まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

有泉

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46 大会前日(6)

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 振り返ると、そこにいたのはツェンリェンだった。
 周辺の警備をしているのだろうか。
 確か、宴にその姿はなかったはずだ。それに、格好も礼装ではなく普通の騎士のいで立ちをしている。
 だが彼の「いつも」であるその姿は、さっきまで広間で目にしていた騎士たちの華やかな装いに勝るとも劣らないように思える。
 やはり騎士は、どんなに着飾るより騎士らしい格好の方が「格好良い」のではないだろうかと——騏驥であるダンジァは思う。

 もっとも、ツェンリェンは誰もが認める端正な容貌だから、礼装姿は礼装姿で目を引くに違いないだろう。
 また、もしシィンなら普段の姿も礼装姿もどんな姿も全てきっとてもとても魅力的だろうし、ずっと見ていたい——とダンジァは思うのだが、それはさておき。

 ダンジァが挨拶すると、すぐ近くまで来たツェンリェンは、肩越しにふっと軽く顎をしゃくった。

「広間に戻らないのか?」

 どうやら、ずっと見られていたようだ。

(いつから……)

 少々気になりはしたが、彼はシィンの近衛だ。
 ずっと張り付いて追っているわけではないだろうが、シィンのいるところには彼や彼の臣子が付かず離れずいて、警護していて当然だ。ならば自分の姿も見られていて当然だろう。
 
 ダンジァは少し考え、「はい」と頷いた。

「なんとなく、ああした華やかな場は苦手で……。少し気分を変えてから馬房に戻ろうと思っておりました」

 まさか正直に、いきなり姿を見せた王の言動にモヤモヤしてしまった、とは言えないし、シィンのことを想いすぎて落ち着かないのです、とも言えない。
 
 と、ツェンリェンは「そうか」と頷いた。

「まあ、無理をして気疲れすることもないからな。今日明日は、騏驥も付き添いなしで自由に動き回れるし、自分に合った調整をすればいい。ああ——もちろん禁止区域には入るなよ。結界があるから入れないようになってはいるが、下手をすると怪我をする」
 
「はい」
 
 ダンジァが頷くと、彼も「ん」と軽く頷く。
 直後。
 彼は不意に、ひた、とダンジァを見つめてきた。
 それまでの気軽いような気安いような雰囲気から一変した、どこか張り詰めた気配だ。ダンジァが息を呑んだ時。

「せっかくの機会だから、一つ、きみに伝えておこう」

 静かに、ツェンリェンは言った。

「リィ殿下のことだ。先日はあんなことになったけれど、シィン殿下は呼びつけたりはなさっていない。それは伝えておこうと思ってね」

「ぁ……」

 ダンジァは小さく声を零した。
 下賜された剣を返上したいと申し出たダンジァの、その原因がリィにあるのでは、と、リィに対して酷く憤った様子を見せていたシィン。
 呼びつけて問い糺すとまで言っていたが、それはなかったということか。

 知らされて、ほっとする。
 だが正直なところ、そのやりとりについてはすっかり忘れていた。
 
 リィに対して薄情……なのかもしれない。
 けれどあの時はそれ以上に、その後シィンに言われたことがショックだったのだ。
 
 登城しなくていい——助手が調教に乗りにいく、と言われたことが。
 彼に遠ざけられたと、そう思ったことの方が。
 
 一言言ったきり黙っているシィンをどう思ったのだろうか。
 
「それだけだよ。この件が明日への憂いになってはと思ってね……言っておくことにした」

 ツェンリェンが言葉を注ぐ。
 おそらく彼は、明日のシィンとダンジァとのことを気にしてくれたのだ。この件で溝ができたままでは、一体となって競走に参加できないのではと心配してくれて……。

 彼は続ける。

「あの時は少し『らしく』なかったようだけれど、殿下は本来分別のある方だ。わがままではあってもね……」

 最後は少し——なんとなく、臣下というより友人っぽい口調だ。
 ダンジァは噛み締めるように「はい……」と頷く。
 そして、やや迷ったものの、思い切って「あの……」とこちらから話しかけた。

 おそらく服務中であろう騎士に——それも王子の側近くに仕えるツェンリェンにこちらから話しかけるなどもってのほか——と頭では分かっていたが、どうしても尋ねたかったのだ。

 さっきの王の様子はどうしてなのか。王とシィンの関係を。
 シィンと親しい彼なら、知っているのではないかと思って。

 それが、騏驥として行き過ぎた行為だとも分かっている。騎士の、それも王子の私的なことにまで踏み込もうとするなど、明らかに一線を超えている。
 でも——。

(でも——)

 ダンジァは思うのだ。

 知れば、今度はシィンを護れるかもしれない。
 護れなくても庇うことはできるかもしれない。彼の代わりに幾らかの痛みを引き受けることはできるかもしれない。支えることはできるかもしれない。

「ただの騏驥」の身で、この大会が終われば、もうシィンに会うこともないかもしれない騏驥の身で驕っていると思われるかもしれない。けれど自分が何かすることで、少しでも——ほんの少しでも彼の盾になれるなら、そうしたいと思うから。


 ツェンリェンはダンジァを叱ることも無視することもなく、「ん?」と小首を傾げて見つめ返してくる。
 ダンジァはゴクリと唾を飲み込むと、そろそろと切り出した。

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