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クリムゾン・ヘル
September
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「バイトしてるのって、何処の店?」
「そこの角です。アイス屋」
陸が手土産を片手に答えた。
平日夜の閉店間際は、夏休みが終わったので人も疎ら。
店舗に若い男が居た。望だ。声を掛ける前に、向こうが気付いた。
「あれ⁈ コハクさん!! どうしたんすか?」
「久しぶり。ちょっと話したいんだけど、何時上がり?」
「あともうちょっとです」
「じゃあ、待ってる」
フードコートの隅で待ってると、10分くらいで望がやって来た。
陸の隣で久井が会釈すると、会釈を返した。
「こんばんは。初めまして、久井です」
「こんばんは、羽黒です」
会うのは初めてだが、久井は何か嬉しかった。『東雲』に逢えた気がした。
陸が説明する。
「久井さんは俺らのチームのリーダーなんだ。バンドの良き先輩で相談相手」
「へえ、もしかしてドラゴンフライのデモテープの?」
「そうそう、酔うと電柱に登りたがる…」
「お前、余計だっつの!」
久井は陸を小突いた。
手土産のサイダーを望に渡し、近くの席に座ると、陸は切り出した。
「俺、ちょっとこっちで久井さんと暮らす事になってさ」
この近辺のアパートで、男2人、花の無い共同生活。笑。
「え? 引っ越しすか?」
「2人して青峰山水でアルバイト」
「何…で⁈」
望はショックを受けたような顔をした。陸は笑った。
「音楽諦めた訳じゃねえよ。任務ね」
「そう。詳しく言えないけど」
陸と久井の言葉に、望は心底ホッとした表情を浮かべた。
「ビビった…。そうなんすね」
「うん。今月から1月の終わりまで。そして、望くんにも色々と協力をお願いすると思う」
「構わないですよ。俺で良ければ」
久井の申し出に、望は快諾してくれた。
陸が笑って話す。
「本当はさ、久井さんとキョウさんでの予定だったんだけど、『赤沼に2度と会いたくない』って駄々こねてさ」
「まあ、顔知られてない陸との方がいいからね」
陸の場合、名字は色と関係ない(白石は母の旧姓。母方祖父が元総理)。
そして、歩と隆平は現役高校3年生なので、潜入捜査は除外。陸の実家が晴天とバレないよう、履歴書には柏木所長の知人住所を使わせてもらった。
陸と久井は出荷場へ、年末年始の短期バイトとして配属された。
ミネラルウォーター工場で、人手の要る所は限られてる。無菌を保たないといけないので、むしろ立入禁止区画も多い。出荷場だけで充分だ。
「久井です。よろしくお願いします」
「有間です。お願いします」
「黒部です。どうもこちらこそ」
20代半ばの男性社員に、手順や工程を教えてもらう。名字から察するに、曇天民だろう。
タイムカード打刻機の傍には、色のつく名字のタイムカードがずらりと並んでいた。
久井がさり気なく言う。
「すごいですね。色の名前の名字がいっぱい」
「ああ、はい。この辺りはそういう人が多いんですよ」
働く人間は、意外にも若い人が多かった。
曇天地区は果樹園業が多いと聞いたが、農業は年配者、若い人は外への勤めと二極化が進んでるようだ。
良い意味でも悪い意味でも、地元密着型の企業である。
風の噂でその昔、ある代議士との黒い噂だか汚職疑惑だかが浮上した事もあったが、平成の奇襲でうやむやになったとか。
でも久井達の事業外の案件なので、そっちはどうでもいい。
黒部は出荷場のある一角へ行き、そこにいた3人の男性に2人を紹介した。
「期間勤務の有間くんと久井さんです」
「よろしくお願いします」
白づくめの作業着姿の男達は簡単に自己紹介をしあった。
「紅川です」
「紺野です」
「小野です。よろしく」
「テル、有間くんお前とタメだよ」
黒部がそう言うと、『紺野』と名乗った若い男:紺野輝暁は驚いていた。
「マジで⁈ よろしくー」
この『テル』と言う少年、人見知りもせずよく陸に話しかけてきた。
定時制高校に通いつつ勤めていて、工場内では1番年下だという。
検品作業を習いつつ、会話をした。
「陸は東京から何でこっちに来たん?」
「えっと、高校中退してさ。ゴロゴロしてたら親にキレられて…」
「追い出された?」
「まあそんな感じ。そんで親父の知り合いでもある久井さんとこで、世話になってる」
陸は用意してた理由を口にした。
「お、早速仲良くなったんだ」
休憩時、黒部が陸と輝暁に言った。輝暁は笑う。
「めっちゃ気が合うんすよ」
馴染めるか気になってたが、大丈夫そうだな、と久井は思った。久井は黒部に話しかけた。
「すいません、確認なんですけど…。社長が茶色の眼鏡の人ですよね?」
「そうですよ」
「そうっす、あのおじいちゃんです」
輝暁が雑に補足する。黒部が苦笑する。
「お前、おじいちゃんて…」
「だってもう70だし。で、息子が副社長でノッポさん」
配属前の書類のやりとりでここに来た時に、対応してくれた人だった。
輝暁は辺りを窺うと続けた。
「で、事務部長があっちの部屋に居るやーな奴」
