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55 美男美女?

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「…………」

 一瞬——ではなく、しばらくの間、ダンジァは彼らを見つめてしまった。
 気がつけば、周囲の騏驥や騎士たちも、なんとなく気まずそうな、それでいて興味津々といった様子で二人を見ている。
 どうやら、この待機エリアが妙にざわざわしていたのは、彼らのせいもあるようた。

 だがそれも当然と言えば当然だろう。

 この「裏」のエリアにいるのは、ほとんどがこの大会に出場予定の騏驥や騎士たちだ。もしくはそれらの関係者。調教師や厩務員そして医師。
 世話係として女官や騎士見習いや王の騏驥たちもいるようだが(シュウインが言っていた「裏方」として手伝っている王の騏驥たちだ)、そういう人たちも皆、いわば「この大会に参加している者」だ。

 だが彼は——ツェンリェンは違う。
 大会に出場する騎士ではないのだ。 
 せめて警備の仕事をしていたなら、皆気にしなかっただろう。城内警備の衛兵や近衛の騎士たちが見回っている姿は何度も見ていたから。

 しかし、今の彼の様子は明らかに「そうではない」。
 
 王子主催の大会だからか、今日の彼は東宮近衛の正装を纏っている。
 その姿はこの上なく端麗な洗練されたもので、まさに描いたように華やかな美男ぶりだ。
 
 ダンジァのように、すでにシィンという、(勝手ながら)固く心に決めた「ただ一人の騎士」がいる騏驥ですら思わず目を引かれるぐらいだから、そうでない騏驥には目の毒だろう。もちろん女官たちは言うまでもない。
 気づけばさっきからうっとりしたようなため息があちこちから聞こえてきているし、なんとなく女官の数が増えてきている。

 そんな目立つ彼が女性を連れているとくれば、今度は騎士たちが「あの女性は誰だ」とばかりに落ち着かなくなっている様子だ。こちらは男の騎士も女の騎士もだ。
 こんな、本来なら関係者だけが立ち入るような「裏」の場所に、わざわざ王子の近衛のツェンリェンが女性同伴。それも懇切丁寧に——親密な様子で案内しているとくれば、興味を持つのも当然なのだろう。

 ダンジァが耳にした限りの話では(つまり噂だ)、ツェンリェンは大方の予想通り女性に非常に人気があり、それこそ貴族の女性方との付き合いも多いようなのだが、その相手について大っぴらにすることはほとんどないらしい。
 なので、こんな風に人目も憚らず、というのは否が応でも興味を引くのだ。

 しかも、連れているその女性もなんとも曰くありげだ。
 背がすらりと高く、ツェンリェンに抱かれた腰はしなやかに細い。
 品のいい物腰や、高価そうな装飾品から、滅多に見ないだろう高い身分の女性だということは推察できる。
 どこかの領主の息女か……もしくは、もしかしたら何処かの国の姫ではないかという都雅な風情だ。
 その上、彼女は手にした扇で顔を隠しがちで、はっきりとその容貌が窺えない。
 細工の見事な扇の陰から、時折ちらりちらりと紅い口元や、白い貝殻のような耳朶が覗くばかりで、その「じれったさ」というか、奥ゆかしさというか——秘められた感じがますます騎士たちの興味を引くらしく、今やツェンリェンたちはこの付近で最も注目を集める存在になっている。

「…………」

 挨拶を——した方がいいのか、それともしない方がいいのだろうか。
 周りの人々同様、しばらく彼らを見つめてしまい、やがてはっと我に返ったダンジァがそんなことを考えて困っていると、その視線に気づいたように、ふっとツェンリェンが目を向けてきた。
 目が合うと、ツェンリェンは「ああ、きみか」と言うように頬を綻ばせる。
 そして女性の腰はしっかりと抱いたまま、もう一方の手をダンジァに向けて軽く上げた。

