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それからどれほど時間が経っただろうか。
ダンジァが話を終えると、辺りには沈黙が満ちた。
皆、色々と考えているのだろう。ウェンライもツェンリェンも、衛士や医師の代表も、ダンジァが話している途中で部屋に戻ってきたユェンも、難しい顔で宙を、或いは床を見つめて眉を寄せている。
聞こえてくるのは、部屋の中で調査を続ける衛士たちの足音。確認したことを逐一記録している音と、密かな話し声。
そして、部屋の外から届く声——気配だ。
シィンが治療中のため、また、異常事態が起こった現場の検分のため、今は限られた者しかこの部屋には入れなくなっているが、部屋に戻ってきたユェンが言うには、部屋の外は外で、物々しい状態になっているようだ。
そのため、戻ってきて数秒こそ『一体何があったの』と戸惑っていた彼だったが(何しろユェンにしてみれば、シィンのために気を利かせて部屋を出たら、戻れなくなっていたという状況だ。部屋へ戻れたのも、扉の前で門番のように立ちはだかる衛士にしつこく食い下がり、立場を告げて、なんとかツェンリェンに取り次いでもらえてからのことだったらしい)、大勢の医師や薬師の姿、そして何より彼らが診ているのがシィンだと気づくと、瞬時に事態の深刻さを察したようだった。
彼によれば、部屋の外ではそれまで通り引き続き大会が行われ、各競走も滞りなく進められているようだ。
しかし、異変が起こったことは皆が薄々気づいているようだし、特にこの部屋に居た者や立ち入ったことのある者は、移動を制限され、順番に衛士たちにあれこれ詰問されたらしい。
午後からの本選競走に出る騏驥や騎士にすれば、体調や気持ちを整えるどころではなくなってしまった——というところだろうが、彼らも「シィンに何か異常が起こったらしい」ということは理解しているようで、そのためか、衛士たちには至って協力的なようだ。
(とはいえ……まさかこんな大事になっているとは誰も思っていないだろうけれど……)
ダンジァは未だ治療中のシィン見つめながら思う。
時折苦しげな息音が漏れ聞こえると、気が気ではなくなってしまう。
ここで起こったことを——シィンが倒れるまでのことを話している最中も、気持ちはずっと彼を気にしてしまっていた。医師たちに囲まれて横になっている彼の姿は、ここからは見えない——そうわかっていても何度も見てしまっていた。
そのせいでウェンライには渋い顔をされたが、仕方がない。自分の身の潔白を証明したいのと同じぐらい、シィンの容体が気がかりなのだから。
と——。
そんなダンジァの耳に、はーっと長くため息をつく音が届く。
見ると、桌を挟んで座るウェンライが複雑な表情でダンジァを見つめてきていた。彼は少し考えるような間を取ると、「まず……」と、ゆっくりと口を開く。
「あなたの説明は非常にわかりやすいものでした。それは評価します。おかげで、あなたが殿下とここで会ってからの流れは把握できました。が……」
彼は一旦言葉を切り、続けた。
「……あなたの話を聞いた限りでは……あなたが殿下になにかしらの毒をもったとしか考えられなくなります」
「……」
抑揚のない声に、心臓がぎゅっと掴まれたような気がする。
辺りの空気も張り詰める。異論の声が上がらないと言うことは、皆大なり小なり同意なのだろう。
それでもダンジァが取り乱さずにいられたのは、他でもなく、そんなふうに話すウェンライが自身の発言に懐疑的な気配だからだ。彼は続ける。
「ただ、それではおかしい。殿下があなたを庇われたことについては、おそらく感情的な理由が主でしょうからこの際置いておくとして……。それでも腑に落ちない点が多過ぎます。状況からは、あなたがやったとしか思えない。けれどあなたはそんな状況で即効性の毒を盛るほど愚かではないでしょう。逃走の用意をしていたわけでもないようですし、むしろ殿下を助けようとした」
「それに、どうやって毒を手に入れたかもわからない。普通に考えれば毒物なんて騏驥は入手できないだろうからな」
言葉を継いだのは、ウェンライの隣に座るツェンリェンだ。彼は先刻から衛士が持ってくる報告を眺めては、次々指示を出している。
そんなツェンリェンを一瞥すると、ウェンライは続けた。
「とはいえ、他の誰かがというのも考えづらいところです。なにしろ、あなたが話した通りであれば、殿下がここで口にしたものは、全てあなたが手渡したもの。何かできたとすればあなた以外にはありえないわけです。置かれていた全ての飲み物に毒が仕込まれていた可能性もありますが、あなたも同じものを飲んでいる。なのにあなたはこうして元気でいるということは、その可能性も薄い……」
残念なのは、それを詳しく調べることができないことなのですが。
ウェンライは、床にある玻璃の欠片に目をやりながらいう。そう、あれは衛士が部屋になだれ込んできてダンジァを取り囲んだとき、その騒ぎのせいで全て落ちて割れてしまったのだ。
「……じゃあ、いったい誰が……」
そろそろと声を押し出すようにして言ったのはユェンだ。彼は現場にいなかったから犯人だと疑われる事はないが、逆に、そのせいで事情がわからずいっそう不安なようだ。
が、それも無理はない。もし万が一ダンジァが断罪されるようなことになれば、彼も管理責任を問われることになるだろうから。
ずっと世話してくれていた彼にも迷惑を……と思うとダンジァは心苦しい思いだ。ダンジァが顔を曇らせていると、外から人が入ってくる気配があった。
格好からして、近侍のようだ。ウェンライが立ち上がる。彼は入ってきた近侍とともに人のいない壁際へ向かうと、何やら話し込んでいる。
ツェンリェンも衛士に呼ばれて腰を上げた。
後には、ダンジァとユェンだけが残される。
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