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丸山秀悟 ※動物の死亡、ホラー表現あり
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転がったサッカーボールは、ある男の前で止まった。
妻の実家へ行った合間に、立ち寄った公園での出来事だ。
男はボールを拾い上げると、持ち主らしい10歳くらいの少年へ手渡した。
「はいよ」
「ありがとう、おっちゃん」
受け取った少年は、2,3歩進むと振り返って言った。
「…あんまり弱い者苛めしたら、いかんよ?」
「は?」
男が怪訝な顔をすると、少年:丸山秀悟は駆け出した。
(うわー、久々にやべぇ奴見たわ。恨みかな、アレ)
秀悟にはいつも違う世界が見えていた。
この世界には『人』と『ミエナイヒト』が居て、『声』と『キコエナイコエ』がある。
更には『目で見える現在』の他に、『オデコの手前に映るカコとミライ』もあった。
「今日さ、すごくヤバいの背負った人、見たよ」
秀悟が言うと、父はナイター中継を見つつ頷く。
「へえ」
「最低でも、20人くらい顔があった。恨みってやつ」
「お前見たからって、その人に教えてねえだろうな?」
兄が口を尖らす。
「どうせもう会わないし、いいじゃん」
秀悟の返答に、兄はしかめっ面をした。
「ウチ来られたら迷惑だよ。ねえ、ばあちゃん」
「…その時は仕方ないさぁ。頼られたら、もう『仕事』だもの」
丸山家は、代々霊媒の家系であった。家族みんな霊感が強く、団らん時に『ヒト』の話題が出る事もしばしばだ。
夕食後、秀悟がテレビを見てると祖母に呼ばれた。祖母は真面目な顔をしていた。
「何?」
「『この仕事』はな、断れないんだ。だから選ばないといかん。うちらは人間、天上人やないんよ」
(何でダメなんだろう)
祖母の言う事は正しいと理解していたが、そこだけ納得がいかなかった。
(何で目の前の人を助けてはいけないんだろう)
学校から帰宅した時、自宅の門の辺りに人が居た。女2人が会話している。
(お客かな?)
[ここが、愁院さまのご実家…]
[そうなの。看板は出してなくて、兼業でやっているそうよ]
挨拶しようと思った秀悟は、思わず足を止めた。
2人は『ヒト』だった。白装束姿の女が、秀悟に気づく。
[あら、この家のお子さん?]
(びっくりするほど強い霊…いや、そこらのと比べたら格が違うっていうか)
固まる秀悟に、黒いケープに黒のロングスカート姿のもう1体の女が言う。
[大丈夫? すごくびっくりしてるわよ]
(こっちも強いな…。守りのやつかな?こんなの見たこと無い!)
来客は祖母の妹だった。
祖母と違いプロの霊能力者をしていて、表に居たのは『従者』だという。笑うと祖母と少し似ている。
「こんにちは、秀悟くん大きくなったわね」
「こんにちは…」
前に会ったのは秀悟が3歳の頃なので、ほぼ初対面。それ以上に秀悟は緊張していた。
(この人すごい。…ものすごい力の持ち主だ。今まで会った事ない)
彼女は秀悟をジッと見た後、言った。
「…秀悟くん、色んな物が視えるよね?」
「父さんも、兄ちゃんも見えますよ」
「うーん…。視なくていいものも、見えるでしょ?」
その言葉に秀悟はドキリとした。祖母が代わりに言う。
「この子はね、むしろ余計な事するのよ。通りすがりの人に言ったりさぁ…」
祖母と大叔母が世間話で盛り上がるなか、秀悟は手の中に汗をかいていた。
秀悟には、大叔母の死期が近いのが視えていたのだ。
「秀悟くんは、おばあちゃんやお父さんみたいになりたい?」
帰りのタクシーを祖母が電話で呼んでる間、秀悟はまた話しかけられた。
「まあ。…お祓いは出来ないより出来る方がいいし」
大叔母は穏やかだが、真面目な顔で言った。
