まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

有泉

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「…………」

 ダンジァは、じっとツェンリェンを見つめたまま何も反応できなかった。
 聞いた言葉を理解するのに、時間がかかる。

 毒。
 薬。
 騏驥。
 禁止薬物。

 ひとつひとつの意味はわかるが、頭の中で上手く繋がらない。
 だが何度も繰り返し反芻していると、そのうち「だからなのか」と腑に落ちたことがあった。
 自分に対しての、医師やツェンリェンの態度だ。

 だからあの医師はこちらを忌避するような目で見たのか。
 だからツェンリェンはこんなにも厳しい態度なのか。

 ——と。
 
 今まで、彼らは自分を信じてくれていた。
 状況的には自分がやったとしか思えなかったとしても、皆——シィンも含めて皆、自分を信じてくれていたからこそ「別に犯人がいる」と思ってくれていたのだ。
 シィンが選んだ騏驥が、彼に何かするようなことはないはずだ、と。

 けれど検出された毒物が騏驥用の薬物だったとなれば話は別だ。それも、競走前の摂取が禁じられているものだったなら尚更。
 
 騏驥は、薬物の投与や魔術を使用されることで、その能力値を一時的に調整することができる。
 気性の悪い騏驥を大人しく従順にすることもできれば、逆に、極端に活動的に——つまり運動能力を高めたり心肺能力を高めることもできる。
 
 ただ、そうしたある意味「無理矢理」な調整は、その後、心身に反動が出ることが多いため、使用には細心の注意が払われるし、そもそもそれらの使用判断は騏驥の医師か調教師に任されている。
 ——はずなのだ。本来は。

 が——。
 騎士の中には無理な投薬や無茶な魔術の使用で騏驥を酷使し、傷める騎士も少なからず存在するし、騏驥の中にもそうした薬物を秘密裏に入手して使用しているものもいる——らしい——という噂は以前から尽きなかった(騏驥は魔術を使えないため、不正使用は薬に限定される)。
 理由は他でもない、そうすることによって遠征や大会でいい成果を、結果を出し、自身の評判を上げ、より良い騎士に乗ってもらうため——もしくは、望みの騎士に乗ってもらうため、だ。

 とはいえ、「結果を出せば大抵のことは許される」遠征時や戦闘時と異なり、こうした大会では、禁止されている薬物や魔術を使用することは許されない。
 絶対に、といってもいいだろう。
 重大なルール違反になるし、判明すれば騏驥だけでなく騎士や管理していた調教師まで責任を問われることになる。
 汚点を残すことになるし、そんな事をした騏驥にはもう誰も乗ろうとしなくなる。


 王太子であるシィンに対して害を為すことはもちろん重罪だ。言うまでもない。
 だが。
 こうした大会で禁止されている薬物を使用することもまた、非常に大きな罪なのだ。
“やってはいけないこと”という意味では前者にも匹敵するほどに。

 前者が王族に対する反意ありとして処罰され、”処分される”のだとしたら、後者は騏驥として生きていけなくなる。二度とどんな騎士にも乗ってもらえなくなるのだから、結果、同じように”処分される”ことになるのだ。

 それでも、他の騏驥に負けたくない想いや、勝たなければというプレッシャーから薬物に手を出してしまう騏驥もいると言われているし、サイ師が今まで自分の管理している騏驥を大会に出すことに対して難色を示していたのもそれが理由の一つだったらしい。勝つことに拘るあまり、騏驥が”やってはいけないこと”をやってしまう危険があることを憂慮して。
  
 だから今回、ダンジァを出走させたことは、「この騏驥はそんなことをしない」という信頼あってのことでもあったのだ。わざわざそんなことを言われはしなかったけれど、その想いはひしひしと感じていたから、だから尚更「そんなもの」を使う気などなかったし、そもそも使おうと考えたこともなかった。 

 しかし——。
 疑われているのだ。今の自分は。ツェンリェンに。医師たちに。衛士たちに。この部屋にいる人たちに。
 騏驥にとって最悪の疑いをかけられている。
 故意にシィンに毒を盛ろうとしたのではないかもしれないが、レースに勝つために薬を使おうとしていたのではないか、と。
 そして誤って、それをシィンに飲ませてしまった/シィンが飲んでしまったのでは、と。

 ダンジァは自分の心臓の音が大きくなっていくのを聞く。
 ツェンリェンに向け、ゆっくりと口を開いた。

「……自分は、そんなものは使用していません」

「…………」

「絶対に、使っていません」

 どうか信じて欲しい、と必死で訴える。
 だがツェンリェンの視線は和らぐことがない。
 悔しさとも悲しさともつかない感情に、ダンジァが「どうすれば……」と顔を歪めたとき。

「——え!? どういう事ですか、それは!!」

 部屋の反対側から、ユェンの上擦ったような驚いているような声が届く。
 びっくりして見てみれば、彼はツェンリェンと対峙しているダンジァ同様、ウェンライと対峙していた。彼に何か言われたに違いない。おそらくは——ダンジァが言われたこととほぼ同じ事を告げられたのだろう。

 そして彼にも疑いがかけられているのだ。ダンジァに薬を渡したか、もしくは彼がダンジァに薬を飲ませようとしたのでは、と。
 騏驥に無理をさせる騎士がいるように、調教師の中にも、自分が管理する騏驥にいい成績をおさめさせたいがために、「勝手に」薬を使う者もいるから。
 
 だがもちろん、ユェンはそんなことはしていない。そんな人じゃないはずだ。
 当然ながら、彼は抵抗し抗議し、戸惑いつつも言い返している。

 知らない。
 関係ない。
 自分もダンジァもそんなものは使っていない……。

 ツェンリェンにそう訴えたダンジァと同じように。
 けれど、その言い分をどこまで聞いてもらえるか……。

 これで完全に彼を巻き込んでしまったことに、ダンジァはきつく眉を寄せる。
 
「——こんな時に人の心配か」

 と、そんなダンジァにツェンリェンからの声が届く。
 ダンジァは改めて彼に向き直ると、

「自分もユェンさんも関係ありません」

 睨むようにして、キッパリ言った。
 ツェンリェンの傍にいた衛士と医師が息を呑み、慄くような顔をする。
 騎士相手に——それもツェンリェンのようなシィンの側近を相手に、嫌疑をかけられている立場の騏驥が向けるには、あまりに不躾で不敬な視線だったためだろう。
 だが、ダンジァはここで引く気はなかった。
 礼を失したいわけじゃない。けれどやっていないものはやっていないのだ。言われるまま、一方的に罪を着せられるつもりはない。
 自分のために。ユェンのために。そしてなにより——自分の騎士であるシィンのために。

  
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