【完結】不可説不可説転 〜ツミツグナイセイトシ~

羽瀬川璃紗

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新城颯十1 ※猫への残虐行為表現あり

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 新城颯十しんじょうはやとは代々病院を経営している医者一族の、長男として生まれた。
 自宅は首都の一等地にある大きな家で、使用人も居る言わば『上級国民』の類だった。


 颯十の1番古い記憶は、病院の様な無機質な建物の一室へ通され、見た事の無い絵の描かれた本を半強制的に与えられたことだ。

 その部屋の壁や床は、その建物の中にそぐわない黄色や水色と単純化された『車』や『動物』が一面に描いてあった。
 今までそんな物を目にした事が無かったので、颯十は幼いながらも戸惑ったのを覚えている。

 よこされた本も、食物をデフォルメしたキャラクターが描いてあり、『この生き物は何なのだろう』と思いながらページを捲ったものだ。


 颯十の家には、子供向けのキャラクターの物は一切置いていなかった。
 両親は子供を医者の道に進める事を重要視したので、最低限の娯楽しか許可しない教育方針だったのだ。

 両親は非常に厳格だった。
 6つ上と4つ上にそれぞれ姉が居て、生活態度や立ち振る舞いを叱責されるのを見て育った颯十は、姉2人を半面教師に上手に成長した。

(何で怒られるってわかってて、マンガのキャラクターのペン買うんだろう。見つからないとでも思ってたのかな、本当しょうもない)


 颯十は両親の方針で、有名私立学園の幼稚舎へ入園した。
 確かに偏差値が高い事もあり『入園試験』とそのお勉強は大変だったが、入園後は毎日が退屈で仕方なかった。

(『お勉強』はともかく、歌に合わせて歌ったり踊ったりって、必要なのかな?)

 逆らって叱責を受けるのは面倒なので、取りあえず周りに合わせたり、大人の言う事に従うようにしていた。

(早く大人になりたいな。毎日つまらない)

 幼稚舎で唯一、颯十が好んだ遊びはお絵描きだった。描いている間は誰かと話す必要も無いし、上手に描けば描くほど周りの人間は褒めてくれた。

(見た物をそのまま描くのは簡単なのに、何で皆驚くんだろう)


 初等部へ入学するにあたり、知能テストを受ける事になった。結果は、学園法人が始まって以来の高IQだった。

「是非、新城くんが中等部になった際は、アメリカにある姉妹校へ行って、勉強させてみてはいかがでしょう?」

 初等部の校長が、学園理事を引き連れて説得しに来たが、両親は頑なに首を縦に振らなかった。

「颯十は医者の道に進む予定なので、留学は視野に入れてません」


 行った事の無い場所への興味はあったが、そこには、ここにないルールやしがらみもあるだろう。馴染めなかったら地獄だ。

(飛び級制度は確かに面白そう。でもこうやってのんびり出来るのは、日本だからかも)

 幼いながらも颯十は、自分の力の及ぶ範囲を自覚していた。



 一方で、思春期を迎えた姉達との関係は悪かった。両親は跡取り息子であり優秀な颯十の事を褒めちぎったので、当然だ。
 持ち物を壊されたり隠された事もあったが、どうでも良かった。

(こんな事で憂さを晴らす事しか出来ないなんて、何て可哀想な人なんだろう)


 初等部に入った颯十が熱中したのは、『虫』だった。
 あんな小さな物体が、コンピューターでプログラミングされたかの如く、『本能』に従い一生を動くのだ。

(人や動物は『脳』の働きで動くけど、虫には『脳』ってほとんど在って無いようなものなのに)

 時に、虫を捕まえては自己流で『解剖』してみる事もあった。
 誰かに言われた訳では無いが、周囲の人間に忌み嫌われる行為であると何となく分かっていたので、秘密裏に行っていた。

 『自分だけの秘密』である虫の解剖は、颯十の知識欲を満たすと同時に、日常のストレス発散となっていた。



 母が死んだのは、颯十が14歳の時だった。心臓の持病を抱えていたのだが、入浴中に突然死したのだ。
 だが、悲しむという気持ちは、湧いてこなかった。

(メカニズムは知っているけど、昨日まで普通に動いていた人間が急に死ぬのは、すごい不思議だな。心臓が『動く』と『動かなくなる』、たったそれだけでこんなに『結果』が変わるなんて…)

 颯十にとって、肉親の死ですら『知識欲を満たしたくなる』対象でしかないのだった。



「あんたに見せたいものがあるよ」

 母の49日が済んだ頃に、次姉が颯十に不躾な口調で話しかけてきた。

「何?」

 次姉がテーブルに乗せたのは、古ぼけた日記帳数冊。表紙に記載された年代から察するに、颯十が生まれる頃に、母が付けていた育児日記だった。

「へえ、几帳面だった母さんらしいね。日記をつけていたんだ」

 次姉はあるページを開くと、指し示した。読めと指示しているらしい。


『○年○月○日。{提供者}の妊婦健診。28週目に当たる今回性別が判明、男児との事。これにより✕医院から提携病院にあたる○○大付属病院へ転院、極秘出産を目指す…』

『△月△日。未明より陣痛開始、連絡を受け○○大病院へ。同日夕方に3321gの男児誕生。分娩後すぐDNA鑑定の為に試料採取…』

『△月□日、鑑定の結果父親は新城催九朗しんじょうさいくろうと確認、協議の結果{提供者}に1000万を支払い、颯十を養子にする事が確定する…』


(おやおや…)


