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クリムゾン・ヘル

November-3

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「元々、向こうとは今日会う予定だった。曇天の情報提供者だ」

 運転しつつ、久井は助手席の星野広空ほしのひろたかへ言った。

    陸も後部座席から乗り出す。

「うーちゃんと同い年だし、気軽に話せるいい奴だよ」



 カラオケボックスが見えると、久井は真面目な顔をして言った。

「確認する。
…情報提供者の父親は『平成』ので死んでいる。だからそれ絡みで批判する発言があっても、お前は顔にも態度にも出さず我慢しろ。
『星野広空』は晴天民という事にしている」

「はい!」

 広空は昨日とうって変わって力強く返事をした。

「朝にも言ったが、向こうはあくまで情報をくれる人間であって、ウチの任務の人間とは違う。
口にしていい話とダメな話がある。そこを理解した上で会話してくれ」

「はい!」

 駐車場に車を停めると、陸が言った。

「向こうも一応プロだし、困ったら『任務の都合あるからごめん』言えばすぐ判ってくれるよ。
あ! 居た居た」

 陸が窓越しに手を振ると、店の入口に居た少年が手を振り返す。
 少年は笑顔で3人を迎えてくれた。

「久しぶりっす! 仕事慣れました?」

「うん。ボチボチね。あのさ、昨日メールで言ってた奴!」

 陸はそう言うと、自分より頭1つ分背の高い広空の背中を叩いた。

「…初めまして、星野です」

「どうも初めまして。望って呼んで」

 望はにっこりと微笑んだ。



「うーちゃんは、コハクさんの後輩?」


 ドリンク付きフリータイム。4人は歌わず個室に籠った。

 望の質問に陸がフォローする。

「んとね、知り合いの友達。訳あってウチの任務に加わったのね。だから、俺も知り合って2日ぐらい。ははは!!」

「そうなんだ。でも何か…、強いでしょ? 晴天そっちにも『準七』みたいな常駐部隊あるの?」

 望は特に訝しがる事無く、広空に接したが意外に鋭く指摘した。

    久井は少し感心した。

「そっちみたいな制度は無いけど『うー』の場合は家系だな。望、探るの上手いな」

「あはは、そうなんですよ。1度ブラックリストに上がってから、探るの癖になっちゃって。独学で『網張あみはり』覚えました」

 怪我の功名。望は笑った。

(それ以外は平均だが、鍛えたら半径30メートルはいけるな)

    久井は口を開いた。

「じゃあ、本題入ろう。望から」

「はい。えーと、新聞に載らなかったスキャンダルと言えば、やっぱり議員の件」

「黒島県議か。耳に挟んだ事がある」

 久井が頷くと、望は陸や広空にも分かるように説明を始めた。

「青峰の社長の親戚に県議会議員が居てさ。政府の議員へ立候補した時に、選挙のルール違反をしたんじゃないかって噂になったらしい。
でも結局落選して、違反の事実もハッキリしない。その後すぐ『平成奇襲』もあって、一応捜査もしたけど何も出てこず。
議員も次の年に病死した、って話」

「違反って?」

 陸が口を尖らす。選挙権は無いし、社会の授業も不得意だった。
 望が答える。

「噂では誰かが『青峰の関係者?が持ち掛けて議員が違反した!』って言ったらしいけど、言っただけで証拠は何も出さない…、つまり『言い掛かりをつけただけ』だった。
ほら、言ったからには何か証拠出さないと逆に『名誉キソン』で訴えられるわけ。だから判っててなのか、悪口言うだけ言って逃げたのかな?」

「言い掛かりか…。それは一般人? 糸遊?」

 久井の問いに、望は答えた。

「一般人じゃないすかね? 地元民なら、田舎だし誰が言ったかすぐ特定しますもん」

 コーラを啜った陸が口を挟む。

「何で証拠も無いのに言ったんだろ」

「会社とその誰かが前にトラブってたんじゃないかって話ですよ。世間に会社の悪い心証を持たせる為に、実際に絡んでた有名人へ、いちゃもんつけたみたいな。
本当に何か有ったなら、捜査で何か出たんじゃないかな。…それとも揉み消されたか」

「いや、いち県議会議員程度が捜査揉み消しは無理だろう。そこまで権力は無い」

 久井は私見を述べた。国会議員や大臣レベルなら有り得るか…?まあその話はいい。

    陸が尋ねた。

「その誰かって青峰で働いていた、とか」

「そこまでは…。俺の知り合いで青峰の人って、20歳前後の人ばかりだから、10年以上前の話は判らないんだよね」

「そっか、だよね」

 1度目を付けられたので、無理出来ないのは承知の上だ。
 望は続けた。

「じゃあ、もう1つ。知り合いの準七、真姫と紅川さんて人から聞いたけど…」

「ん? 紅川って…」

 陸の反応に望は頷いた。

「青峰で働いている紅川弘さん。知ってます?」

「マジか。べーさん準七なのかぁ。気付かなかったわ」

「そう。ああ見えて準七。で、準七の仲間内で言われてるんだけど、『公安』っていう評判悪い部門に所属してる人って、何らかの形で青峰や中央会会長や赤沼に、助けてもらってるよしみで無理やり入ってるそうで」

