鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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三姉妹と謎の王子

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 運ばれてきたカフェモカに口をつけた三女は、唐突に言い出した。

「そう言えば、マユ姉のとこって、プリズムキャッスルに人をやってる?」


 プリズムキャッスルは、関東地方の山間部に位置し、西洋の城や街並みを再現した体験型アミューズメント施設だ。


 長女は頷いた。

「うん、まあ。でも、うちから派遣してるのは着ぐるみだけだよ」

「そうなんだ。『王子様』は違うの?」

 次女が言うと、長女はアイスティーを飲みつつ答えた。

「『王子様』は向こうの従業員だね。外部からの派遣も居るかもだけど」

「へー、そうなんだ」


 プリズムキャッスルは、『おとぎ話を現実に追体験』を持ち味にした様々な童話の舞台(城や森、城下町)が再現され、来場者は物語のお姫様や登場人物に扮した貸衣装を着て、園内を闊歩出来る。
 施設のスタッフは町人や兵士の姿で客を迎えるのだが、『王子様』という特別な花形従業員(イケメン)が存在し、様々な観客参加型イベントに出て来て、園内を沸かすのである。


(長女さんはイベント系人材派遣の仕事、と言ったとこかしら)
 ゆず子は聞き耳を立てて窺った。

 三女は尋ねた。

「去年の集中豪雨でキャッスルが孤立したじゃん? あの時の事で、聞きたい事あるんだけど…」

「もしや『ミカド』のこと?」

 長女が反応すると、次女はアイスコーヒーを飲むのを中断し尋ねた。

「え、『ミカド』って何?」

「あれ。メグ姉『ミカド』の話、知らない? ネットで噂になったんだけど」

 三女が言うと、次女は首を振った。

「分かんない。いつの話?」

「集中豪雨が8月頭で、それ以降だから秋から冬かな」

「あー、うちのチビが入院した頃かな? それじゃ分かんないや」

 次女が頭を掻くと、長女が反応した。

「そういえば去年、ヨツバが入院したっけね」

「うん、付き添い入院しんどかった。その頃に話題になった話なら分かんないや。どんな話?」

 促され、三女は説明を始めた。

「去年の8月頭にさあ、線状降水帯のせいで近くの川が氾濫して、キャッスルや民家、開設してた避難所含めて全部浸水、道路も寸断されて孤立したのね。テレビはどの局も、朝から晩までそれ一色だったの」

「成程、『L字放送』になったんだ」

「夏休み期間だったから、キャッスルもお客が沢山居て、そのまま帰れなくなった人も結構いた訳よ。『帰宅困難者』ってやつ」

 それを聞き、長女はジト目で補足を始めた。

「キャッスル側は『警報が発令された時は入場をお控えください』って言ってんだけど、誰も聞かないわけ。だもんで帰宅困難者がかなり出て、避難所とか圧迫して問題になったんだよね。危機意識の欠如と言うか、そういう客が多くって」

 次女は苦笑した。

「まぁあそこ、頭の中もメルヘンチックな客が多そうだよね」

「うん。で、キャッスル側が帰宅困難者に対して神対応をして、話題になったんだよね。無料で水や食料を配布して、寝泊まりスペースも作ったり、不安がる子供のために臨時にイベントをしたりとか」

(ほう、窮地を上手く切り抜けて話題だけでなく、高評価のチャンスも作ったわけか。抜け目ない商才ね)
 ゆず子は聞きつつ感心した。

 三女は続けた。

「イベントって言うのが、音楽に合わせて『王子様』が踊ったり町娘のコーラスとか、閉園の時の『エンディングショー』みたいなやつ。そういうのをやったんだって。それで、ネットで話題になったのが、その時に登場したある『王子様』なの」

「へえ、何?」

「平安貴族みたいな恰好の『藤の帝』って役が居るんだけど、その人が扇を持って舞をしたんだって。でもその当時、藤の帝が担当する『かぐやの里』エリアは改修中で、藤の帝はエンディングショー含めて年内休止の最中だった。
藤の帝はどっから出て来たのか、っていう」

