【完結】僕たちのアオハルは血のにおい ~クラウディ・ヘヴン〜 

羽瀬川璃紗

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ハルシネイション・ヘヴン

白石龍哉 ※グロ注意

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 黒くしなやかなその美しい髪は、見た目に反してとても柔らかだった。

 洗っても絡まる事なく、指をすり抜ける。
 仕上げには、ちゃんとトリートメントもしてあげよう。


 薔薇の香りの泡で、人形を洗っていた。それ程汚れてはないが、美しさは保っておきたい。

 人形は歌をゆっくりと唄い始めた。どこにあるのか判らないが、スイッチがあるのかもしれない。

〔たとえいっときのまぼろしだとしても/あなたがいてわたしがいる/そんなまいにちをゆめみさせて〕

 何度も奏でるその歌を、すっかり覚えてしまったので、一緒に口ずさむ。

〔そらのむこうにみえたけしき/いつかあなたと/たどりつけたなら〕


 唄いつつ、彼と初めて会った日の事を思い出した。あの時、僕はどん底の日々を送っていた。
 子供だったけど、自殺というものを考えるまでに、思い詰めていた。



 あの日、僕は川遊びに無理やり連れて行かれ、何度も水の中に顔を押し付けられた。
 いっぱい水を飲み、鼻も耳も痺れるくらいに痛くなったが、止めてもらえなかった。限界だった。

