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クリムゾン・ヘル

funeralprocession

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   曇天が騒然として5日後。偉大な戦士の特別葬が営まれた。

    普通は告別式で終わるが、赤城は七神衆であり、陽炎達との戦闘の末の戦死なので、特別葬があるのだ。


 曇天内ではなく、ふもとの街にある葬儀会館を貸し切り、糸遊と政府関係者のみ参列を許される、別れの会となった。


    ひとまず曇天民にもたらされたのは、赤沼と懇意にしてた陽炎が共謀して月島を殺害し、逃走中の陽炎が赤城と偶然出くわし戦闘、そして戦死したとの話だった。

    赤沼は月島殺害後、自殺。そして青山会長は天番に呼び出され、今も聴取中で不在。


    さすがの曇天民も、不審に思い始めていた。


 今回は会長代行で司会を務める陽本が、マイクを手に挨拶した。

「お集まり頂きました、皆様。これより、故赤城大吾氏の特別葬を執り行います」

 来賓紹介。
 糸遊であり、今政権で官房長官を務める青木を筆頭に、数名の政府関係者が挨拶とお悔やみを述べる。


    壇上の赤城の遺影は、少年の様な輝く笑顔だった。そんな彼はもう、灰となってしまった。


    参列者は静かに俯く者、涙を見せる者、様々だった。

 挨拶が終わり、人々を見渡した陽本が口を開く。

「…ご弔辞いただきました。さて、皆様にお伝えせねばならない事があります」

 その言葉を合図に、係が窓に暗幕を引いて行く。

「これから、故人のメッセージを御覧下さい。そして…」

 陽本は続けた。

「糸遊の未来について、一緒に考えて頂きたいと思います」


 祭壇の前に、スクリーンが天井から下がってきた。陽本の物言いに訝しがるも、皆はスクリーンに投影される光を見つめた。



 どこの集会所なのか、畳の上に折り畳み式文机が幾つか。奥の壁には『季白集落地図』が貼られている。

    カメラの後ろから、スイッチを入れた張本人らしい、グレーの作業着姿の男が正面へまわり、振り向いた。

「…黒沢さん⁈」

 場内の誰かが驚きの声を上げ、ざわつきが一層大きくなる。映像の50代半ばの男は口を開いた。


『皆様こんにちは。中央会会長代行の、黒沢勝之です』

 その男は現会長:青山と共に、一時会長代行を務め、奇襲で戦死した男だった。

『さて今回、この様に映像記録を作成したのには訳があります。時代は平成を迎え新しい時代となり、我々糸遊も転換期を迎えたのであります』


 会場内に多くのどよめきが上がる。「何だコレ、いつのだ?」「カツさんが生きてた頃に撮ったの?」


『かつての同胞で、忌み嫌われてきた陽炎と、和解するべき時代がやって参りました』

 黒沢はカメラに寄っていき、カメラの後ろから、紙を取り出し広げて映した。


『  国民認証許可状          
                                        
        第八十七代 内閣総理大臣 白石清一郎』


 映し出されたのは、平成になり間もなく就任した曇天出身の首相の名前。
    その隣には人名なのか、2~4文字の漢字の羅列と日本名の表記があった。黒沢は言った。

『我々糸遊と陽炎は、同胞でした。
現政府が実権を握る時に、陽炎はその妨害をしたため、それから同じ国に生きていながら、人権や最低限の保証を認められぬ存在となってしまったのです。
ですが、これからは和解して手を取り合わねばなりません。この国が世界に認められるには、内部にある我々が抱える問題を解決しないと先へ進めません。
…こちらの紙は、我が曇天出身の首相が、30人の陽炎に日本人としての権利を与えた証書のコピーです』


 会場からは様々な声が上がっていた。「こんな話聞いた事ないぞ⁈」「本物なのか⁈」


 黒沢は続けた。

『そして、この取得の裏側である同胞が、重大な罪を犯したかもしれないのです』

 会場の人々は食い入るように見つめる。

『この認証取得は、糸遊と陽炎だけで発案したものではありません。ある一般人の方も発案したものです。
名前を千葉晴紀さんと言います』


 大きな音を立てて、パイプ椅子が倒れた。墨田が『千葉晴紀』の名を耳にして、勢いよく立ち上がったのだ。


『彼は元々青峰山水で働いていた方でしたが、ある日突然この世から消えてしまったのです。単なる失踪ではありません。
人々の記憶からは勿論、社会的な記録まで、不自然な程にこの世に居た証が消失したのです。
…記憶の書き換え、これは我々糸遊の一部が関係した事を示唆していると考えられます』


「デタラメだ!!」

 墨田が叫んだ。場内の人々は墨田に注目する。墨田は前へと進みつつ、怒鳴った。

「一体誰だ! こんな変な映像流しているのは!!」
 
 近くの席の男がなだめる。

「ちょっと落ち着いてよ」

「落ち着いてられるか! これ流してる奴誰だ!! 出て来い!」

「…墨田さん、あんたどうしたの? 黒沢さんの身内でもないくせに、そんなに怒って」

 傍に居た初老の女も言った。確かに異常な反応だが、大多数の人間もこの映像に首を傾げていた。


    静止していた映像が、再生される。

『陽炎の認証取得及び支援の動きを良いとしない青山甲太郎氏、それを支持する赤沼修之氏、千葉さん故人をよく思わない黒島仙助氏の3名が中心になり、千葉さんの抹消に関わったと考えられます』


