鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

文字の大きさ
上 下
88 / 99

才能開花

しおりを挟む
 その日、ゆず子は業務中にある人物を見かけた。

「すいません、アサクラです。組合のお知らせをお持ちしました」

 30代半ばと思われる男は、インターホン越しにそう語り掛けると、応答を待って返事した。

「あ、はい。分かりました」


 シャルマン登美野。一応オートロックなので、来客は必ずここで呼びかけて開けてもらうのだが、男は中へ入らず、その場で待機していた。

(何だろう。丁度、中の人が来るとこだったのかな?)
 外回りの掃除をしつつ窺うと、中から出て来たのは津山だった。

「ミズキくん! 久しぶりねえ、息子くんは元気?」

「お久しぶりです。息子も元気ですよ」

 2人は町内の話で盛り上がってるので、恐らく近所に住む住民か顔見知りの息子なのだろう。

(それにしてもこの時間に居るって事は、平日休の仕事の人なのかな)
 ふと見えた顔に、ゆず子は見覚えがあった。

(あら…?)



 小塚瑞生こづか みずきは、滝童たきどうSC内にあるラーメン店で働く若手社員だ。

「本店から来たんだけど、学生時代からバイトで勤務していて社員に昇格した人なんだ」

 ラーメン店副店長:会田は、ゆず子にそう教えてくれた。

「本店なんだ。でも何か、ラーメン屋さんの割に大人しそうっていうか」

 ラーメン屋の店員と言えば、威勢が良いとか呼び込みの声が大きい雰囲気だが、小塚は控えめで静かな青年だ。
 会田は言った。

「彼ね、ああ見えてやり手なの。昇格したのも、『売り上げワースト店舗』の収益の立て直しに成功したからなんだ。問題点を見つけ改善して、良い点を見つけ、それを伸ばす」

「へえ、学校の先生みたいね」

 小塚の能力は本社も重宝していて、色々な店舗に出向を命じられ勤務しているようだった。一時期見かけていた小塚も、しばらく見かけなくなり、再度見かける様になった時のこと。

「聞いたけど、堀内くんと長島くんにバイク勧めたんだって? 小塚くんもバイク趣味なの?」

 休憩が被った会田がそう言うと、小塚はにこやかに答えた。

「いいえ、僕は車派です。2人ともまだ高校生なので」

「へえ、何でまた?」

「ここで働く人の内、学生さんが多い時と社会人が多い時とがありますよね? 学生さんが少ないと、社会人にどうしてもシフトの割り当てや負担が多くなったり」

「ええ、まあね」

「かと言って『もっとシフトに入って!』なんて言ったら、一発で『パワハラ』扱いになりますよね。なので、学生さんに『長期的に働かないといけない理由』を与えると良いんですよ」

 その話に、会田もゆず子も頭上にハテナマークが浮かんだ。小塚は続けた。

「男の子は、『乗り物の趣味』を持たせるといいんです。バイクでも車でも、まず興味を持たせて、興味持ったら『運転してみたい』に持っていく。
運転するには免許が必要で教習所に行かないとならないから、そこで『教習所に通う為のお金が必要』って事で、『勤務シフトを増やす』って思考にさせる訳です」

「なるほどねー。だからあの2人、最近よくシフトに入る様になったんだ」

「そうですね。免許取ったら今度バイクを買うためにまたお金貯めるだろうし、その後はカスタマイズ費用なり、維持費用なり、長期的に入り用になりますから。
合法的な、勤務シフトを増やさせる方法です」

 小塚は、カップラーメンを食べ始めた。



 新店の開店準備や、問題のある店舗への指導以外に、慢性的に人手不足となっている店舗にも、小塚は積極的に出向しているようだった。
 パート従業員:末永もからかう様に小塚へ言った。

