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ミステリーハウス ※犯罪行為表現あり
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ゆず子がそれを見かけたのは、通勤途中のことだった。道路沿いのある民家から、若い女性が出て来たのだ。
女性は20代前半くらい、ダボダボのパーカーのフードを被り、か細い脚をミニスカートから覗かせ、凄く重そうなゴテゴテしたヒールの靴を履いていた。
(今流行りのファッションね。学生さんかしら?)
彼女は小さなポシェット1つしか持っておらず、スマホをいじりながら歩いている。
信号待ちで並んだ際にふと顔を見ると、顔の大半は黒いマスクで覆われていた。セミロングの髪がフードから出ていたのだが、ほとんど金髪で若いのにツヤが無い。
ほとんど金髪のその若い女性は、その後も3回ほど見かけた。いつ見ても荷物は最小限で、重そうなヒール靴と黒いマスクを付けていた。
4回目に見かけた時、その女性はとある一軒家へ入って行った。表札は『谷』、平成初期くらいに建てられた様な平屋の一軒家。
小さな庭には枯れた植木鉢3個と、枯葉や小枝を掃き集めたものだけがあった。
「今時の服装…、何て言うの? 『ジライケイ』? そういうカッコの子なんだけどね。平屋の一軒家に入って行ったのよ。そこがまた、寂れた感じのお宅で」
「平屋の一軒家? そんなのあの辺にあったかなぁ?」
首を傾げたのは、マンション最上階に住む、シャルマン登美野オーナー:津山櫛絵。ゆず子は説明する。
「えっとね、久藤商店だっけ? ボヤ出して立て替えたとこの2,3軒隣かな。表札に『谷』ってあった」
「谷さんねえ、町内会も違うから、よく分かんないな。へえ、今時平屋まだあるんだね」
津山にマンション管理人:菅生善市郎が口を挟む。
「俺の友達んとこ、家を建て替えたけど平屋にしたぞ。ジジババである自分らしか住んでないから、それで丁度いいとか」
「あー、足腰やっちゃったり介護必要になった時を考えて、ある程度需要有るらしいわね」
「あたし、上階がいい。停電するとエレベーターダメになるけど、景色いいし誰も外から覗かない!」
津山は口を開けて笑った。
その日の退勤のこと。ゆず子が件の谷邸の前を通りかかると、白い軽自動車が停まっていた。軽は東京郊外ナンバーで、開け放した玄関戸の前には、束ねた古紙が3つほど山となっていた。
作業をしているのは40代そこそこの男性で、彼はどうやら車の後部に古紙を乗せている。
(回収機にでも入れるのかな。そっか、ここ一応人が住んでるのね)
ゆず子は通り過ぎつつ、そう思った。
次の出向日。ゆず子は津山に言った。
「そうそう、前回話した平屋の谷さんちだけど、前回帰る時に男の人が片付けしてたわよ。40そこそこって感じだから、派手な娘は早くに生まれた子なのかしらね」
ゆず子が言うと、津山は目を丸くした。
「それさぁ。娘に話したら、『谷家はいま空き家だよ』って言われたよ」
「え、そうなの?」
ゆず子が聞き返すと、津山は説明を始めた。
「谷家の隣が孫娘の友達の家らしくて。鞠子の話によると、谷家はおばあちゃんが独り暮らしだったんだけど、去年倒れて施設に入ったんだって。
家を出てる娘と息子がたまに荷物を取りに入ったり、片付けしたりで出入りはあるけど、ほぼ空き家状態みたいよ」
「あら。じゃあ、あたしが見たのは、たまたま一緒に立ち寄ったお孫さんかしら?」
「さあね」
話はそこで終わった。
業務とお喋りが終わり、ゆず子は帰途へ。谷家が見えて来た時、例の『地雷系』の女の姿も見えた。
(あら、例のお孫さん)
自転車に乗るゆず子の少し前で、スッと谷家の門から中へ行くのが見えた。ゆず子は思わず速度を緩め、谷家を見やった。
(今日は車、無いわね。それに…)
谷家の玄関は引き戸だ。引き戸を開けた音はせず、地雷系女子の姿も、門から見える範囲に見えなかったのだ。
(入った、わよね…?)
