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78 騏驥

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「リィ!?」

 振り返ったルーランが、格子を掴み、強く揺さぶる。だが、それはびくともしない。
 二度、三度と試みるが結果は同じだ。 
 舌打ちするルーランに向け、そして檻の中のリィに向け、
 
「……死にやしないさ」

 若い男が言った。彼はまだ顔を押さえたままだ。
 指の隙間からリィを睨むようにしながら、忌々しげに嘯いた。

「殺しやしない。どうせ救援がやってくるんだろう? それまでの辛抱だよ。ただまぁ、そろそろ日が昇る。ここは過ごしやすいとは言えないから……助けが遅れるとどうなるだろうね」

「お前……」

 ルーランが低く言い返すと、男は不快そうに頰を歪めた。

「口のきき方に気をつけろよ、獣。僕はお前の主人ほど心が広くない。そんな口をきくと——」

「違う」

 男の言葉に、リィは割って入った。
 男は訝しげに、ルーランは驚いたようにリィを見る。
 リィは檻の中から若い男を睨むように見返す。そして言った。

「ルーランだ」

「は?」

「獣じゃない。彼は、わたしの騏驥のルーランだ。顔を見せることもできない卑怯者が、ことさら彼を貶めるように呼ぶのは許さない」

「……っ」

 男が顔色を変えたのがわかった。指の隙間から覗く目が、憤怒の色にぎらついている。
 だがリィは、今度は目を逸らさなかった。
 自分のことを嗤われるより頭にきていた。父のことを揶揄された時のように。もしかしたらそれ以上に。
 
 檻に囚われているような不利な状況で、言い返せばどんな結果になるか一瞬だけは考えもした。けれど我慢ならなかった。
 許せなかった。
 そしてこんなに許せない自分を不思議だと思うと同時に、リィはどこか納得してもいた。
 人には多分、自分よりも自分の宝物の方が大切に思えることがあるのだ。
 自分の名誉や安全より、自分が大切に思っているもののそれの方が、より大切だと思うことが。

 そして、今はまさにそうだった。
 
 さっきからずっとずっとずっとずっと——この男はわざとのようにルーランを貶める呼び方をしていて。
 もう限界だった。
 
 そうしてしばらく睨み合うと、やがて、若い男は「ふん」と鼻を鳴らし「なるほどな」と嗤った。

「そうやってことあるごとに騏驥の機嫌を取ってやるわけか。それが飼い慣らすコツなのだろうな。懐くはずだ。だがそうして庇ってやった騏驥は果たしてお前に報いてくれるかな。人ですら人を裏切るのに、相手は人ではない騏驥だぞ。なあ—-騏驥」

 ふふ、ふふ、と男は笑う。

「お前は逃げたら助かるぞ。ここでその騎士に付き合う必要はない。死ぬことはないのだから罪悪感を覚えることもない。ただ、運が悪ければ騎士としては生きられなくなるだけだ。いや——僕などが口を出すまでもなかったな。また騎士が逃してやるのだろう、きっと。優しい騎士だものな。そんなひどい傷を負った騏驥を自分の道連れにすることはあるまい」

 くふ、くく、と男は笑う。
 目を細め、楽しげに。憎々しげに。

 そんな男の傍に、いつしか二頭の馬が引かれてくる。背の高い男が連れてきたのだ。
 馬に跨ると、若い男はリィとルーランを見下ろし、「ふん」と楽しそうに嘲るように鼻を鳴らした。

「まあせいぜい仲良くするがいい。またいずれ会う時まで騎士と騏驥でいられるかは知らぬがな」

 笑いながらそう言うと、男たちはこちらに向けて勢いよく馬を走らせてくる。
 察したルーランが檻越しのリィを庇うように立ち塞がってくれたものの、至近距離を馬が駆け抜けていく際の激しい風と、舞い上がる土埃、そして飛んでくる石粒に、リィは顔を覆わずにいられなかった。