「この仕事は、『縁』を切ったり繋げる仕事なの。他の人より色々な物が解るって事は、そのぶん余計な縁を背負うって事でもあるのよ」
小学生の秀悟には難しい話だった。でも、とても大事な話である事は分かった。
「背負うのも『限り』があるから、教えるのは『教えて』って言って来た人だけにしなさい。
…視えても教えない方が必要な時もあるのよ。同じようにお祓いしても、変わらない事もあるし。
こういう事は、全て意味があるんだから」
見えない従者と共に帰った大叔母は、翌年の桜を待たずに亡くなった。
葬儀に行った父と祖母は『あの人は徳がとても高いから、良い所に行ったね』と言っていた。
中学生になると、シゲルという友人が出来た。吞んだくれで仕事が長続きしない父親と、ゴミ屋敷に近い家で暮らしていた。
ある日、ゲームをしに行った時。
「お前んち、何か動物飼ってた?」
「いや。親父、動物嫌いだし」
(シゲの親父、庭に入った猫殴り殺してるな。それも1匹2匹じゃない)
秀悟は遊びに行く度に、シゲルの母親の写真の横に水を汲んだコップを置いた。
と言ってもコップは縁が少し欠けていたし、仏壇が無いので母親の写真も、汚い玄関の靴箱の上にあるだけだったが。
「…母親の写真んとこに水置いてんの、シュウか? 何で?」
シゲルから指摘された。
「何となく。よそんち行って、親に挨拶する代わりね」
「何だよそれ」
間もなく、シゲルの家が全焼した。父親の寝たばこが原因だった。
シゲルの父は泥酔で逃げ遅れ焼死、だがシゲルは軽い火傷で済んだ。
その翌晩、シゲルの母親が、秀悟に深々とお辞儀する夢を見た。
「最近、夜眠れなくてさ」
隣の席のユウコがぼやく。
「昼寝れるならいいじゃん」
「授業中寝てられないって! 髪の長い女に追いかけられる夢、何度も見るの」
「…最近、フルカワから何か貰わなかった?」
クラスの暗いキモ女子(ちょっと生理的にご勘弁なタイプ)が、秀悟に好意を抱いてる事は、恋愛に疎い秀悟にすら分かる。
(フルカワが生霊をユウコに飛ばしてる。よく話すからか)
「え、何でフルカワなの。何も貰ってないよ?」
「あ、ちょっとシャーペン貸して? 俺の家に忘れた」
「えー、どうぞ。確かにフルカワ、髪が長いけど…」
秀悟は渡されたペンケースから、迷いなく1本のシャープペンを取り出す。
「何だこれ、芯詰まってるから、ちょいバラすぜ」
分解すると、芯筒に長~い髪の毛が巻き付いていた。さり気なく捨てる。
その後もフルカワは度々、念を送っていたのでその都度、秀悟は送り返していた。
当然だが霊能力者では無いフルカワは、体調を崩し学校を休んだ。
(こういう事すると体壊すって、分かったかな?続けてると魂まで痛めるんだよ)
道路脇で子供が泣いている。幼稚園年中くらいか。秀悟は話しかけた。
[どうしたの? 迷子になったの?]
[帰るの遅くなっちゃった…。ママに怒られちゃう!]
しゃくり上げて少年は答えた。秀悟は言った。
[そうか。帰らないとママが心配するよ? 行こうよ]
秀悟が目の前の道路を指し示すと、少年は首を振った。
[車いっぱい通るから、ここは通ってダメってママが]
[ん? じゃあ、君はどうやってここに来たの?]
少年は言いたく無さそうに俯いた。秀悟は提案する。
[お兄ちゃんと2人で渡ろう? 大人の人と一緒なら、危なくないでしょ?]
少年は首を縦に振らなかったが、秀悟と共に横断歩道を渡った。
[…お兄ちゃん、大人じゃないでしょ?]
[あ、バレた? 中学生。君は?]
もも組のカツユキくんは、友達とそのお兄ちゃんと一緒に、道路沿いのペットショップのショーケースを見てたという。
だが見とれてる内に2人が先に行ってしまい、焦ってしまったらしい。
カツユキは言った。
[…怒られないかな?]
