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クリムゾン・ヘル

February-1

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「もしもし? 何か着信あったけど」


 休憩時間に携帯を見た陸は、望からの不在着信にリダイヤルした。
 昨日同様、試験休みで学校の授業は無い筈だ。


『急にすみません。…あの、久井さんて、天番ですよね?』

「うん、そうだけど」


 そう言えば、望は1回ブラックリストに上がった事があった。
 何かあったのか。


『久井さんに相談したい事あって。何時に仕事終わりますか?』

「久井さんなら、今日休みで家に居ると思うよ。東京に行く用事も無い筈だし」

『判りました。これから家に行っても平気ですか?』


 望は久井の連絡先を知らない。それにしても何を焦っているのか。


「多分大丈夫。俺、久井さんにメールしておくから」

『お願いします!』

 通話終了後、陸はキャリアメールを久井に送った。久井が女とよろしくしてたらマズイし。

    程なく、久井から了承した旨が返信された。




 それから数時間。陸が帰宅すると、部屋には望と皇介だけが居て、久井の姿は無かった。

「ただいま。どうしたん? 久井さん居ないし」

「確認したい事があるって、飛び出して行きました」

 元気の無い望が返答した。

「ねえ、何があった?」


 皇介は無言で、今では懐かしい型のビデオカメラの配線を片付けていた。
 あんなのここには無いし、2人が持ち込んだのか?


「おい! 黙ってたら判んねえよ。どーした?」

 陸の言葉に、皇介が涙目で答えた。

「コハクさん…。俺、何を信じたらいいか判んないですよ…」




 月島は仕事を終えると、自宅であるアパートの3階へ向かった。3階の廊下に男が居た。久井だ。

「お疲れ様。悪いな、押しかけた」

「私だってしたし、おあいこでしょ?」


 月島と久井は恋人の様に寄り添い、部屋へ入った。2度目の訪問だった。


    2人掛けソファーに久井が座り、月島が湯を沸かす。コーヒーカップを準備する月島へ、久井は切り出した。

千葉晴紀ちばはるきさん、知ってる?」

 月島は目を見開き、こちらを見た。久井は確信した。

「…やはりか」

「久井さん、どうして?」

「千葉晴紀はこの世に存在しない。死んだ時に『初めからこの世に存在しなかった』事になった。
…君も関わっているんだね?」

 月島は呟いた。

「…断る事は出来なかった。事の重大さを知らない子供だったから」

「話してくれる?」

「どうして、あなたは千葉さんの事を知ってるの?」


 月島が問う。確かに、出生の記録などの公的なものは勿論、人々の記憶からも完全に消されたのだ。


「俺は東京である仕事をしていて、その一環で青峰山水に潜り込んだ。…国家公安庁だ」

「そう…」

 月島は湯の沸きかけるケトルを止めると、諦めたような、全てを受け入れた様な表情を浮かべた。

「近づいたのは、私を捕まえる為なんだ?」

「…話の内容による」


 久井の言葉に、月島は目を少し閉じた後、心を決めたようだ。


「政府が陽炎に民籍を認める動きがあった。今から12年くらい前? 曇天でも知ってるのは、中央会の上層部のみだったわね」

「そうだね。根強い反対があった」

「色んな話し合いや審査を重ねて、30人の陽炎に与える事になったけど…。結局、問題が起きて撤回された」

「『平成の奇襲』か。千葉氏は一般人だ。どんな関係があったの?」

「彼は一般人だけど青峰の社員で。若いけど仕事もできる人だったから、当時議員をやってた青山会長の親戚に、秘書として引き抜かれたの。
彼はそこで、糸遊と陽炎や、それを取り巻く問題を知ったみたい」

「…彼はその話を漏洩させてしまった?」

 久井の言葉に、月島は大きく首を振った。

「いいえ。目覚めたのよ、『民族融和』に。
保守派議員の元に居ながら革新的な事を立ち上げて、糸遊にも陽炎にもパイプを作ろうとした。
青峰を辞めてからの彼は革命児よ。暇を見つけては曇天の人に声を掛け、人を集めて勉強会。七神衆や中央会幹部の一部の人にも、持論を展開して話をしたり。
…極めつけには、青山会長の姪と恋仲になって、駆け落ちしようとまでした」

