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6,7,8,100,1000,10000
勘定調整1 ※自然災害表現あり
しおりを挟む※※注意※※
※※地震と津波の描写が出てきます※※
ホテルマークホワイトが大津波に襲われる、約40分前。
黒石八寿彦はタイムカードを打刻し、更衣室で着替えをしていると、今まで遭った事も無い巨大な揺れに襲われた。
ここに置いてあるロッカーは、ただ床に置いてあるだけの簡易式だ。ロッカーは前後左右へと、積み木の様に勝手に動いた。
(ロッカーに押しつぶされてしまう!)
やっとの事で更衣室から八寿彦が逃げ出すと、非常ベルが鳴り響いた。
《ただいま、地震による、揺れを、感知、しています。館内の、皆さまは、スタッフの、指示があるまで、その場で、待機、して下さい》
のんびりした口調の自動音声による放送が入るが、多分誰も聞いていない。
「おいおい! マジかよ!!」
狭い従業員用廊下、動けない八寿彦は這いつくばるように揺れに耐えていた。どれくらいの間そうしていたか、収まっても辺りは騒々しいままだ。
《係の、従業員は、安全確認を、して下さい。館内の、お客様は、スタッフの、指示があるまで、その場を、動かないで、下さい》
(今の地震、すごかったな…!一体震度いくつだったんだ?ヤバイ!!)
八寿彦は怖さよりも、非常事態にひどく興奮するのを強く自覚した。
(大変な事が起きた!さっきの放送、訓練以外でも流れるものなのか!初めてだ!!)
廊下の電灯は停電し、非常用電源へ切り替わった。八寿彦は笑みで顔が歪むのを自覚したが、止められない。
天井に入ったひび割れから落下した塵で、白くなった廊下を、八寿彦は笑いながらフラフラ進んだ。
窓から外を見ると、駐車場の地面には亀裂が入っていた。八寿彦は携帯電話を構えた。
(これは記録しないといけない。動画で撮っておかなくては…!)
従業員通路に、安否確認に来たらしい警備員が駆け込んで来た。
「大丈夫ですか?!」
「ああはい、自分は何とか」
「怪我の無い従業員は、各上長の所に集合するようにだそうです!」
避難訓練通りに、館内の見回りや客の安否確認をやるのか。面倒くさいな。
八寿彦は適当に返事した。
(こんな非常事態だし、そもそも自分は退勤した身だし。居なくなってもバレないだろう)
八寿彦は持っていたダウンジャンパーを着てフードを深く被ると、客のふりをして堂々とホテル内を通った。
地中海らしさを出すために飾られていた石膏像は、倒れて砕け一部が粉になっていた。熱帯魚が泳いでいた作り付けの巨大水槽は水が零れ、床には大きな水溜りが出来ている。
砕けたシャンデリアの残骸を踏みしめ、客の誘導をしている同僚を尻目に外へ出た。
近年、動画投稿サイトへ話題になりそうな動画を投稿し、広告収入を得る人が居ると聞く。
(巨大地震直後の様子なんて、テレビ局も欲しがる素材じゃないか。長年安い給料でこき使われてるんだから、こういうのを利用しない手はない!!)
八寿彦は辺りを撮影しつつ歩いた。
耳がおかしくなる程にあちこちで鳴り響くサイレン、傾いた電柱、段差の出来た歩道、揺れでハンドル操作を誤ったのかぶつけた車…。
八寿彦は説明しながら進んだ。
「ご覧ください、民家のソーラーパネルが落下しております。あちらでは水道管が破裂したのか、水浸しになってますね」
怪我をしたらしい人、地震でパニックを起こし泣く子供、道の段差や崩落で動けない老人もいっぱい居たが、そんなのは動画的に面白くない。
(もっと、もっと面白い何かを…!)
