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ハルシネイション・ヘヴン

久井竹祐

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 車に乗り、エンジンをかけると、男は車のオーディオのスイッチを入れた。

 流れて来たのは、男の遠縁の一族がボーカルとベースを務める、バンドの曲だった。


 元々はカセットテープに入っていた曲だが、技術が進みデジタル機器へダビングし、聴けるようになった。
 2曲目はベースは同じで、1曲目のボーカルの妹がボーカルを務めるバンドの曲。遠縁の一族最強の戦士でもあったベースは、戦死した。

 最後の戦死者だった。


 自分だけが助かり、罪悪感にさいなまれたが、周りに支えられた。『あなたは皆の夢の請負人なのだ』、と。


 3曲目は、自分の弟分が組んだバンドの曲だった。夢を叶える為、共に真実を暴き真相へ迫った。
 彼らは今では、自活出来るまでの実力と地位を築いている。

 4曲目は、2曲目のボーカルと3曲目のギター、自分と同胞のドラム、そして自分達の地位向上の為に力を尽くし戦死した男の息子が、ベースを務めるバンドの曲だった。


 異なる3つの血筋の生まれの弟妹達が組んだ、夢のバンドだった。


 自分の役目はここで終わりでは無く、これからも続いていく。


「おはようございます、社長」

 久井竹祐ひさいたけひろが事務所につくと、社員が挨拶した。

「おはよう」


 赤城が戦死し、真相が明らかとなり中央会は解体され、新しい自治組織に生まれ変わった。

 翌年、久井は小さいが、音楽事務所を設立しヘルファイアを迎えた。未知の経験ばかりで悩み抜いた時期もあったが、何とか軌道に乗りつつある。


 デスクに向かおうとした久井は、談話スペースのテレビに思わず足を止めた。


『行方不明から1ヵ月。少女は一体何処へ消えてしまったのでしょう』

 画面は切り替わり、園服姿の女児の画像が映った。ナレーションが話し始める。

『練馬区星川に住む、4歳の種田聖良たねだせいらちゃんが居なくなったのは、先月20日の事でした』

 カメラは住宅街を映した後、一角にある公園へズームする。

『20日の午後3時過ぎ、聖良ちゃんは母親と姉の3人で、この公園にやって来ました。ここで突如として姿を消したのです』

 画面右上には[空白の10分間]という表示が現れ、近隣住民のインタビューが始まった。

『あそこの公園にはよく行くんですけど、不審者情報は聞いた事は無くて…』


 コーヒーを片手に、ヒスイが呟く。

「ここ、久井さんち近くねえ?」

「おはよう。そうだよ、近いよ」

「あ、おはようございます」

 久井に驚きつつ、ヒスイが挨拶すると、広空も口を開いた。

「おはようございます。物騒ですよね。若菜、同じくらいでしょう?」

「うん。ウチのも4歳だからね…」

 久井はそう言い、携帯電話に目を落とした。


 世の中は3連休最終日だが、ミュージシャンは別だ。
 明後日から本格的に動き出す為に、今日はベラドンナの打ち合わせなのだが、昨晩から望と真姫と連絡が取れないでいるのだ。


 広空へ久井が尋ねた。

「まだ連絡無いけど、あの2人は実家か?」

「…望はともかく、真姫は昨日には帰るって、言ってたんですけどね」

 時計の針は午後3時を指していた。2人はああ見えて仕事に真面目なので、仕事絡みの電話やメールを無視する事はあり得ない。

 ヒスイが頬杖をつく。

「同窓会あったんでしょ? 飲みすぎて寝てるとか」

「同窓会は土曜で、今日は月曜っすよ? いくら何でも誰かさんじゃあるまいし…」

「あー、22時間飲むっていう?」

 広空と久井は言いつつ、ヒスイを見ると、ヒスイは目を天井に向けた。

「エー、何スカ? 私ワカリマセーン」

「何だよ、シラ切りやがって。…とりあえず広空うー、実家の番号判るか?」

「実家か…」

 広空は携帯を取り出した。

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