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片山万結美 ※自然災害表現あり

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※※注意※※
※※地震と津波の描写が出てきます※※



 片山万結美は淹れたての珈琲2つを、カウンター席に座る2人の女性客に出した。

「はい、こちら本日の珈琲『コスタリカブレンド』です」

「ありがとう」

 にっこりと笑い、受け取ったのは横田禎子よこたさだこ。万結美にとっては元夫の母、元義母だった女性である。

「あ、万結美ちゃん、良ければ本日のスイーツも欲しい!」

 そしてもう1人は守美砂子もりみさこ。同じく元夫の妹、元義妹だ。

「はい、シフォンケーキです」


 自分は周りの人間に恵まれてる。万結美はつくづく、そう思っていた。

 高校生時代から交際していた元夫の家族とは、本当の家族の様に本音を言い、互いを思い合えていた。
 慎平から離婚を切り出された時も、義母と義妹は最後まで慎平を説得してくれた。


 離婚して赤の他人となった今でも、この2人は自分を親友の様に慕い、何かと気にかけて付き合い続けてくれる。


「そうそう万結美ちゃん、こういうのって使う? 良ければ貰ってくれない?」

 禎子はそう言うと、紙袋を出した。有名なブランドのものだ。

「『あの人』から誕生プレゼントに貰ったんだけど、液体石鹼あまり好きじゃなくて…」

 美砂子も口を挟む。

「気に入られようと必死で、高いの選ぶんだろうけど、何かズレてるんだよね~」

「あら~、いいんですか、使わなくて…?」

「いいのいいの。どうせ『あの人』、うちに泊まらせるつもり無いし。使ってるかどうかなんてわかりっこないもの!」

 禎子は笑った。


 慎平の再婚相手七海は万結美より一回り以上年下で、離婚話が出た時は既に関係を持っていた。
 禎子と美砂子は『七海は財産目当てで近づき寝取った挙句、お腹の子を盾に結婚を迫った』と、彼女を蔑視している。

 他の親族や長い付き合いの取引先も口々にそう言い、待望の跡取り息子を産んだにも関わらず、七海に対し冷ややかだった。


 だが、万結美は違っていた。むしろ七海に感謝していた。

 それは『慎平を父親にしてくれた』からだ。長い間、万結美と慎平は子供に恵まれず、不妊治療を続けていた。
 大金をはたいて治療してもかすりもせず、養子も考えたが、慎平は養子を望まなかった。


 『夫婦2人で幸せに暮らそう』と結論に至っても、万結美は慎平を『父親』に出来なかった事を悔やみ続けていた。
 そりゃあ離婚話の出た当初は荒んだが、生まれてくる子供に罪は無い。出来る事なら、慎平の子を産んでもらい養子に迎え、慎平と育てたいとも考えたくらいである。


 離婚後も禎子達の様に気にかけてくれる人や、新しい仕事を応援してくれる人が大勢居た。だからこそ、万結美は穏やかな気持ちで、慎平と新しいその家族を思う事が出来るのだ。


「この前さあ、あの人のSNS見つけたんだけど、見てこれ」

 美砂子は自身の携帯画面に、七海のSNSを表示させた。

「結婚前にやってて今は放置してるみたいだけど、男友達? 男性の知り合い多すぎない?」

 禎子は覗き込み、鼻で笑った。

「女に嫌われるタチだから、男の子しか友達居なかったんでしょ? 今だって男見ると、すぐ寄って行って媚売ってるもの。
支配人の妻は『バーのママ』とは違うのにね、全くもう」

 美砂子と禎子はここに来ると、七海の悪口で盛り上がる。
 まあ、鬱憤晴らしの場も必要なので、万結美は別に肯定も否定もしない。美砂子は口を尖らせた。

「マークホワイトもねえ、半分は万結美ちゃんの功績なのに。あの人ちゃっかり副支配人なんだもん。何もしてないじゃん?」


 ホテルマークホワイトは、旅館事業を慎平が将来継ぐ為のさながら『実践練習』的事業だった。
 元々は『生まれてくる更に次の後継者』の為の事業拡大でもあったので、当時結婚して間もなかった万結美は、計画立ち上げ段階から長年に渡り携わってきた。

 だからこそ離婚の際には、きっぱり経営自体からも万結美は身を引く事を選んだ。


「いえいえ、あそこはシンさんの功績ですよ。私の功績は、ここのお店!」

 万結美が角砂糖の補充をしつつ答えると、禎子は感心したように言った。

「そう考えたら、万結美ちゃんてすごいわよね。旅館の若女将やって、ホテル建てて、今は喫茶店経営でしょ? 素晴らしいじゃない!
お見合いの釣り書きに書いたら、立派な女性実業家だよ」

「えー、お義母さんまで! お見合いはまだしばらく結構ですって」

 万結美は2人と共に大笑いした。


 万結美にとって『ホテルマークホワイト』は、我が子の様なものだった。

 未練が無いと言えば嘘になるが、今は新しい子供『絆・珈琲店』に試行錯誤の毎日である。



 2人が退店し、他の客も途切れたので、万結美は店内の拭き掃除を始めた。

 始めて何分が経っただろうか。カタカタという音を耳にした。地震かと思い、顔を上げたその時だ。

 歪んだ空間に足を踏み入れたかのように、万結美はよろめいた。

 それは今まで経験したことのない、巨大な地震だった。

「キャー-!!」

 思わず悲鳴を上げるが、揺れは止まらない。

 狭いカウンター席とテーブルの間に身をひそめるも、まるで粉振るいにかけられている様に左右に身体を揺すられる。

 指の間から見えたのは、小さな店内が大きな力によって、蹂躙されていくさまだった。
 綺麗に活けて飾っていた季節の花は蹴散らされ、自分で選び揃えた食器は、次々に棚から落ち粉々に砕ける。


「やめて! 止まって!! 止まってー!!」

 何度叫んだだろう。

 壮絶な『粉振るい』がようやく止むと、万結美は呆然とした。果たして自分は、『粉ふるい』の網目をくぐった粒なのか、くぐらず残った粒なのか…。

 愛着溢れる店内は、滅茶苦茶になっていた。

(何てこと…!)

