鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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三姉妹と緑の用紙

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 なぞなぞではないが、時に『1番近くて遠い他人』、『生涯を通じた一生のライバル』と称されるものがある。あなたなら、何を思い浮かべるだろう。


 午前11時。やって来た3人の女性が、ゆず子の向かいの席に座った。

「やれやれ。ちょっとお昼には早いけどいいよね?」

 言いつつ腰を下ろしたのは、30代前半くらいのロングヘアの女。

「うん、構わんよ」

 帽子を取ったのは、アラサーのショートヘアの女。

「私、カフェモカ~」

 メニューも見ずに言ったのは、20代半ばくらいのセミロングヘアの女。ロングとショートの女は、同時に吹き出した。

「はやっ!」

「どんだけ喉乾いてんの。て言うか、メニューくらい見なよ」

 セミロング女子は、2人の言葉にヘラっと笑う。

「いいじゃん、こういうのは感覚だよ。下手にメニュー見たら、迷っちゃって決まんないよ」

「出たな、自由気まま末っ子気質」

「本当、あんたそういうとこ変わんないよね」


(『末っ子』…。それぞれ年頃も違うし、3姉妹なのかしら?)
 今日のゆず子は、行きつけの喫茶店で書類仕事である。


 長女と思われる、ロングヘアの女が口を開く。

「…それにしても、おばあちゃんあっという間だったね」

「そうだね。入院して2週間だもんね」

 次女と思われるショートヘアの女が髪をほぐしつつ言うと、三女と思われるセミロングヘアの女も息をつく。

「まあ後は、隠し子とか出て来なければ安泰だ」

「出たな、思ったことそのまま言う毒舌体質」

「本当、東京で揉まれても変わんないよね」

 姉2人は苦笑、三女は勝ち誇った様な笑みを浮かべた。


(おばあさんの葬式やらで、久々に集まった三姉妹ってとこかしら)


 3人の女性の顔はさほど似てないが、雰囲気というか空気感がどこか似ている。姉妹全員で来るなんて、比較的仲が良いのだろう。長女が口を開く。

「お葬式、スーさんのおばあちゃん来てくれたね。施設にいると思ってたけど、自宅で生活してるらしいね、スーさんのお父さんと」

「あー、来てくれてたよね。2人暮らしなの? スーさんはどこ行ったんだっけ?」

 三女が首を傾げると、次女が言った。

「確かスーさんは東北に嫁いだよ。たまにお子さん連れて遊びに来てるみたい」

「ふーん。スーさんのお母さんは自分の実家? そっちにも行ってんのかな?」

 三女が尋ねると、今度は長女が言った。

「実家何処かは知らないけど、多分ね。て言うかスーさんのとこ、お父さんが不倫して離婚したんでしょ? 結局、その不倫相手とは一緒にならなかったんだね。そんなもんなんだ」


(共通の知人の親の離婚事情か…。何年前でお三方がおいくつの時なのかは知らないけど、子供に知れ渡るのって何だかねぇ)

 聞き耳を思わず立てるゆず子。ところが、次女は意外な事を言いだした。

「いや、離婚原因はお父さんの不倫じゃないよ。お母さんのアルコール依存」

「え、そうなの?」

「うん、ガチ。本当は入院が必要なレベルなんだけどお母さんが嫌がって、取りあえず実家の家族の元で療養するって感じで別居して、別居中に離婚に至ったんだ。みんな、『お父さんの不倫』って勘違いしてるけど」

 次女の説明に、三女が口を開く。

「へえ。何で『お父さんの不倫』って事になっちゃったの? 実際はしてないんでしょ?」

「何か、あたしも大人になってからお母さんから聞いたんだけどさ。スーさんのお母さんとうちのお母さん、同じ年に小学校のPTAで同じ係してたのね。
PTAの集まりの時に、スーさんのお母さんが酒臭い事があったんだって。『昨日のお酒が抜けてない』とか、『風邪気味で玉子酒飲んだ』とか弁解されたけど、他の保護者の話だと授業参観の時も赤い顔で出て来てたらしいのよ。
つまり、それくらい辞めれなかったわけ」

