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クソバイス ※年下による年上への批判的表現あり
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『その時は気づかなくても、後から気づいて惜しくなるもの、な~に?』
『それは、若さ』
誰が作ったか分からない、意味不明な掛け合いのCMで宣伝しているのは、アンチエイジングのサプリメント。ゆず子はゴミ袋を取り出す。
(そりゃあねえ、体力も無くなれば身体の不調も出るし、無理が効かなくなってくるのよ。でも、実際に年老いても悪い事だけじゃないのよね)
御年68歳。白髪は染める、シミは専用クリームで隠す。腰痛はコルセットを用い、膝にはサポーター。試してダメなら、細かい事はスパッと諦める。
生まれ干支を何周も回れば、嫌でも色んな事に対する経験値が増えるので、並大抵の事では揺らぐことは無くなる。これが、大人の余裕。
敬老パスやシニア割も多くあるし、気力と体力さえあれば、若い頃とはまた違った人生の楽しみ方が色々ある。
けれども。身に付けるべき教養やモラルを持たなかった場合、年老いた時にどんな大人となってしまうやら。
「あたし、いくつだと思う?」
滝童SC従業員休憩室。コスメカウンター:AQUABLESSビューティーアドバイザー田辺明耶奈は、ドーナツショップ従業員:岬咲良と唐揚げ屋大学生アルバイト:間渕澄音に尋ねた。
「えー、20代? 28とか」
「うん、30は行ってないっすよね?」
2人が口々にそう言うと、田辺は表情を明るくさせ、にっこりした。
「残念。もっと上だよ」
「そうなんですか?」
「『A』の白石タクマと同い年」
田辺の返答に、2人はしばし考える。
「えーと、佐賀美アタルが33で、それより上だったから…」
「…38?」
「ブー、37でーす。惜しいね!」
田辺は口を尖らせて笑った。ゆず子はやり取りを見て、心の中で苦笑した。
(これはこれは…)
女性の『いくつに見える?』的な質問は、返しが非常に難しい上に厄介だ。答えた年齢が実年齢よりも上だと怒るし、ジャスト年齢でもいい顔をしない。
なるべく下の年齢に当たりをつけて答えるべきだが、若すぎても『過剰なお世辞』と受け取られる事もある。
実年齢を明かされた後は、完璧な驚きのリアクションと感心した声色で『見えないですね』と添えねばならない。
しかもそういう質問をしてくる輩に限って、人一倍、年齢やヴィジュアルに自信があったり、悪い意味で物凄く気にしている。
「へー、そうなんですね。見えなかったです」
「そう? まあ、年齢なんてどうでもいいんだけどね」
1歳上に示された年齢をわざわざ訂正した筈の田辺は、笑って水筒の茶を口にした。
「いいなあ、咲良ちゃんとか澄音ちゃんは。同年代で仲良しの友達が職場に居るんだもん」
田辺が言うと、間淵は何気無しに言った。
「えー、でもそちらのショップも、スタッフさんいっぱい居るじゃないですか」
「ダメダメ、全員ライバルだもん。顧客と売り上げの事しか目にないよ。裏で結構バチバチやり合ってるし」
「コワッ!」
岬が首を竦めると、田辺は笑った。
「あ、時間だ。じゃあ、またねぇ」
田辺は立ち上がり、手を振って席を後にした。姿が見えなくなると、ゆず子は話しかけた。
「最近仲良くなったの?」
間渕がチョコ菓子を食べつつ返事した。
「咲良ちゃんと一緒に買いに行ったら、何か覚えられたみたい」
「あー、あたしプラスサイズ女子で目立つからね」
岬は笑うと、間渕のチョコ菓子を1個つまんだ。間渕は笑って言った。
「化粧品メーカーかぁ。福利厚生とか手取りとかどうなんだろうね。就活、そろそろ考えないといけないから気になる」
「あら。そういう話こそ、あのお姉さんに訊いたらいいのに」
ゆず子が意外そうに言うと、岬は首を振った。
「多分教えてくれないよ、あの人」
「そうなの?」
ゆず子は、思わず田辺の後姿を見つめた。
