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37 藪の外
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田植えシーズンが近づくと思い出す、私が小学1年の時の話。
道路の新設の為に、自宅(透明人間?の居た家)の立ち退きと引っ越しを翌年に控えていた。
私は幼い割に、翌年にはこの家との別れになる事を理解し、『来年にはこの庭の梅の花が見れないんだな』などと、日々感慨深く過ごしていた。
田植えの終わった5月。友人:チカが遊びに来た時に『家の周りを探検しよう!』と思い立った。
自宅の西側は屋敷林に覆われ、そのすぐ隣は水田である。だが、水田と藪の境目は畔が無く曖昧となっていたので、『水田の水は、一体何処まで屋敷林の内部を侵食しているのか?』を確かめたいと思ったのだ。
確認の手筈は、1人が水田の畔の上を伝い、もう1人が屋敷林内部から進行し、行ける所まで行ってみるという、子供らしい荒唐無稽な作戦だった。
乗り気じゃないチカを何とか説得し、すぐに実行に移した。
屋敷林の奥行きは、10メートルも無いくらいだったと思う。しかも工事の為に下草や大きめの樹木は除去済みで、木々の間からうっすらと水田が見えていた。
なので、例え7歳児でも遭難しないし到達不可でも無い。安全面も抜かりなかった。
まずチカに、水田側から屋敷林に到達している畔の上に行ってもらい、私は自宅から長靴(自分の長靴を準備出来る私がぬかるんでるだろう藪ルートで)を履いて、畔の上のチカが見える屋敷林側から進行を開始した。
「ねえ、靴濡れてきたんだけど!」
歩き始めてすぐ、藪の向こう側からチカが文句を言った。
「分かったー! じゃあそこで待ってて、あたし行くから!」
私は枝葉を掻き分け進んだ。進んで3,4メートル程行くと、もう足元が湿っぽくなってきた。
(こんなに家の近くまで水が来てるのか、思った以上だな)
「ねえ! いつまで待ってたらいいの!?」
チカは怒り始める。
「いま行くとこ! 待ってて!」
足をぬかるんだ地面から抜くのに手間取りつつ、進行方向を見るとチカの姿が見えた。私は声を上げた。
「こっちから見えるよ! チカちゃんからあたし見える?」
藪の中の私とは対照的に、明るい空の下、畔の上のチカは平均台を歩くように、両手を広げバランスを取りトコトコこちらへ進んでいる。
(何だ進んでるじゃん。作戦成功かも?!)
もう少しで合流するか、その時だ。
「何やってるの?!」
怒声に振り向くと、藪を掻き分けた母が後ろに立って居た。母は続けた。
「折角チカちゃん遊びに来てくれたのに、ほったらかして!」
私は目を疑った。母の後ろには、たった今まで目の前に近づいて居た筈のチカが居た。私は慌てて戻った。
「チカちゃん? さっきまで向こうに居たのに」
「いつまで待っても来ないから、こっち来たんだよ。呼んでるのに、こっち向いてくれないし!」
チカの話では、途中で私のスタート地点へ戻って来て、藪の中の私を呼んだのに見向きもしなかったという。何度も呼んでいると、何事かと母が出て来たらしい。
私は納得がいかなかった。
「えー? チカちゃん、もうすぐ藪ってトコまで進んで来たじゃん! 目の前まで来てたのに」
「行ってないよ、ちょっと進んだら靴濡れたんだもん。そこでやめたもん!」
では、あのスイスイ進んでいたのは誰だったのか。誰か他の近所の小学生がふざけていたのか。
でも、枝葉の隙間から見えたあの姿は、間違いなくチカだった。
でも思い返すと…。藪の中から見えた彼女は、燦燦と日光が降り注ぐ水田の畔の上を歩いていたが、その日は肌寒い曇天だった。
子供の頃の、未だに解せない思い出である。
道路の新設の為に、自宅(透明人間?の居た家)の立ち退きと引っ越しを翌年に控えていた。
私は幼い割に、翌年にはこの家との別れになる事を理解し、『来年にはこの庭の梅の花が見れないんだな』などと、日々感慨深く過ごしていた。
田植えの終わった5月。友人:チカが遊びに来た時に『家の周りを探検しよう!』と思い立った。
自宅の西側は屋敷林に覆われ、そのすぐ隣は水田である。だが、水田と藪の境目は畔が無く曖昧となっていたので、『水田の水は、一体何処まで屋敷林の内部を侵食しているのか?』を確かめたいと思ったのだ。
確認の手筈は、1人が水田の畔の上を伝い、もう1人が屋敷林内部から進行し、行ける所まで行ってみるという、子供らしい荒唐無稽な作戦だった。
乗り気じゃないチカを何とか説得し、すぐに実行に移した。
屋敷林の奥行きは、10メートルも無いくらいだったと思う。しかも工事の為に下草や大きめの樹木は除去済みで、木々の間からうっすらと水田が見えていた。
なので、例え7歳児でも遭難しないし到達不可でも無い。安全面も抜かりなかった。
まずチカに、水田側から屋敷林に到達している畔の上に行ってもらい、私は自宅から長靴(自分の長靴を準備出来る私がぬかるんでるだろう藪ルートで)を履いて、畔の上のチカが見える屋敷林側から進行を開始した。
「ねえ、靴濡れてきたんだけど!」
歩き始めてすぐ、藪の向こう側からチカが文句を言った。
「分かったー! じゃあそこで待ってて、あたし行くから!」
私は枝葉を掻き分け進んだ。進んで3,4メートル程行くと、もう足元が湿っぽくなってきた。
(こんなに家の近くまで水が来てるのか、思った以上だな)
「ねえ! いつまで待ってたらいいの!?」
チカは怒り始める。
「いま行くとこ! 待ってて!」
足をぬかるんだ地面から抜くのに手間取りつつ、進行方向を見るとチカの姿が見えた。私は声を上げた。
「こっちから見えるよ! チカちゃんからあたし見える?」
藪の中の私とは対照的に、明るい空の下、畔の上のチカは平均台を歩くように、両手を広げバランスを取りトコトコこちらへ進んでいる。
(何だ進んでるじゃん。作戦成功かも?!)
もう少しで合流するか、その時だ。
「何やってるの?!」
怒声に振り向くと、藪を掻き分けた母が後ろに立って居た。母は続けた。
「折角チカちゃん遊びに来てくれたのに、ほったらかして!」
私は目を疑った。母の後ろには、たった今まで目の前に近づいて居た筈のチカが居た。私は慌てて戻った。
「チカちゃん? さっきまで向こうに居たのに」
「いつまで待っても来ないから、こっち来たんだよ。呼んでるのに、こっち向いてくれないし!」
チカの話では、途中で私のスタート地点へ戻って来て、藪の中の私を呼んだのに見向きもしなかったという。何度も呼んでいると、何事かと母が出て来たらしい。
私は納得がいかなかった。
「えー? チカちゃん、もうすぐ藪ってトコまで進んで来たじゃん! 目の前まで来てたのに」
「行ってないよ、ちょっと進んだら靴濡れたんだもん。そこでやめたもん!」
では、あのスイスイ進んでいたのは誰だったのか。誰か他の近所の小学生がふざけていたのか。
でも、枝葉の隙間から見えたあの姿は、間違いなくチカだった。
でも思い返すと…。藪の中から見えた彼女は、燦燦と日光が降り注ぐ水田の畔の上を歩いていたが、その日は肌寒い曇天だった。
子供の頃の、未だに解せない思い出である。
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