 三女の話に、次女は口をへの字にして少し考えた後、こう言った。

「えー、非常時だから出て来たとか?『王子様』はそこの社員なんでしょ、年内休止だからってずっと有休の訳無いじゃん。どっか裏方で働いてるだろうし、たまたま当時出勤してたから、特別に出て来たんじゃないの?」

 すると、長女が口を開いた。

「実はね、ネット上で現役キャッスルの従業員だって人が、『イベント中に電源が落ちて、従業員が非常電源に切替えたりバタバタしてる時に、藤の帝が間を繋いだと聞いた。だが藤の帝役は2人とも非番で、しかも衣装は金庫の中に仕舞っていたから、誰かが持ち出すのも有り得ない』って書き込みをして、『じゃあ、あれは誰?』って大騒ぎになったの」

「へー、そういうことか」

 次女は感心した様な声を上げた。三女は言った。

「マユ姉、何か聞いてない?」

「う~ん。聞いたは聞いたんだけど、うちから行ってた人はそのイベントとやらにはノータッチでさ。寝泊まりスペースの設営してて、内容は見てないらしいのよ」

「え~、そうなんだ」

 次女がハッとして口を挟む。

「…コスプレしてた一般客じゃないの? あそこ、貸衣装のまま園内で過ごせるんでしょ? 着たままだった客が、『王子様』に成りすましてやったとか」

「えー、混乱に乗じて? それとも間違われて?」

 三女が首を竦めると、長女も苦笑した。

「間違われてだとしたら、相当イケメン且つ立ち振る舞いがそれっぽくないとね」

 次女も笑うと、アイスコーヒーを口にした。

「まぁどうせ、従業員による『ステマ』か、熱狂的ファンがした『創作』でしょうよ。実際に藤の帝出て来たのかな? SNS投稿見たら『藤の帝、出てきた』と『出て来てない』って、一発で分かるんじゃない?」

 すると、三姉妹は瞬時に飲み物をスマホに持ち替え、検索を始めた。ゆず子は人知れず吹き出しそうになった。

(動きがシンクロの様に揃ってて…。さすが『血の繋がった姉妹』ね)

 どれくらい時が経ったか。三女は姉2人に尋ねた。

「ねー、見つけた?」

「いや。『大雨でキャッスル孤立』や『藤の帝の噂話』を回想したり、ネットの書き込みを検証する投稿はあったけど…」

 次女は目を細めてスマホをいじる。

「その当時の『イベントに居た』って投稿もあるけど、内容詳しくはあげてないね。リアルタイムで投稿してた人も無さそう」

 長女はアイスティーを口にした。三女は言った。

「え、もしや削除してたりは? キャッスルって、世界観壊す内容や噂話の投稿、見つけ出して削除要請かけるような組織だったりしない? ヤバくね?」

「まさか。あそこ、某世界的レジャー施設みたいに強くないよ」

「でも、こんなに見つかんないって逆におかしいよ。こわっ!!」

 怯える三女に、次女は腕組みして言った。

「でもさ、子連れレジャー中に大雨で浸水した挙句、帰宅困難でしょ? のんきに写真撮って、SNSにリアルタイムで投稿する余裕、無いと思うよ。イベントレポなんてもっと無理じゃん。見つけられなくても仕方ないんじゃないかなぁ?」

「でも気になるなあ、王子。本当に出て来たのか、居なかったのか」

 三女の言葉に、3人は顔を見合わせ頷いた。


 インターネットやSNSが発達し身近になっても、どうしても分からない事や、見つけ出せないものはありがちだ。
 探し方が悪いだけだったり、意図的に隠されてたりなど、実は案外簡単な理由だったりする。

 その王子は、急遽代役が出て来たのか。混乱のさなか、一般客が乱入したのか。
 はたまた疲労困憊、先行きも不透明な危機的状況の中、そこに居ない何かを観客らが見てしまったのか。


(停電のさなかに舞う王子…。言葉だけ聞くととても恐ろしいわね)

 ゆず子は思いつつ、本日の珈琲『グァテマラブレンド』を口にした。

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