雇用にあたって男女平等が叫ばれ、数十年。男性の保母さん、男性看護士、男性のキャビンアテンダントも出て来たが、女性が大多数の『大奥』的職場はまだまだ存在する。
そしてそんな職場では、陰惨な出来事や悪い意味での暗黙のルールもあり、新規の成り手が少ない所もある。一方で化粧品業界は、華やかさ故に就職を志す者は多い。
「へー、田辺さんプリズムキャッスルよく行くんですか」
別日。休憩室に居たのは、田辺と岬だ。
「行くよぉ、年パス持ってるヘビーユーザーだから。咲良ちゃんは行かないの? 澄音ちゃんと」
「あー、行きたいねって話はしてるけど、まだ。互いの予定が合わなくって」
間渕は大学生、岬はフリーター(準社員)だ。岬が答えると、田辺は自身のスマホを取り出して話し始めた。
「行った方いいよ。これね、この前イベントで行った時のやつなんだけど、夜はプロジェクションマッピングやっててめっちゃ綺麗なの!」
「ああ、ほんとですね…」
言いつつ、岬の目は段々と光を失いつつある。田辺は画像をスクロールさせつつ言った。
「周りカップルばかりだけどね、友達同士で行っても楽しめるのよ。ここで撮った写真、マチアプで使うと高評価らしいし」
「はは、そうですか」
田辺は画像のスクロールを止めずに尋ねる。
「…咲良ちゃんって、SNSやってる? フォトジェニグラムとか」
「え? いいえ」
岬の返答に、ゆず子は『おや?』と思った。田辺は意外そうな顔をした。
「え、やってないの? 『若者離れ』ってやつ?」
「あー、前はやってたけど、しくって凍結掛かっちゃって。解除された頃にはすっかりパスワードも忘れたから、復活諦めたんです。実際、無くても困んないからそのまんま」
「そうなんだ…」
田辺は残念そうな顔をした。
更に別日。従業員休憩室で、田辺は間渕の向かい側に座っていた。
「え? このフォトジェニグラムのバッグ、買ったんですか?」
間渕は田辺のスマホに表示されてる画像を一緒に見つつ、驚いていた。
「うん、頑張ってるご褒美にね。とっても使い勝手いいよ、澄音ちゃんもどう?」
「いや、これ40万近くするじゃないですか。憧れのブランドだけど、自分ムリっす~」
「貯めればいいのよ、何なら投資とかお金の殖やし方も勉強して、実践してさあ」
「え、投資の収益で買ったんですか? すごっ!」
「ちょっとだけね、後はコツコツ貯めた分で」
田辺の返答に、間渕は感心した。
「すごいですね、田辺さん。キャッスルの年パスも持ってて、『ヴィクトリックス』のバッグも持ってて。お金持ちっすね」
「そんな事ないよ? 仕事頑張って、休日好きなことやってるだけだもん。お陰でご縁無いけど」
「えー、すぐ出来ますって。可愛いから」
間渕の言葉に、田辺はご満悦そうに微笑んだ。
(田辺さんって言ったっけ。37歳の彼女が、20歳そこらの岬さんや間渕さんに構うのは何でだろう?)
営業熱心なため、若い女性の顧客を求めているのか。
(AQUABLESSってそこまで高級化粧品って訳でもないし。むしろ営業目的なら、もっとお金持ってる上の世代や富裕層狙うわよね)
趣味も年齢も違い、接点と言えば同じ商業施設で働いていることぐらい。
何なら、田辺と同世代の女性従業員も他店に沢山居る。そもそも田辺は、女性が多い店舗に勤めている。
(『裏でバチバチ』だっけ。孤立するような事があって、話し相手が欲しいために近づいてるのかな)
自社の競合でない業種の他店なら、売り上げも人間関係のしがらみも『ゼロ』だ。
(37歳か…。独身とは言え、随分幼いというか女の子女の子してるのね)
そんなある時。休憩室に居たのは、岬と間渕。ゆず子は岬に声を掛けた。
「お疲れ様です。今日はお姉さん、居ないのね」
「やーだー、鳴瀬さんまでそう言う。あたし最近避けているんすよ。この前もSNSやってるか聞かれたから、やってないって答えたし。絶対DMで繋がろうとしてるよ」
「連日だと参るものがあるわね」
ゆず子の言葉に、3人は苦笑した。間渕は言った。