[大丈夫。ママはすごく心配してると思うよ? だから『遅れてごめんなさい!』ってちゃんと謝れば、分かってくれるよ]
とあるアパートの前で、カツユキは足を止めた。秀悟は言った。
[大丈夫。ここまで来たでしょ? 後は自分で出来るかな]
[ありがとう、お兄ちゃん]
少年は光る玉になり、飛んで行った。
高校生にもなると、秀悟は嫌でも自分の力が強くなった事を自覚するようになった。
霊力の強い動物(高齢の犬猫とか)の言葉が解ったり、霊障を直したり(普通の病気は無理だが)、世界規模な予知夢を見たりした。
ある時は祖母が。
「日曜にお客来るから、帰るまで出かけてなさい。これお小遣いだから」
質の悪い霊に憑かれた客が来た時、霊と目が合った瞬間に除霊してしまったのだ。
(楽に済んだのに怒られるっていう…。別にやろうとした訳じゃないのに)
誰も口にしなかったが、『強さ』故に持て余されている事を感じるようになった。
(居場所が、無くなった)
かと言って、家族に反抗する事も自棄を起こす事も無かった。目に見える人間以上に、見えない存在から秀悟は必要とされていたのだから。
大学生になった秀悟は、ある時不吉な夢を見た。
真っ暗な室内で、重たい何かが自分に向かって倒れこんでくる。隣に居る学友と共に押しつぶされる、と言ったモノだった。
「兵庫の兄貴んとこ行く話だけどさ…」
「その話なんだけど、行くのやめよ?」
秀悟の言葉に、マモルは呆気に取られた。
「何で?」
「…嫌な予感すんだ。逆に、タツノリさんこっちに来させよう。ほんとに悪いんだけどさ!」
「判ったよ。お前、勘がいいからさ」
飲み代と交通費を負担して、3人で遊んだ。タツノリが帰りの夜行バスで京都まで進んだ時に、阪神淡路大震災がおこった。
彼の住んでいたアパートは、隣の建物が倒れペシャンコになった挙句、燃えて灰になった。遊びに行ってたら皆死んでただろう。
それが契機となった。
「完全予約制の占い師?」
秀悟が聞き返すと、タツノリは頷いた。
「お前は本物だよ。俺が保証する」
大学を出てからやりたい仕事も無かったし、何より就職氷河期だ。芸は身を助くの如く、他人に真似できない『一芸』で起業するのも悪くないだろう。
こうして秀悟は大学在学中に、謎のインターネット霊能占い師として始まったのだった。
客はインターネットのホームページから予約、指定日時に指定の電話番号にかけてもらい鑑定するという、型破りなスタイルだ。
経営学を専攻し、尚且つ先見力もあった友人兄弟の協力のもと、このビジネスは順調に顧客も増え、軌道に乗っていった。
[秀悟くん]
夕食を買った帰り道、覚えのある声に秀悟は思わず足を止めた。
[…清子おばさん?]
大叔母だった。
一目で分かる。彼女はとても『良い気』を纏い、まるで神のようだった。
(お世辞じゃなく、神格化しかかってる。すごいな、この人)
[大きくなったわね。お父さんよりも背が高くなったんじゃない?]
[ええ、まあ。…どうしたんですか? 何故僕の前に…?]
大叔母は微笑みながら、こんな事を言ってきた。
[秀悟くん、『力』を使うのをやめて欲しいの]
その言葉に、秀悟は息をのんだ。
[秀悟くんには、私よりも素晴らしい力がある。『力』に溺れて不正を働いたり、人を操る事も無く、心が強い事は私も誇りに思ってるわ。『力』を生かして沢山の人を救っているのも知ってる。
けれど『力』を使う事はもうやめてちょうだい]
大叔母の言う言葉に嘘偽りが無い事は、分かっていた。褒められている事も理解出来た。
だが、秀悟は聞きながら悲しくなっていた。
(あなたまで、僕を疎外するんですか…?)
[…その、何がいけないんですか? 誰かを救う事がいけないなら、見殺しにしろって? 俺はそんな事出来ません!!]