 遠ざかっていく馬の足音。けれどリィはまだ噎せてしまう。
 ゲボゲボ咳をしながら、ゴシゴシ目を擦っていると、

「大丈夫か」

 声と共に、優しく目元を拭われた。
 ルーランが柵の間から腕を伸ばして拭いてくれているのだ。
 リィがぎこちなく頷くと、彼は「よかった」とホッとした声を溢す。
 だがそう言う彼の腕は、もうすっかり血の色に変わってしまっている。

「わ、わたしよりお前だ。お前の、お前の怪我が——」

 リィは狼狽しながら、持っていた袋を探る。止血のために使える何かが、苻か何かが、まだ残っていないかと思ったのだ。
 だが一縷の望みをかけて探ってみても、もう何も出てこない。
 どれほど探っても、大きく口を開けて覗いても、ルーランに渡して探らせてみても。
 ——何も。何一つ。

 さっきリィが使った符が全部だったのだ。

「すまない……わたしは、また……」

 怒り任せに、迂闊なことをしてしまった。
 後悔に俯いてしまうと、その肩を幾度も撫でられた。

「何言ってるんだよ。あんたのあの反撃が、あいつらを引かせることに繋がったんだろ。そうじゃなきゃ、長引いてどうなってたか。あんたは助けてくれたんだよ」

「でも」

「気にするなって。それより今の問題はこいつだ。魔術の檻、なんだよな? 力で対抗できないのか?」

 ガシガシと揺さぶりながら、ルーランは言う。
 魔術に対して力尽くで対抗する……というのは必ずしも無理なことではない。
 リィが手綱に魔術を込めても、それに抗ってルーランが歩を進めた時のように。

 だが、それは場合による。
 今回そうできるかどうかは……。
 
「わからない……」

 リィはそう答えるしかない。
 何しろ、あの得体の知れない、しかも相当に力を持った魔術師である男が作った檻だ。そうそう簡単に壊せるとは思えない。
 リィがそう考えている間も、ルーランは檻の様子を調べるようにぐるぐるとその周りを回っている。リィも内側から調べてみるが、綻びらしい綻びは見当たらない。
 そうしているうち、登ってきた陽の光があたりを舐めるように明るく染め始める。

 ルーランは眩しそうに目を細めると、次いで、「なるべく端に下がってろ」とリィに向けて言った。

「破片がどう飛ぶかわからないからな。それだけ気をつけておいてくれ」

「え……ル、ルーラン!?」

 まさか、とリィが尋ねるより早く、彼は馬の姿に変わる。
 変化できるようになったのだ。男たちが去ったせいで?
 それはよかった。良かったが——その姿でも、いや、その姿だからこそ、彼の傷の深さがはっきり分かり、リィは声をなくした。
 暗かったから、服の上からだったから、彼がさほど気にしていないようだったから、しっかり把握できていなかった。
 だが明るくなり、馬の姿で隠すもののない今、リィの目に映った彼の腕は思っていた以上にざっくりと裂けていた。
 大きく深く——それは、内側の肉が見えているほどだ。
 血が止まらなかったはずだ。
 符を使っても止められなかったはずだ。
 こんな状態——こんな状態で長くいたら、彼は。

「ルーラン! 待て!」

 リィは彼を止めようと声をあげて手を伸ばす。だがルーランはリィに構わず、その蹄で光の檻を蹴り始めた。
 前脚で、後脚で、ルーランは繰り返し檻を蹴る。だがそれはびくともしない。
 そして蹴るたび、ルーランの傷から血が溢れた。既に赤黒く色を変えていた彼の右前脚は、彼が激しく動くたび、その足元に血溜まりを作る。

「ルーラン! 止めろ!」

 リィはなんとか彼を止めたくて、声を上げては彼に近づこうとするが、その度、彼が檻を蹴るせいで思うように近づけない。

(そんな……)