海を眺められる海浜公園に行きついた八寿彦は、立ち止まると撮影した映像を見返した。
(場面ごとに切って編集しよう。家のパソコン、無事だといいな)
「津波が来ます!! ここに居ないで逃げて!」
警官が喚く。近くの老人ホームから避難してきたと思われる人々は、追い立てられて慌てて車椅子を移動させる。
(津波だって?!)
八寿彦はそれを聞いて興奮した。
(近年、津波なんて国内で起きてないから、撮れたらかなりレアかもしれない!勿体ない、撮らなきゃ!!)
八寿彦は辺りを見渡すと、絶好の撮影スポットを探した。茂みの中へ。
警官の目に付かず、尚且つ臨場感溢れる場所だ。八寿彦は動画を撮り始めると説明をした。
「さて、津波注意報が出されたようです。海の方は…、変わらないですね。干潮の時間なのか、普段見えないゴツゴツした岩場が見えます」
八寿彦は、自身のアドレナリンが大量に放出されるのを強く感じた。周囲の音も聞こえないくらいに撮影に集中した。
「呆れるくらい、海は何も変わらないですね。本当に津波なんか来るのかなあ? それより今日はすごく寒いです」
手元の液晶画面は、岩場しか映らない。方向を変えたその時だ。液晶画面いっぱいに、黒いものが映った。
「お? 失礼、倍率が…」
倍率を変えたが、黒いものの全貌がよく分からない。
(何だよ、こんな時にカメラがバグったか?)
目線を携帯電話の向こうにやった時だ。八寿彦は固まった。
黒くて大きな波が、音も無く眼前に迫っていたのだ。
「が、…」
干潮で岩場が見えていたのではない。
津波の前兆である引き潮で海底が露わになり、その地点の30メートル程隣から順番に、見た事の無い規模の大量の海水を膨れ上がらせた大きな波が、襲い掛かっていたのだ。
(落ち着け!ここは海抜3メートルの高さにある展望台の近くだ。ここまで届く訳が無いって)
いざとなれば走ればいいのさ。いざとなれば…。一瞬の強い力でなぎ倒された八寿彦の思考は、そこで途切れた。
願い虚しく、推定されるその津波の第1波は9メートルの高さがあるとされた。
(そう言えば、自分のとこまで津波は届いたのだろうか?)
(届いてないよな?濡れてないから)
(あれ?何で分からない?)
(ここは何処?え、何なの?)
(何なの?って、何?)
感覚も意識もどんどん薄れていく。彼の人間としての記憶も、鮮やかに失われていった。
相殺審判室。一持は何の映像も映す事がないモニターを見届けると、静かに宣言した。
「『還元』に至りましたので、以上を持ちまして、黒石八寿彦氏の審判を、結審と致します」
八寿彦の母は顔を覆い、父は遣る瀬無い表情で拳を握りしめた。
1000を越える負債を抱えた場合は、『魂』が『無』に還る事になっていた。
抱えていた負債の相殺義務は消失する。だが同時に、転生の権利も、生者だった頃の記憶も意識も、縁者の審判などへの参加権利も全て消失する。
後は彼を知る生者の、彼に関する記憶が失われれば、彼が居た証は現世にもあの世にも消えて無くなるのだ。
大量殺人や重犯罪を犯した訳でないのに、『還元措置』を受けた人間を見たのは、那由他にとっては初めてのケースだった。
(今までで、過去一の怖い映像だった)
映像はただ黒いだけで何も映ってなかったが、どんどん遠ざかる対象者の声が、無常さと恐怖を倍増させた。
次の審判に移る作業中、一持が那由他に話しかけてきた。
「さっきの怖かったね」
「え、はい…」
「『何もしない』事ってさ、こっちでは犯罪以上にやっちゃダメなんだって。現世では『最善』とされるのにね」
「そうですね…」
手元の資料に目を落とす那由他を、一持がつつく。
「見て」
思わず促された方を見た那由他は、目を丸くした。一持は口を添えた。
「細羅さん、ああいう晩年の姿してたんだ。へぇ」
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