんかふわふわですし、椅子も長椅子も寝椅子も色々あって、僕、この部屋でなら何年でも暮らせそうです!」
少しでもこちらの気分を明るくしてくれようとしているのか、無邪気に言うユゥに、レイゾンもようやく笑みを見せる。
そうだな、と呟き、目についた椅子にドサリと腰を下ろすと、ユゥが「待っててくださいね」と踵を返した。
そしてすぐに茶器の一揃えを持って戻ってくる。
高価そうな、繊細な茶器たち。それを用いて丁寧に茶を淹れるユゥを見るともなく眺め、レイゾンは気怠げに脚を組み、改めて部屋を見回す。
確かに美しい部屋だ。それも、優美というか洗練されているというか、とにかく華やか且つ品のいい美しさだ。
無骨で風情を解さないレイゾンが一番苦手とする部類の「美しさ」といっていいだろう。その傾向だ。
城の外観はごく普通だったのに、中に入ってみればこの有様で、なんだか騙されたような気がしてならない。それとも、こうした「見えないところに凝る」のが貴族的なのだろうか。
(よくわからんな……)
だとしたら、ますます俺とは相性が悪い……。
レイゾンは眉間に皺を寄せつつ、ため息をつく。
しかも、自分が通されるような部屋なら、おそらく城では「普通」のクラスの部屋だろう。それだけでも、今までの暮らしとは大違いだ。
領主様の城の一番立派な部屋だって、これほど美しくはなかった。
(田舎とは何もかもが違うのだな……)
どうぞ、と差し出された茶を飲み、レイゾンは改めて思う。
(しかも茶もやたらと旨い! 思わずユゥにも勧めてしまったほどだ。そして彼も一口飲んで驚いたように目を丸くしていた。「淹れている時から香りが違うと思っていましたが凄く美味しいです!」とのことらしいので本当に美味しいのだろう。彼は「食べられればなんでもいい」レイゾンより食にうるさい)
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