食堂から見える事務室の端に、30代半ばの冴えない男が居た。赤沼修之だ。
黒部も小声で言った。
「目をつけられないように、ね」
「そこの角です。アイス屋」
陸が手土産を片手に答えた。
平日夜の閉店間際は、夏休みが終わったので人も疎ら。
店舗に若い男が居た。望だ。声を掛ける前に、向こうが気付いた。
「あれ⁈ コハクさん!! どうしたんすか?」
「久しぶり。ちょっと話したいんだけど、何時上がり?」
「あともうちょっとです」
「じゃあ、待ってる」
フードコートの隅で待ってると、10分くらいで望がやって来た。
陸の隣で久井が会釈すると、会釈を返した。
「こんばんは。初めまして、久井です」
「こんばんは、羽黒です」
会うのは初めてだが、久井は何か嬉しかった。『東雲』に逢えた気がした。
陸が説明する。
「久井さんは俺らのチームのリーダーなんだ。バンドの良き先輩で相談相手」
「へえ、もしかしてドラゴンフライのデモテープの?」
「そうそう、酔うと電柱に登りたがる…」
「お前、余計だっつの!」
久井は陸を小突いた。
手土産のサイダーを望に渡し、近くの席に座ると、陸は切り出した。
「俺、ちょっとこっちで久井さんと暮らす事になってさ」
この近辺のアパートで、男2人、花の無い共同生活。笑。
「え? 引っ越しすか?」
「2人して青峰山水でアルバイト」
「何…で⁈」
望はショックを受けたような顔をした。陸は笑った。
「音楽諦めた訳じゃねえよ。任務ね」
「そう。詳しく言えないけど」
陸と久井の言葉に、望は心底ホッとした表情を浮かべた。
「ビビった…。そうなんすね」
「うん。今月から1月の終わりまで。そして、望くんにも色々と協力をお願いすると思う」
「構わないですよ。俺で良ければ」
久井の申し出に、望は快諾してくれた。
陸が笑って話す。
「本当はさ、久井さんとキョウさんでの予定だったんだけど、『赤沼に2度と会いたくない』って駄々こねてさ」
「まあ、顔知られてない陸との方がいいからね」
陸の場合、名字は色と関係ない(白石は母の旧姓。母方祖父が元総理)。
そして、歩と隆平は現役高校3年生なので、潜入捜査は除外。陸の実家が晴天とバレないよう、履歴書には柏木所長の知人住所を使わせてもらった。
陸と久井は出荷場へ、年末年始の短期バイトとして配属された。
ミネラルウォーター工場で、人手の要る所は限られてる。無菌を保たないといけないので、むしろ立入禁止区画も多い。出荷場だけで充分だ。
「久井です。よろしくお願いします」
「有間です。お願いします」
「黒部です。どうもこちらこそ」
20代半ばの男性社員に、手順や工程を教えてもらう。名字から察するに、曇天民だろう。
タイムカード打刻機の傍には、色のつく名字のタイムカードがずらりと並んでいた。
久井がさり気なく言う。
「すごいですね。色の名前の名字がいっぱい」
「ああ、はい。この辺りはそういう人が多いんですよ」
働く人間は、意外にも若い人が多かった。
曇天地区は果樹園業が多いと聞いたが、農業は年配者、若い人は外への勤めと二極化が進んでるようだ。
良い意味でも悪い意味でも、地元密着型の企業である。
風の噂でその昔、ある代議士との黒い噂だか汚職疑惑だかが浮上した事もあったが、平成の奇襲でうやむやになったとか。
でも久井達の事業外の案件なので、そっちはどうでもいい。
黒部は出荷場のある一角へ行き、そこにいた3人の男性に2人を紹介した。
「期間勤務の有間くんと久井さんです」
「よろしくお願いします」
白づくめの作業着姿の男達は簡単に自己紹介をしあった。
「紅川です」
「紺野です」
「小野です。よろしく」
「テル、有間くんお前とタメだよ」
黒部がそう言うと、『紺野』と名乗った若い男:紺野輝暁は驚いていた。
「マジで⁈ よろしくー」
この『テル』と言う少年、人見知りもせずよく陸に話しかけてきた。
定時制高校に通いつつ勤めていて、工場内では1番年下だという。
検品作業を習いつつ、会話をした。
「陸は東京から何でこっちに来たん?」
「えっと、高校中退してさ。ゴロゴロしてたら親にキレられて…」
「追い出された?」
「まあそんな感じ。そんで親父の知り合いでもある久井さんとこで、世話になってる」
陸は用意してた理由を口にした。
「お、早速仲良くなったんだ」
休憩時、黒部が陸と輝暁に言った。輝暁は笑う。
「めっちゃ気が合うんすよ」
馴染めるか気になってたが、大丈夫そうだな、と久井は思った。久井は黒部に話しかけた。
「すいません、確認なんですけど…。社長が茶色の眼鏡の人ですよね?」
「そうですよ」
「そうっす、あのおじいちゃんです」
輝暁が雑に補足する。黒部が苦笑する。
「お前、おじいちゃんて…」
「だってもう70だし。で、息子が副社長でノッポさん」
配属前の書類のやりとりでここに来た時に、対応してくれた人だった。
輝暁は辺りを窺うと続けた。
「で、事務部長があっちの部屋に居るやーな奴」
食堂から見える事務室の端に、30代半ばの冴えない男が居た。赤沼修之だ。
黒部も小声で言った。
「目をつけられないように、ね」
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