ゆず子は首を傾げつつ、通り過ぎた。
次の出向日。津山がゆず子にこんな事を言ってきた。
「そう言えば、鞠子が近所に住むママ友から『隣の空き家が怖い』って言われたんだって」
「それって…? ああ、谷家だっけ?」
「うん」
津山が頷くと、善市郎も話に加わってきた。
「何や、幽霊でも出たんか?」
「鞠子の話では、誰も居ないのに家の中から音がするとか、夜中とか朝方に敷地内を歩き回る足音がするって、ママ友とその娘が怖がってるらしい」
「へえ、ベタやな。どうせ家鳴りか、早朝の散歩で疲れたジジババが、勝手に人んちの庭先で休憩してるんじゃねえか?」
善市郎の言葉にゆず子も笑って頷いた。
「居るわね、たまに。従業員通用口の前に腰かけてる人居たから、そこの人かと思ったら通りすがりの人だった事ある」
「その友達は確かめてないんか? 隣なら見えるだろ?」
善市郎が言うと、津山は首を振った。
「お父さんが単身赴任で居ないから、ビビっちゃってる。で、ママ友は『絶対霊だ、隣のおばあちゃんだ』って言ってるんだって」
「あら、お亡くなりになったの?」
「良く知らないけど、ただの思い込みじゃない?」
津山はそう言うと茶を飲んだ。
その日の帰り道。谷家の手前にある信号で、ゆず子はあるものに気が付いた。いつぞやの地雷系女子が、歩道沿いにある車止めに腰かけてスマホを弄っていたのだ。
(こんな所でいつものあの子)
地雷系女子は、道を渡るため信号待ちをしているゆず子の向かい側に居る。つまり彼女も信号待ちと思われるのだが、妙だった。
スマホをいじる彼女が横目でたまに確認しているのは『谷家』、つまり『信号とは逆方向』なのだ。
地雷系女子は歩行者用信号機の傍に座ってはいるが、目の前の信号ではなく後方にある谷家側を気にしている。少なくとも、ゆず子にはそう見えたのだ。
(何であんな場所に座っているのかしら。何かを確認している?それとも待ち合わせとか?)
青信号になっても、彼女は立ち上がらない。やはり、信号待ちでは無い。ゆず子は彼女の前を通り過ぎた。
(まさかと思うけど…)
自転車で走るゆず子は、ある地点でスピードを緩めた。谷家には白い軽自動車が停まっていた。
(『車』があるから、行かない…?でも、何で)
ゆず子は首を傾げた。
年頃の子供によくある事だが、親と一緒の行動を嫌うフシがある。
こっちに用事があるけど、1人で行くのは大変だから親に便乗して来る、滞在中は極力顔を合わせないようにして、ギリギリで合流して帰る…。こんなところか。
だが、この一帯に何があるだろう。東京に程近いベッドタウンだが、車のナンバープレートによると息子は郊外と言えど都内在住、ここより都心部の方が近い。
気晴らしについてきたけど、雑用が嫌で外で時間をつぶしてるのか。前述した通り、少し先にショッピングモールはあるが、他にスポットは無い。分かってて何度も来る必要はあるのか。
(そう言えば私、あの子が谷家から出て来たり入るの2,3回見たわね)
2,3回出くわしたが、その時はどっちも車は停まっていなかった。父親が居ない時も来ている?何のために父親を避けるのか。
(でもなあ、最初に見かけたのって朝の時間帯なのよね。東京郊外から、朝っぱらにここへ来るっていうのも妙な話よね)
「ふーん…。そもそもその女子って、本当に谷家へ出入りしているの?」
次の出向日。ゆず子の話を聞いた津山は訝し気に尋ねた。
「うん。少なくとも3回は見てる。内2回は家から出る時で、1回は帰ったとこ見てる」
「家に出入りしてる時は車無い時、ねえ。…もしかすると『おばあちゃんの物』を何か持ち出しているんじゃない?」
津山の言葉に、ゆず子と善市郎が目を丸くする。
「金目のものとか?」
「うん。例えばおばあちゃんが集めてたコレクションの中の高額な物を、定期的に持ち出して換金しているとか」
「あー、フリマサイトとか。思いもよらないものが高かったりするわよね、小汚い茶箪笥も『昭和レトロ』言われたり」
「物好きはいるもんだよな」
善市郎が感心したように言うと、津山は続けた。
「実の孫で親が住居の管理してれば、鍵持ってるだろうし。隙を見て合鍵作って、出歩いても怪しまれない時間帯に堂々と歩けば、『悪い事してる』とは思われないよ。
離れて暮らしてるとは言え、実の孫が実の祖母んち行くのはまあ許容範囲だ」
「あー、バレたら修羅場になるわね」
ゆず子は苦笑した。
その日の帰り。ゆず子はあるものを見つけた。
(谷家の前に、パトカーが居る…!)