 彼はあんなにひどい傷なのだ。ひどい状態なのだ。それなのに、自分はそんな彼を見ているしかできないなんて。
 じれったさともどかしさに、胸をかきむしりたくなる。

 しかもそうしているうち、だんだんと日が昇りあたりが暑さを増していくと、リィの焦燥も一層高まっていく。
 魔術で作られた光る格子がなおさら熱を集めるのだろうか。ただ立っているだけで、ジリジリと焼かれるような感覚に陥ってくるのだ。
 それは熱を避けたくて格子から離れてみても同じで、むしろ四方から一斉に焼かれるような状況に立っていられなくなる。
 仕方なく、リィは片隅に寄り、格子に身を預けるようにぐったりと座り込む。

 それからどれほど経ったのだろうか。

「リィ」

 その肩を軽く揺さぶられた。
 熱い息を吐きながら目を向けると、ルーランが人の姿でそこにしゃがみ込んでいた。
 彼は格子の向こうから、リィに袋を差し出す。

「水だよ。井戸は無事だったから、汲んで来た。毒見はしたし、飲めるから大丈夫だ」

「?」

「リィ? 聞こえてるか?」

 そっと肩を揺さぶられる。けれど頭がクラクラして何も考えられないし答えられない。
 虚ろにルーランを見つめると、彼は袋を見つめ、再びリィを見つめる。
 そして中の水を一口飲むと、そっとリィに口付けてきた。
 流れ込んでくる水を、リィはぼんやりしたまま飲み込んだ。

「……大丈夫か? 飲めてる?」

 格子越しの口づけでは、思うように唇を合わせられない。
 不安そうに尋ねてくるルーランにリィがよくわからず首を傾げると、もう一度、水を含んだ彼に優しく口付けられた。
 今度はさっきよりはっきりわかる。
 乾いた喉に、潤いが蘇る。生き返るような心地よさに喉を鳴らすと、リィは半覚醒の中、

「もっと……」

 身体の求めるまま素直に訴えた。
 ルーランが微かに苦笑する。その様子が不思議でまた首を傾げると、彼は「なんでもない」というように微笑んで首を振り、また同じように飲ませてくれた。

 美味しい——。

 最後の一滴まで求めるように自ら舌を差し出し彼の舌を探ってちゅぅっと吸うと、身体を支えてくれているルーランの手が、びくりと震える。
 徐々に生気の戻った目で彼を見つめ、ふっと息をつくと、焦点のあった視界の中で彼が大きく苦笑する。直後、その顔は笑顔になった。

「よかった。ほら——もっと飲んで」

 そして彼は改めてリィに水を渡してくる。
 リィが言われるままそれを飲むと、ルーランはにっこり微笑んだ。
 
「また持ってくるから、あんたはこれ飲んで待ってろ。もうすぐここから出してやるから」

 そして彼は立ち上がろうとする。
 リィは彼のその腕を——左腕を、慌てて掴んだ。
 振り向いたルーランに、大きく首を振った。

「もう、いい。そんなことしなくていい。いいからお前だけ逃げろ。そんな怪我で——」

「逃げない」

 と。ルーランはリィを見つめて首を振り返した。

「逃げない。そんな気はさらさらない。言っただろう。俺は、あんたを助ける、って」

「でも——」

「このぐらいなんてことない。それに手応えはあるんだ。頑丈だけど壊せないことはない。あんた一人ぐらい助けられるよ」

「ルーラン、頼むからいうことを聞いてくれ。このままでもわたしはおそらく死ぬことはない。でもお前は——」

「死ななくても、ダメージが深刻なら騎士としての回復は無理になるかもしれないだろ!?   それじゃ意味ないだろ。あんたは騎士なのに!」

 リィの言葉に、ルーランは声を荒らげる。
 だがリィはそれでも頭を振った。
 腕だけじゃない。彼の両の指先も爪が割れている。檻を蹴り続けていたせいだ。
 こんなことを続けていたら、彼こそ再起は不可能になる。

「ルーラン!」

 リィは繰り返し彼の名を呼ぶ。頼むから、と彼の名を呼ぶ。
 もう十分だ。もう十分彼はわたしを助けてくれた。
 わたしが迂闊で愚かだったにも関わらず、彼はわたしを守り、助け続けてくれた。