 長女と三女は神妙な顔で聞いていた。次女は続けた。

「療養のために実家戻るって時に、仲が良かったママ友に『夫の不倫で鬱になった』って言ったらしい。それで間違った話が広まったんだよね」

 長女は顔をしかめた。

「やーね、保身のための嘘じゃん。お父さん可哀想」

 三女は頬杖をついた。

「それとも、アルコール依存になった原因はお父さんだったとか?」

「さあね。まあ、どこのご家庭でも色々あるけどさ」

 次女はお冷を口にした。長女はふと口を開いた。

「不倫して離婚と言えば…。アズってコウダ先生知ってるっけ? 中学の音楽の先生なんだけど」

「コウダ…? 男の先生?」

 三女が首を傾げると、次女がフォローする。

「あー、アズは知らないかも。多分異動したの入学する前の筈だから」

「そっか。まあ説明するからいいや。うちらの通った中学の音楽の先生で、コウダ先生って言うベテランの女の先生が居たんだよね。オペラ歌手みたいなクセの強い歌声だったから、『オペラ』ってあだ名だったんだけど」

 長女の説明に、次女が懐かしむ。

「懐かしいね、うちの学年もそう呼んでた」

「40近くで2つ下の会社員の旦那さんと結婚してて、夫婦2人暮らしだったのかな。んで、旦那さんが不倫したのよ」

 三女がパッと反応する。

「相手、若い子? 年上の嫁に嫌気がさしたとか?」

「楽しそうね。うん、若い子。でも、オペラは離婚を切り出す事はしなかった」

 三女は腕組みする。

「再構築を選んだってやつか」

「多分ね。でも旦那は懲りずに不倫を続けて、子供が出来ちゃったのよ」

「わーお」

 三女は呆れた顔で言うと、長女は続けた。

「それでもオペラは離婚をする事はなく。結局、子供が生まれても離婚しないまま。逆に旦那側が離婚したがったけど、応じる事は無かった」

 三女は少し考え、口を開いた。

「離婚って、結局『有責』側に決定権と言うか、切り出してはいけないルールあったよね?」

 次女がフォローする。

「うん、有責配偶者からの離婚請求は出来ないよ。この場合、有責じゃないオペラが了承しないと永久に出来ない」

「じゃあ、旦那さんに対するオペラさんの復讐だよね。外に好きな女も子供も作ったのに、離婚してないから本当の家族に永久になれないんだもん」

 三女が事も無げに言うと、長女はこう言った。

「まあ復讐なんだろうけど、この話には続きがあるの。ずっと不倫相手とも続いてて2人目を妊娠した時に、旦那がリストラに遭ったんだって。
そしたら、オペラはそのタイミングで離婚請求を起こした。身重の不倫相手にも職無しの旦那にもキッチリ慰謝料を払わせて、家から追い出した」

「お~い、タイミングよ~!」

 三女が苦笑すると、次女も笑った。

「相手が弱り切って、尚且つ1番しんどいだろうタイミングで『カード』を切った訳よ。普段は穏やかな先生なんだけど、怒る時めっちゃ笑顔で怒るタイプなんだよね」


(いるいる、そういう人。…それにしても)
 話を聞いてて頷きながらも、ゆず子は頭にハテナマークが浮かんだ。

(学校の先生よね?離婚話なんて個人的な情報、どこから聞こえてきたのかしら)

 流石に複雑な家庭の問題を、多感な年頃である生徒に話す教師は居ないだろう。三女も同じような事を口にした。

「マユ姉、その話誰から聞いたん? 先生はそういう個人的事情なんて、生徒に普通話さないよね?」

 長女はニヤッとすると、声のトーンを落として言った。

「…あのね。あたしが入ってた部活のOBが、オペラの旦那さんと同じ会社に勤めていたの。不倫相手も同じ会社で、社内では結構有名な話だったという」

「うわ、マジか。世間てせまっ!!」

「びっくりだよね」

 三女と次女は眉をひそめた。長女は笑った。

「先生も所詮人間だし、色々あるよね。現役の頃は『口うるさいオバサン先生が!』ってツンケンしたけど、今思えば先生も大変だったんだなぁって思うもん」

 次女も笑った。

「結構エグイことやったんだなぁって、私は逆に思ったよ」


 大人になってから知る事実。当事者になってから知る事もあるだろう。知っている人の意外な一面、笑顔の下の涙など。
 過ぎ去ってから知る分にはいいけれど…、目の前に居るのに知ってしまったら、あなたならどんな顔をして接するだろうか。
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