見間違いかと思ったが、本当だった。谷家の敷地にはいつぞやの白い軽が居て、道路側にパトカーが停まっていた。
(もしや津山さんの推理通りで、バレて警察呼んだのかな)
周辺に警官も息子?も姿はないので、屋内で検証しているのか。気にはなるけど、野次馬も居ないので、ゆず子は後ろ髪を引かれる思いで谷家の前を通過した。
「ゆずちゃ~ん、大ニュースよ」
次回出向日。津山は実に楽しそうな顔でゆず子を出迎えた。何となく予想がつく。
「どうしたの?」
「谷家。びっくりな事が起きた」
津山は茶を淹れつつ説明を始めた。
「鞠子のママ友がね、隣の息子さんが家に来たタイミングで、『無人の筈のお宅から夜中に物音や足音がする』って言ったんだって。そしたら、『実は、別のご近所さんからも同じことを連絡をされたから来た』って言われて、家の中を見て回った後に警察を呼んだらしいの」
「何があったの?」
「谷家って平屋なんだけど、実は屋根裏収納があって、そこに人が居たんだって」
善市郎がそれを聞き、前のめりになった。
「生活してたんか?」
「そう」
津山は続けた。
「暮らしてたのは女の人で、仕事が無くなって家賃払えなくなって、住むとこ無くした人だったらしい。一応、不法侵入罪で警察に捕まったみたいよ」
「女の人…」
ゆず子の脳裏に地雷系女子の姿が浮かぶ。ぬれ煎餅を津山はつまんだ。
「あちこちのマンガ喫茶とかで寝泊まりしつつ、日雇いバイトで食いつないでたんだけど、この辺に来た時に谷家が空き家で、たまたま壊れてた窓から中に入って、そのまま住み着いたらしい。
息子さん達が掃除とかで出入りするから、電気と水道が使える状態だもんで、スマホの充電をしたり水風呂入ったりしたみたい。息子さんは、急に水道代と電気代増えたから、漏電や漏水を疑ってたさなかだったんだって」
「よく見つからなかったわね」
ゆず子が言うと、津山は答えた。
「屋根裏は息子さんも基本的に入らないし、もともと使ってなかったらしいよ。日雇いバイトを日中メインにして、家から出ちゃえば息子さん来てもバッティングしないし、夜は誰も居ないから何とかなったんじゃない?
すごいね、ほんと」
善市郎は苦々しい表情をした。
「そんなギリギリの生活するぐらいなら、親元でも友達でも頼れば良かったのにな」
「まあ、事情があるんでしょうよ」
「…若い子だよね? 私、その人見かけたかも」
ゆず子が言うと、津山は目を細めた。
「そうなの? ちなみに齢は31だって聞いたよ」
「え?」
(思ったより大人…)
他人に興味を持たない都会では、隣人がどんな人間なのかも知らないのが普通とされる。必要以上に興味を持ったり持たれるのも厄介だが、ある程度知っておく必要はあるのでは。
ましてや誰も住んでない事が明白な空き家。音や動きがあるとしたら…、幽霊よりも疑うべき存在があるのかもしれない。
女性は20代前半くらい、ダボダボのパーカーのフードを被り、か細い脚をミニスカートから覗かせ、凄く重そうなゴテゴテしたヒールの靴を履いていた。
(今流行りのファッションね。学生さんかしら?)