「小塚くん、本社勤務の人なのに現場しか入ってないよね」

「そうですね。俺、年間通して見ても、本社出勤なの3ヶ月もないらしいですよ。『ラーメンさこた』専門の人材派遣サービスですから」


 本社の人間でありながら高圧的でもないため、出向先の店舗の人間にもよく馴染んでいるようだ。

「彼、よくここの店舗にやって来るよね。もしかして陽希ちゃん狙い?」

 ゆず子がラーメン店の年頃女子の名を言うと、会田は首を振った。

「ううん、小塚くん彼女居るわよ」

「あら、残念。どういう子なの? 付き合って長い?」

「看護師やってて、出身がこっちらしいよ。馴れ初めはよく知らないけど、付き合って3,4年経つかな」

「成程、だからここによく来るのかな?」

「さあね。…でね、本社の人が言うには『本人達は結婚に前向きなんだけど、難航している』って噂なの」

 ゆず子は首を傾げた。

「『難航』? 反対にでも遭ってるの?」

「彼女のお父さんが難色を示してるみたいよ。一人娘だから」

「もしや…、説得のためにこっちへ?」

 会田は乾いた笑みを浮かべた。

「かもね」



 次にゆず子が小塚についての話を聞いたのは、約半年後。トイレ掃除中、やって来た末永に呼び止められた。

「あ、ちょっと鳴瀬さん聞いてよ~」

「なになに、どうしたの?」

「さっき、本社の小塚くんがオッサン客と一緒に来たんだけど、『婚約者のお父さん』だったのよ」

「『婚約者』? って事は、付き合ってた彼女と結婚決まったんだ」

 ゆず子の言葉に、末永は意外そうな顔をした。

「あー、知ってたんだ? 長く付き合ってた彼女居たの」

「うん、会田さんからちょっと聞いてた」

「それなら話は早いや。そんでさ、店の前の席でずっと喋ってるんだけど、言葉の節々に『トゲ』があってさ」

「どんな感じなの?」

「『医者と結婚させるつもりだったのに、ラーメン屋と結婚かぁ』とか、『うちの一族に入るからにはそれなりの器が無いとな!』とかね。
笑顔だけど、延々と『俺んちとお前んちじゃ釣り合わない』って感じの言い方してるんだよ」

 末永はしかめっ面をしていた。ゆず子もそれを聞いて息をついた。

「婚約したはいいけど、合わなそうね。一人娘の男親ってそんなもんかな」

「いやいや、彼女の父ちゃん自体が性格悪いよ。さっきも『ここの店、行列出来るの味じゃなくて安いからだわな』ってわざわざ聞こえるように言うし、お盆の返却も投げるように置くし。
挙句の果てには…、小塚くん中学生の時にお父さん亡くしてるんだけど、知ってる上で『片親で育った男は碌でもない』だの、どうにもならない文句つけてんだもん」

「あらら。よく婚約まで行けたわね」

 目を細めるゆず子へ、末永はニヤニヤしながら言った。

「大方、『これ以上長引かせると娘の婚期が遅れる』って気づいたんじゃない? 小塚くん来年30だし、彼女も同い年って聞いてたから」



 その後、相変わらず多忙の小塚は何処かにまた出向したのか、姿を見かけなくなった。

 翌年。前年は周期的に姿を見かけていた小塚を、気づいたら全く見てないのを思い出し、ゆず子は休憩中の会田へ尋ねた。

「小塚くんね、退社したのよ」

「あら、退社したの…」

「お義父さんが『大企業に転職しろ』って、ずっとうるさかったみたいだしね。式を挙げて少し後かな、次の仕事決まったのか分かんないけど、引継ぎして辞めて行ったよ」

「そうだったのね。何か末永さんがお義父さんに良くない印象持ってたから、どうしてるか気になったんだよね」

 会田は、釈然としない表情を浮かべて口を開いた。

「あたしも所詮他人だけど、確かにいい気はしなかったね。結局婿入りで結婚したんだけど、頂いた結納金は全額挙式費用に充てて、それでも足りなくて結構な持ち出しあったって話なんだよ。
小塚くん、お父さん居ないから代わりに大学生の弟の学費払ってたけど、大丈夫だったのかしら」

「えー、今時随分とゴージャスな式にしたのね」

 ゆず子が感心すると、会田は首を振った。

「出席したうちの店長の話では、『式自体は普通だけど、やたら招待客が多かった』って言ってたよ。席次表見たら『町内会』に『新婦父友人知人』とか、新郎新婦が招待した職場の人や友達の2倍くらい、お義父さんの知り合いが占めていたんだって」

