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61 王子還る

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 シィンが貴賓室へ戻ると、今日はウェンライの代わりにずっとシィンについてくれているズーアンがホッとしたような顔で迎えてくれた。

「無事のお戻りで良うございました。安心いたしました」

「……城中だ。そうそう危なくもない」

「ええと……そうではなく」

 モゴモゴと言う様子に、シィンは苦笑した。

「ちゃんと戻ると言っただろう」

「はい……。ですが、以前、何度となく街で逃げられた者たちの話も聞いておりますので」

 心配いたしておりました。
 気遣うように、申し訳なさそうに、しかししっかり釘を刺すようにズーアンは言う。
 シィンは小さく肩を竦めた。

「代わり」とはいえ、そんなところまで似せなくて良いのだが。 

 ……まあいい。
 まだ色々と物足りないところはあるものの、彼はウェンライが代理を託す程度には賢く忠実な男だ。あまり迷惑はかけたくない。

「……そう心配せずとも大丈夫だ」

 言いながら、貴賓室のさらにその奥、シィンのためだけの一室に入ると、変装用(?)に(強引に)借りていた上衣を脱ぐ。
 渡しながら、「返しておいてくれ」と伝える。

「それから、一緒に何か礼の品を。誰から借りたか忘れたが、確か警備をしていた者だったはずだ」

 さらにそう続けると、ズーアンは「畏まりました、調べて仰せの通りに」と、すぐさま指示を出す。
 シィンは襟元を直すと、ふうっと息をついて長椅子に腰を下ろした。
 人払いしてくれているのにもほっとする。運ばれてきた茶を(しかもちゃんとぬるくなっている)ゆっくり飲んでいると、

「お戻りになられてすぐで恐縮ですが……」

 ズーアンがおずおずと小さな盆を差し出してきた。
 その上には、いくつかの結び符が載せられている。
 魔術で封じられた符だ。それらは、シィンでなければ解術できず、読めないようになっている。各所からの報告だ。
 
 抜け出していた間に溜まっていたのだろう。
 仕方なく一つ一つ目を通す。

 ウェンライからものによれば、今のところ特に問題なし。
 予定外のこととして、騏驥や騎士たち、そして王の騏驥あてに父王から労いの品があれこれと送られてきたようだが、これも特に問題はなく、引き続き大会の正常な運営に努める、と記している。
 ツェンリェンからの報告もほぼ同じような内容だ。違いがあるとすれば、彼の方はなんだか浮かれている——ということぐらいだろうか。文面から伝わってくるのだ。よほど楽しい仕事のようだ。

 警備担当責任者からは酔客同士の揉め事が数件報告。しかし大きな問題にはなっていないようだ。審議室からも異常なしとの報告で——。

「順調なようだ」
 
 全て読み終えてシィンが頷きながら呟くと、ズーアンもホッとしたように表情を和らげる。

「なによりです」

 そして安堵の気配とともに言う彼を、シィンは軽く手を振って下がらせた。
 少し一人になりたかったのだ。


 
 部屋に一人になると、賑やかな外の気配が伝わってくるようだ。
 実際にいるのはスタンドの最上階だから、レース本番の、それも後半の一番盛り上がる箇所でなければ観客の歓声までは聞こえない。
 それでも、なんとなく空気は伝わってくるのだ。
 賑やかな盛り上がりが。騏驥の競技大会独特の気配が。

 
 シィンはその華やかな雰囲気に浸りながら、うんうんと満足の頷きを打つ。
 自分が主催したからというわけではないが、やはり大会はいいなと思う。
 思い切って観客を入れてみたのも騏驥や騎士の活気のために良かった。待機エリアを訪れてみて、いっそうそう思った。
 


 自身の騏驥に会いたくて——ダンジァに会いたくてとうとう我慢できず、無理矢理理由をつけてここを抜け出して。
 訪れた一番の目的が叶ったことも嬉しかったけれど、それ以外の騏驥の様子を垣間見られたことも、また貴重だった。

 静かに一人でいる者、騎士と話し込んでいる者、仲間達といる者……。
 手伝いとして働いている王の騏驥たちもチラリチラリと見かけた。
 意外と楽しそうにしているものもいれば、あからさまに不満そうな顔をしている者もいて、顔も性格も画一的だとばかり思っていた王の騏驥たちにですら、個性があった。
 よくよく考えれば当然だが、それを再認識できた。
 そしてそれが楽しく嬉しかった。シィンは騏驥たちそれぞれの生き生きとした様子を見るのが好きなのだ。

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