彼女は小さなポシェット1つしか持っておらず、スマホをいじりながら歩いている。
信号待ちで並んだ際にふと顔を見ると、顔の大半は黒いマスクで覆われていた。セミロングの髪がフードから出ていたのだが、ほとんど金髪で若いのにツヤが無い。
ほとんど金髪のその若い女性は、その後も3回ほど見かけた。いつ見ても荷物は最小限で、重そうなヒール靴と黒いマスクを付けていた。
4回目に見かけた時、その女性はとある一軒家へ入って行った。表札は『谷』、平成初期くらいに建てられた様な平屋の一軒家。
小さな庭には枯れた植木鉢3個と、枯葉や小枝を掃き集めたものだけがあった。
「今時の服装…、何て言うの? 『ジライケイ』? そういうカッコの子なんだけどね。平屋の一軒家に入って行ったのよ。そこがまた、寂れた感じのお宅で」
「平屋の一軒家? そんなのあの辺にあったかなぁ?」
首を傾げたのは、マンション最上階に住む、シャルマン登美野オーナー:津山櫛絵。ゆず子は説明する。
「えっとね、久藤商店だっけ? ボヤ出して立て替えたとこの2,3軒隣かな。表札に『谷』ってあった」
「谷さんねえ、町内会も違うから、よく分かんないな。へえ、今時平屋まだあるんだね」
津山にマンション管理人:菅生善市郎が口を挟む。
「俺の友達んとこ、家を建て替えたけど平屋にしたぞ。ジジババである自分らしか住んでないから、それで丁度いいとか」
「あー、足腰やっちゃったり介護必要になった時を考えて、ある程度需要有るらしいわね」
「あたし、上階がいい。停電するとエレベーターダメになるけど、景色いいし誰も外から覗かない!」
津山は口を開けて笑った。
その日の退勤のこと。ゆず子が件の谷邸の前を通りかかると、白い軽自動車が停まっていた。軽は東京郊外ナンバーで、開け放した玄関戸の前には、束ねた古紙が3つほど山となっていた。
作業をしているのは40代そこそこの男性で、彼はどうやら車の後部に古紙を乗せている。
(回収機にでも入れるのかな。そっか、ここ一応人が住んでるのね)
ゆず子は通り過ぎつつ、そう思った。
次の出向日。ゆず子は津山に言った。
「そうそう、前回話した平屋の谷さんちだけど、前回帰る時に男の人が片付けしてたわよ。40そこそこって感じだから、派手な娘は早くに生まれた子なのかしらね」
ゆず子が言うと、津山は目を丸くした。
「それさぁ。娘に話したら、『谷家はいま空き家だよ』って言われたよ」
「え、そうなの?」
ゆず子が聞き返すと、津山は説明を始めた。
「谷家の隣が孫娘の友達の家らしくて。鞠子の話によると、谷家はおばあちゃんが独り暮らしだったんだけど、去年倒れて施設に入ったんだって。
家を出てる娘と息子がたまに荷物を取りに入ったり、片付けしたりで出入りはあるけど、ほぼ空き家状態みたいよ」
「あら。じゃあ、あたしが見たのは、たまたま一緒に立ち寄ったお孫さんかしら?」
「さあね」
話はそこで終わった。
業務とお喋りが終わり、ゆず子は帰途へ。谷家が見えて来た時、例の『地雷系』の女の姿も見えた。
(あら、例のお孫さん)
自転車に乗るゆず子の少し前で、スッと谷家の門から中へ行くのが見えた。ゆず子は思わず速度を緩め、谷家を見やった。
(今日は車、無いわね。それに…)
谷家の玄関は引き戸だ。引き戸を開けた音はせず、地雷系女子の姿も、門から見える範囲に見えなかったのだ。
(入った、わよね…?)