「田辺さんのフォトジェニグラム、見たけどすごかったよ。毎月の様にプリキャス行ってて、限定グッズ。年に1度は高級バッグ買って、あとコスメとスイーツとジム。『キラキラ』のお手本みたいなフォトジェニグラムだね」
見せられたきらびやかな画面に、ゆず子は目を細める。
「あら、ゴージャスだこと。化粧品販売って高給取りなのね」
ところが、岬と間渕は首を振った。
「まさか。普通のOLと同じ手取りっすよ」
「そうそう、AQUABLESSって老舗メーカー:セツゲッカの子会社ですもん。外資系じゃなく国内企業だし、そこまでじゃないですよ」
2人の冷静な言葉に、ゆず子は少々驚いた。
「へえ、よく知ってるのね」
間渕は姿勢を正して言った。
「就活控えてるから、それくらいは。
…に、してもあのお姉さん、不思議だね。年パスで通い放題でも交通費はかかるし、バッグに新作コスメにジム。こんな暮らしでお金足らなくならない?」
「副収入とか? そう言えば、あの人どこ住み?」
「電車通勤って聞いたよ。A駅近くだって」
岬はムチムチした腕を組んだ。
「A駅ねえ…、あの界隈って家賃相場どうだったかなぁ?」
「あらあら、分析が始まったわね」
ゆず子がニヤニヤすると、間渕はスマホに表示している田辺のフォトジェニグラムをスクロールさせる。
「あのさ、この『実家の窓辺から虹が撮れた』って画像にA駅映りこんでるんだよね。でも…、『プリキャスの限定グッズ、家に帰ってから並べてみた』って画像も、同じような構図でA駅が背景に映り込んでるし」
「実家の近所で1人暮らし、とか?『実家』を打ち間違えて『家』になってるとか」
ゆず子が言うと、間渕は首を振った。
「どうですかね。他にも、『ガトーショコラの調理工程』の画像に映るコンロは3口タイプだし、『ヴィクトリックスのショートブーツ入手!』画像に映る玄関もファミリー物件並みの広さだし」
「あー、なかなか単身者向け物件で3口タイプって無いよね。それとも、わざわざ実家行って写真撮ってるのかな」
岬も少々苦笑いする。間渕はスマホの操作を止めて言った。
「そうだね。『実家暮らし』なら合点が行くよね、金遣いも画像も」
「ブラックすーさん出ましたね」
「あの人さあ、何でこんなに絡んでくるんだろうと思ってたけど、自慢とクソバイスしたいからなんだろうね。そりゃ幼いから同世代とは話が合わないよ」
「よしなって~」
笑い合う若い女子2人に空恐ろしさを感じ、ゆず子は愛想笑いを思わず浮かべた。そんな2人に、ある人物が声を掛けて来る。
「あれ? 今日は2人とも同じ時間なんだ」
昼食を持ち、立っていたのは田辺。2人はにっこりして答えた。
「「ああ、はい」」
当然の様に隣に座る田辺に、岬は尋ねる。
「田辺さんの、おうちってどんな感じなんですか?」
「うち? 狭いよ~、1DKだもん。収納小さくて散らかってるから、ここしばらく誰も呼んでない。つーか呼べない!」
無言で業務に戻るゆず子の耳に、3人の会話が聞こえてくる。
「咲良ちゃんも澄音ちゃんも、彼氏呼べる部屋に住んだ方がいいよ。あたし、そこでしくじったから未だ1人なのよ」
「そんな。田辺さんなら全然いけますよ、可愛いからすぐ見つかりますよ」
「そう? でも2人若いからさ、あたしみたいになって欲しくないよ。今の内からマチアプでも何でもして、彼氏作ってキープしてた方がいいって」
3人は、とても仲の良い友達みたいに話しているように見える。
「咲良ちゃんもさあ、彼氏早く作って同棲でもして早く結婚した方いいよ。30なんてあっという間だよ? でも絶対不倫はダメ。若さ無駄にするだけだから」
既に彼氏と同棲している岬は、軽く返す。
「そうっすね。ご縁があれば」
「澄音ちゃん、そう言えばこないだのバッグ買った?」
「いやいや、もっと安くていいっす。自分学生だし」
「えー、ブランド物1つは持った方いいよぉ。後で価値が出たら、またお金に変えられるんだよ? 未来とオシャレの投資は大事だよ~」
「はは、覚えときます!」
