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カーニバル・クラッシュ

七月-1

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「ただいま」

 玄関の引き戸を開けると、奥の台所から母:光枝みつえが出てきた。

「お帰り。通知表は?」

「もう早速?」

 玄関脇の開け放した居間で、昼食中の祖父:悟朗ごろうと祖母:シズを尻目に、通知表を渡す。中を見た光枝は言った。

「国語が5であとは3…。あんたって良い意味で平均的ね」

「そりゃどーもー」

 2階の自室へ行こうとすると、光枝はにこやかに言った。

「これなら『市島いちじま』は確実だろうけど…、頑張れば上のとこ行けるよね?」

「いいよ『市島』で。近いし公立だし」


 曇天から1番近い公立高校が市島高等学校だ。地区民の7割がそこを希望する人気ぶりで、望の姉:光花子みかこもそこに通っている。


    光枝は口を尖らせた。

「お母さんとしては、大学も行ってもらいたいし…」

「市島からも行けるっしょ?」

「市島から国公立大行く人居ないでしょ? だからもっと上のランクの高校に…」

 階下から声だけ掛け続ける光枝を、ドアで閉め出す。

(うざっ!)

 望は舌打ちした。

 光枝や祖父母は期待の跡取り息子に、なるべく上のランクの高校や大学に行ってもらい『イイとこ』に就職して欲しがっている。



 曇天の人々の就職先は限られている。地元の中小企業(ミネラルウォーターや製薬工場、近場にある有名な山絡みの観光業、最近出来たショッピングモール)、地元役場の職員、農業…。
    表立って言わないが、これらは負け組扱い。そこそこの国立大を出ると超一流の仕事につける。政府筋だ。

 警察庁や政府軍隊(SPやキャリア系役職。要請があれば業務で魔法を使う)、各省庁職員、医師や法曹関係(陽炎対策)…。
 それはそれは、糸遊が重宝され特別扱いされるらしい。

    というのも情報操作や取り締まり、制圧にあたっては魔法使いが居なければ成り立たないのだ。

 政府筋の糸遊を『天番てんばん』と呼ぶ。首都圏にはそんな政府系糸遊の住まう、糸遊天国『晴天せいてん』なる居住区がある(一般には名を『晴波官僚街』とか『高官街』と言う)。

    地元の役場関係者の事も天番と呼ぶが、山の中より都会暮らしの方が勝ち組っぽい。だからここの大人たちはそれを勧める。


 だが望は魅力を感じない。と言うのも曇天暮らし&母子家庭だが、金銭苦を感じた事が無い(何でもかんでも買ってもらった事は無いけど)からだ。

    糸遊が陽炎絡みで大黒柱を亡くしたり、怪我や後遺症を負うと、政府から充分な生活費が援助されたり税の優遇措置があるので、何が何でもという気になれないのだ。

    望は政府筋の責任ある大変な仕事で高給取りになるのと、地元で働きまあまあ暮らせる程度の給料を得るのなら、断然後者を選ぶ。

    都会はたまに行くから楽しいのだ。望はそう考える。


 望は部屋着に着替えると、昼食を食べに階下へ向かった。





 何度目の夏が来ただろう。

「今日は暑いわね」

「…そうだな」

 ベッドの上で彼は涼しそうに答える。開け放した窓から、ときおり風が吹く。

「スイカ食べる?」

「…ああ」

 手を離し台所へ。冷蔵庫を開けた時、その奥にある瓶が目に入った。
    元は焼酎の入っていた蓋つきのカップ酒だったもの。そろそろ中身を補充しなくては。





 部屋の戸をノックされた。

「望」

 姉の光花子の声。昼寝してた望が時計を見ると、16:40。そろそろ時間だ。
 欠伸をしつつ戸を開ける。

「姉ちゃんも?」

「うん。母さんが物騒だから一緒に行きなさいって」

 身長153cmと小柄な姉だが、糸遊の戦士には変わりない。過保護だ。


   集合場所までテクテク歩きつつ、望は前を行く光花子に問うた。

「係って何だろう。ゴミ拾いかパトロールかな?」

「さあ…」

 夏祭りには一般人も来る。それに紛れて陽炎が侵入する事も考えられるので、警備や見張りを強化するのは周知の事実。

  光花子は振り返り笑った。

「…『七子巡りななこめぐり』関係だったりして」

「え」


 曇天地区には奇祭『七子巡り』というものが代々伝わっている。

 『七子』とは糸遊に力を与えたという7人の神様(狼・虎・龍・狐・鷹・鬼・麒麟)の化身を子供が演じたものだ。
   七子巡りは、死者の魂がこの世に戻る盆の時期に、陽炎や刺客の魂が居座る事があるので、それを七神の化身が各戸を回り駆除する(殺されたら祟るから、それを除霊する的な?)のを表した行事だ。