ゆず子は首を傾げつつ、通り過ぎた。
次の出向日。津山がゆず子にこんな事を言ってきた。
「そう言えば、鞠子が近所に住むママ友から『隣の空き家が怖い』って言われたんだって」
「それって…? ああ、谷家だっけ?」
「うん」
津山が頷くと、善市郎も話に加わってきた。
「何や、幽霊でも出たんか?」
「鞠子の話では、誰も居ないのに家の中から音がするとか、夜中とか朝方に敷地内を歩き回る足音がするって、ママ友とその娘が怖がってるらしい」
「へえ、ベタやな。どうせ家鳴りか、早朝の散歩で疲れたジジババが、勝手に人んちの庭先で休憩してるんじゃねえか?」
善市郎の言葉にゆず子も笑って頷いた。
「居るわね、たまに。従業員通用口の前に腰かけてる人居たから、そこの人かと思ったら通りすがりの人だった事ある」
「その友達は確かめてないんか? 隣なら見えるだろ?」
善市郎が言うと、津山は首を振った。
「お父さんが単身赴任で居ないから、ビビっちゃってる。で、ママ友は『絶対霊だ、隣のおばあちゃんだ』って言ってるんだって」
「あら、お亡くなりになったの?」
「良く知らないけど、ただの思い込みじゃない?」
津山はそう言うと茶を飲んだ。
その日の帰り道。谷家の手前にある信号で、ゆず子はあるものに気が付いた。いつぞやの地雷系女子が、歩道沿いにある車止めに腰かけてスマホを弄っていたのだ。
(こんな所でいつものあの子)
地雷系女子は、道を渡るため信号待ちをしているゆず子の向かい側に居る。つまり彼女も信号待ちと思われるのだが、妙だった。
スマホをいじる彼女が横目でたまに確認しているのは『谷家』、つまり『信号とは逆方向』なのだ。
地雷系女子は歩行者用信号機の傍に座ってはいるが、目の前の信号ではなく後方にある谷家側を気にしている。少なくとも、ゆず子にはそう見えたのだ。
(何であんな場所に座っているのかしら。何かを確認している?それとも待ち合わせとか?)
青信号になっても、彼女は立ち上がらない。やはり、信号待ちでは無い。ゆず子は彼女の前を通り過ぎた。
(まさかと思うけど…)
自転車で走るゆず子は、ある地点でスピードを緩めた。谷家には白い軽自動車が停まっていた。
(『車』があるから、行かない…?でも、何で)
ゆず子は首を傾げた。
年頃の子供によくある事だが、親と一緒の行動を嫌うフシがある。
こっちに用事があるけど、1人で行くのは大変だから親に便乗して来る、滞在中は極力顔を合わせないようにして、ギリギリで合流して帰る…。こんなところか。
だが、この一帯に何があるだろう。東京に程近いベッドタウンだが、車のナンバープレートによると息子は郊外と言えど都内在住、ここより都心部の方が近い。
気晴らしについてきたけど、雑用が嫌で外で時間をつぶしてるのか。前述した通り、少し先にショッピングモールはあるが、他にスポットは無い。分かってて何度も来る必要はあるのか。
(そう言えば私、あの子が谷家から出て来たり入るの2,3回見たわね)
2,3回出くわしたが、その時はどっちも車は停まっていなかった。父親が居ない時も来ている?何のために父親を避けるのか。
(でもなあ、最初に見かけたのって朝の時間帯なのよね。東京郊外から、朝っぱらにここへ来るっていうのも妙な話よね)
「ふーん…。そもそもその女子って、本当に谷家へ出入りしているの?」
次の出向日。ゆず子の話を聞いた津山は訝し気に尋ねた。
「うん。少なくとも3回は見てる。内2回は家から出る時で、1回は帰ったとこ見てる」
「家に出入りしてる時は車無い時、ねえ。…もしかすると『おばあちゃんの物』を何か持ち出しているんじゃない?」
津山の言葉に、ゆず子と善市郎が目を丸くする。
「金目のものとか?」
「うん。例えばおばあちゃんが集めてたコレクションの中の高額な物を、定期的に持ち出して換金しているとか」
「あー、フリマサイトとか。思いもよらないものが高かったりするわよね、小汚い茶箪笥も『昭和レトロ』言われたり」
「物好きはいるもんだよな」
善市郎が感心したように言うと、津山は続けた。
「実の孫で親が住居の管理してれば、鍵持ってるだろうし。隙を見て合鍵作って、出歩いても怪しまれない時間帯に堂々と歩けば、『悪い事してる』とは思われないよ。
離れて暮らしてるとは言え、実の孫が実の祖母んち行くのはまあ許容範囲だ」
「あー、バレたら修羅場になるわね」
ゆず子は苦笑した。
その日の帰り。ゆず子はあるものを見つけた。
(谷家の前に、パトカーが居る…!)