 やっと立ち上がる万結美は、自分が震えていて上手く立てない事に驚いた。

「…片付けないと」

 外は大騒ぎになっていた。瓦が落ちたらしい民家、住民や通行人はなす術なく立ち尽くす。
 放心状態でよろよろと進む万結美は、『OPEN』の立札を『CLOSE』にひっくり返す。

「片山さん! 大丈夫?!」

 駆け寄ってきたのは、隣に住む老夫婦だった。万結美の緊張の糸が、そこでぷっつりと切れる。

「こわ…かった…」

 半泣きになる万結美を、隣家の妻は優しく背中をさすってくれた。

「お客さんは?」

「今、誰も居ない…。大丈夫です」

 大きな余震が絶え間なく続き、その度に悲鳴が上がり、サイレンも鳴り響く。

「あぁ、大変な事になっちゃった…」

「本当に…」

 嘆いていてもどうにもならない。万結美は震えが落ち着くのを待って、店内の片付けに入った。
 天気が悪いため、店内はもう既に薄暗い。当然の事ながら停電になっていた。

(懐中電灯、どこだったかな?停電してるなら掃除機も使えないし…)

 そうこうしてる間にも、震度5を越えるくらいの余震。この住居兼店舗は築35年くらいなので、倒壊の危険が無いとは言い切れない。
 万結美は、いつでも逃げれる様に店の入口を全開にして、寒さに震えつつ割れた食器の片づけをした。

(倒れると危ないから、ストーブは使えないし、いっぱい着こんでおこう)

 箒と塵取りで破片を片付けてると、携帯電話が鳴った。相手は美砂子だった。

「もしもし?」

『良かった、やっと通じた!万結美ちゃん大丈夫?いまお店?』

「うん、お店。そっちは?」

 電波状況が良くないのか、普段は入らない雑音で音声が途切れる。

『…ちは平気!それより万結…ちゃん、今すぐそこから逃げて!!』

「逃げる? 何で?」

『津波よ!…大津波!ワンセグのニュースで流れてる…、貴重品だけ持ったら母さんとこ来なさいって、母さんが!…』

 電話はそこで途切れ、掛け直しても繋がらなくなってしまった。


(大津波…?)


 禎子の実家は三陸の方にあり、親族の集まりの時に『昭和の古い時代にあった津波の話』をされた事があった。
 地震の揺れが小さくても、揺れている時間が長い時に、津波が来たと言っていた。


(さっきの地震、とても大きい上にかなり長い間揺れてた。もし津波が発生したとしたら、どんな大きな津波が来るのだろう…?)

 そこまで考えた万結美は、すぐ店内の片づけを中断し、各種元栓を締めブレーカーを下した後、2階の住居に行った。
 中は想像通り(いや以上だが)ぐちゃぐちゃになっていた。
 貴重品、使い捨てカイロと着替え数点、売り上げ計上などで使うノートパソコン類だけをトートバッグに入れると、車へ向かった。


「あれ? 今からどこ行くの?」

 隣人夫婦に呼び止められた万結美は、車の窓を開け答えた。

「『津波が来るから逃げて』って、言われたんです。廣田さんも、ここまで津波来るか分からないけど、早めに避難して下さい!」


 恐らく、ここから海までは直線距離で5キロ近くあるだろう。でもこの白印市は、海からかなり内陸部まで土地が平坦である。


 老夫婦は万結美の言葉に迷っているようだが、こう言った。

「分かったわ…。どうか気を付けて行ってね」


 道路はかなり混んでいた。停電により道路は個々で譲り合いをして走行しているうえに、事故で渋滞も起こってるらしい。

 仙台市の山沿い側にある禎子の家までは複数のルートが在るが、この非常時では何処のルートも空いてないだろう。根気よく渋滞を進むしかない。


 道路を進む万結美が目にしたのは、海側から内陸へ逃げる車よりも、内陸から海側へ向かおうとする車が多いさまだった。


(津波、来てるよね?何でみんなそっちへ行くんだろう?)

 万結美の車の対向車が、警察官に呼び止められる。

「あんた、どこ行くんだ?!」

「港一丁目です。自宅に猫が…!」

「港方面はダメだ! 戻って!」

 海側へ向かう車のほとんどは、出先で地震に遭った人間が自宅を心配して向かうようだった。

 ふと、警官の言葉に万結美は携帯電話のワンセグテレビを起動させる。
 どこの局もL字に画面が区切られ、被害状況や最新情報がひっきりなしに流れていた。


 ある局の映し出された映像に、万結美は息をのんだ。

 そこには、『東北・関東で大津波発生』とのテロップとともに、見覚えのある白い大きな建物が大波に飲み込まれてる様が、映し出されていた。

「シンちゃん!!」

 思わず万結美は車内で叫んだ。

 その建物は、まごう事もなくホテルマークホワイトだったのだ。

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