まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

有泉

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 やってきたのは、医師でも薬師でもなく衛士えいしたちだったのだ。
 それも全員が抜剣している。
 あっという間に取り囲まれ、ダンジァは唖然とするしかない。

「ど……」

「殿下を離せ。離れろ! 早く!」

 どうして、と驚きの声を上げかけたダンジァのそれを遮るように、衛士の一人が声を上げる。向けられる鋭い視線に、ようやくダンジァは理解する。
 この事態を引き起こしたのは自分だと、そう思われているのだ。
 シィンをこんな目に遭わせたのは自分だと……。

「ち、違います!! 自分は——」

 誤解です、とダンジァは狼狽えた声を上げる。助けを求めるように周囲をぐるりと見回す。けれど集まっている野次馬たちは皆一斉にダンジァから視線を逸らす。
 まるで、関わり合いになりたくないと言うように。

(そんな……)

 だが混乱するダンジァを囲む剣先は、ジリジリと近づいてくる。
 再び声がした。

「殿下から離れろ。騏驥の身でありながら殿下に害なすとはなんという——」

「違います!! 自分ではありません!! それより医師は——」

「それはお前には関係のないことだ! 離れろ! 乱心者が!!」

「!」

 声と同時に男の一人が一歩踏み出し、威嚇するように剣を振るう。
 ダンジァは息を呑んだ。

 乱心?
 違う。自分は乱心などしていない。シィンを傷つけてなどいない。
 それより医師は。
 このままではシィンが——。

 ダンジァは「もう待てない」と判断すると、シィンを抱えたまま立ち上がる。
 医師がこないなら、こちらから連れて行こうと思ったのだ。だがその途端、改めて突き出された数多の剣先に足を止められる。ダンジァは顔を歪めて声を上げた。

「退いてください! 早く医師に診せなければ、シィン様が——」

「ぬけぬけと何を言う。お前の仕業だろう。そう言ってここから抜け出して殿下をどこへ連れ出すつもりだ!?」

「ち……」

 違います! と、ダンジァが再び叫びかけたとき。

「殿下は何処!?」

 どけ、どけと人を散らすような声がしたかと思うと、数人の足音が近づいてくる。
 今度こそ医師や薬師だ。薬の香りがする。一人、二人、三人。近侍に先導された城の医師と薬師たちが、慌ただしく駆け寄ってくる。
 だがダンジァと目が合った途端——正確に言えば、シィンを抱き抱えたままの姿で衛士たちに囲まれ、剣先を向けられているダンジァを前にした途端、彼らの足がぴたりと止まる。
 医師たちは困ったように顔を見合わせ、不安そうな顔でダンジァの腕の中のシィンを見遣り、キョロキョロと衛士たちの様子を伺い、そしてまた顔を見合わせる。
 
「離れろ! 騏驥!」

 衛士の一人が再び叫ぶ。
 ダンジァは、今度は彼の言葉に従った。
 自分は何もしていない。けれど医師が来てくれたなら、これ以上揉めたくはない。一刻も早くシィンを診てもらうことが何より先だ。

 ダンジァはゆっくりとしゃがみ込むと、抱き抱えていたシィンをそろりと床に横たえて後ずさる。
 即座に医師たちが駆け寄ってくる様子にホッとしたのも束の間、

「っ——」

 しゃがみこんだままのダンジァに、素早く包囲を詰めてきた衛士たちの剣が、四方八方から突きつけられる。身体スレスレの切先は、少しでも動けば即座に肌を裂くだろう。
 完全に罪人扱いだ。それも重罪人。

 馬の姿に変われば逃げられないことはないだろうが、それでは罪を認めたも同然だろう。やってもいない罪を。
 焦りと悔しさに唇を噛むダンジァの前に、一人の衛士が歩み出てくる。他の衛士とは少し身なりが違う。ダンジァには詳しくわからないが、おそらく他の者たちとは地位や立場が違うのだろう。

 彼は他の衛士たちに何事か指示を出すと、ダンジァの前に立った。
 一際体格のいいその男は、きつい眼差しでダンジァを見下ろしてくる。
 ダンジァも男を見つめ返した。
 言いたいことは山ほどある。いや、山ほどだが一つだけだ。
 自分は何もしていないということ。シィンに対して悪意などこれっぽっちもないということ。
 つまり、自分は無実だということ……。

 だがそれを言って信じてもらえるのだろうか。さっきから何度も訴えているが、取り合ってもらえていない。その挙句がこの状況——取り囲まれ、刃を向けられた状況だ。
 
(どうすれば……)

 せめてユェンでも側にいてくれれば……とダンジァは素早く周囲に視線を流すが、彼の姿はない。気づけば取り囲むようにしていたはずの野次馬たちもいなくなっている。部屋から出されたのだろうか? だとすれば、この場に自分の味方は一人もいない。
 
(もしかして、このまま処罰を……?)

 想像すると流石に背中が冷たくなる。
 と——。

「申し上げます」

 シィンを診ていた医師の一人が声をあげる。
 ダンジァを睨み下ろしていた衛士の男が、チラリと医師を見る。医師が続けた。

「おそらく毒物によるものかと。ただ、その質の見当がつきませぬ。医館にお連れして、詳しく診てからでなければ薬も処置も……」

「……難しいか」

 確かめるように問うた男に、医師は小さく頷く。

「わかった」

 男は頷くと、再び部下らしき数人に指示を告げる。
 その指示を受け、ダンジァを取り囲んでいた男たちのうち何人かが医師たちの元に駆け寄る。シィンを運び出すのだろう。

「じ、自分にやらせて下さい!」

 シィンは咄嗟に、男に向けて声を上げていた。男が大きく顔を顰める。だがダンジァは怯まず続ける。

「医館へ運ぶなら、自分が——」

「巫山戯るな!」

 男が声を荒らげる。

「お前は自分が何をしたか分かっているのか? 騏驥でありながら騎士に……それもただの騎士ではなく——」

「自分は何もしていません!」

 とうとう堪らずダンジァも声を上げると、男に立ち向かうように立ち上がった。

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