秀悟の目から涙が一筋。大叔母は涙を拭うのを待って、言った。
[…世の中には『救わない』事が大切な場合もあるのよ。私はね、秀悟くんに大事な人が出来た時に、長生きして欲しいから言ってるの]
[すみません、意味分かんないっす。人を救うと早死にする道理が分からないです。
…俺は、俺のしたい事を貫きます]
秀悟は大叔母に背を向け、その場を後にした。大叔母が出てきたのは、それが最初で最後だった。
それから3年、秀悟は確実に経験を積み重ねていき、顧客は国内外に増えていった。
メディアには一切登場せず、インターネット占い業界の開祖(他にも居ただろうけど、黎明期から続いてるのは秀悟だけ)として、同業者からも一目置かれていた。
どんな問題も立ちどころに解決し、予約は1年先まで埋まっている。ひと月に15件こなすだけで、大手企業のサラリーマン以上の収入があった。
親友兄弟とも、実家の家族ともそれなりに上手くやれていた。
ただ1つの問題を除いて、秀悟はとても恵まれていた。
[あなた、すごいのね。逃げないなんて]
[まあね]
[自分がこうなるって、いつ分かったの?]
[寿命に関しては、半年前かな? でも、それが今日だと分かったのは、つい今朝のことだよ]
某航空93便。指定席で軽く目を閉じ休んでいる秀悟に、大叔母の従者が語り掛ける。
秀悟は目を開けると、少し笑った。
[いやはや、お迎えに美人さん2名も来てくれるなんて、ラッキーだね]
[この前まで半ズボン穿いてたくせに、生意気ね]
小柄な女が鼻で笑うと、すらっとした女も肩を竦めた。傍らには、大叔母の姿もあった。
にわかに、機内が慌ただしくなる。秀悟は言った。
[もう、何をやっても変わらない未来だけどさ。ちょっとだけ悪足搔きしてもいいかな?]
秀悟はニヤリと笑うと、呟いた。
「さあ、やろうか」
アメリカで同時多発テロが発生した。
航空機4機がテロリストによってハイジャックされ、内3機は犯人の目論見通りの地点に激突したが、残り1機はとある地方郊外に墜落した。
郊外に墜落した機体は、アメリカの重要拠点に激突させる予定だったが、携帯電話などで先の3機の事を知った乗客らが共に力を合わせ、犯人の思惑通りにならぬよう戦ったと推測された。
乗員・乗客・犯人もろとも、全員が死亡した。
「人は、『清算』の為に生きているんですね」
街頭のテレビは、ビルが崩れる様子を何度も繰り返し映している。
「悪い事を回避する事が、それを妨害してるとは、思いもしなかった…」
眺めていると、後ろから大叔母:無等が声をかける。
「生者に『清算の妨害』が自身の寿命を削ってしまうという事を、伝えてはいけない決まりなの。
…ごめんなさいね」
「イイって。短い人生でも、俺はそれなりに筋を通せて満足してますよ?」
無等から渡されたバッジを付けて、新センター長:一持は笑った。
「さて! 新しい職場はワクワクするねぇ」
妻の実家へ行った合間に、立ち寄った公園での出来事だ。
男はボールを拾い上げると、持ち主らしい10歳くらいの少年へ手渡した。
「はいよ」
「ありがとう、おっちゃん」
受け取った少年は、2,3歩進むと振り返って言った。
「…あんまり弱い者苛めしたら、いかんよ?」
「は?」
男が怪訝な顔をすると、少年:丸山秀悟は駆け出した。
(うわー、久々にやべぇ奴見たわ。恨みかな、アレ)
秀悟にはいつも違う世界が見えていた。
この世界には『人』と『ミエナイヒト』が居て、『声』と『キコエナイコエ』がある。
更には『目で見える現在』の他に、『オデコの手前に映るカコとミライ』もあった。
「今日さ、すごくヤバいの背負った人、見たよ」
秀悟が言うと、父はナイター中継を見つつ頷く。
「へえ」
「最低でも、20人くらい顔があった。恨みってやつ」
「お前見たからって、その人に教えてねえだろうな?」
兄が口を尖らす。
「どうせもう会わないし、いいじゃん」
秀悟の返答に、兄はしかめっ面をした。
「ウチ来られたら迷惑だよ。ねえ、ばあちゃん」
「…その時は仕方ないさぁ。頼られたら、もう『仕事』だもの」
丸山家は、代々霊媒の家系であった。家族みんな霊感が強く、団らん時に『ヒト』の話題が出る事もしばしばだ。
夕食後、秀悟がテレビを見てると祖母に呼ばれた。祖母は真面目な顔をしていた。
「何?」
「『この仕事』はな、断れないんだ。だから選ばないといかん。うちらは人間、天上人やないんよ」
(何でダメなんだろう)
祖母の言う事は正しいと理解していたが、そこだけ納得がいかなかった。
(何で目の前の人を助けてはいけないんだろう)
学校から帰宅した時、自宅の門の辺りに人が居た。女2人が会話している。
(お客かな?)
