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母校 ※自然災害表現あり
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小学校入学を来年に控えた娘が、こんな事を言った。
「ママの通った学校ってどんな感じなの? 行ってみたい」
車を使えば、ものの30分で行けるだろう。でも私はある事を思い立ち、返事した。
「いいよ。一緒に行こうか」
私は、鍵付きの小箱から古ぼけたタイルの欠片を取り出すと、左手に握りしめ娘に言った。
「行く前に約束。ママの手を握って離さないこと。それと、勝手にママ以外の人と話さないこと。もうすぐ小学生なら、出来るよね?」
「うん。分かった」
娘は大きく頷いた。
(さて、いつの頃に行こうかな)
私には、時間旅行の能力があった。行きたい場所の『欠片』を手に願うと、その場所へ行ける。
行けるのは私が存在した(知っている)年で、好きな日時。
娘に見せるならば、私が知る1番活気があった頃の方がいいだろう。私は小学4年の頃の夏祭りへ飛んだ。
懐かしい喧騒とともに、校庭の隅へ私と娘は降り立った。
「わあ、ここがママの小学校?」
「うん。この日はお祭りなんだ」
親子連れで滞在するなら、行事の時がいいだろう。そう考え、私は娘と一緒に校庭を歩いた。
この頃には過疎化が始まり、各学年1クラスとなった。
「ママの学校小さいね」
「そうなの。通う子少ないから、教室も少ないんだ。だから校舎も1棟だけ」
「そうなんだ、でも賑やかでみんな楽しそうだね」
インターネットもスマホも無い時代。子供達はアナログな遊びに夢中である。
魚釣りゲーム、空き缶積み遊び、古本バザー、映写機でアニメ映画の上映もしていた。
「おーい、母さん!」
私を呼び止めたのは、私の父だった。屋台で焼きそばを作っている。
「ソース足んないから、持って来て!」
この年の夏まつりは、母の所属するPTAと父の所属する町内会が合わせて裏方を務めていた。
知った人の姿に娘が目を丸くするが、娘の手を引いて制し私は返す。
「ごめーん。迷子ちゃん連れてるから、後で!」
(そんなに似てるか?母さんに)
苦笑しつつ踵を返して移動すると、娘は私にこう言った。
「あれ、おじいちゃんだよね? 髪の毛あってびっくりした」
「でしょ? あの3年後くらいからハゲ始めたんだ」
(まあ、髪の毛ある頃、知らないからね)
校内をひと通り回り、教室のベランダから、校庭を見下ろしてると、娘が言った。
「…何で、今の学校には行かなかったの?」
「ママの学校、もう無くなったの」
「何で? 子供、居なくなっちゃったの?」
私はしばし考え、娘の手を引く。
「じゃあ、無くなっちゃった訳を見せてあげるね」
私は大人になってから1度だけ行った時へ、娘と共に飛んだ。
目の前に広がったのは、荒れ果てた校庭。雑草が生え、工事車両が停まり、人々が行き交う。
奥にある校舎は、窓ガラスが割れ、壁にひび割れがある。
「ボロボロ。何でこうなっちゃったの?」
「カノン、幼稚園で聞いたことあるでしょ? 大きい地震と津波があったの」
震災で大津波を受けた私の母校は、取り壊され移転する事となった。この日は、取り壊し前の一般公開だった。
先程の活気のあった校内とはうって変わって、廃墟の様な校内。
私が欠片を入手した卒業制作のタイル画は、浸水のため上部10センチを残し、土気色に変色していた。
娘は何か思う所があるのか、立ち止まってタイル画を見つめている。
「カノン、覚えてるよ。ここに魚の絵があったこと」
「そうだね。ママも覚えてるよ。6年通ったから」
「…ママ、楽しかった学校無くなって、かわいそう」
私は娘を抱き寄せると、答えた。
「学校は無くなっちゃったけど、思い出は無くなってないよ。小学校の友達とはね、今でも仲いいんだもの」
不幸中の幸いか、震災で命を落とした同級生は1人も居なかった。
気の向いた時に連絡を取り合うだけだった同級生達とは、災害を機に同窓会を必ず年に1度開き、皆で会うようになった。
「…カノンも、小学校でいっぱい友達作る」
娘は力強く、手を握り返した。
「ママの通った学校ってどんな感じなの? 行ってみたい」
車を使えば、ものの30分で行けるだろう。でも私はある事を思い立ち、返事した。
「いいよ。一緒に行こうか」
私は、鍵付きの小箱から古ぼけたタイルの欠片を取り出すと、左手に握りしめ娘に言った。
「行く前に約束。ママの手を握って離さないこと。それと、勝手にママ以外の人と話さないこと。もうすぐ小学生なら、出来るよね?」
「うん。分かった」
娘は大きく頷いた。
(さて、いつの頃に行こうかな)
私には、時間旅行の能力があった。行きたい場所の『欠片』を手に願うと、その場所へ行ける。
行けるのは私が存在した(知っている)年で、好きな日時。
娘に見せるならば、私が知る1番活気があった頃の方がいいだろう。私は小学4年の頃の夏祭りへ飛んだ。
懐かしい喧騒とともに、校庭の隅へ私と娘は降り立った。
「わあ、ここがママの小学校?」
「うん。この日はお祭りなんだ」
親子連れで滞在するなら、行事の時がいいだろう。そう考え、私は娘と一緒に校庭を歩いた。
この頃には過疎化が始まり、各学年1クラスとなった。
「ママの学校小さいね」
「そうなの。通う子少ないから、教室も少ないんだ。だから校舎も1棟だけ」
「そうなんだ、でも賑やかでみんな楽しそうだね」
インターネットもスマホも無い時代。子供達はアナログな遊びに夢中である。
魚釣りゲーム、空き缶積み遊び、古本バザー、映写機でアニメ映画の上映もしていた。
「おーい、母さん!」
私を呼び止めたのは、私の父だった。屋台で焼きそばを作っている。
「ソース足んないから、持って来て!」
この年の夏まつりは、母の所属するPTAと父の所属する町内会が合わせて裏方を務めていた。
知った人の姿に娘が目を丸くするが、娘の手を引いて制し私は返す。
「ごめーん。迷子ちゃん連れてるから、後で!」
(そんなに似てるか?母さんに)
苦笑しつつ踵を返して移動すると、娘は私にこう言った。
「あれ、おじいちゃんだよね? 髪の毛あってびっくりした」
「でしょ? あの3年後くらいからハゲ始めたんだ」
(まあ、髪の毛ある頃、知らないからね)
校内をひと通り回り、教室のベランダから、校庭を見下ろしてると、娘が言った。
「…何で、今の学校には行かなかったの?」
「ママの学校、もう無くなったの」
「何で? 子供、居なくなっちゃったの?」
私はしばし考え、娘の手を引く。
「じゃあ、無くなっちゃった訳を見せてあげるね」
私は大人になってから1度だけ行った時へ、娘と共に飛んだ。
目の前に広がったのは、荒れ果てた校庭。雑草が生え、工事車両が停まり、人々が行き交う。
奥にある校舎は、窓ガラスが割れ、壁にひび割れがある。
「ボロボロ。何でこうなっちゃったの?」
「カノン、幼稚園で聞いたことあるでしょ? 大きい地震と津波があったの」
震災で大津波を受けた私の母校は、取り壊され移転する事となった。この日は、取り壊し前の一般公開だった。
先程の活気のあった校内とはうって変わって、廃墟の様な校内。
私が欠片を入手した卒業制作のタイル画は、浸水のため上部10センチを残し、土気色に変色していた。
娘は何か思う所があるのか、立ち止まってタイル画を見つめている。
「カノン、覚えてるよ。ここに魚の絵があったこと」
「そうだね。ママも覚えてるよ。6年通ったから」
「…ママ、楽しかった学校無くなって、かわいそう」
私は娘を抱き寄せると、答えた。
「学校は無くなっちゃったけど、思い出は無くなってないよ。小学校の友達とはね、今でも仲いいんだもの」
不幸中の幸いか、震災で命を落とした同級生は1人も居なかった。
気の向いた時に連絡を取り合うだけだった同級生達とは、災害を機に同窓会を必ず年に1度開き、皆で会うようになった。
「…カノンも、小学校でいっぱい友達作る」
娘は力強く、手を握り返した。
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