 もういい。
 たとえここでお前が立ち去ったとしても、感謝こそすれ恨みはしない。裏切られたとも思わない。
 だから——。

 リィはルーランの腕を掴んで訴える。
 だが、彼は首を振った。

「俺は良くない。何も、良くない」

「でもこうなったのは元はと言えばわたしが……」

 わたしが。
 わたしが、愚かな嫉妬をしたから。

 どれだけしても足りないほどの後悔に俯き、リィは唇を噛む。その手に、そっと手が重ねられた。

「あんたのせいじゃない。大元は、俺がつまらない意地を張ったからだ。あんたに遠征の話をされた時に、素直に首を縦に振ればよかったんだ。自分の気持ちに整理がついてなかったはいえ、あんたに誘われて嬉しかった。だったら素直に行くと言えばよかったんだ」

「……」

「しかも、せっかくジァンが作ってくれた機会もフイにした。愚かさで言えば、俺の方が遥かに上だろ。俺は、俺がやらかした不始末を挽回したい。挽回、させてくれよ。あんたの騏驥として、活躍させてくれ。いいところ見せるチャンスをくれよ」

「……」 
 
「それに、仮にあんたが『立ち去れ』と命令しても、俺は聞かない。聞き入れない」

 言うと、ルーランは彼の腕を掴んでいるリィの手をそっと取り、そのまま、ぎゅっと握り込んで笑った。

「あいにく俺は、誰かみたいに聞き分けのいい賢い騏驥じゃないからな。だから、俺は俺のやりたいようにやる」

「ルーラン!」

「俺は逃げない。あんたを助ける。そう決めてる。そのために、俺は来たんだ。そのために俺はここにいる。騏驥として、俺の騎士を助けるために」

 血を見たくなかったら、あっちむいて横にでもなってればいい。なるべく体力使わないようにして……あんたはただ待ってればいいんだよ。ご主人様はそういうものだろ。

 最後は揶揄うように言って片目を閉じると、ルーランはリィの手を離して立ち上がる。
 新しい水を汲んできてリィに手渡すと、再び馬の姿に変わり、ずっと蹴っていた辺りをまた蹴り始める。
 一体何回、何十回、何百回そうしているのか。
 想像すると、目を背けたくなる。ルーランだって、見なくていいと言っていたし……と頭をよぎる。
 けれど彼は自分のために、と思えば、そんな彼の姿から目を背けることなんかできない。

 だがとうとう、その傷口だけでなく、足先からも血が飛びはじめる。
 リィがはっと息を飲んだ直後、ルーランは倒れるようにしてどさりと片膝をついた。
 
「ルーラン!」

 リィは悲鳴を上げて彼の側に駆け寄ると、その馬体に取り縋った。

「ルーラン、もういい! もういいから本当に止めろ! やめてくれ!!」

 彼が膝をついたことなんて、今まで一度もなかった。
 どんなに駆けた後だって、どんなに戦った後だって。
 それは彼にとっての誇りだっただろう。
 それをわたしなどのために汚すことはない。

 リィは泣きながら訴える。

 もういい。
 もういいから——。

 すると、馬だった彼は再び人の姿になる。
 何も纏っていないその姿は、傷つき、血と土埃にまみれているのに、それでもやはり奇跡のように美しかった。
 しなやかで、雄々しく、精悍で生命力に溢れた稀有なる存在。
 馬であり人であり兵器であり——そして何より熱い魂を持つ——。

「泣くなよ」

 そんな、この世で最も強い彼が、困ったように眉を寄せてリィの頬に触れた。
 指の背で。血に濡れていないそこで、リィの涙をそっと拭ってくれる。
 そうしながら、ルーランは苦笑した。