身に付けるべきはアクセサリーでも装飾でもなく、目には見えない宝(学びと経験)か。
虚飾などもっての他。老いる前に全て暴かれるものなのだから。
『それは、若さ』
誰が作ったか分からない、意味不明な掛け合いのCMで宣伝しているのは、アンチエイジングのサプリメント。ゆず子はゴミ袋を取り出す。
(そりゃあねえ、体力も無くなれば身体の不調も出るし、無理が効かなくなってくるのよ。でも、実際に年老いても悪い事だけじゃないのよね)
御年68歳。白髪は染める、シミは専用クリームで隠す。腰痛はコルセットを用い、膝にはサポーター。試してダメなら、細かい事はスパッと諦める。
生まれ干支を何周も回れば、嫌でも色んな事に対する経験値が増えるので、並大抵の事では揺らぐことは無くなる。これが、大人の余裕。
敬老パスやシニア割も多くあるし、気力と体力さえあれば、若い頃とはまた違った人生の楽しみ方が色々ある。
けれども。身に付けるべき教養やモラルを持たなかった場合、年老いた時にどんな大人となってしまうやら。
「あたし、いくつだと思う?」
滝童SC従業員休憩室。コスメカウンター:AQUABLESSビューティーアドバイザー田辺明耶奈は、ドーナツショップ従業員:岬咲良と唐揚げ屋大学生アルバイト:間渕澄音に尋ねた。
「えー、20代? 28とか」
「うん、30は行ってないっすよね?」
2人が口々にそう言うと、田辺は表情を明るくさせ、にっこりした。
「残念。もっと上だよ」
「そうなんですか?」
「『A』の白石タクマと同い年」
田辺の返答に、2人はしばし考える。
「えーと、佐賀美アタルが33で、それより上だったから…」
「…38?」
「ブー、37でーす。惜しいね!」
田辺は口を尖らせて笑った。ゆず子はやり取りを見て、心の中で苦笑した。
(これはこれは…)
女性の『いくつに見える?』的な質問は、返しが非常に難しい上に厄介だ。答えた年齢が実年齢よりも上だと怒るし、ジャスト年齢でもいい顔をしない。
なるべく下の年齢に当たりをつけて答えるべきだが、若すぎても『過剰なお世辞』と受け取られる事もある。
実年齢を明かされた後は、完璧な驚きのリアクションと感心した声色で『見えないですね』と添えねばならない。
しかもそういう質問をしてくる輩に限って、人一倍、年齢やヴィジュアルに自信があったり、悪い意味で物凄く気にしている。
「へー、そうなんですね。見えなかったです」
「そう? まあ、年齢なんてどうでもいいんだけどね」
1歳上に示された年齢をわざわざ訂正した筈の田辺は、笑って水筒の茶を口にした。
「いいなあ、咲良ちゃんとか澄音ちゃんは。同年代で仲良しの友達が職場に居るんだもん」
田辺が言うと、間淵は何気無しに言った。
「えー、でもそちらのショップも、スタッフさんいっぱい居るじゃないですか」
「ダメダメ、全員ライバルだもん。顧客と売り上げの事しか目にないよ。裏で結構バチバチやり合ってるし」
「コワッ!」
岬が首を竦めると、田辺は笑った。
「あ、時間だ。じゃあ、またねぇ」
田辺は立ち上がり、手を振って席を後にした。姿が見えなくなると、ゆず子は話しかけた。
「最近仲良くなったの?」
間渕がチョコ菓子を食べつつ返事した。
「咲良ちゃんと一緒に買いに行ったら、何か覚えられたみたい」
「あー、あたしプラスサイズ女子で目立つからね」
岬は笑うと、間渕のチョコ菓子を1個つまんだ。間渕は笑って言った。
「化粧品メーカーかぁ。福利厚生とか手取りとかどうなんだろうね。就活、そろそろ考えないといけないから気になる」
「あら。そういう話こそ、あのお姉さんに訊いたらいいのに」
ゆず子が意外そうに言うと、岬は首を振った。
「多分教えてくれないよ、あの人」
「そうなの?」
ゆず子は、思わず田辺の後姿を見つめた。
雇用にあたって男女平等が叫ばれ、数十年。男性の保母さん、男性看護士、男性のキャビンアテンダントも出て来たが、女性が大多数の『大奥』的職場はまだまだ存在する。