「『助けてもらってる』とは?」

 久井の問いに、望は答えた。

「ざっくり、金銭的援助ってやつ。
青峰に居て準七の月島さん、お父さんの借金返済の肩代わりしてもらったらしいし、同じく墨田すみださんて人も子供が難病になった時に、治療費工面してもらったそうで。
その2人は恩があるから入ってるっていう」

「墨田さん知ってるけど、月島さん…?」

 陸が首を傾げると久井が言った。

「事務の人。知らない?」

「事務所近づかないしね。俺アンチと仲良いし」

 だから中立派で行けと言ったのに。久井はやれやれとジュースに口をつけた。

    望は言った。

「青峰はなくてはならない地元企業だけど、『奇襲』前後から中央会とべったりなのが気になるって人は割と居ます。
色んな取り決めの多数決取るのにも、『青峰の票が多いから…』なんて裏で言ってる人も勿論居ますね」

「…中央会が今の体制になったのは、『奇襲』の頃ですか?」

 今まで黙っていた広空が尋ねると、望は頷いた。

「先代の会長が、奇襲の少し前に病死して。
新会長は幹部の投票で決めるんだけど、集落の自治会長だった今の会長と当時の副会長が立候補してて、投票の5日前に奇襲が起きて副会長が亡くなった。
だから、今の会長が就いた。青峰関係者が就いたから、青峰色が濃くなるのは仕方ないかもだけど」


 成程ね。


 久井は頷いた。

「ありがとう。色々教えてくれて」

「いえいえ。役に立てれば嬉しいんで」

 望は満足そうに微笑んだ。


    やはりアルバムの意図的に消された人間が、議員の疑惑を扇動したのだろうか。
    恐らくその時期に青峰に居た人間に聞いたとしても、教えてくれないだろう。

    だが逆に、青峰を去ったのならアルバムから消す必要も無いのでは。それとも…。


 久井の思考は、望と陸の会話で途切れた。

「そういや、望のバンドはどうなの?」

「ボーカルとギターは多いけど、ドラムやってる人自体居ないのか見つかんなくて…」

「え、望バンド組んでるの?」

 メモする手を止めて、久井は思わず質問した。

「はい。厳密には募集かけてるトコっす」

「パートは?」

「俺すか? 一応ベースです」


 久井の鼓動が早くなる。
(お前もその道を…?)


    陸が言った。

「ギターだったら、そこに元ギタリストが居るんだけどさ」

「えっ! 久井さんギタリストだったんですか?」

「プロじゃないよ。少しだけ音楽やった事があるだけ」

「どういう系やってたんですか?」

 元バンドマンと聞き、望は食いついてきた。軽く説明する。

「ほぼコピーバンドだよ。メタルとか、望世代が知ってそうなバンドなら『Black  holeブラックホール』辺り? 天番に就くと同時に辞めたよ」

「俺、ビデオ観た事あるけど、上手だよ。辞めちゃったの勿体無いくらい」

 陸の口添えで益々望の目が輝く。

「へえー! 見てみたい!! うーちゃんは知ってた?」

 急に話を振られた広空は面食らった。

「!! …いや。初めて聞いた」

「そっかあ、コハクさんのヘルファイアの方は?」

「いえ。全然知らなくて」

「そうなんだ。曲もいいけど、ライブがすげえよ。初めて見た時びっくりしたもん。型破りでさ」

 望の率直な感想に、陸がコーラでむせる。

「ちょ! …待って、恥ずかしっ!!! 俺居ない時に言えよ!」

「うーちゃんはどういう系聴くの?」

「俺? …何だろう」

「俺は洋楽は聴かないけど『SUPER·NOVAスーパーノヴァ』だだハマり中」

 望が言うと、陸も同意した。

「イイよね。俺ルチルさんみたいなボーカルなりたいわー」

「SUPER・NOVAって…『光と闇の果て』を歌ってる?」

 広空がそう言うと、2人は激しく首を縦に振った。目に見えてテンションが上がる。

「そうそう!! マニアックなの知ってるね」

「ね。敢えて代表曲じゃない選曲が素晴らしい! ヘルファイアもさ、キョウさん以外皆大好きでさ。この前の夏ツアーのライブも4人で観に行ったんだ。『遊びじゃない!社会見学だ!!』って」

「あははは! 『社会見学』! いいですね」

 望は手を叩いて笑った。陸はリモコンを手に取った。

「よっしゃあ! テンション上がった、ノヴァ歌お!!」

「久井さん、いいですか?」

「どうぞ」


 久井はそれぞれ異なる生まれの3人の少年を、温かい目で見つめた。

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