【完結】僕たちのアオハルは血のにおい ~クラウディ・ヘヴン〜 

羽瀬川璃紗

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ハルシネイション・ヘヴン

根白準一 ※グロ注意

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「ねえ! 電話取って」


 夕飯を作る嫁が喚く。
 うるさいけど、取らないともっとうるさいのは明らかなので、根白準一ねじろじゅんいちは仕方なく電話に出た。


「もしもし、根白です」

『…やっと、繋がった』

 涙声の女。え、何?

「はい? どちら様で?」

『ミカゲです。…ミカゲ、マキ』

 俺は目を見開いた。真姫なのか⁈

「え⁈ あんた、本当に…?」

『お願い…!根白さん助けて。監禁されてるんです』

「何…だって? 今どこに居るんだ?」

 嫁に聞こえないよう、準一は注意しつつ声を掛けた。

『いま居る所から、キャラバンの裏口が正面に見えます』


 ホームセンター:キャラバンは、ここからの直線距離で月虹山を越えて西にあり、傍には雑木林もある。何故そんな所に居る。


「1人か?」

『1人です…。望が出かけている内に、来て下さい!でも、誰にも言わないで…!』


 それを聞き、準一は全てを悟った。
 2人の失踪、首謀者は望だったのだ。望が真姫を監禁し、欲望の全てをぶつけているに違いない。


 真姫は半泣きで続けた。

『お願いです、誰にも言わないで』

「待ってろ、今すぐ行く!」

 準一は電話を切ると、車の鍵を持ち飛び出した。



 ものの20分でキャラバンに着くと、準一は網張を使い、裏手へ回った。閉店1時間前で、疎らに客が居る。

 半径15メートル以内に、術者の気配を感じた。敷地の屋外にある、簡易物置やルーフガレージのコーナーの辺りだった。


 注意深く進むと、ある簡易物置の後ろに、薄汚いタオルケットを被った何者かがうずくまっている。
 向こうも、網張を使っているのか準一に気づいた。

「真姫? 真姫なのか?」

 布の隙間から、怯えた眼が準一を確認し、手を伸ばすのが見えた。準一がその手を掴むと、天地が回転した。

「…あ?」

 目を回す準一に、真姫が更に手をかざす。意識が急激に薄れる。しまった、これは術


「よお、お馬鹿さん」

 古布を捨て、アキは笑いながら準一の肩を爪先でつつく。

「真姫の声、忘れちゃったのー?」


 隠れていたテンとユウも出てきて、店の台車に載った90L容量のポリバケツに準一を入れた。
 電話の前に買ったもので、蓋には精算済みシールも貼ってある。


 車へ運び入れると、車内で待っていたミイとロコが手を叩く。

「任務成功だね」





 穂香は電話に出つつ、退室した。上からのか。未琴が尋ねる。

「…あの人、何で防犯カメラの話知ってるの?」

「さぁ?」

 全く、捜査官である事は伏せろとか言っといて。

 5分程で穂香はドアから顔を覗かせる。

「皇介くん、ちょっといい?」

 手招きされ、廊下に出ると切り出された。

「これからまた、曇天へ向かって欲しいの」

「はぁ? 何でまた」

「ガサ入れをする。これから、平井さんと部下の古川さんがココへ来る」

「ガサ入れ?」

 意味が解らない。穂香は続けた。

「この3日間に、私達が会った人達へメールや電話で『色々ありがとう。あとはもう東京に帰るから』的な事を伝えて欲しいの。
『客』が帰ってホッとしたとこを、ガサ入れしろと上から指示があったの」

「そんな。俺に嘘つかせて捜査するんすか?」

 納得しない皇介に、広空が声を掛ける。

「話してるとこ、ごめん。いいかな?」

「なーに?」

 穂香が何気ない笑顔で返すと、広空は続けた。

「ミコが頭痛するから、薬買って来たいんだと。どうする?」

「そうなの? あらやだ! 
…気が付かなくてすみません! 今日は本当にありがとうございました」

 穂香が部屋に戻り、未琴に声を掛けると、頭を下げた。

「いいえ、こちらこそ。こんな時に具合悪くなってすみません」

 未琴は広空に付き添われ、部屋を出た。





「…望の彼女と同僚、いつまで居るんだ?」


 テンの呟く声を、準一の耳が捉えた。まだ意識は濁り、身体の自由も効かない。


 ユウが答える。

「もう帰ったらしい。さっき皇介からメール来た」

 重くて開かない瞼越しに、光を感じる。
 アキが言う。

「残り1体、あの女で良かったんじゃねえの? 女が必要なんだろ?」

 カチャカチャと金属音。歯医者を思い出す。ユウがたしなめる。

「いや、ダメだ。相当な使い手だよ。下手すりゃ返り討ちになる」

 何者かの温かい指が目頭をなぞり、ポンポンとリズミカルに動くと、眉間に金属製で棒状の物体が当てられた。

 銃口⁈まさか。

 準一が目をカッと見開くと、逆光の中、驚く男の顔が見えた。

「チッ」

 男は舌打ちしつつも、構わず何かを眉間にチクリと刺した。感覚の戻った右腕をフルスイングし、男を殴った。

「ユウ!!」

 誰かの悲鳴も気にせず、準一は上手く動かない身体を動かし、台から降りると、何かを刺された眉間に触れた。
 だが、指が震えて上手くつまめない。まだ痺れが残り、よろめきながらも準一は部屋の外へ向かった。

 女の声。

「待ちなさい!!」


 真姫にかけられた術(いま思うと妙に筋張ってた手だった)の効果を消そうと、自身に毒消どくけし気付きつけをかけようとして、準一はある事に気付いた。

 術を使おうにも『力』が無い。


(何でだ⁈使ってもないのに消耗してるのか?)

 薄暗い廊下を、壁にぶつかりながら、1番遠くへ。『力』が無ければ術は勿論、武器を出し、戦う事も出来ない。


 後ろからは、男が追いかけて来る。

「待て!!」

 少しだが、先程より回復した脚で、階段を駆け上がる。途中で階段は天井とくっついていた。蓋がしてあるのだ。

 体当たりで壊し、上へ。

「クソッ」

 右太ももに激痛。冷気術により、氷柱が突き刺さったのだ。

(術で攻撃するなんて、陽炎か⁈)


 準一はひるまず上階へ這い上がり、木張りの床の上を転がる様に逃げた。


 格子状に外の空気。後ろから男が叫ぶ。

「消してやる!」

(殺される!)

 準一は格子戸にぶつかり、勢いで外れた戸に足を取られながらも、必死で逃げた。


 距離を詰められる気配に、一か八か身体を反転させると、背中と右腕をパックリ切られた。


(致命傷は避けたけど、ヤバい。深い)

 今まで感じた事無いくらい痛いが、準一は目の前の道路に飛び出した。

(道だ。誰かに助けを…!)


 だが、斜め後方から鉤爪が首筋を狙う。自分の切り裂かれる音が、耳に届く。

「がああっ!!」

 激痛と、熱い血の感触。最期に準一は不思議なものを見た。

 闇夜に浮かぶ2つの丸い月と、何かの遠吠えを。

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