そしてそんな職場では、陰惨な出来事や悪い意味での暗黙のルールもあり、新規の成り手が少ない所もある。一方で化粧品業界は、華やかさ故に就職を志す者は多い。
「へー、田辺さんプリズムキャッスルよく行くんですか」
別日。休憩室に居たのは、田辺と岬だ。
「行くよぉ、年パス持ってるヘビーユーザーだから。咲良ちゃんは行かないの? 澄音ちゃんと」
「あー、行きたいねって話はしてるけど、まだ。互いの予定が合わなくって」
間渕は大学生、岬はフリーター(準社員)だ。岬が答えると、田辺は自身のスマホを取り出して話し始めた。
「行った方いいよ。これね、この前イベントで行った時のやつなんだけど、夜はプロジェクションマッピングやっててめっちゃ綺麗なの!」
「ああ、ほんとですね…」
言いつつ、岬の目は段々と光を失いつつある。田辺は画像をスクロールさせつつ言った。
「周りカップルばかりだけどね、友達同士で行っても楽しめるのよ。ここで撮った写真、マチアプで使うと高評価らしいし」
「はは、そうですか」
田辺は画像のスクロールを止めずに尋ねる。
「…咲良ちゃんって、SNSやってる? フォトジェニグラムとか」
「え? いいえ」
岬の返答に、ゆず子は『おや?』と思った。田辺は意外そうな顔をした。
「え、やってないの? 『若者離れ』ってやつ?」
「あー、前はやってたけど、しくって凍結掛かっちゃって。解除された頃にはすっかりパスワードも忘れたから、復活諦めたんです。実際、無くても困んないからそのまんま」
「そうなんだ…」
田辺は残念そうな顔をした。
更に別日。従業員休憩室で、田辺は間渕の向かい側に座っていた。
「え? このフォトジェニグラムのバッグ、買ったんですか?」
間渕は田辺のスマホに表示されてる画像を一緒に見つつ、驚いていた。
「うん、頑張ってるご褒美にね。とっても使い勝手いいよ、澄音ちゃんもどう?」
「いや、これ40万近くするじゃないですか。憧れのブランドだけど、自分ムリっす~」
「貯めればいいのよ、何なら投資とかお金の殖やし方も勉強して、実践してさあ」
「え、投資の収益で買ったんですか? すごっ!」
「ちょっとだけね、後はコツコツ貯めた分で」
田辺の返答に、間渕は感心した。
「すごいですね、田辺さん。キャッスルの年パスも持ってて、『ヴィクトリックス』のバッグも持ってて。お金持ちっすね」
「そんな事ないよ? 仕事頑張って、休日好きなことやってるだけだもん。お陰でご縁無いけど」
「えー、すぐ出来ますって。可愛いから」
間渕の言葉に、田辺はご満悦そうに微笑んだ。
(田辺さんって言ったっけ。37歳の彼女が、20歳そこらの岬さんや間渕さんに構うのは何でだろう?)
営業熱心なため、若い女性の顧客を求めているのか。
(AQUABLESSってそこまで高級化粧品って訳でもないし。むしろ営業目的なら、もっとお金持ってる上の世代や富裕層狙うわよね)
趣味も年齢も違い、接点と言えば同じ商業施設で働いていることぐらい。
何なら、田辺と同世代の女性従業員も他店に沢山居る。そもそも田辺は、女性が多い店舗に勤めている。
(『裏でバチバチ』だっけ。孤立するような事があって、話し相手が欲しいために近づいてるのかな)
自社の競合でない業種の他店なら、売り上げも人間関係のしがらみも『ゼロ』だ。
(37歳か…。独身とは言え、随分幼いというか女の子女の子してるのね)
そんなある時。休憩室に居たのは、岬と間渕。ゆず子は岬に声を掛けた。
「お疲れ様です。今日はお姉さん、居ないのね」
「やーだー、鳴瀬さんまでそう言う。あたし最近避けているんすよ。この前もSNSやってるか聞かれたから、やってないって答えたし。絶対DMで繋がろうとしてるよ」
「連日だと参るものがあるわね」
ゆず子の言葉に、3人は苦笑した。間渕は言った。
「田辺さんのフォトジェニグラム、見たけどすごかったよ。毎月の様にプリキャス行ってて、限定グッズ。年に1度は高級バッグ買って、あとコスメとスイーツとジム。『キラキラ』のお手本みたいなフォトジェニグラムだね」
見せられたきらびやかな画面に、ゆず子は目を細める。
