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ラストソング ※将棋倒し被害表現あり
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私は男友達:ケンシに呼ばれ、とある場所へ赴いた。
そこは商業ビルの地下にある、観客定員は40名程の小さなライブハウスだった。
(あれ?でも確かここは…)
ライブハウスの出入口の前には、発電機が置いてあり稼働中。人は近くに誰も居ないが、中に気配はある。
「こんにちはー」
返事は無いが、私は奥へ行ってみた。
中は改装中の様で、目張りと養生シートが至る所にされており、等間隔にある非常灯が頼りない光を点していた。
誰かの談笑する声が聞こえて、通路が広い空間へ繋がった。
「お、来た来た」
ケンシ達数人が、作業を中断し休憩をしていた。私は口を尖らせる。
「も~。外に誰も居ないし、電話も誰も出ないし、ここで合ってるのか心配になったとこだよ!」
「悪い悪い!」
ケンシは屈託の無い笑顔で返した。私は尋ねる。
「ここで一夜限りの再結成って、本当なの?」
ケンシは学生時代、よくここでライブをやっていた。
インディーズバンドではあるが、その人気は凄まじく、噂を聞きつけた音楽雑誌のライターが、ライブを観に来た事も数回あった。
「まあね。不在のメンバーも居るけど、サポートしてもらうつもり」
私は観客兼雑用として、ケンシに頼まれやってきたのだ。私がここでケンシのライブを観るのは、今日で2回目。
初めて観たライブが、バンドの活動休止ラストライブだった。
「嬉しいな、見れるなんて」
ケンシは笑った。
「その代わり、色々と手伝ってもらうから!」
動線を確認し、リハーサルが始まった。奏でる音楽に乗せるケンシの歌声は、15年近いブランクも感じさせない。
(変わらない。あの時聞いたままだ)
私の意識が当時に飛ぶ。あの日は、台風が接近していて悪天候だったが、ラストライブを一目見ようと大勢の観客がやってきた。
熱気と湿気にむせ返りながら、私はここでケンシ達を見ていた。
心地よい爆音、激しく点滅する照明、『やめないで!』『ずっと聞かせて!!』などのファンの悲鳴。
ケンシ達は様々な歌を聞かせてくれた。
「都子!」
気づくと、あの時と同じ様に沢山の観客が会場に入っていて、超満員。
ケンシは私をステージへ連れ出した。
「…今日ワカナ居ないから、あいつのパート、コーラスして」
不在の元メンバーの代打を不意に頼まれ、私はテンパりながらも配置につく。
(ワカナパートがあるって事は、『悩ましき香水』か)
ケンシは色っぽい声色を使い、ファンの中でもベスト3に入る人気曲を歌い始めた。
私は素人だ。人前で歌う事も無ければ、今日に備えて歌唱練習をした訳でもない。
普段の私ならば、ケンシ達の足を引っ張ったらどうしよう?!とビビる所だが、何故か自然体でコーラス出来た。
(歌を上手く聞かせようとするより、伝えたい事を曲に乗せる事が、こんなに気持ちいいなんて、知らなかった…)
観客は私達の歌声に大いに熱狂し、私達も絶景を目の前にしていた。
(笑顔がいっぱい…。こんなに沢山の笑ってる人達を見た事なんて、今まで無い。…だからバンドマンは何回でもライブをしたがるのか)
聴衆の大歓声の中、私はマイクから口を離し、余韻に浸り目を閉じた。演奏音が完全に消えたとこで目を開けた私は、目を疑った。
目前に居た筈の聴衆は誰一人無く、がらんどうの会場。辺りには発電機の音だけが響いていた。
「ありがとう、都子」
傍らに居たのは、車椅子に乗ったケンシと、大型スピーカーと音響機器の調整をする男2人。
ケンシは言った。
「きっと、ワカナも観客も、みんな喜んでいるよ」
(あの日、収容定員を遥かに超えた観客を無理矢理詰めたラストライブは、将棋倒しが起きた)
(将棋倒しは音響機材やステージのセットをも巻き込み、メンバーを含め17人の死者、8人の重傷者を出した)
(巻き込まれたケンシはギターを持つ事も、立つ事も出来なくなってしまった)
(長く使用禁止となっていたライブハウスは、古着屋に買い取られ、来週には改修工事が始まる)
呆然とする私に、ケンシは静かに言った。
「あいつら、これで満足してくれたかな? 予定してたのに演奏出来なかった曲、聴いてくれたかな? …俺の心残りに付き合ってくれて、ありがとう」
そこは商業ビルの地下にある、観客定員は40名程の小さなライブハウスだった。
(あれ?でも確かここは…)
ライブハウスの出入口の前には、発電機が置いてあり稼働中。人は近くに誰も居ないが、中に気配はある。
「こんにちはー」
返事は無いが、私は奥へ行ってみた。
中は改装中の様で、目張りと養生シートが至る所にされており、等間隔にある非常灯が頼りない光を点していた。
誰かの談笑する声が聞こえて、通路が広い空間へ繋がった。
「お、来た来た」
ケンシ達数人が、作業を中断し休憩をしていた。私は口を尖らせる。
「も~。外に誰も居ないし、電話も誰も出ないし、ここで合ってるのか心配になったとこだよ!」
「悪い悪い!」
ケンシは屈託の無い笑顔で返した。私は尋ねる。
「ここで一夜限りの再結成って、本当なの?」
ケンシは学生時代、よくここでライブをやっていた。
インディーズバンドではあるが、その人気は凄まじく、噂を聞きつけた音楽雑誌のライターが、ライブを観に来た事も数回あった。
「まあね。不在のメンバーも居るけど、サポートしてもらうつもり」
私は観客兼雑用として、ケンシに頼まれやってきたのだ。私がここでケンシのライブを観るのは、今日で2回目。
初めて観たライブが、バンドの活動休止ラストライブだった。
「嬉しいな、見れるなんて」
ケンシは笑った。
「その代わり、色々と手伝ってもらうから!」
動線を確認し、リハーサルが始まった。奏でる音楽に乗せるケンシの歌声は、15年近いブランクも感じさせない。
(変わらない。あの時聞いたままだ)
私の意識が当時に飛ぶ。あの日は、台風が接近していて悪天候だったが、ラストライブを一目見ようと大勢の観客がやってきた。
熱気と湿気にむせ返りながら、私はここでケンシ達を見ていた。
心地よい爆音、激しく点滅する照明、『やめないで!』『ずっと聞かせて!!』などのファンの悲鳴。
ケンシ達は様々な歌を聞かせてくれた。
「都子!」
気づくと、あの時と同じ様に沢山の観客が会場に入っていて、超満員。
ケンシは私をステージへ連れ出した。
「…今日ワカナ居ないから、あいつのパート、コーラスして」
不在の元メンバーの代打を不意に頼まれ、私はテンパりながらも配置につく。
(ワカナパートがあるって事は、『悩ましき香水』か)
ケンシは色っぽい声色を使い、ファンの中でもベスト3に入る人気曲を歌い始めた。
私は素人だ。人前で歌う事も無ければ、今日に備えて歌唱練習をした訳でもない。
普段の私ならば、ケンシ達の足を引っ張ったらどうしよう?!とビビる所だが、何故か自然体でコーラス出来た。
(歌を上手く聞かせようとするより、伝えたい事を曲に乗せる事が、こんなに気持ちいいなんて、知らなかった…)
観客は私達の歌声に大いに熱狂し、私達も絶景を目の前にしていた。
(笑顔がいっぱい…。こんなに沢山の笑ってる人達を見た事なんて、今まで無い。…だからバンドマンは何回でもライブをしたがるのか)
聴衆の大歓声の中、私はマイクから口を離し、余韻に浸り目を閉じた。演奏音が完全に消えたとこで目を開けた私は、目を疑った。
目前に居た筈の聴衆は誰一人無く、がらんどうの会場。辺りには発電機の音だけが響いていた。
「ありがとう、都子」
傍らに居たのは、車椅子に乗ったケンシと、大型スピーカーと音響機器の調整をする男2人。
ケンシは言った。
「きっと、ワカナも観客も、みんな喜んでいるよ」
(あの日、収容定員を遥かに超えた観客を無理矢理詰めたラストライブは、将棋倒しが起きた)
(将棋倒しは音響機材やステージのセットをも巻き込み、メンバーを含め17人の死者、8人の重傷者を出した)
(巻き込まれたケンシはギターを持つ事も、立つ事も出来なくなってしまった)
(長く使用禁止となっていたライブハウスは、古着屋に買い取られ、来週には改修工事が始まる)
呆然とする私に、ケンシは静かに言った。
「あいつら、これで満足してくれたかな? 予定してたのに演奏出来なかった曲、聴いてくれたかな? …俺の心残りに付き合ってくれて、ありがとう」
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