 ダンジァは「挨拶すべきだろう」と考えて二人に近づく。
 と、ツェンリェンは笑みを深めたが、傍らの女性は扇の向こうに完全に顔を隠してしまった上、ツェンリェンの身体の陰に隠れてしまう。
 押し黙るような気配に、ダンジァは緊張する。
 やはりどこかの国の姫君だろうか。だから騏驥に慣れていないのだろうか?
 騏驥かどうかは首にある「輪」を見ればすぐにわかる。もしかして怖がられていのだろうかと危惧していると、

「そう気遣わなくてもいい」

 微笑みながら、ツェンリェンが言った。

「彼女は普段あまり人前に出ることがなくてね。だから人見知りで照れ屋で……まあ、そんなところが愛しいんだが……。つまり、他人がいるとつい隠れがちで、わたし以外とは話そうともしない。とはいえこうした場に慣れていないだけで決してきみを怖がっているわけではないよ」

「…………」

「ただ、そういうわけだから堅苦しい挨拶は必要ない。これでも仕事中なんだが、そう見えないだろうことも承知しているしね。ま、ちょっと訳ありで、大会中、彼女をあちこち案内するのがわたしの仕事というわけなんだよ」

「は……」

「きみたち騏驥や騎士の邪魔になることはしないから——安心して」

「……」

 確かに邪魔にはなっていない。
 が。
 既に周囲は結構な騒ぎになっているし騏驥や騎士に影響が出ている気がします……とは言えず、ダンジァは黙って頷く。
 
 正直な感想を言えば、とても「仕事」とは思えないものの、シィンが信頼している彼が、まさかこんな日にただ遊んでいるとは思えないから、彼の言う通り仕事なのだろう。
 連れの女性がもし本当に何処かの姫君なら、これも外交と言えなくもない……かもしれない。
 ならばシィンが頼んだという可能性だってあるだろう。
 異国の姫の案内役なら信頼できる相手に頼むだろうし、その中でも人当たりのいいツェンリェンならうってつけだ。同じぐらい信頼していると言っても、ウェンライは大会の運営の責任者らしいし、ツォ師は、さっき見かけたが、大会に出走する騏驥たちの様子を見るのに忙しいようだったから。

 そうしていると、

「ダンジァ!」

 不意に、背後から声がかかる。
 振り向くと、人波の向こうに「こっちこっち!」と、こちらに向けて笑顔で手を振っているユェンがいた。彼の方もダンジァを探してくれていたのだろう。
 目が合うとホッとしたような顔を見せたが、直後、ダンジァの向こうにツェンリェンの姿を見たからか、「あっ」と言うような狼狽えた顔を見せる。
 その表情の変化に、ツェンリェンが声をあげて笑った。

「彼は、きみの厩務員かい? 表情豊かだな」

「この大会では、世話してもらっています。でもユェンさんは、もう調教師試験には合格している方で、本当なら『ユェン先生』です。厩舎開業の前にサイ先生のところで修行しているそうで……」

「ああ、なるほど。サイ師は弟子を育てるのも上手い方だからな。しかしなかなか弟子を取らないことも有名だから、修行を許してきみの世話を任せるということは将来有望、というわけか……。覚えておこう」

 うんうんと頷くと、彼は「じゃあ、きみにも迎えが来たようだし、わたしはこれで」と笑顔で話を切り上げる。
 そして、ずっと抱いていた女性の腰をさらに抱き寄せると、とろけるような笑みを浮かべながら顔を寄せ「行こう」とその耳元で囁く。
 優雅に踵を返して去っていく彼らを見送ると、ダンジァはふーっと長い息をついた。ツェンリェンとはもう何度も会っているのに、曰くありげな女性と一緒だったからなのか、自分はずいぶんと緊張してしまっていたようだ。

 レース直前でなくて良かったという思いと、レース前ならもうそれに集中して——もしくは緊張して目に入らなかったかなという思いとを抱きつつ、やれやれと強ばった肩を揉んでいると、

「ダ、ダンジァ……?」

 すぐ後ろから、恐る恐る……といった様子のユェンの声がした。

 
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