見間違いかと思ったが、本当だった。谷家の敷地にはいつぞやの白い軽が居て、道路側にパトカーが停まっていた。
(もしや津山さんの推理通りで、バレて警察呼んだのかな)
周辺に警官も息子?も姿はないので、屋内で検証しているのか。気にはなるけど、野次馬も居ないので、ゆず子は後ろ髪を引かれる思いで谷家の前を通過した。
「ゆずちゃ~ん、大ニュースよ」
次回出向日。津山は実に楽しそうな顔でゆず子を出迎えた。何となく予想がつく。
「どうしたの?」
「谷家。びっくりな事が起きた」
津山は茶を淹れつつ説明を始めた。
「鞠子のママ友がね、隣の息子さんが家に来たタイミングで、『無人の筈のお宅から夜中に物音や足音がする』って言ったんだって。そしたら、『実は、別のご近所さんからも同じことを連絡をされたから来た』って言われて、家の中を見て回った後に警察を呼んだらしいの」
「何があったの?」
「谷家って平屋なんだけど、実は屋根裏収納があって、そこに人が居たんだって」
善市郎がそれを聞き、前のめりになった。
「生活してたんか?」
「そう」
津山は続けた。
「暮らしてたのは女の人で、仕事が無くなって家賃払えなくなって、住むとこ無くした人だったらしい。一応、不法侵入罪で警察に捕まったみたいよ」
「女の人…」
ゆず子の脳裏に地雷系女子の姿が浮かぶ。ぬれ煎餅を津山はつまんだ。
「あちこちのマンガ喫茶とかで寝泊まりしつつ、日雇いバイトで食いつないでたんだけど、この辺に来た時に谷家が空き家で、たまたま壊れてた窓から中に入って、そのまま住み着いたらしい。
息子さん達が掃除とかで出入りするから、電気と水道が使える状態だもんで、スマホの充電をしたり水風呂入ったりしたみたい。息子さんは、急に水道代と電気代増えたから、漏電や漏水を疑ってたさなかだったんだって」
「よく見つからなかったわね」
ゆず子が言うと、津山は答えた。
「屋根裏は息子さんも基本的に入らないし、もともと使ってなかったらしいよ。日雇いバイトを日中メインにして、家から出ちゃえば息子さん来てもバッティングしないし、夜は誰も居ないから何とかなったんじゃない?
すごいね、ほんと」
善市郎は苦々しい表情をした。
「そんなギリギリの生活するぐらいなら、親元でも友達でも頼れば良かったのにな」
「まあ、事情があるんでしょうよ」
「…若い子だよね? 私、その人見かけたかも」
ゆず子が言うと、津山は目を細めた。
「そうなの? ちなみに齢は31だって聞いたよ」
「え?」
(思ったより大人…)
他人に興味を持たない都会では、隣人がどんな人間なのかも知らないのが普通とされる。必要以上に興味を持ったり持たれるのも厄介だが、ある程度知っておく必要はあるのでは。
ましてや誰も住んでない事が明白な空き家。音や動きがあるとしたら…、幽霊よりも疑うべき存在があるのかもしれない。
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