 台所から持ち出した包丁を首に当てがった瞬間、止めてくれたのが彼だった。涙と鼻水でぐしゃぐしゃな僕を見て、彼は勇気づけるように頭をポンと撫でた。


 僕は彼から教えられるまま、動いた。飽きるまで川遊びをした敵2人が、帰宅しようとする後ろ姿を見つけると、気配を消して近づいた。

 近くには雑木林しか無い。

 僕は走り、武器を取り出し、ひと思いに奴を切った。分厚い粘土を切ったみたいな感触だった。

 奴の首が3分の2だけ千切れ、頭が前側にぶらりとするのが見え、遅れて血が噴き出した。

 笑える事に、もう1人は血を浴びてから異常に気付いたらしく、時間が止まってるかの様だった。僕は更にひと振るいで、奴の手下の首を切った。

 完全に切断出来た。


 ほんの5秒位だったが、返り血を浴びたまま、僕は立ち竦んだ。

 彼は僕の背中を叩き、次の行動を促した。早く血を流し、この場から逃げろと言った。

 僕は走って、さっきまで水責めに遭っていた浅い川に飛び込んだ。


 ヒグラシの声を聞きつつ、血を洗い流す為に、たった1人で川遊びを再開した。






 地元での聞き込み最終日。相変わらず、2人の行方は掴めない。

「幼馴染の龍哉。で、こちらは望の彼女で同僚の赤峰さん。晴天の人ね」


 広空と龍哉は何度か会っていたので、省略(身内が奇襲の犠牲者なので、陽炎とは伝えてない)。


「初めまして」

 2人はお辞儀し合った。龍哉は口を開いた。

「もう1週間になるよね。警察はちゃんと探してるのかな?」

「本当だよ。何の手掛かりも無えのかって思うよ」

 皇介は言いつつ、チラッと穂香を見たが、澄ました顔で居るだけだった。


 龍哉は4年前に父を病で亡くしてから、祖父と一緒に僧侶として家業に勤しんで居た。


 皇介は続けた。

「俺、途中で帰ったから知らなかったんだけど、望のヤツ、テルさんに余計な事言ったんだって?」

「大丈夫だよ。別に本気で怒っちゃないし。何か言われたの?」

「特に言われちゃないけど、イラついてたからさ」

「何かさ、2人を探す為に仕事を無理に2連休したから、上の人から文句言われたらしいよ。そのせいじゃね?」

「あー、成程」

 皇介が頷くと、穂香が尋ねた。

「あの、望か真姫を飲み会以降に会ったり見かけたりは?」

「ありませんね。メールはしましたが…」

 龍哉は言いつつ、携帯を出した。

「バンドのライブの件で」


 見せられた画面は、7月17日午後12時40分。

『おはよう!(^^)!ベラドンナの公演日、良かったら教えて』


 広空が問う。

「返信は?」

「えーと、これ」


 受信トレイの、7月17日午後2時28分。

『東京公演は九月四日🎤ダンシングソードっていうライブハウスだよ。夜六時からだし、来れそうな時、教えてね☆』


 眺めた穂香が言った。

「この日、やりとりはこれだけですか? あと、真姫とやりとりは?」

「この日は…、ご覧の通りこれだけですね。真姫さんとは…、その前の週にやり取りしましたけど」

 龍哉は携帯を遡って操作してくれた。7月9日に真姫とやり取りしたキャリアメールがある。

 凝視した後、穂香は顔を上げた。

「ありがとうございます。…あの、白石さん。こんな事聞くのアレですが…」

「はい、何でしょう?」

「…地元の人で、2人を嫌っていた人は居ませんか?」


 その言葉に、皇介と広空はドキリとした。龍哉は困惑の表情だった。


「嫌って…? どういう事ですか」

「地元の皆さん、口を揃えて『いい子』って答えて下さるんですけど、目立つ子だから嫌いまでは行かなくても、苦手に思う人居るんじゃないかと」

「居ませんよ」

 穂香を遮るように、龍哉は続けた。

「俺達は2人を誇りに思ってます。旧体制の悪事だって、コウさんもだけど2人が居なければ、今も無益な殺人や敵討ちが続いてたかもしれませんから。
それを断ち切って本当の平和を作った人を、嫌う理由ありますか?」


 12年前の旧体制解体から、陽炎との殺傷事案が1件も無いのは周知の事実。陽炎と糸遊、双方にとっても平和が訪れたのだ。


 皇介も口添えする。

「そりゃあ初めの頃は少数居たけど、それは旧体制時代に贔屓されてた奴だけだ。今じゃそんな奴らにも正当に評価されてるよ」

 穂香が黙ると、皇介は内心『やった!』と思った、が。

「義理のお兄さんとの仲は?」

「勇多さんとも良好ですよ。何を疑ってるんですか?」

 表情はにこやかだが、幼馴染にしか判らない龍哉の苛立ちを感じたので、皇介はフォローにまわる事にした。

「穂香さん、心配なのは分かるけど、ちょっと落ち着こう?」

 場の空気を変える為に、今度は広空が口を開いた。

「…えっとさ。地元の人にしか話せない、パンピの愚痴は無い? 俺らには話せなくても、リュウになら話せる話ってあるじゃん?」

「うーん、ノゾさんも真姫さんも基本的に愚痴とか、人の悪口言わないしね。俺は何も聞いてないよ」


 ああ見えて2人は達観してる。だからこそ皆、2人の事を嫌わないのだろう。


 続けて、龍哉は思わぬ事を言い出した。

「…因縁って、信じます?」

「え?」

 目を点にする穂香に、龍哉は笑った。

「いや、別に勧誘とかじゃなくて、職業柄、思うところがあって」

「何を?」

 皇介も尋ねると、龍哉は言った。

「何かね、立派な人ほど早くあの世に引っ張られるんだって。それは非常に良い魂を持ってるから、神様的な存在に気に入られて傍に置かれちゃうっていう。
…勿論、2人は死んでるなんて俺は欠片も思っちゃいないですよ? 2人は凄い人間だから、自分の勢力に引き入れようと考える、悪い人間に捕まってるんじゃないかって、俺は考えるんです」

「悪い、人間?」

 穂香が問うと、龍哉は答えた。

「武力を持つ外国の組織とか? 術や式獣の使える陽炎とか? 合法的に記憶操作ができる政府とか?
だいたい、こんな経つのに何の手掛かりも出ないなんて、単独じゃなく組織が関わってるとしか思えませんよ」

 ひと呼吸おき、龍哉は呟いた。

「…こんな事になるなら、2人の東京行き、反対すりゃ良かった」

 思わぬ龍哉の本音に、皇介は胸が抉られるようだった。俯いていた穂香は顔を上げた。

「申し訳ありませんでした。帰ります」

「ちょ…、穂香さん?」

「充分、地元の人に話を聞きました。結局聞き回っても、何も変わりません。2人の事は、地元の人に任せましょう」

 穂香は立ち上がると会釈した。皇介と広空も慌てて立ち上がる。


 停めた車のある駐車場へ、穂香はズカズカ歩いて行った。
 追いかけるよう歩いていた皇介だったが、穂香は車を過ぎて、駐車場の出入口と県道の境目まで進んで行く。

(歩いて行く気か⁈)


 皇介は走って追いつくと、口を開いた。

「穂香さん落ち着いて。車出すから乗ろ!」


 穂香は静かに、物凄く、怒っていた。あまりの殺気に、皇介は二の句が継げなかった。

 そりゃあ、ムカつかせる言い方したけど、そんな怒らなくても…。


 穂香は県道の東を見つめ、変わらぬ声でこう言った。

「さぁ。とりあえず出ようか」

 皇介も広空も、怖くて顔を見る事が出来なかった。

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