[ここが、愁院さまのご実家…]
[そうなの。看板は出してなくて、兼業でやっているそうよ]
挨拶しようと思った秀悟は、思わず足を止めた。
2人は『ヒト』だった。白装束姿の女が、秀悟に気づく。
[あら、この家のお子さん?]
(びっくりするほど強い霊…いや、そこらのと比べたら格が違うっていうか)
固まる秀悟に、黒いケープに黒のロングスカート姿のもう1体の女が言う。
[大丈夫? すごくびっくりしてるわよ]
(こっちも強いな…。守りのやつかな?こんなの見たこと無い!)
来客は祖母の妹だった。
祖母と違いプロの霊能力者をしていて、表に居たのは『従者』だという。笑うと祖母と少し似ている。
「こんにちは、秀悟くん大きくなったわね」
「こんにちは…」
前に会ったのは秀悟が3歳の頃なので、ほぼ初対面。それ以上に秀悟は緊張していた。
(この人すごい。…ものすごい力の持ち主だ。今まで会った事ない)
彼女は秀悟をジッと見た後、言った。
「…秀悟くん、色んな物が視えるよね?」
「父さんも、兄ちゃんも見えますよ」
「うーん…。視なくていいものも、見えるでしょ?」
その言葉に秀悟はドキリとした。祖母が代わりに言う。
「この子はね、むしろ余計な事するのよ。通りすがりの人に言ったりさぁ…」
祖母と大叔母が世間話で盛り上がるなか、秀悟は手の中に汗をかいていた。
秀悟には、大叔母の死期が近いのが視えていたのだ。
「秀悟くんは、おばあちゃんやお父さんみたいになりたい?」
帰りのタクシーを祖母が電話で呼んでる間、秀悟はまた話しかけられた。
「まあ。…お祓いは出来ないより出来る方がいいし」
大叔母は穏やかだが、真面目な顔で言った。
「この仕事は、『縁』を切ったり繋げる仕事なの。他の人より色々な物が解るって事は、そのぶん余計な縁を背負うって事でもあるのよ」
小学生の秀悟には難しい話だった。でも、とても大事な話である事は分かった。
「背負うのも『限り』があるから、教えるのは『教えて』って言って来た人だけにしなさい。
…視えても教えない方が必要な時もあるのよ。同じようにお祓いしても、変わらない事もあるし。
こういう事は、全て意味があるんだから」
見えない従者と共に帰った大叔母は、翌年の桜を待たずに亡くなった。
葬儀に行った父と祖母は『あの人は徳がとても高いから、良い所に行ったね』と言っていた。
中学生になると、シゲルという友人が出来た。吞んだくれで仕事が長続きしない父親と、ゴミ屋敷に近い家で暮らしていた。
ある日、ゲームをしに行った時。
「お前んち、何か動物飼ってた?」
「いや。親父、動物嫌いだし」
(シゲの親父、庭に入った猫殴り殺してるな。それも1匹2匹じゃない)
秀悟は遊びに行く度に、シゲルの母親の写真の横に水を汲んだコップを置いた。
と言ってもコップは縁が少し欠けていたし、仏壇が無いので母親の写真も、汚い玄関の靴箱の上にあるだけだったが。
「…母親の写真んとこに水置いてんの、シュウか? 何で?」
シゲルから指摘された。
「何となく。よそんち行って、親に挨拶する代わりね」
「何だよそれ」
間もなく、シゲルの家が全焼した。父親の寝たばこが原因だった。
シゲルの父は泥酔で逃げ遅れ焼死、だがシゲルは軽い火傷で済んだ。
その翌晩、シゲルの母親が、秀悟に深々とお辞儀する夢を見た。
「最近、夜眠れなくてさ」
隣の席のユウコがぼやく。
「昼寝れるならいいじゃん」
「授業中寝てられないって! 髪の長い女に追いかけられる夢、何度も見るの」
「…最近、フルカワから何か貰わなかった?」
クラスの暗いキモ女子(ちょっと生理的にご勘弁なタイプ)が、秀悟に好意を抱いてる事は、恋愛に疎い秀悟にすら分かる。
(フルカワが生霊をユウコに飛ばしてる。よく話すからか)
「え、何でフルカワなの。何も貰ってないよ?」
「あ、ちょっとシャーペン貸して? 俺の家に忘れた」
「えー、どうぞ。確かにフルカワ、髪が長いけど…」
秀悟は渡されたペンケースから、迷いなく1本のシャープペンを取り出す。
「何だこれ、芯詰まってるから、ちょいバラすぜ」
分解すると、芯筒に長~い髪の毛が巻き付いていた。さり気なく捨てる。
その後もフルカワは度々、念を送っていたのでその都度、秀悟は送り返していた。
当然だが霊能力者では無いフルカワは、体調を崩し学校を休んだ。
(こういう事すると体壊すって、分かったかな?続けてると魂まで痛めるんだよ)
道路脇で子供が泣いている。幼稚園年中くらいか。秀悟は話しかけた。
[どうしたの? 迷子になったの?]
