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追い婆 ※ホラー表現あり
しおりを挟む私の母方の祖母は、控えめに言って『毒婆』だった。
元々、人に依存する所があり、それでいて目をつけた人間が何でも自分の思う通りにしないとキレる、そういう困った人だった。
幼い頃は普通に慕っていたが、成長して世の中が判り始めると、私や兄弟達は、次第に距離を置くようになった。
私達の距離感は、思春期が終わっても変わらなかった。
いつしか祖母は『小遣いをあげるから遊びにおいで』と言ってくるようになったが、たかだか2000円の為にわざわざ行きたくもないので、余程の事が無い限りは行かなかった。
5年前、祖母は認知症と診断された。1人暮らしなので、施設への入所を勧めたが『私はまともだから必要無い』の一点張りで拒否された。
そしてある日、私達兄弟は母方祖母の家に向かった。体調不良で入院した祖母が退院したので、家の片づけがてら訪れたのだ。
「あらぁ、みんなで来てくれたのね!」
祖母は満面の笑みでテンションが上がっていた。
「おばあちゃん治ってよかったね」
「あんた達、今日は泊まっておいで!」
「無理だよ、明日また仕事あるし。それにおばあちゃん、今日退院したばかりだから、ゆっくり休んでてよ」
「いいからいいから! なに食べる? ばあちゃん作ってあげるよ!」
『泊まっていけ』と『○○してあげるよ』を繰り返す祖母を宥めつつ、私達は帰り支度を始めた。
「何で帰るの? 泊まっていきなさいって!」
「うん、また今度にするからね。おばあちゃんがもっと元気になってから」
しまいに祖母は怒り始めたが、私達は半ば強引に祖母宅を後にした。
「どんだけ引き留めるんだよ~」
帰りの車内で妹がウンザリしていた。
「たった2000円の為に一晩一緒とか無理だわ…」
弟も疲れた顔をしていた。
「久しぶりに会った孫と、一緒に居たいのは分かるけどさぁ」
ハンドルを握り私が言うと…。
≪今日は泊まりなさぁぁぁい≫
「!!」
「何、今の?!」
出し抜けに聞こえた祖母の声に、私は危うくハンドル操作を誤りかけた。末弟の口真似か?
≪戻りなさぁぁぁい≫
「姉ちゃん!! 横!」
助手席の末弟が叫び声をあげる。
蒸し暑かったので、開けていた運転席の窓、並走するように、祖母の顔だけがついてきていた。
≪カレー作ってあげるからぁぁぁ≫
祖母の顔は力いっぱい後ろへ引っ張ったように、目や口は真一文字に引き伸ばされていた。
≪お小遣いあげるからぁぁぁ≫
思わず緩めてしまったアクセルに便乗するように、祖母の顔は近づいてきて、窓から中に入ろうとしてきた。
「帰れー!!!」
咄嗟に私は右手で払うように、顔を外へ叩き落とした。当たった瞬間、手には涎か何か液体が付いた感触がした。
半狂乱で自宅に着き、家に駆け入った。
「どうしたの?」
夕食の支度をしていた母が驚く。私達は肩で息をする。
「ヤバい、母さん。ごめん、説明出来ない」
「今日はもう、外出たらダメだ」
「え、何? 何があったの」
母は困惑する。
(何て事だ。おばあちゃんは化け物になってしまった。私達が徹底的に避けたせいだろうか?私達を引き留めるためなら、例え化け物になってでもいいなんて願わせてしまったのだろうか?)
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