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48 大会前日(8)王子と王・3
しおりを挟むユーファの食欲には驚かされつつも、二人の様子はなんとなく羨ましい。
ダンジァが思っていると、ユーファの頭を再びひと撫でしたツェンリェンが近づいてきた。
彼はダンジァを見つめると、ややあって、ふっと視線を外し、独り言のように言う。
「子の出来が良いからと言って、必ずしも喜ぶ親ばかりではない——と言うことだ。残念ながら。王と王子となれば、普通の親子とは違ってしまうのだろう」
「…………」
「不仲の理由は、有り体に言えば嫉妬だ」
「!?」
嫉妬?
予想もしていなかった言葉が聞こえ、ダンジァは目を瞬かせる。
ツェンリェンは遠くを見たまま頷く。微かに苦笑しているようにも見えた。
「殿下は騎士として非常に優れた資質をお持ちだ。それが、陛下には面白くないようなのだよ」
「ど……」
「君たちは、現王の即位の経緯は習っているかな」
と——。
「どうして」と尋ねかけたダンジァの言葉に先んじるように、ツェンリェンが訊いてくる。ダンジァは答えに困った。
国の歴史は、騏驥になる前にもなった後も一通り学んではいる。
だが「即位の経緯」と言われれば……。詳しくは知らない、と言うのが事実だ。
確か、現王は前王の末弟のはずで、その前の王——つまり先々代の王は二人の父親だったはずだ。その先々代王は為政者としてだけでなく騎士としても優れ、勇敢で、騏驥たちにも慕われた偉大な王の一人として今も語り継がれている。
ダンジァがそれらを——自分が知っていることだけを確認するように伝えると、ツェンリェン「そう」と頷いた。
「それで合っている。前王は陛下の一番上の兄君だ。まだお若いうちに殂落なされた。そして……末弟である陛下が王位につかれた」
「…………」
「同腹のご兄姉が他に四人、異腹のご兄姉が二人いたにも関わらず——現王と前王のお父上である先々代王が、王位継承にあたって揉めないように『必ず生まれの順にすべし』と触れを出していたにも関わらず——だ」
「…………」
声には出さなかったものの、その話にはダンジァも驚いた。
六人?
六人も兄や姉がいたというのか。死んだ兄王以外に、現王には。しかも、それらの兄姉を越えて王になっていたとは。
そんなこと一つも教わらなかった。
現王の即位について習ったことといえば、単に「兄王が死に、弟である現王が即位した」と言うことだけだ。
目を丸くするダンジァに、ツェンリェンは苦笑して「聞いていないか」と尋ねてくる。ダンジァが頷くと「だろうな」と彼は苦笑を深めた。
「公にはされていないことだ。かといって秘されているわけでもない。なぜなら、ご兄姉たちは皆、”自然に”王位の継承権を失くされたからだ。お二人の王女はそれぞれ降嫁なさり、四人の王子は皆……薨去なされた」
「!!」
今度こそ、ダンジァは声をなくした。
薨去? 死んだ? 現王以外の、年が上の——継承順位が上の王子四人が全員?
「そ……」
それは……本当に”自然”なのだろうか?
ダンジァが見つめると、ツェンリェンは苦笑を深めた。
「四人の王子の死に不審な点はない——だから”自然”で、だから隠す必要はなく、だから現王の即位は正当——。そういうことになった。即位の折に。陛下の即位を支持する者たちによって。だからそういうことになっている」
そういうことになっている。
でもその経緯の詳細は、普通の人たちには知らされていない。
学校で歴史を学び、騏驥となって改めてこの国と騏驥や騎士や王や魔術師について学ばされたダンジァが知らなかったように。
現王に他に兄姉がいたことだって、それも六人もいたことだって、今初めて知ったことだ。
ツェンリェンは続ける。
「そういうわけで……現王は王として即位なさった。周囲からの多大な援助もあってね。だが、そんな風に兄たちの”自然な”死を見てきた国王陛下は、王になって暫くして気づいた。今度は自分が”自然に”死んでしまう可能性もあるのでは——と」
「……」
「そうなれば、王位を継ぐのは第一王子であり王太子であるシィン殿下だ。警戒なさるのも無理はない。それでも——それだけならまだ今のように殿下を敵視なさることはなかっただろう。だが不幸にしてと言うかなんと言うか……殿下は似てらしたんだ、現王のお父上である、先々代の国王陛下に」
「そ、れは駄目なのですか……?」
「駄目、ではない。我々騎士には。だが陛下には駄目だった。威厳があり、偉大な王として今でも崇められている自らの父親に似ていて、しかも父親と同じように巧みに騏驥を駆り騎士としても優れた息子は……」
「……」
——嫉妬。
そこで、ダンジァはツェンリェンの言葉の意味がわかった。
現王は——兄たちの”自然な”死によって王位についた王は、今度は自分がその座を奪われることを恐れているのだ。しかもそれを奪うかもしれない相手は——息子は——自分よりも優れた騎士であり自らの畏怖の対象であった父王に似ているとくれば……。
(騎士としての殿下に、嫉妬されている、というわけか……)
そして畏れている。
シィン殿下が騎士として優れた資質を見せれば見せるほど、現王にとっては忌々しく疎ましい存在になってしまう——と言うわけだ。
現王がどのぐらいの技量の騎士なのかはわからないが、それよりも優れた騎士がいれば——シィンがそれよりも優れているとなれば、たとえ息子であっても妬ましく思わずにはいられないということなのだろう。
いや、むしろ息子だからこそ。
なにしろ、この国は騏驥で覇をなしてきた国なのだから。
「……っ……でも、それは……」
そんなことは、殿下には関係のないことではないですか。
ダンジァが言うと、ツェンリェンは「そう」と頷く。
「そうだ。確かに。だが実際のところ——そんな風に二人は不仲だ。というか……陛下が一方的に嫌っていると言う方が正しいな。殿下にすれば疎まれても陛下はお父上だ。なんとか昔のように——まだ子供だった頃のように親しく、と望まれているようだが……」
そこまで言うと、ツェンリェンは眉を寄せて口を噤む。
シィンの側で二人の関係を見てきた彼にすれば、おそらく、もうその望みは叶わないところまで来てしまっている——と言うことなのだろう。
ダンジァは、王の言葉に言い返しもせず頭を下げ続けていたシィンのことを思い出す。他の騎士や騏驥たちもいる前で侮辱とも取れることを言われたのに、彼は黙ってそれを聞いていた。
言い返したのは一度だけ。自らが騎乗する騏驥を、ダンジァを馬鹿にされた時だけだった。
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