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20 王城にて(5)遭遇
しおりを挟む(そう。——そうなのだ……)
厩舎への帰り道。
ダンジァは”話し合い”に参加していたときの自分を思い出し、顔を顰めた。
思い出したせいで、ひょっとしたら今も顔が熱くなっているかもしれない……。
彼は周囲を気にしながら、さりげなさを装って頬に触れ、確かめる。
大丈夫。なんとか大丈夫だ。——多分。
多分。
そのことにホッとしつつ、しかし心もち身を隠すようにしながら、足を速める。
(大柄なので到底隠せるものではないのだが、気持ちは隠れたかったのだ。幸い辺りに人はいないが、いると困る。顔を見られると困る。……思い出したせいで、だろめだと思うのににやけてしまいそうで)
歩くたび、胸元に付けている通行許可の胸章がゆらゆら揺れる。
それはまるで、ダンジァの今の気持ちのようだ。揺れてふらふらして、おぼつかない。しかもこれはシィンからもらったものだ。だから尚更自分の気持ちを刺激するのだろうか。
いくつかの輝石を連ねて作られているこれは、城で調教するようになったとき、ダンジァが一人でも登城できるように、と渡されたものだ。
初日こそサイ師とともに城に来ることになったが、調教のたび、毎回毎回師に付き添ってもらうのも申し訳ないなと思っていたところ、先にシィンから渡されたのだった。
『これがあればいつでも城へ来られるからな』という言葉とともに。
騏驥が単独で王城をうろつける許可なんて、普通では考えられない待遇だ。だからダンジァは、恐縮しつつそれを受け取り、何度も感謝の言葉を述べた。シィンが『礼はもういい』と何故か怒ったように言い出してしまうほどに。
だがそれぐらい貴重なものなのだ。だから使う時も、毎回緊張しつつ使わせてもらっている。ダンジァの首の「輪」と紐づけられているようだから、万が一——億が一紛失しても他人に使われることはないとはいえ、失くすことは絶対に許されないことだと思っていたし、それを肝に命じて大切に扱っている。
騏驥にとって大事なものだし、何よりシィンにもらったものだからだ。
そしてそれは「使い方」についても同様で、つまり、本来の目的以外——調教のために行き来する以外の寄り道はしないようにしていたし、滅多なところには近づかないようにしていた。大切なものだから、乱用できなかった。
時間だっていつも気にしていた。
シィンやツォ師に迷惑をかけないように、伝えられている調教開始時刻には絶対に遅刻しないようにちゃんと早く行くが、しかし早く行き過ぎないように。
そしてそして帰るときは速やかに帰るように……等々。
今回のように、戻りが遅くなったのは初めてだった。
結局、あの後、話はダンジァがどの競走に出走するかという話題に戻り、鞍上試合に出場する場合としない場合の両方で出走するレースも決まった。
それはよかった、と言えるだろう。そのための話し合いだったのだから。
でも。
歩きながらダンジァは思う。
でも、あれは……。
”ああいうの”はよくない、と思うのだ。
自分の態度を、自分の反応を思い出し、ダンジァは再び顔を顰めた。
こうした動揺もだ。こういうのは「よくない」。
よくない傾向——よくない動揺だ。
シィンの言動の一つ一つに、彼の一挙手一投足にああまで狼狽えてしまうなんて——そんなのは「よくない」。騏驥としてあまりに未熟すぎる。
もしくは、思い上がりすぎだ。
ダンジァは眉を寄せる。
自分は、ただの騏驥だ。
他の騏驥より優っているとしても、褒められることが多いとしても。
ただの騏驥だ。
誰かの特別になることはなく、一番にもなれなかった騏驥。
今は、大会まではシィンの騏驥であっても、それが終われば元の——それまで同様の大勢の騎士のための騏驥に戻るのだ。
——ただの騏驥。
なのにシィンは——王子は、なぜかそんな自分を「一番」にしてくれると言った。
それを目指して大会に出よう、と。
一番が好きだと言っていた彼が、一番ではない自分に乗って。
だから——そこまで望んでくれるならその期待に応えようと思った。
応えたいと思っている。今も。
騎士の期待に応えてこその騏驥だ。ならば、その目標のために励むのみだ。
シィンと共に励み、彼の期待に応える。一番になる。
そうすればダンジァは彼のおかげで栄誉を得るし、彼は——シィンはダンジァを一位にさせた騎士としてその卓越した手腕と騎乗技術を周囲に知らしめることができるだろう。一介の騏驥に過ぎない身のダンジァを、一番の騏驥にした素晴らしい騎士として。そんなにも優れた騎士であり、王子である、と。
だから自分がすべきことは、彼の期待に応えることだ。
誠心誠意尽くし、彼の望みを叶えること。
なのに……まだその仕事の一つも果たしていないにもかかわらず、王子である彼に少し褒められたからといって、少し気にかけてもらったからといって、浮ついて、狼狽えてしまうなんて……。
誰に乗ってもらっても騏驥として誠意を尽くすと決めていたはずが、王子に乗ってもらった時だけ、褒められた時だけ、特別に嬉しく感じるなんて。
自分は自分で思っていたよりも権威に弱い駄目な騏驥だったようだ……。
ダンジァはふうっと息をつく。
自分が特別扱いされているのは、今たまたま特別な状況にあるからだ。彼の騏驥として大会に出るからだ。
期待してくださっていることも、褒めてくださっていることも、彼が騎士として、王子として優れた素晴らしい方で、騏驥に対しても優しく真摯な方だからだ。
こちらに自信を持たせ、本番までに、よりやる気を出させようとしてのこと。こちらの能力を発揮させ、一番の栄誉を下さろうという——そういうご配慮だ。
(だから……勘違いしては駄目だ……)
自分の立場を弁えなければ、とダンジァは自分に言い聞かせる。
そのときだった。
「——!?」
一旦回廊を抜け、差し掛かった、中庭の小道。
突然現れた数人の男たちに前を塞がれ、ダンジァは思わず足を止めた。
男たち——いや、見た目は青年や少年たちと言う方が正しいかもしれない。実際の年齢は不明だが、皆、ダンジァよりは若く見える。少なくとも、「実際の年齢より落ち着いて見えるな」と言われてばかりのダンジァよりは確実に若く見える。
同じような面差し、同じような体格、同じような髪型。少しずつ違うものの、纏う雰囲気は同じものだ。そして皆、それぞれに美しい。
王の騏驥——だろう。彼らのうちの数頭——数人——五人だ。
彼らは、ダンジァを半円に囲むように立ち塞がると、一斉に睨みつけてくる。
思いがけずやってきてしまったこの事態に、さすがのダンジァも眉を寄せずにはいられなかった。
ツォ師の言葉が脳裏に蘇る。
咄嗟に周囲に視線を走らせるが、他に人気はない。
いつもよりも時間が遅いからだろうか。それとも、彼らが何らかの手段で人を遠ざけているのだろうか?
いずれにせよ、こうなっては彼らと対峙しないわけにはいかないようだ。
ダンジァはふっと息をつくと、
「なんでしょうか」
なるべく穏やかに男たちに向けて言う。
本当は関わり合いになりたくないが、無視してやり過ごすこともできないだろう、と判断したのだ。強引に突破しようとしても、相手は五人。体格差から考えれば無理矢理突破できないこともないだろうが、そんなことで揉み合いになって怪我でもさせたほうがより厄介だろう、と考えたためだ。
すると五人のうちの一人。
見比べるとやや容姿に優る一人が、顎をそびやかすようにして一歩前へ出る。どうやら彼が主導者のようだ。
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