63 / 157
61 王子還る
しおりを挟む⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
シィンが貴賓室へ戻ると、今日はウェンライの代わりにずっとシィンについてくれているズーアンがホッとしたような顔で迎えてくれた。
「無事のお戻りで良うございました。安心いたしました」
「……城中だ。そうそう危なくもない」
「ええと……そうではなく」
モゴモゴと言う様子に、シィンは苦笑した。
「ちゃんと戻ると言っただろう」
「はい……。ですが、以前、何度となく街で逃げられた者たちの話も聞いておりますので」
心配いたしておりました。
気遣うように、申し訳なさそうに、しかししっかり釘を刺すようにズーアンは言う。
シィンは小さく肩を竦めた。
「代わり」とはいえ、そんなところまで似せなくて良いのだが。
……まあいい。
まだ色々と物足りないところはあるものの、彼はウェンライが代理を託す程度には賢く忠実な男だ。あまり迷惑はかけたくない。
「……そう心配せずとも大丈夫だ」
言いながら、貴賓室のさらにその奥、シィンのためだけの一室に入ると、変装用(?)に(強引に)借りていた上衣を脱ぐ。
渡しながら、「返しておいてくれ」と伝える。
「それから、一緒に何か礼の品を。誰から借りたか忘れたが、確か警備をしていた者だったはずだ」
さらにそう続けると、ズーアンは「畏まりました、調べて仰せの通りに」と、すぐさま指示を出す。
シィンは襟元を直すと、ふうっと息をついて長椅子に腰を下ろした。
人払いしてくれているのにもほっとする。運ばれてきた茶を(しかもちゃんとぬるくなっている)ゆっくり飲んでいると、
「お戻りになられてすぐで恐縮ですが……」
ズーアンがおずおずと小さな盆を差し出してきた。
その上には、いくつかの結び符が載せられている。
魔術で封じられた符だ。それらは、シィンでなければ解術できず、読めないようになっている。各所からの報告だ。
抜け出していた間に溜まっていたのだろう。
仕方なく一つ一つ目を通す。
ウェンライからものによれば、今のところ特に問題なし。
予定外のこととして、騏驥や騎士たち、そして王の騏驥あてに父王から労いの品があれこれと送られてきたようだが、これも特に問題はなく、引き続き大会の正常な運営に努める、と記している。
ツェンリェンからの報告もほぼ同じような内容だ。違いがあるとすれば、彼の方はなんだか浮かれている——ということぐらいだろうか。文面から伝わってくるのだ。よほど楽しい仕事のようだ。
警備担当責任者からは酔客同士の揉め事が数件報告。しかし大きな問題にはなっていないようだ。審議室からも異常なしとの報告で——。
「順調なようだ」
全て読み終えてシィンが頷きながら呟くと、ズーアンもホッとしたように表情を和らげる。
「なによりです」
そして安堵の気配とともに言う彼を、シィンは軽く手を振って下がらせた。
少し一人になりたかったのだ。
部屋に一人になると、賑やかな外の気配が伝わってくるようだ。
実際にいるのはスタンドの最上階だから、レース本番の、それも後半の一番盛り上がる箇所でなければ観客の歓声までは聞こえない。
それでも、なんとなく空気は伝わってくるのだ。
賑やかな盛り上がりが。騏驥の競技大会独特の気配が。
シィンはその華やかな雰囲気に浸りながら、うんうんと満足の頷きを打つ。
自分が主催したからというわけではないが、やはり大会はいいなと思う。
思い切って観客を入れてみたのも騏驥や騎士の活気のために良かった。待機エリアを訪れてみて、いっそうそう思った。
自身の騏驥に会いたくて——ダンジァに会いたくてとうとう我慢できず、無理矢理理由をつけてここを抜け出して。
訪れた一番の目的が叶ったことも嬉しかったけれど、それ以外の騏驥の様子を垣間見られたことも、また貴重だった。
静かに一人でいる者、騎士と話し込んでいる者、仲間達といる者……。
手伝いとして働いている王の騏驥たちもチラリチラリと見かけた。
意外と楽しそうにしているものもいれば、あからさまに不満そうな顔をしている者もいて、顔も性格も画一的だとばかり思っていた王の騏驥たちにですら、個性があった。
よくよく考えれば当然だが、それを再認識できた。
そしてそれが楽しく嬉しかった。シィンは騏驥たちそれぞれの生き生きとした様子を見るのが好きなのだ。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる