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メッキの剥げた男
しおりを挟む私は還暦を迎える手前になっていた。
実家の近所で不幸があった。現在は疎遠となったが、幼い頃によく一緒に遊んでいたレイナの父親が亡くなったのだ。
小学生の頃はよく遊んでいたが、レイナが高校に入学した辺りから、互いに別の友人が出来て疎遠になった。
とは言え、10年近く家族ぐるみで付き合いがあったのだから、私と妹はお線香をつけに行く事にした。
取り敢えず実家に寄り、母と3人で実に40年ぶりくらいにレイナの家へ。家は建て替えてあり、子供の頃の面影はどこにもない。
出迎えたのは、レイナの夫と思われる50代くらいの、人が良さそうな男性だ。
「沢木さん、こんにちは」
「どうも先日は…。娘達もこちらに来たのでお線香をつけに」
母の紹介に、私と妹は会釈して中へ入った。入ってすぐの和室では、横になっていたレイナの母親が私達の姿を見て起き上がる。
「ご無沙汰してまして、都子ちゃん、スズコちゃん。ごめんねえ、休んでて」
時の流れを感じるも、母が声を掛ける。
「大丈夫? 具合悪いの?」
「お葬式で疲れちゃってね。でも齢でもあるから」
レイナの母がしんどそうなので、世間話も要件も短く切り上げ、私達は帰途へついた。
妹の提案で、近くのファミレスへ寄る事にした。妹が尋ねる。
「レイナちゃん、結婚いつだっけ?」
「いつだったかな? 38くらいかな。向こうのお母さん、あんた達が先に結婚して勝手にこっちを意識してたのか、結婚の事だいぶ後に教えられたんだ」
「うわー、めんどいやつ。私はそういう親なりたくないわ」
「旦那さん、お婿さんで同居してるよ」
「え? レイナちゃん、お兄さん居るのに婿養子?」
「みたいよ。お兄ちゃん、県外で結婚して子供もいるらしい」
母がそこまで説明した時、私はある人物を見つけた。
「ねえ。今そこに座ったの、レイナちゃんの旦那さんじゃ?」
私達のいるテーブルから、空席を1つ開けて、レイナの夫が50代の男性と共に座った。友人だろうか。
私達が耳を傾けると、会話が聞こえてきた。
「いやー、本当参った。あの母娘何もしなくてさ」
レイナの夫は友人に愚痴をまくしたてる。
「だってよ、自分の親とか配偶者が死んだのに、葬儀の段取りとか、業者との打ち合わせ俺に丸投げだぜ? ありえねえって」
温和そうな感じがしたレイナの夫は、しかめっ面でくだをまいた。
レイナの母はお嬢様育ちだったし、レイナもおっとりした子だった。まさか婿に面倒事を押し付けていたとは…。
「俺、あの女と結婚して、人生失敗したわ。つくづく思うんだ」
「美人で資産家なのにな」
友人が相槌を打つと、レイナの夫は続けた。
「騙されたんだよ。結婚前に『子供は3人欲しい』言ってたのに、結婚したら『齢だし身体弱いから無理』って掌返されて…。
しかも、『1人っ子で両親の面倒をみないといけないから、婿に入って同居しないとダメ』って言われてさ…、兄貴居るの結婚するまで内緒にしてたんだぜ?
今回の遺産だって、ババアと嫁と兄貴で等分だろ? 俺がどんなに頑張っても一銭も入んねえし、ほんっと失敗した!!」
耳を澄ませて、話に聞き入っていた私達だったが、ある事に気付いた。どうやって帰ろう。レイナの夫らの居るテーブルの脇を通らなくては出れないのだ。
初対面とは言え、さっき会った人間の顔はまだ覚えているだろう。
(ヤバい…)
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