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49 騏驥と王子の近衛の騎士

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 思い返すたびに、胸が苦しくなる。
 悔しいようなもどかしいような……。

 しかし王のあの言動がまさかシィンへの嫉妬のためだとは思わなかった。
 
(自分の子供に嫉妬、か……)

 わかる……ような、わからないような……だ。
 ついつい俯き考え込んでいると、

「まあ——嫉妬心というのはそれほど理不尽だと言うことだよ。誰がどこでどんな風に妬んでいるのか分かったものじゃない」

 苦笑しながら、ツェンリェンが言う。
 彼もそんな風に妬まれた経験があるのだろうか。
 秀でた容姿に騎士としても名を知られ、しかも王子であるシィンの側近となれば、確かに色々と大変なこともありそうだ。

 一瞬、王への暗い感情を忘れ、ふむふむと納得したとき。

「——でもきみも、殿下にはひどいことをしたね」

「!」

 不意打ちのように言われる。
 驚いて見ると、ツェンリェンはじっとこちらを見つめていた。

「妬みのために実の子に冷たい王と同じほど——とは流石に言わないけれど……」
 
 視線は強いものじゃない。声も穏やかで淡々としている。だがそれは逆にダンジァが犯した間違いの大きさを突きつけてくるかのようだ。
 ダンジァは視線から逃れるように俯く。俯いて、小さく頷く。
 と、ツェンリェンが小さく息を吐いて続けた。 

「きみはリィ殿下が好きなの」

「え……」

 想像していなかった言葉だった。
 顔を跳ね上げ、見つめ返すと、彼は「だってさ」と続ける。

「あの場で庇うぐらいだから。そうなのかなと思ってね」

 シィンが激昂した時のことを言っているのだろう。
 彼は軽めの口調と裏腹に、落ち着いた目で見つめてきていた。ただ事実を確認したいと言うような、そんな目で。
 ダンジァは「いいえ」と素直に首を振った。

「あの時は、単に事実を伝えなければと思っていたまでのことです。本当に……リィ様に何か言われたせいで殿下のところに参ったわけではありませんでしたので……。剣の由来については教えていただきましたが」

「……」

「なので好きとかそう言うわけでは……。ただ……恩のある方です」

「恩……。きみを捨てた騎士だよ。遠征先できみを逃したときのことじゃない。その後だ。彼はきみに対して責任を取るべきだった。自分の騏驥にすべきだった……そうは思わない?」

「自分は……リィ様に選んでいただける力がありませんでした」

「そうかな」

「!?」

 一体何を言いたいのだろう?
 戸惑うダンジァの傍で、ツェンリェンは続ける。

「きみになかったのは、力じゃなくて自信じゃないのか? こう言うとなんだけれど、”ルーラン”は気性がおかしい。騏驥としては致命的なほど気性が悪い。どれほど能力があったところで、リィ殿下以外は誰も乗らないだろう。だとしたら、リィ殿下が乗らなくなればいつかはいなくなる。つまり、比べるものはなくなる。リィ殿下にとっては、きみが一番の騏驥になる。なにも問題はないだろう」

「そ……」

「自分のせいで処分されるかもしれない騏驥が哀れかい? だが騏驥の処分基準や消息については、別にきみが気にすることじゃない。賢く強い騏驥だって、怪我や病気で役に立たなくなって処分されることは少なくない。そうなれば騎士は当然別の騏驥に乗るし、そんな風にいなくなった騏驥なら、きみだって後釜に座ろうとするだろう。なにが違う」

「自分は——」

 ダンジァは、荒らげそうになる声をなんとか抑えて言った。

「自分はそういう……弱みに付け込むようなというか……そういうのは……そういうことはしたくないというか……。け、怪我や病気でいなくなった騏驥の代わりに名乗りをあげることと、騎士の方に責任をとってもらうような形で、その……他の騏驥を押しのけるようにするのは、違うかと……」

 上手く説明できているかどうかはわからない。
 けれど、自分がリィの騏驥になることは、もう無理だったのだ。互いに求め合っている騎士と騏驥の仲に、割り込むだけの自信はなかった。

 そう。そういう意味では確かに「自信がなかった」とも言えるのだろう。
 騎士リィという時点で、自分はもう負けなのだ。
 
 と。
 ダンジァの言葉を聞いたツェンリェンは、言い返されたのに怒るでもなく「ふむ」とひとつ頷く。
 直後、何かを思い出すように小さく笑うと、

「きみたちは青臭いところまで似ているな」

 呟くように言い、また笑う。
 意味がわからず目を瞬かせるダンジァの傍で、彼は独り言のように続ける。

「ま、悪いことじゃない。それもまた『相性がいい』ということだろう。でもきみらを見ていると、自分がとてもずるいように思えて嫌になるな……」

 最後は不満そうに軽く口を尖らせて言う。
 更には眉を寄せ、何か考えるように軽く首を傾げたのち、「まあいいか」とひとりごちて改めてダンジァを見た。
 
 なんだかよくわからない。
 だが、彼は気を取り直したようにしっかりとダンジァを見つめていた。 

「なるほど。リィ殿下については納得したよ。きみは恩義に厚い騏驥のようだ。だが——少し歪だな」

「歪……ですか?」

「自分と周りとの力関係は正しく判断してるのに、それが自信に繋がっていない。以前、きみは出走名簿の騏驥を見て、『自分に勝る騏驥はいない』と言ったことがあったね。あのあと実際に確かめてみたけれど、確かにきみが言った通りだった。きみの判断は正しかったということだよ。騏驥にとって自分や周囲の力量の判断はとても大事だ。きみはそれが正しくできている。なのに——きみは自分を選んでもらうことが絡むと、それが歪む。そんなに劣等感を持つことはないのに」

 そしてツェンリェンはふっと息をつく。
 見つめてくる視線の圧が、微かに増した気がする。
 緊張するダンジァに、彼は続けた。

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