[帰るの遅くなっちゃった…。ママに怒られちゃう!]
しゃくり上げて少年は答えた。秀悟は言った。
[そうか。帰らないとママが心配するよ? 行こうよ]
秀悟が目の前の道路を指し示すと、少年は首を振った。
[車いっぱい通るから、ここは通ってダメってママが]
[ん? じゃあ、君はどうやってここに来たの?]
少年は言いたく無さそうに俯いた。秀悟は提案する。
[お兄ちゃんと2人で渡ろう? 大人の人と一緒なら、危なくないでしょ?]
少年は首を縦に振らなかったが、秀悟と共に横断歩道を渡った。
[…お兄ちゃん、大人じゃないでしょ?]
[あ、バレた? 中学生。君は?]
もも組のカツユキくんは、友達とそのお兄ちゃんと一緒に、道路沿いのペットショップのショーケースを見てたという。
だが見とれてる内に2人が先に行ってしまい、焦ってしまったらしい。
カツユキは言った。
[…怒られないかな?]
[大丈夫。ママはすごく心配してると思うよ? だから『遅れてごめんなさい!』ってちゃんと謝れば、分かってくれるよ]
とあるアパートの前で、カツユキは足を止めた。秀悟は言った。
[大丈夫。ここまで来たでしょ? 後は自分で出来るかな]
[ありがとう、お兄ちゃん]
少年は光る玉になり、飛んで行った。
高校生にもなると、秀悟は嫌でも自分の力が強くなった事を自覚するようになった。
霊力の強い動物(高齢の犬猫とか)の言葉が解ったり、霊障を直したり(普通の病気は無理だが)、世界規模な予知夢を見たりした。
ある時は祖母が。
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質の悪い霊に憑かれた客が来た時、霊と目が合った瞬間に除霊してしまったのだ。
(楽に済んだのに怒られるっていう…。別にやろうとした訳じゃないのに)
誰も口にしなかったが、『強さ』故に持て余されている事を感じるようになった。
(居場所が、無くなった)
かと言って、家族に反抗する事も自棄を起こす事も無かった。目に見える人間以上に、見えない存在から秀悟は必要とされていたのだから。
大学生になった秀悟は、ある時不吉な夢を見た。
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「兵庫の兄貴んとこ行く話だけどさ…」
「その話なんだけど、行くのやめよ?」
秀悟の言葉に、マモルは呆気に取られた。
「何で?」
「…嫌な予感すんだ。逆に、タツノリさんこっちに来させよう。ほんとに悪いんだけどさ!」
「判ったよ。お前、勘がいいからさ」
飲み代と交通費を負担して、3人で遊んだ。タツノリが帰りの夜行バスで京都まで進んだ時に、阪神淡路大震災がおこった。
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それが契機となった。
「完全予約制の占い師?」
秀悟が聞き返すと、タツノリは頷いた。
「お前は本物だよ。俺が保証する」
大学を出てからやりたい仕事も無かったし、何より就職氷河期だ。芸は身を助くの如く、他人に真似できない『一芸』で起業するのも悪くないだろう。
こうして秀悟は大学在学中に、謎のインターネット霊能占い師として始まったのだった。
客はインターネットのホームページから予約、指定日時に指定の電話番号にかけてもらい鑑定するという、型破りなスタイルだ。
経営学を専攻し、尚且つ先見力もあった友人兄弟の協力のもと、このビジネスは順調に顧客も増え、軌道に乗っていった。
[秀悟くん]
夕食を買った帰り道、覚えのある声に秀悟は思わず足を止めた。
[…清子おばさん?]
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一目で分かる。彼女はとても『良い気』を纏い、まるで神のようだった。
(お世辞じゃなく、神格化しかかってる。すごいな、この人)
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[ええ、まあ。…どうしたんですか? 何故僕の前に…?]
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だが、秀悟は聞きながら悲しくなっていた。
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[…その、何がいけないんですか? 誰かを救う事がいけないなら、見殺しにしろって? 俺はそんな事出来ません!!]
秀悟の目から涙が一筋。大叔母は涙を拭うのを待って、言った。
[…世の中には『救わない』事が大切な場合もあるのよ。私はね、秀悟くんに大事な人が出来た時に、長生きして欲しいから言ってるの]
[すみません、意味分かんないっす。人を救うと早死にする道理が分からないです。
…俺は、俺のしたい事を貫きます]
秀悟は大叔母に背を向け、その場を後にした。大叔母が出てきたのは、それが最初で最後だった。
それから3年、秀悟は確実に経験を積み重ねていき、顧客は国内外に増えていった。
メディアには一切登場せず、インターネット占い業界の開祖(他にも居ただろうけど、黎明期から続いてるのは秀悟だけ)として、同業者からも一目置かれていた。
どんな問題も立ちどころに解決し、予約は1年先まで埋まっている。ひと月に15件こなすだけで、大手企業のサラリーマン以上の収入があった。
親友兄弟とも、実家の家族ともそれなりに上手くやれていた。
ただ1つの問題を除いて、秀悟はとても恵まれていた。
[あなた、すごいのね。逃げないなんて]
[まあね]
[自分がこうなるって、いつ分かったの?]
[寿命に関しては、半年前かな? でも、それが今日だと分かったのは、つい今朝のことだよ]
某航空93便。指定席で軽く目を閉じ休んでいる秀悟に、大叔母の従者が語り掛ける。
秀悟は目を開けると、少し笑った。
[いやはや、お迎えに美人さん2名も来てくれるなんて、ラッキーだね]
[この前まで半ズボン穿いてたくせに、生意気ね]
小柄な女が鼻で笑うと、すらっとした女も肩を竦めた。傍らには、大叔母の姿もあった。
にわかに、機内が慌ただしくなる。秀悟は言った。
[もう、何をやっても変わらない未来だけどさ。ちょっとだけ悪足搔きしてもいいかな?]
秀悟はニヤリと笑うと、呟いた。
「さあ、やろうか」
アメリカで同時多発テロが発生した。
航空機4機がテロリストによってハイジャックされ、内3機は犯人の目論見通りの地点に激突したが、残り1機はとある地方郊外に墜落した。
郊外に墜落した機体は、アメリカの重要拠点に激突させる予定だったが、携帯電話などで先の3機の事を知った乗客らが共に力を合わせ、犯人の思惑通りにならぬよう戦ったと推測された。
乗員・乗客・犯人もろとも、全員が死亡した。
「人は、『清算』の為に生きているんですね」
街頭のテレビは、ビルが崩れる様子を何度も繰り返し映している。
「悪い事を回避する事が、それを妨害してるとは、思いもしなかった…」
眺めていると、後ろから大叔母:無等が声をかける。
「生者に『清算の妨害』が自身の寿命を削ってしまうという事を、伝えてはいけない決まりなの。
…ごめんなさいね」
「イイって。短い人生でも、俺はそれなりに筋を通せて満足してますよ?」
無等から渡されたバッジを付けて、新センター長:一持は笑った。
「さて! 新しい職場はワクワクするねぇ」
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オカルト好きな家族に囲まれ育った、作者のホラーエッセイ。
実話のため一部フィクション、登場人物・団体名は全て仮名です。
霊的な夢ネタ多し。時系列バラバラです。注意事項はタイトル欄に併記。
…自己責任で、お読みください。
25年1月限定で毎週金曜22時更新。
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