92 / 98
【番外】騎士と騏驥の旅(2)
しおりを挟む
国の宝である騏驥とそれに騎乗する騎士を泊めるとなれば、宿にとっても名誉なことで、公用時はもちろん私用の時でも、優先どころではなくどこへ行っても厚遇されるのが普通だった。
だからリィも、本来はそのつもりでいたのだ。
特別な扱いを受けたいとまでは思っていないが、疲れた身体を宿でゆっくり休めるつもりだった。
ただ。
そのつもりでの帰り道。立ち寄った街は祭りの最中で宿も道も人で溢れかえっていた。
だから、泊まるとなれば他の客を追い出してしまうことになりそうで……。リィは宿屋の主人がそうしようとしているのを知って、断ったのだ。
『別に用事があるのを忘れていた。だから泊まれなくなった』と理由を作って。
しかしルーランはといえばすっかり泊まる気になっていたから、みるみる不機嫌になった。
リィが林檎と角砂糖で上手く彼の気を逸さなかったなら、抵抗の意思を示すために馬の姿のまま道に転がりさえしただろう。
(これは我ながら上手くやった、とリィは思っている。連れていた騏驥が街中で暴れたなどと報告されたら始末書程度では済まない)
だが、初めて祭りの様子に目を輝かせている子どもと——二人の幼い兄弟だった——この祭りを見せたくてわざわざ遠方からやってきたと思しき両親を押しのけてまで、そこに泊まろうとは思わなかったのだ。
どうしても。
せっかくの家族団欒の幸せに水をさすような真似はしたくなくて。
(まあ、わたしはどこでも寝られるのだし……)
ルーランだって……。
そう思いながらルーランに揺られていると、ほどなく、予想していた通りに少しひらけた場所に出る。
ほっとした途端、
<星の見える本日の宿に到着>
ルーランが憂さ晴らしのように尻っ跳ねながら言った。
◇ ◇ ◇
「こっちはこれでよし——と。さてお次は……」
どこからか見つけて来た材料と持っていた発光石で手際よく角灯のようなものを作ると、次には周囲に警戒用の魔術石を手際よく配置する。それを終えると、今度はさくさくと寝床を作り始める。
しかも鍋から漂ってくるのは、携帯食を使っているとは思えない程の美味しそうな香りだ。
先刻、ルーランが発火石で火を起こして煮炊きし始めたのだった。
「お前……どうしたんだ、急に」
鍋の側。草地に重ねた布が敷かれた上に座っているリィは、ルーランの無駄のない動きに目を丸くしつつ尋ねる。
野宿なんかイヤだと散々文句を言っていた彼なのに、いざそうなってみれば打って変わったかのように働き者だ。
(ひょっとして何か企んでないか……?)
戸惑うと同時に警戒してしまう。
ついじっと見つめてしまっていると、
「どうもこうも。ここまで来たら仕方ないだろ。だったらせめて快適に——ってね。ああ、あんたはいいから座ってろよ」
ルーランはこともなげに言い、どころか、鍋の中の汁物が、とぷん、と音を立てて跳ねたのをなんとかしようと腰を浮かせかけたリィを制すると、素早く火加減を調節してしまう。
完璧な”騎士に仕える騏驥”ぶりだ。
つまり”良い騏驥”。
——彼には最も似合わない肩書きだ。
「……いったい……なんなんだ」
調子が狂う。
彼は本当にルーランなのか?