 それに因んで曇天地区に住む小学生から、ランダムに選ばれた7人の児童が七神のお面を被り、『七子』として8月の13~16日に『親役』の大人と共に、地区内の各戸を廻る。

   家々は玄関先に菓子を置き、七子が回収する事でイコール訪問としている(さながら和製ハロウィーンだ)。

   集落ごとに戸数が違うが、昼~午後3時の間に終わる。

 ところがこの行事、いわくつきなのだ。
 七子と親役の人間は、自分がその役をしている事を明かすと、災いが降りかかると言われている。

   神様役を担うものが、安易に素性を明かすと神の怒りに触れるとか。
 で、黙ってちゃんとやると将来糸遊天国で暮らせるような大物になった、とか噂がある。

    結局係になっても誰も漏らさないので、実際は不明なのだが。

 そんなこんなで、住民達は七子巡り中は外へ出ず、係の人間を極力見ないようにしている。敵には怯まないのに、神は恐れるのか。

    でも、望も祟りの事例を知っている。


 望が小5の頃、血の気の多い若い男(皆が手を焼く問題児だった)が七子巡りの一団に物を投げつけた。太鼓がうるさい!って。

   2日後、お兄さんは改造車を運転中、操作を誤り山道からコロコロと。車は炎上し、お兄さんはトカゲの黒焼きみたいになり死亡。

   みな祟りだと大騒ぎした。


「えぇ、俺とか皇介受験生だぜ? よりによってあのいわくの…」

「あら、なら逆に良いじゃない。無事務めたらイイ事あるんでしょ?」

 姉の天然さとプラス思考には勝てねえや。望は苦笑した。



 朱夏しゅか集落集会所。一般的には町内会で使われる場所だが、曇天では別の使い方もされる。武芸の訓練所だ。


   望を始め糸遊は幼稚園には行かなかった(まあ元々義務教育じゃない)。3歳から小学校につくまで、代わりに此処へ通った。

   ここでは保育士の資格を持つ人を中心として、道徳・団体行動や基礎的武芸を教えられた。
 武器の具現化、魔法の使い方、体術、8つの掟(仲間同士で魔法を使ってケンカするな、とか)などを色々学んだ。

 小学生になってもひと月に何回か講習があった。教育法が確立されていたのか、楽しく学んだものだ。

    それもこれも、生き延びる為には強くならないといけないからだ。


 望と光花子が集会所に着くと、真姫と皇介達が居た。皇介は片手を上げて、真姫と話していた2歳下の皇介の妹:未琴みことも気づいて会釈してきた。

   望の少し後から、幼馴染で1歳下の白石龍哉しらいしりゅうやも手を振りつつやってきた。

「これで全員?」

「あとテルさんかな」

 龍哉が振り向いた路地から、原動機付自転車がやって来た。

「よっ! 久しぶり」

 光花子と同い年で、望の2歳上の紺野輝暁こんのてるあきはヘルメットを取った。

   皇介が寄って行く。

「テルさん久しぶり。これですか? 新しい愛車」

「まーね」

「へえ、前のはどうしたの?」

 光花子が笑顔で尋ねると、輝暁はバランスを崩しかけた。

「ほんっと、お前がいると調子狂うわ」

 前の愛車は転倒して壊れた事を知っている望は、少し笑ってしまった。皇介が辺りを見渡す。

「主宰は…?」

「赤城さんだよ」

 輝暁が言うと丁度、紺色のセダンが入って来た。エンジンが止まるとすぐ運転席のドアが開き、T シャツに作業ズボン姿の男:赤城大吾あかぎだいごが出て来た。

「遅れてすまねえな! 鍵取りに行ったら捕まっちゃってよ。今開けっから!」

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