「馬の姿の時は、速いし力も強いし耳も目もいいし便利だけど……これだけはできないんだからさ」

 言いながら、何度も何度も頬の涙を払ってくれる。
 
「着る物もないし、あんたに見苦しい格好見せなきゃならないのに」

「そんなこと、ない」

 リィは、嗚咽を堪えて言った。
 ルーランをじっと見て——見つめて言った。

「お前を見苦しいなんて思ったことはない。どんな姿でも、そんなふうに思ったことは一度もない」

「……」

「お前はどんな姿でも見惚れるぐらい立派だ。わたしの騏驥が、見苦しいわけがないだろう!?」

 泣いたせいで、声が掠れて上擦ってしまうのが恥ずかしい。
 それでも心からの想いを言葉にしてそう伝えると、ルーランは一瞬目を丸くして、そして本当に——本当に嬉しそうに笑った。

「そっか」

 そして彼は照れたように頭を掻く。

「そっか。——ありがとう。あんたにそんなふうに言ってもらえるなんて、俺は幸せな騏驥だな」

 彼は噛み締めるようにそう言うと、じっとリィを見つめてくる。


「俺は、自分が騏驥になったことをずっと恨んでた。ずっとずっと嫌だった。でも、今やっと騏驥で良かったと思ってるよ。騏驥になった意味があった。あんたを助けることができる」

 リィ。

 そして彼の唇が、リィを呼んだ。
 甘く、柔らかく、この上なく大切なものを呼ぶように。

「リィ——俺の、騎士。……そう——そうだ……リィは俺の騎士で、俺はリィの騏驥なんだな……」

「そうだ」

 リィは大きく頷いた。

「そうだ。ずっとそうだ。お前はわたしの騏驥で、わたしはお前の騎士だ。ずっとずっと——ずっと変わらない」

「いいな、それ」

 リィの言葉に、ルーランはますます笑みを深める。

「あんたに乗られると、すごく気持ちがいいんだ。一人で駆けてる時よりずっと——」

 思い出すように幸せそうに細められる蜂蜜色の瞳。
 陽を受けて煌めき、とろけるようだ。



 けれど。



 一秒一秒と過ぎるごとに、リィは何故か不安にかられた。
 
 何が?
 わからない。

 わからないけれど、じわじわと不安が、恐怖が忍び寄ってくる。
 ルーランの瞳に写っている自分。
 ルーランの瞳。
 じっとこちらを見つめてくる瞳。
 まるでそこに焼き付けようとしているかのような……。



「待て!」


 リィは、まさかの想像に叫び声を上げていた。
 慌ててルーランを捕まえようとする。けれどするりと逃げられた。

「ルーラン!」

 立ち上がった彼の足を捕まえようとしたが、それもするりと逃げられる。
 顔を上げたリィの目に、困ったような貌のルーランが映った。

「叫ぶと喉が痛くなるぜ」

「ルーラン! 止めろ! やめてくれ! 馬鹿な真似は——」

「馬鹿な真似かどうかは、やってみてからだろ。あと少しなんだ。あと少しであんたを助けられる」

「試すように言うな! 取り返しがつかないんだぞ!!」

 二人を隔てている檻。リィはその格子にしがみ付き、何度も何度も揺さぶった。どうして。どうして。どうしてこれは壊れないのか。壊さないと。壊さないと。ここから出ないと。でなければルーランが——。

 リィは隙間から幾度もルーランに向けて手を伸ばす。
 だが背を向けたルーランにはどうしても届かない。
 
 
 やめさせなければ。
 止めさせなければ。


 彼は——彼は自らの目を——。



『身体の一部を使うこともある』



 リィの脳裏に、自分の言葉が呪いのように蘇る。


 やめてくれ。
 やめてくれ。
 やめてくれ。

 やめろ。


 目が。
 彼の目が。

 目だけじゃない。
 きっとそれだけじゃ済まない。

 そんな身体で、強い負荷のかかる魔術を使ったら一体どうなるか——。


「ルーラン————! !」


 格子越し、飛びつくように精一杯に手を伸ばし、リィは泣き叫んだ。
 喉が裂けるほどの声で、リィは彼の騏驥の名を叫ぶ。
 けれどその背は振り向かず、代わりにリィの目に映ったのは血に濡れた指がゆっくりと顔に近づいていく、その姿だった。

 
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