「あら、ゴージャスだこと。化粧品販売って高給取りなのね」
ところが、岬と間渕は首を振った。
「まさか。普通のOLと同じ手取りっすよ」
「そうそう、AQUABLESSって老舗メーカー:セツゲッカの子会社ですもん。外資系じゃなく国内企業だし、そこまでじゃないですよ」
2人の冷静な言葉に、ゆず子は少々驚いた。
「へえ、よく知ってるのね」
間渕は姿勢を正して言った。
「就活控えてるから、それくらいは。
…に、してもあのお姉さん、不思議だね。年パスで通い放題でも交通費はかかるし、バッグに新作コスメにジム。こんな暮らしでお金足らなくならない?」
「副収入とか? そう言えば、あの人どこ住み?」
「電車通勤って聞いたよ。A駅近くだって」
岬はムチムチした腕を組んだ。
「A駅ねえ…、あの界隈って家賃相場どうだったかなぁ?」
「あらあら、分析が始まったわね」
ゆず子がニヤニヤすると、間渕はスマホに表示している田辺のフォトジェニグラムをスクロールさせる。
「あのさ、この『実家の窓辺から虹が撮れた』って画像にA駅映りこんでるんだよね。でも…、『プリキャスの限定グッズ、家に帰ってから並べてみた』って画像も、同じような構図でA駅が背景に映り込んでるし」
「実家の近所で1人暮らし、とか?『実家』を打ち間違えて『家』になってるとか」
ゆず子が言うと、間渕は首を振った。
「どうですかね。他にも、『ガトーショコラの調理工程』の画像に映るコンロは3口タイプだし、『ヴィクトリックスのショートブーツ入手!』画像に映る玄関もファミリー物件並みの広さだし」
「あー、なかなか単身者向け物件で3口タイプって無いよね。それとも、わざわざ実家行って写真撮ってるのかな」
岬も少々苦笑いする。間渕はスマホの操作を止めて言った。
「そうだね。『実家暮らし』なら合点が行くよね、金遣いも画像も」
「ブラックすーさん出ましたね」
「あの人さあ、何でこんなに絡んでくるんだろうと思ってたけど、自慢とクソバイスしたいからなんだろうね。そりゃ幼いから同世代とは話が合わないよ」
「よしなって~」
笑い合う若い女子2人に空恐ろしさを感じ、ゆず子は愛想笑いを思わず浮かべた。そんな2人に、ある人物が声を掛けて来る。
「あれ? 今日は2人とも同じ時間なんだ」
昼食を持ち、立っていたのは田辺。2人はにっこりして答えた。
「「ああ、はい」」
当然の様に隣に座る田辺に、岬は尋ねる。
「田辺さんの、おうちってどんな感じなんですか?」
「うち? 狭いよ~、1DKだもん。収納小さくて散らかってるから、ここしばらく誰も呼んでない。つーか呼べない!」
無言で業務に戻るゆず子の耳に、3人の会話が聞こえてくる。
「咲良ちゃんも澄音ちゃんも、彼氏呼べる部屋に住んだ方がいいよ。あたし、そこでしくじったから未だ1人なのよ」
「そんな。田辺さんなら全然いけますよ、可愛いからすぐ見つかりますよ」
「そう? でも2人若いからさ、あたしみたいになって欲しくないよ。今の内からマチアプでも何でもして、彼氏作ってキープしてた方がいいって」
3人は、とても仲の良い友達みたいに話しているように見える。
「咲良ちゃんもさあ、彼氏早く作って同棲でもして早く結婚した方いいよ。30なんてあっという間だよ? でも絶対不倫はダメ。若さ無駄にするだけだから」
既に彼氏と同棲している岬は、軽く返す。
「そうっすね。ご縁があれば」
「澄音ちゃん、そう言えばこないだのバッグ買った?」
「いやいや、もっと安くていいっす。自分学生だし」
「えー、ブランド物1つは持った方いいよぉ。後で価値が出たら、またお金に変えられるんだよ? 未来とオシャレの投資は大事だよ~」
「はは、覚えときます!」
身に付けるべきはアクセサリーでも装飾でもなく、目には見えない宝(学びと経験)か。
虚飾などもっての他。老いる前に全て暴かれるものなのだから。
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