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103 記憶・違和・記憶

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「しばらくの間、率先して君たちを探していたから、空腹らしくてね」 

 詮議の時こそ静かにしていたものの、シュウインが連れて行かれてからは”待ってました”とばかりに食事を再開したユーファの事情(というか言い訳というか要するに彼女の食欲についてのフォローだ。ツェンリェンは自身の騏驥に優しい)を説明すると、続けてツェンリェンは、ここに来た——つまりダンジァとシュウインを探すに至った経緯を話してくれた。

 それによれば、なんとその発端はユェンだったらしい。

 彼は、ダンジァたちと別れて厩舎地区に戻る道すがら、護衛権監視として付いていた衛士に頼み事をしたようなのだ。

『ダンジァは王の騏驥の案内で医館に赴くかもしれない。彼は、今はまだ疑われているけれど、殿下とともに大会に出走していたほどの誠実な立派な騏驥で、殿下のご容体をとても心配している。だからどうか彼の行動は大目に見てもらいたい』

 ——と。

 王の騏驥であるシュウインが一緒とはいえ、もし「勝手な事をしている」と再度捕らえられては……と考えてくれての配慮だったのだろう。

 その頼み事が聞き入れられたかはわからないが、とにかく、「騏驥が二人、殿下が治療中の医館へ行くらしい」という情報は伝達された。
 が——。いつまで待っても二人が現れなかったため、「これはおかしい」と、捜索が始まったようなのだ。

「なにしろ、一旦は厩舎に戻すことにしたとはいえ、きみへの容疑は完全に晴れたわけじゃない。にもかかわらず、いなくなったとなれば……」

 ——探すだろう。

 ツェンリェンは思い出すような顔で言う。

 そしてその捜索のために一番に活用したのが、ユーファとあの少年——ツェンリェンの騏驥と従者——近衛の騎士であるツェンリェンに普段から付いているため、滅多なことで動揺せず、王城内に詳しく、シュウインの顔もダンジァの顔も知る二人だった——ということのようだった。
 
「……そうだったんですね」

 ダンジァは、二人がやってきたときの様子を、そして別れ際のユェンの顔を思い出しながらしみじみと言った。
 反抗するような真似をしたのに、ユェンはそれでも自分のために行動してくれたのだ。感謝しかない。

 ツェンリェンは続ける。

「そうだ——。まあ、まさかこんな結果になるとは思っていなかったが……」

 その視線の先は、ウェンライの指示で辺りの調査や確認をしている衛士たちに向けられている。
 現場の検証は大方済み、王の騏驥の遺体も運ばれ、ダンジァがシュウインから奪った短剣も持っていかれた。
 おそらく殺された王の騏驥の傷口と照合するのだろう。

(終わった……)

 ほっとすると、全身の倦怠感がぶり返してくる。
 一時ほどの激しい不快感はおさまったものの、今度は身体全体が熱っぽく重たい。
 シュウインに襲われたときの、短剣に塗られていた毒が体内でどうなっているのか……気にならないと言えば嘘だ。
 けれど、できるならこれから改めて医館に赴き、シィンの容態を確かめたい。
 となれば厩舎に戻るのがますます遅れるから、ユェンにはまた心配をかけてしまうだろう。だがもう真犯人も判明して……。

(……? あれ……?)

 そのとき。

 ダンジァの脳裏を、ふっととある言葉が過った。
 今夜、少し前に——ここへくる前に聞いた言葉。
 その時は気づかなかった。でも……。

 でも。

 はおかしくはないだろうか?

(???)

 ダンジァは必死に記憶を手繰り寄せる。
「そのとき」のことを。
 もう少し前のことを。
 さらに前のことを。
 そしてもっと前のことを。

 大会が始まる前のことを。
 始まってからのことを。

「………………」
 
 のことを。
 または、のことを。
 さらには、のことを。


 一つが気になると、また一つ、また一つと気になることが増えていく。
 疑問は疑問を呼び、疑念を呼び、疑惑を呼ぶ。


「……? ダンジァ、どうした? そろそろ我々は引き上げるぞ。あとの始末は衛士たちに任せて……」

 すると、突然固まってしまったダンジァを不審に思ったのだろう。
 ツェンリェンが傍から声をかけてくる。
 
「…………」

 ダンジァは胸の中が急激に暗く、重たくなるのを感じながら、彼を見つめた。
「まさか」「もしかして」「そんなはずは」が頭の中と胸の中で渦巻いている。

 全部のピースが揃ったわけじゃない。
 でも。
 でも……。

 ダンジァは、じわじわ込み上げてくる混乱と不安と恐怖をなんとか振り払うようにしながら、ツェンリェンに向いた。

「あ——あの。礼儀を弁えぬままお尋ねすることをお許し願いたいのですが——」 
「? なんだ?  構わない、今日は特別な事態だ」

 いつにないダンジァの焦ったような様子に驚いたのだろうか。
 いくらか戸惑った顔を見せながらも、ツェンリェンは、続けろ、と片手を軽く振る。
 ダンジァは立ったまま、それでも「ありがとうございます」と礼を述べ、「失礼いたします」と、一言断ってから、確認のための質問を口にする。


 違っていればいい。
 自分のこんな想像は違っていたほうがいいと——そう願いながら。

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