「そんなに? ここってそういう風習ある?」

 会田はさっきよりも大きく首を振った。

「無い無い。お義父さんが見せびらかしたいだけよ。親戚だったら割と大きい金額のご祝儀包むでしょうけど、父親の友達に町内会の人なんて幾ら包んでくれるだろうね。そりゃ赤字になるよ」

「しかも退社して、どうしてるでしょうね…」

 ゆず子と会田は俯いた。
 ゆず子の小塚瑞生に対する思い出は、そこまでだ。



「あの子ね、ここの市のマンションオーナーの組合で、一応副理事やってるの。何年か前に婿入りでやって来たんだけど、すごく気さくで爽やかな好青年なの」

 豆菓子をつまみつつ、津山はゆず子に教えてくれた。

「へえ、あの若さで。すごいのね」

「うん。かなりのやり手だよ。最初は1棟しかなかったマンションを、今では3棟所有しててね。まあ言ってもそんな大きくはないけどさ、不動産の商才があるんだよね」

「元々、不動産の仕事でもしてたの?」

「いいや、東京で食べ物関係の会社に勤めてたみたいよ。義理のお父さんが倒れて介護が必要になってからは、仕事を辞めて介護しつつ、マンション経営の勉強もして業務拡張にこぎつけたみたいなの。
元手としたマンションは、元々お義父さんの物だったんだけどさ、お義母ちゃんも娘もマンション経営はサッパリだし、『やり方が分からなくて人手にやるくらいなら』って経営を継いで、才能も開花したんだね」

 ゆず子は頬杖をついた。

「…お義父さん、いい婿が入って良かったわね」

「そうだね。元気だった頃は、婿の事をボロクソに言ってたんだけどね。『あいつは娘のすねかじりだ。娘より稼げてないから~』って。
今じゃ、頭も身体も回らなくなったお義父さんを施設に厄介払いして、ゆったりマンション経営しながらお義父さんより稼いでるよ」



 彼はきっと、ものすごく地頭が良いのだ。目標を立て、あらゆる角度から分析し、達成のために行動と努力を怠らない人間なのだろう。
 そんな彼は1つ、人には言えない特徴を持っていたかもしれない。人から受けた事を記憶し、受けた事をその人に返すべく、あらゆる手段を思案し、行動すること。
 すなわち、『復讐心』だ。


 憎んだ男が行動不能になるのを狙い、彼は男の財産を管理し殖やす役割に就いた。殖やせば殖やすほど、周りの人間は彼の才能だと絶賛する。
 『家族を養い、彼の介護の為の金銭も稼ぐ』…、大義名分としてもこの上ない状態だろう。

 今では立場が逆転どころか、それ以上の差がついてしまった。功績を使い切る事も出来たが、それよりも殖やすこと、男の功績を自分の功績で上書きする事で、彼の復讐としたのかもしれない。


しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『食管法廃止と米の行方一倉庫管理者の証言』

小川敦人
経済・企業
エッセイ『食管法廃止と米の行方――倉庫管理者の証言』は、1995年に廃止された食糧管理法(食管法)を背景に、日本の食料政策とその影響について倉庫管理者の視点から描いた作品です。主人公の野村隆志は、1977年から政府米の品質管理に携わり、食管法のもとで米の一元管理が行われていた時代を経験してきました。戦後の食糧難を知る世代として、米の価値を重んじ、厳格な倉庫管理のもとで働いていました。 しかし、1980年代後半から米の過剰生産や市場原理の導入を背景に、食管法の廃止が議論されるようになります。1993年の「タイ米騒動」を経て、1995年に食管法が正式に廃止されると、政府の関与が縮小され、米市場は自由化の道を歩み始めます。野村の職場である倉庫業界も大きな変化を余儀なくされ、彼は市場原理が支配する新たな時代への不安を抱えながらも、変化に適応していきます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男と女の初夜

緑谷めい
恋愛
 キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。  終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。  しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...