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119 夜の丘にて騎士と騏驥は(5)

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 なぜなら、普通の騏驥はそういうものだからだ。
 それに、シィンだって他の騏驥に対してなら「それ以上」のことを望みはしないだろう。
 何しろ相手は騏驥なのだ。
 人ではない。
 騏驥——なのだ。

『お慕いしています——』

 あの日、ダンジァはそう言っていた。何度も何度も。
 あれは、本当にシィンと同じような気持ちだと思っていいのだろうか。
 もしかして——ここにきて「騎士」として慕っているという意味だったりは……。

(んん……)

 確かめたい。
 確認しておきたい。
 大事なことだ。

 だって……だって自分はダンジァのことを……。


 とはいえ、なんと尋ねれば最適解が得られるのかわからない。
 何しろ、自分はダンジァとの「そういうこと」を夢に見てしまったこともあるほどなのだ。
 彼に触れられ、悦ぶような夢を。彼の気持ちだけでなく心だけでなく、その身体も——何もかも求めるような夢を。

 つまり自分は、騏驥であるダンジァに対して欲を抱いている。単なる信頼や親愛とは違う、それ以上の——情欲を。

 そんな自分は、いったい、彼にどう尋ねればいいのだろう?

 もちろん率直に尋ねればいいのだろうが、彼に「その気」が全くなかったとしたら……。
 そう思うと、訊くことに尻込みしてしまう。
 同じ「触れる」にしても、こちらは愛撫のつもりで、ダンジァは慰撫のつもりなのだとしたら……。

 騏驥を信頼し、愛騏と呼べる騏驥を持ちながらも「騏驥は騏驥」として扱い、あくまで「騏驥へ」の愛を注いでいる騎士もいる。いや、そんな騎士の方が大半なのだ。側から見ればまるで恋人を甘やかすように騏驥を可愛がっているツェンリェンも、ユーファのことは騏驥として扱っている。

 だから同じように騏驥の側だって、騎士に恋心を抱く者もいれば、騎士のために命も惜しまないほど尽くしていても、それはあくまで騏驥としての忠心ゆえ、という者もいる。
 ずっと王城で過ごし、王族に尽くすだけの王の騏驥たちの中でさえ、気持ちに温度差はあった。ましてや外の世界を知っているダンジァだ。

(でも確か……邪な想いがどうとか言っていた……ような……)

 シィンは必死に「あの日」のことを思い出そうとする。
 だが意識が朦朧としていたためか、どうしても細部が思い出せない。
 とても嬉しいことを言われた、とか、心地よかった、とか、幸せだった、とか。
 そんなことは覚えているのに、そんなふわふわとした感覚しか覚えていないのだ。
 彼の……ダンジァの体温や感触や香りや鼓動は覚えているのに——だ。

(……これではなんだか……)

 自分の方が動物のようだ。
 もしくは、ずいぶん淫らな……。

 細かな言葉は覚えていないのに、肌感覚だけはしっかりと覚えているなんて。
 なんて本能的な!

 でも事実だ。そしてだからこそ不安になる。

「……ダンジァ」

 思い切って、シィンはそろそろ口を開いた。
 
「その……お、お前の気持ちはわたしも嬉しく思う。思う……が……」

「なんでしょうか」

「最後の最後に、一つ確認しておきたいことがある」

「……」

「と——とはいえ、これについては、お前がどう答えようがわたしの気持ちは変わらぬ。先に『離さぬ』と言ったように、お前をもう……城から出す気はない」

「はい。……ではどういったことでしょう?」

 ダンジァが不思議そうに見つめてくる。
 シィンはぐるぐる考える。考える——が上手い言葉は見つからない。見つからないまま、しかし「確かめておかなければ」という気持ちに押されるように口を開いてしまう。

「お前の、騏驥としての忠心はよくわかった。だが、なんというか……そうでない立場としてはどうなのだ」

「……??」

 ダンジァが首をかしげる。

「そうではない……というのはいったい……。自分は騏驥なのですが」

「うん。そうなのだが……ええと……」

 言葉を探して混乱するシィンに、ダンジァが顔を近づけてくる。
 ——近い!

「なんというか、その、一人の人間として……ではなく……その……」

 かつてどんな場でもこれほどしどろもどろになったことはないだろうと思うぐらい言葉に惑った挙句、シィンは自分でも思ってもみなかったことを口にしていた。

「その……お前は、好いた者はいるのか?」

 …………あれ?

 シィンは自分で自分の言葉に混乱する。
 なんでこんなことを? 
 自分が彼のことを特別に好いているように、彼も自分のことを好きだといいと思いすぎていたから?

(ち、違っ……)

 慌てたものの、口にした言葉は戻せない。
 しかもダンジァにはしっかりと聞こえていたようで(騏驥は耳がいい)、彼は驚いたように目を丸くしている。
 が——。その顔は、なんだか次第に見たことがないような意味深な——何か含みがあるような表情に変わる。
 苦笑しているようなしていないような、シィンには判断できないような貌。
 戸惑いつつも目が離せずにいると、

「好いた方……ですか」

 独り言のように、ダンジァは言う。
 じっとシィンを見つめて、彼は続けた。

「そうですね…………いるかと問われれば、おります。恋しい方が」

「!」

「あれはまだを存じ上げる前のことです。素晴らしく印象的な方と出会って、自分は恋に落ちました」

「…………」

 一瞬抱いた期待が、直後に粉砕される。
 しかも、話すダンジァの顔も声も幸せそうで、シィンはどうすればいいのかわからなくなる。逃げるように、彼の腕の中に潜り込んだ。

 恋しい方。
 お目にかかる前。
 恋に落ちました。

 彼は、自分ではない誰かに心奪われているというのか。
 では、やはり彼のシィンへの気持ちは騏驥としての忠誠心だけということなのだろうか。
 あの日の口付けも、特別なのだと思っていたのは自分だけで、彼にとっては大した意味もないものだったのだろうか?

 もう彼を離せないのに、彼とその相手を引き離すような真似をしてしまうことになるのか。シィンは頭がぐらぐらするような感覚を覚えながら、虚ろに声を溢す。

「その……お前が好きな相手とは……恋しい相手とは……いったい、どういう……」

 相手は騏驥なのか? と尋ねると、ダンジァは「いいえ」と首を振った。
  
「騏驥ではありません。ですがとても美しい方です」

 その声には迷いがなくて、だからシィンの胸はますます痛む。
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