「保守派の人にも強い影響を与えてしまった?」

「中立派の人からも『洗脳野郎』なんて言われてたわ。一般人なのに、長年の不和を一朝一夕のボランティア活動で解決しようとしたもんだから…。
恨みを買ったのね。『何も知らないくせに』って」

「彼は…?」

「誰かに殺されたみたい。未成年だったから、私は教えて貰えなかった。私は言われるままに、彼と関わりのあった人達の記憶を操作した。
即答だったの。父の借金で進学出来なかったし、中卒で働ける場所も限られてるし…。
当時は何より、食べるのにも困るくらいだったし。人並みの生活が出来るなら、って深く考えずに手伝った。
公的な記録は、当時役場勤めだった墨田さんがやったみたい。彼の写る写真、贈答品、手紙、全て探し出して処分した」

 アルバムの不可解な写真はその為か。

「…みんな、忘れ去った?」

「一部を除いて。強すぎる記憶は痕跡が残ったり、何かをきっかけに甦る。
そして、彼の記憶が戻ってしまった12名が遺志を継いで、『民族融和』の続きを始めた。
千葉さんと違って、政府にも掛け合ったそうね。曇天の人の大多数が知らない水面下で」

 月島は、当時を思い出すように目を閉じた。目を開けると、続けた。

「私は場に居なかったから、墨田さん達から後で聞かされたけど…。あの日、あの人達はまだ代行だった青山さんらに直訴した。
『陽炎を同胞として認め、一般人を跡形もなく消した大罪を償ってくれ』と…」

「…そして?」

「認可の対象になっていた、30人の陽炎がやって来た。そして、その場に居た糸遊たちを襲撃した」

「襲撃は、陽炎の意志?」

「操ってたのよ。あなたもよく知ってる、赤沼事務長が」


(…やっと、結びついた)


 久井は尋ねた。

「術?」

「式獣よ。赤沼さんが偶然手に入れた式獣は、他の式獣を乗っ取って、更に式獣の所有者までも意のままに操る事が出来るらしいの。
陽炎と糸遊は離れて生活してても、使う式獣は同じ『異世界』に存在しているから、繋がっている。
陽炎だけが使える式獣を乗っ取って、それだけじゃ怪しまれるから、他にも何人か呼び寄せて、襲撃を起こさせた…。
かなり前から周到に準備してたのね。それこそ、千葉さんを消す前から保険として」

「そうだったのか…」


 覚悟はしていたが、酷い話だった。久井は口を開いた。

「どうして、そこまで。一般人や同胞まで犠牲にして、何故陽炎を『悪』にする?」

「あの人達には『夢』があった」


 久井は自分の耳を疑った。何?


「青山さんは、国政に絡むのが夢だった。親戚の議員の後釜で議員になるつもりだったけど、千葉さんのせいでおじゃんになっちゃった…。
仕方ないから中央会の会長になったけど、権力を行使するには相応の実績が必要でしょ? 悪が居て、その悪を取り締まる、ひいては政府の役に立っていて、それなりの生活も保証される…。
現在のこの黄金体制を維持出来てるのは『青山会長のおかげ』。
その事実を積み重ねる為に、必要な悪を自分達で作り出して、掃除しているのよ」


「ふざけるなっ!!!」


 久井は思わず喚いた。

「自分の評価を上げるために、無実の人達に罪を犯させているってのか⁈ その為だけに何人もの人間を死なせたのか⁈ 
自分以外の人間は虫かなんかなのか⁈」

 こんなの戦争よりも酷い。月島は言った。

「久井さん、赤沼さんはまだ手持ちの駒を持ってるわ」


 我を忘れそうな久井は、その言葉で冷静さを取り戻した。


「何だって?」

「去年の夏の事件。あの時、赤沼さんが操っていたのは1人だけじゃ無いの。他にも何人か動かせる状態で居るわ」

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