「なんだか……別人のようだな」
ポツリと独りごちるように言うと、聞きつけたルーランが微かに苦笑した。
「そんなわけないだろ。出かける時からずっと一緒だったのに」
「それはそうだが……」
そういう意味ではない。
ずっと一緒だったけれど別人のようだから落ち着かないのだ。
しかも——。そんなふうに思うのは、そんなふうに感じるのは、今が初めてじゃない。
いつからだろう。
知っているはずの彼のふとした仕草や声音に微かな引っ掛かりのようなものを覚えるようになったのは。
元々ルーランはムラっ気があって気分屋で、意見なんてコロコロ変わる騏驥だった。その時その時のしたいようにやる我儘さで、だから扱い辛い騏驥だった。
だから、たまに感じていた引っ掛かりも、そうした我儘が現れた一つなのだろうと——気のせいだと思っていたけれど……。
けれどなんとなくそれだけではない気もするのだ。
(まるで彼の中にいろいろな彼がいるような……)
想像した直後、リィはあまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑して頭を振る。
うっかり口にしなくてよかった。ルーランに聞かれたら大笑いされていただろう。騏驥は耳がいいから注意が必要なのだ。
だからリィも、本来はそのつもりでいたのだ。
特別な扱いを受けたいとまでは思っていないが、疲れた身体を宿でゆっくり休めるつもりだった。
ただ。
そのつもりでの帰り道。立ち寄った街は祭りの最中で宿も道も人で溢れかえっていた。
だから、泊まるとなれば他の客を追い出してしまうことになりそうで……。リィは宿屋の主人がそうしようとしているのを知って、断ったのだ。
『別に用事があるのを忘れていた。だから泊まれなくなった』と理由を作って。
しかしルーランはといえばすっかり泊まる気になっていたから、みるみる不機嫌になった。
リィが林檎と角砂糖で上手く彼の気を逸さなかったなら、抵抗の意思を示すために馬の姿のまま道に転がりさえしただろう。
(これは我ながら上手くやった、とリィは思っている。連れていた騏驥が街中で暴れたなどと報告されたら始末書程度では済まない)
だが、初めて祭りの様子に目を輝かせている子どもと——二人の幼い兄弟だった——この祭りを見せたくてわざわざ遠方からやってきたと思しき両親を押しのけてまで、そこに泊まろうとは思わなかったのだ。
どうしても。
せっかくの家族団欒の幸せに水をさすような真似はしたくなくて。
(まあ、わたしはどこでも寝られるのだし……)
ルーランだって……。
そう思いながらルーランに揺られていると、ほどなく、予想していた通りに少しひらけた場所に出る。
ほっとした途端、
<星の見える本日の宿に到着>
ルーランが憂さ晴らしのように尻っ跳ねながら言った。
◇ ◇ ◇
「こっちはこれでよし——と。さてお次は……」
どこからか見つけて来た材料と持っていた発光石で手際よく角灯のようなものを作ると、次には周囲に警戒用の魔術石を手際よく配置する。それを終えると、今度はさくさくと寝床を作り始める。
しかも鍋から漂ってくるのは、携帯食を使っているとは思えない程の美味しそうな香りだ。
先刻、ルーランが発火石で火を起こして煮炊きし始めたのだった。
「お前……どうしたんだ、急に」
鍋の側。草地に重ねた布が敷かれた上に座っているリィは、ルーランの無駄のない動きに目を丸くしつつ尋ねる。
野宿なんかイヤだと散々文句を言っていた彼なのに、いざそうなってみれば打って変わったかのように働き者だ。
(ひょっとして何か企んでないか……?)
戸惑うと同時に警戒してしまう。
ついじっと見つめてしまっていると、
「どうもこうも。ここまで来たら仕方ないだろ。だったらせめて快適に——ってね。ああ、あんたはいいから座ってろよ」
ルーランはこともなげに言い、どころか、鍋の中の汁物が、とぷん、と音を立てて跳ねたのをなんとかしようと腰を浮かせかけたリィを制すると、素早く火加減を調節してしまう。
完璧な”騎士に仕える騏驥”ぶりだ。
つまり”良い騏驥”。
——彼には最も似合わない肩書きだ。
「……いったい……なんなんだ」
調子が狂う。
彼は本当にルーランなのか?
「なんだか……別人のようだな」
ポツリと独りごちるように言うと、聞きつけたルーランが微かに苦笑した。
「そんなわけないだろ。出かける時からずっと一緒だったのに」
「それはそうだが……」
そういう意味ではない。
ずっと一緒だったけれど別人のようだから落ち着かないのだ。
しかも——。そんなふうに思うのは、そんなふうに感じるのは、今が初めてじゃない。
いつからだろう。
知っているはずの彼のふとした仕草や声音に微かな引っ掛かりのようなものを覚えるようになったのは。
元々ルーランはムラっ気があって気分屋で、意見なんてコロコロ変わる騏驥だった。その時その時のしたいようにやる我儘さで、だから扱い辛い騏驥だった。
だから、たまに感じていた引っ掛かりも、そうした我儘が現れた一つなのだろうと——気のせいだと思っていたけれど……。
けれどなんとなくそれだけではない気もするのだ。
(まるで彼の中にいろいろな彼がいるような……)
想像した直後、リィはあまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑して頭を振る。
うっかり口にしなくてよかった。ルーランに聞かれたら大笑いされていただろう。騏驥は耳がいいから注意が必要なのだ。
2
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる