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ハルシネイション・ヘヴン

ュウ-1

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 パトカーの赤色灯と、大人達の騒ぐ声が、家の中まで届いてきた。俺は膝を抱え、タオルケットを被り俯いていた。


(大丈夫だよ、誰も見てなかったし、お前の仕業と思う大人は1人も居ねえよ)

―後味悪いに決まってるじゃん。

(お前なぁ、陽炎も糸遊も人間だぜ?それなのに…)

―気味の悪い感触。

(陽炎は殺すと勇者、糸遊は殺すと犯罪者扱い。おかしいと思わないか?)

―顔にかかる温かい液体。

(お前に殺られた奴が悪いんだよ。弱いから殺されたんだ。お前に殺られなくとも、いずれ誰かに殺られて死ぬ運命だったんだよ)



 眠れないまま、夢遊病の様に早朝外へ。霧が立ち込めていた。
 数珠を手に、現場へ行った。黄色いテープの外側に正座して、覚えたての読経をした。


 ごめんなさい、命を奪って。ごめんなさい、未来を消して。一心不乱に読経した。


「おはよう。熱心だね」

 話しかけてきたのは、青山会長だった。現場に手向けるのか、菊の花と2本のジュースを持っていた。

「会長…おれ…」

 涙が溢れ視界が歪み、声も出なくなった。合わせていた手を解き、涙と鼻水を拭った。

「おれ…とんでもないこと、した。…おれがやったんです」


 子供だけど、牢屋に入れられるのかな。お父さんと、お母さんと、友達とも離ればなれになるのかな。
 それよりも、あの2人に祟られ、2人の家族からも恨まれるのかな。


 泣きじゃくる俺の頭を撫で、青山は言った。

「そうなんだ。正直に教えてくれたね。そして…、よく出来たね」

 優しい言葉だったが、意味が解らなかった。青山は笑った。

「…君みたいな子を待っていたんだ。来てくれるかな?」


 その時、俺は『闇番』に任命された。9歳の夏だった。




青田登あおたのぼる、隔離の必要な病気かもしれん」

「本当ですか?」

 赤沼が驚く。


 道子先生の旦那さん、人に伝染るかもしれない病気なのに、病院へ連れて行って無いらしい。


 青山は言った。

「連れて行くよう言ったら、脅してきた。『奇襲の時に何があったか明るみにする』だとよ」


 登氏は青山のライバルだった、黒沢氏と仲が良かった。奇襲の少し前に倒れたので、闇番もノーマークだったが、実情を知っていたのだろう。


 赤沼が腕組みする。

「…口封じは?」

「下手に動くと、こちらが周りから糾弾されるからな。自滅してもらう」

 青山は古い書物を取り出した。

「難病を治す薬の作り方だ。材料は糸遊の新鮮な脾臓」

「え? …騙されてくれますかね?」

「青田の嫁、相当追い込まれてるぞ。健康食品、漢方薬、挙句には拝み屋も使っている。
この記述を鵜吞みにして、誰かを傷つければ懲罰適用だ。
わざわざ口封じしなくても、動かぬ証拠を作れば良いさ」

 青山は俺にその書物を渡した。

「勉強を教えて欲しいけど、難しくて判らない。これは家の物置にあったと言い、道子先生に読ませろ。渡してしまって構わない」

「はい!」


 その後、曇天内で不審死が続いた。交通事故、徘徊中の事故死、焼身自殺…。会長派じゃない中央会の人間も、不審がり始めた。

 囮捜査に幼馴染が入った。非合法な恋人役。イライラした。先生は旦那さんと心中し、事件は終幕。でも幼馴染は恋人ゴッコを続けていた。


 俺はあの男さえ居なくなれば、なんて思ったりした。


「君は永遠に命が続くとしたら、どうする?」

「永遠にですか…。不老不死ですか?」


 青山からその話を聞いた時は、もしも話だと思った。


「うーん、少し違うな。魂と記憶はそのままに、別人の肉体へ生まれ変わる、転生だな」

 青山には大きな野望があった。叶えるには膨大な時間が必要。そこで、ある禁術について調べ始めた。

 そのころから、青山は頭の悪い赤沼から俺へと、乗り換えようと考えていたようだ。
 そして決定打。

「陽炎のスパイが、青峰に入り込んでいるようです」


 潜入されて2か月も経っていた。事態は最悪な事に、闇番の1人月島ふみが向こうに寝返ってしまっていた。

 ドタバタの中、俺はまだ中学生だったが、暗殺任務を受けた。潜入者、潜入者に唆された幼馴染の恋人、役立たずの赤沼。


 亡き者にしたかった男をこの手で葬り、俺は歓喜した。

 結局なんやかんやで、青山、墨田、光橋、朱井が捕まった。青山以下3人は、俺がメンバーだった事は知らず、青山も俺の事を口にせず、俺だけ残った。


 青山がしようとしていた事を、利用できないかと俺は考えた。魂と遺骨がある。肉体を調達して、転生術を。実験は失敗。
 原因は魔法使いではなく、間違えて一般人を使ってしまった事だろう。

 他の原因もあるかもしれないから、俺は助手兼肉体として、古い話に詳しい人物を呼び出した。

 イマドキ男子のくせに古書に興味のある望を。


 だが、べったりくっついてる奴が邪魔だ。ネット購入した抗酒剤を、酒に混ぜて途中退場。

 家人の外出中、望に単独で来てもらった後、電話を借りた。


「そうだ。悪いんだけど、携帯貸して。俺のさっき充電切れちゃって」


 これでデータ上、真姫を呼び出したのは望になる。


「もしもし、真姫さん?」

『あれ?どうしたの』

「俺の充電切れたから、貸してもらったんだ。実はさ、難しい古い本見つけて、2人で解読してるんだけど、良かったらあなた様の知恵も拝借したいと思いまして」

『ふふっ、何よそれ。いいわよ』

「夕方の特急で帰るんでしょ? 車で駅に送るから、寄れない?」

『今から寄ればいいのね』


 真姫が到着し、3人で勉強会。懐かしいな、昔を思い出す。


 望が言う。

「皇介は?」

 どんだけアイツ好きなんだよ。俺は答えた。

「電話かけたけど、取ってくれないんだよね。寝てんのかな」


 あんだけ抗酒剤飲んだら、今日1日、使い物にならないね。
 パソコンと知恵を駆使して、3人で解読した。


「転生に魂と灰と、別人の肉体が必要ねえ…。興味深いわね」

「ね。しかも命日と同じ月齢の日、なんて言うのがいかにも聞きそう」

 結論は正しかった。やはり間違いなかった。

「2人ともありがとう」

 笑顔で目眩めまい制止せいしをかけると、2人は人形の様にコテンとテーブルに伏した。


 伝説の英雄も、凄腕の女戦士も、幼馴染の前では子犬同然。
 攻撃用の術は常駐部隊に感知されるが、目眩と制止は補助術なので感知されない。


 望のパソコンの検索履歴と、2人の携帯のメールや電話の履歴を全消去。
 東雲玲と望の私用Twitter、ブログは俺の携帯から『友達んちなう』的な書き込みが無いのを確認(真姫はブログだけやってるから、それを確認)。


 納骨堂の抜け道から地下へ運び、力封じの針を刺し、忘却術をかけて引き続き眠らせた。

 地下へ潜ると、監視や探索用の式獣も感知不可(感知するには、術者も地下に行かないとならない)なので、これで一安心。


 今回、誰も地下を可能性に入れなかったのが、幸いした。いずれにせよ、『ドールハウス』は雷帝壕から直接行けない場所にある。


 少し時間がかかった。

 帰宅した家人に見つからぬよう、自前のTシャツの上に望の着てたTシャツを身に着け、自前のキャップを被り外へ。
 折り畳み自転車を持ち、予め寺の客用駐車場の奥に移動させておいた望の車へ。


 封鎖の為に置いてあったコンテナは、2週間前に俺の車で移動させようと引っ張ったら、風雨に晒されボロボロだったせいか崩れ落ちた。

 この抜け道の管理は俺だったし、誰も近づかないと知ってたし、丁度いい。


 望の車を運転し、道を使い曇天を降りた。

 街中の防犯カメラに望の車が映っても、深く被ったキャップの下の顔までは判別出来ないだろうし、服は望のを着てる。『望が運転してる』で通用するだろう。

 車を農道脇に停め、望のTシャツだけを脱ぎ、PCと2人の携帯を放置し、指紋が付かぬようはめていた手袋も外し、折り畳み自転車で戻った。

 車内の捜索で俺の髪の毛(丸めてるから可能性は低いけど、眉毛とか他の体毛はある)や汗が検出されても、何回か乗った事ある。
 指摘されたら証言すればいい。


 何食わぬ顔で俺は毎日を過ごした。

 毎日、家人が寝静まってから地下へ降り、忘却術をかけ代わりの記憶をねじ込んだ。真姫の左薬指のリングは外して捨てた。内側に何か彫られていた。

 碌に読んでなかったけど、恐らく彼氏の名前かな。どうでもいい。


 だって、お前は今日から『リョウコ』で、俺の恋人なのだから。

 甘い口づけを交わして抱きしめたが、リョウコは俺の名前ではなく『ウツブシ』と言う単語を発した。

 何でだよ。

 俺はムキになって忘却術をかけたが、リョウコはずっと『ウツブシ』という単語は忘れなかった。謎だ。


 その後、先の2人の失踪に関わっているかの様に見せかける為、根白準一と藍島ひかりをおびき寄せようと考えた。

 準一は真姫に好意を持っていて、ひかりは望の義妹でありつつ、大の東雲ファン(俗に言うあわよくば系のけしからんファン)。


 準一をおびき寄せたが、トラブル発生。疲れていたのか、地上へ逃してしまったので、処分。そこで目撃者とまさかの遭遇。

 普通の人間は焦るんだろうけど、俺は喜んだ。

(お、丁度いい材料発見!!)

 そして、確保した。


 この『サプライズ』は、一朝一夕で計画していた訳ではない。

 10年以上前に引き継いでから、手順やアクシデント発生時の対処を何通りも考え、シミュレーションしてきた。

 この位のアクシデントは、野外活動の夜のキャンプファイヤーが雨で中止になり、屋内でキャンドルナイトをやる事になった様なものだ。

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