『■年○月▽日、{提供者}が颯十に会いたいと自宅周辺をうろつくようになった事から、通報。弁護士経由で念書を再度署名してもらい、事なきを得る…』

『▲年□月○日、{提供者}が行方不明らしいと噂を訊く。現住所に生活実態を確認出来ず。崔九朗より、これを以て{提供者}の事は記憶より忘却しようと持ち掛けられ、私もこれを了承する…』


 読み終えた颯十を、次姉は勝ち誇った様に見下ろしていた。

「…ご理解頂けたかしら?」

「うん、そうだね。これで同じ姉弟なのに、IQに大きな差がある理由が分かったよ。『知能指数は母親の優位遺伝』というデータ通りだ」

 それを聞いた次姉は、母によく似た顔を見た事が無いくらい赤くして、激怒した。顔色1つ変えずに、颯十は続けた。

「それに、僕が養子だったとしても、父さんの僕に対する養育義務も、財産相続権も変わらないでしょ? ルーツが知れてラッキーだったよ」


 心が傷ついた訳でなかったが、颯十はその直後、野良猫を捕まえた。妊娠していた猫だった。
 颯十はその猫を解剖した。興味本位だった。

(人並みな疑問だけど、本当の母親はどんな人なんだろう?)

 そんな事をグルグル考えながら、医学書で見た通りに切り拡げた。当然、答えは出てこなかったが、ざわついていた心が落ち着くのを覚えた。



 それから、颯十は本当の母親の事を思う度、野良猫を捕まえ、解剖するようになった。

 飼い猫を手にかけたり、死骸を目に付く所に放置しては騒ぎになり、次が出来なくなる。
 颯十は猫を薬で眠らせ、自宅敷地内に隠した後、郊外へ連れて行き、人気のない場所の空き家などで解剖に及んだ。
 気の済むまで切り刻んだ後は、その空き家の片隅に埋めて証拠を隠滅した。


 本当の母親については、手掛かりがほぼ無かった。母の日記には『提供者』としか書いてなかったし、他の遺品にも手掛かりが無かったのだ。

(父親が管理しているのかもしれないな。ただ、父の機嫌を損ねてまで探すのは避けたい)

 もし養子縁組を解消されたら、現状の生活が出来なくなる。
 颯十は父を尊敬している訳では無く、『利用』目的で慕っていたのだ。

(今すぐ会いたいって訳じゃないから、死後に遺品整理で見られればいいか)



 颯十に『本当の母親』の存在を教えた次姉は、通っていた大学を卒業後に家を出て、交際していた彼氏と駆け落ち同然に結婚した。
 次姉は颯十だけでなく父とも折り合いが悪かったので、颯十はその後1度も次姉と会う事は無かった。



 颯十が高校生の時、興味深い海外の論文を目にした。『重犯罪者の大脳』に関する研究だった。

 ある国の法医学者が、凶悪犯罪を犯し死刑に処された犯罪者の司法解剖をした結果、大脳及び周辺神経系統に異常な数値が現れてるのに気づいたという。

 異常な数値は獄中死した軽犯罪者には見られず、重犯罪者のみ。そこで法医学者は『重犯罪者には共通の脳神経系疾病もしくは障害があるのではないか』と、疑っているらしい。

 かねてから颯十は、『自分が他人と違う』事に薄々気づいていた。高IQだからでは無く、感情の起伏に関して特殊なのだ。

(喜怒哀楽が薄いって言うか、他人に興味ないっていうか…。もしかすると自分も異常なのかもしれない)

 かと言って、自分で自分の大脳皮質や辺縁系を見る事は出来ない。ジレンマだ。

(本当、法医学者っていいな。解剖するだけでお金貰えるからな)

 父親は颯十を自身と同じ外科医にしたがっていたので、法医学方面は望んでないだろう。
 医大へ進めば解剖実習もあるだろうが、もはや颯十はそれだけでは満足できない程になっていた。

(本物の人間を、解剖したい。父に背いて法医学へ進んだら、勘当されるだろうか?)



 医大へ進学した颯十は、祖父が生前使っていた自宅にある離れを使う事を許可された。勉学に集中するためだった。

 颯十は『人体の解剖欲』が高まって来ると、離れに捕まえた野良猫を連れてきて、解剖するようになった。そういう意味では、最高の環境だった。



 ある時の事。大学からの帰り道、まだ小さな仔猫を見かけた。

(珍しいな。この辺の野良は捕まえて解剖し尽くしたから、あまり居ないのに)

 薄汚れた灰色の仔猫は、鳴きもせず逃げもせず、颯十を見上げていた。

(次回の解剖用に取っておくか?今は解剖したい気分じゃ無いし)

 この大きさの猫なら、しばらく離れで飼っててもバレないだろう。だが…。
 顔色も変えず自分より大きな人間を、真っすぐ見つめるその様は、気高さすらも感じた。

(…気になる)

 颯十は仔猫を掴むと、小脇に抱えて自宅を目指した。それは、初めて心を許せる存在との出会いだった。

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