 墨田は顔を真っ赤にしたまま、拳を震わせていた。


『…この様に映像を撮っているのは、先の三者が部下を使い、私達の記憶の操作を行なう可能性があるので、記録保存を目的としています。
実際、千葉氏に関する記憶も一部操作されて、思い出すのに時間を要しました。
我々が抱える問題で1番厄介なのは何だと思いますか?
過ぎ去った時代に、国家を転覆させようとした陽炎だと思いますか?
…一般人を抹消し記憶を操作してまで自分達の主張を押し通した、一部の同胞ではないでしょうか?』


 映像はそこで終了し、スクリーンは光だけとなった。会場の照明が明るくなると、墨田が喚いた。

「おい! 一体何なんだよ! こんな嘘だらけの趣味悪いモン見せやがって!!」


 場内の人々も戸惑っているようだ。これは実話なのか、作り話なのか。


 墨田は陽本の所へ、くってかかった。

「陽本さん、どういうつもりですか⁈ こんな時に作り話見せて、混乱させるつもりか!!」


「…作り話ではありません」

    女の声。声のした方を見た墨田は凍りついた。真姫が女の乗った車椅子を押して、祭壇の上手側からやって来たのだ。

    凍りついたのは、墨田だけでは無かった。会場前列から順にどよめきが上がる。

    車椅子に乗っていたのは、真姫とよく似た…

「あ、明日香⁈」

「明日香ちゃん⁈ まさか…!」

「本当に⁈」

 真姫は陽本からマイクを借りると、明日香へ渡した。


    黒いパンツスーツ、赤縁眼鏡、ロングヘアを後ろで1つに束ねた明日香は、座ったまま口を開いた。


「皆様、長い間ご無沙汰しておりました、御影明日香です」

 大騒ぎの後、会場が静まり返る。

「先程の黒沢氏の発言は、紛れもない真実です」

 暗幕の開閉を担当した望と歩も、じっと見つめている。

「あの撮影を終えた数日後、私や黒沢氏を含む12名は青山氏の元に向かいました。
…説得する為でした。『陽炎の認証の支援と、一般人を抹消した大罪の自首』を。
その時、認証の対象になっていた陽炎達もやって来ました」

 明日香は一呼吸おいて、言った。

「赤沼さんの術により、彼らは操られていたのです」


 スクリーンの昇降と、照明をしていたのは、皇介と隆平だった。


「赤沼さんは彼らを操り、私達をはじめ異変に気付き駆け付けた糸遊達も、殺害していったのです。
そして、あの時現場に居合わせた塩谷さんと目黒さんの記憶を操作して、『陽炎が自分の意志で襲って来た』という風にした。
…そうじゃありませんか。忘れてしまったのですか?」

 今度は顔を青くした墨田が後退りする。

「…明日香、お前は死んだ筈、だろ…?」

「死ぬ訳にはいかなかった。こんな理不尽な出来事、もみ消されたままにしたくなかった。だから私は、這いずり回ってでも生きたんです」

 明日香は墨田を睨みつけ、言い放った。

「あの奇襲は、実権を握りたがった青山氏が、同胞の大量殺害とその罪を陽炎になすりつけたものだ!!」

「うわああーっ!! 許してくれ、明日香! 怖かったんだ、だから俺は黙っていたんだ!!」


 墨田は頭を抱え、喚いた。





「…予想外だった」

 控室に戻った皇介に、望が同意した。

「墨田のおっちゃんも関わってたとはね」

「酷い有様だったわね、場内」

 『明日香』を立たせて、真姫は車椅子を畳む。『明日香』は眼鏡を外すと尋ねた。

「大丈夫だった? 俺、あの喋り方で」

 霧が晴れるように、『明日香』の外見は広空へ戻った。柏木が肩を叩く。

「上出来。10年以上前に大怪我して復帰したと差し引いて考えたら、喋り方変わったとしても問題無い」


 呼び出した者の姿を変える式獣で、広空は明日香に姿を変え(とは言え遺影の姿と真姫の姿を足して2で割るという想像の姿だが)、先の告発をしたのだ。

    真実を説得力のある方法で住民へ知らしめる、強硬な方法だった。


 歩が呟く。

「かなり手荒だったけど、どうなるだろう?」

「少しずつでも、良い方向に変わるんじゃないですか? 俺はそうなって欲しい」

 望は穏やかに言った。亡父:賢介もそう願っていると信じて。

    ドアをノックされ、柏木が開けると、そこには真姫の母方の伯父夫婦が居た。

「急にすみません。真姫と明日香は…?」

 死んだと思われた姪を探しに来たのだろう。目配せして、真姫が来た。

「お姉ちゃんは政府の人の車で先に帰りました」

「そんな…。今まで明日香はどこに居たんだ? 何か聞いてないか?」

「詳しく聞いてないけど、遠くで静かに暮らしてたそうです」

「遠くって?」

「さあ? 教えてくれませんでした。でも『皆に言いたかった事ちゃんと伝えたから、また死んだ事として忘れて欲しい』って…」


 真姫は嘘をついた。みんな、黙って聞いていた。

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