漆黒の夜は極彩色の夢を 〜夢日記ショート·ショート~

羽瀬川璃紗

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ソロキャンプ

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 テレビを点けると、変なドラマがやっていた。


 主人公は平凡な新入社員。ゴールデンウイークを目前に、もう鬱になりそうだ。

(そうね、社会人は大変よね)

 休みになり、主人公は地方にある実家へ帰省。出かけようとする主人公に、祖父が言う。

『お前、釣りに行くんじゃないだろうな?』

『行かねえよ。ちょっと、友達んとこ寄るだけ』

『ならいい』

 首を傾げつつも、主人公は実家を後にした。

(お、爺さん何を伝えたかった?)

 急用が入り、友人は会う約束をキャンセル。仕方ないので、主人公は懐かしい地元を散歩する。
 小学生の頃、よく釣りをしていた河原を歩いていると、急な雨。雨具を持っていない主人公は、慌てて駆け出す。
 河原から少し上がった場所、雑木林が拓けた地点に小さなテントを見つけ、吸い寄せられるように主人公は近づいてしまう。

 路上生活者の物かと思ったが、テントは真新しく、その隣には水色の軽自動車が駐車している。立ち竦んでいると、テントの中から女が顔を出し、目が合ってしまう。

『どうしたの? 傘持ってないの?』

『はい…』

『入りな? 風邪ひくよ』

 主人公は言われるがまま、テントに入る。

(よく入れるな…)

 テント内は意外に明るく、温かい。20代半ばと見える女は、手早くタオルを渡し、濡れた上着をハンガーにかけた。
 小さなカセットコンロには、小鍋に入ったスープが湯気を立てている。スープを御馳走になりつつ、主人公は尋ねる。

『ここで何を?』

『たまにこうやって来て、のんびりしてる』

 女は簡潔に述べ、スープを飲んだ。雨が止んだので、主人公は礼を言いテントを後にする。

 翌日。また主人公はテントへ向かう。昨日の礼として、手土産を渡す。女は作っていたシチューを振舞う。

『…入社したばかりで、もう会社辞めたくて』

『辞めればいいのよ。生活なんて、あたしみたいにどうにでもなるし』

 色々話す2人。夜が更けると共に距離は近づき、一夜を共に過ごしてしまう。

(あらら…)

 連休が明け、職場に戻った主人公だが、仕事に身が入らない。週末また実家に戻り、女の居た雑木林へ。だが、テントも車も居なくなっていた。
 主人公は事あるごとにあの場所に足を運ぶが、女には会えない。スマホでキャンプ女子のブログやSNSも検索するが、女は見つけられない。

(恋ですかぁ)

 主人公はローンを組んで、車とキャンプ用品を揃えた。毎週末に車中泊をしつつ、キャンプ場を巡り女を探すようになった。

 夏が終わり秋、落ち葉も落ちて冬、そしてまた春になった。

 迎えた5月。主人公があの雑木林へ行くと、見覚えのある水色の車とテント。思わず車から降りた主人公は、奥から歩いて来た女と再会した。

(あら、良かったわね)

 場面は変わり、釣り道具を持って歩く、小学生の男子とその祖父。少年は言った。

「ねえ、じいちゃん。何でゴールデンウイーク中は、川で釣りしちゃダメなの?」

「釣りっていうか、河原に行くのがダメなんだ。特に『お堂』の近く」

 祖父は目線を、雑木林の中の建物へやった。

「『人柱』って知ってるか? 自然災害は神様の怒りだとされて、怒りを鎮めるために人を生贄にした悲しい習わしだ。あのお堂は、人柱となった人を祀ってる」

「ふーん」

「4月下旬から5月の初めにかけてこの辺をうろついてると、人柱になった女に誘い込まれて、命を落とすって話さ」

「へえー、だからなんだ。…あれ? 車停まってるね」

 少年の言葉通り、お堂へ繋がる道にある注連縄の向こう、ダークグリーンの車とテントがあった。祖父は目を険しくさせた。

「お前はここで待ってろ。ちょっと見て来る」

 祖父が車へ近づいて行った所で、カメラは五月晴れの空を映し、物語は終焉を迎える。

(あ~。主人公、連れてかれたかぁ)

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