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才能開花
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その日、ゆず子は業務中にある人物を見かけた。
「すいません、アサクラです。組合のお知らせをお持ちしました」
30代半ばと思われる男は、インターホン越しにそう語り掛けると、応答を待って返事した。
「あ、はい。分かりました」
シャルマン登美野。一応オートロックなので、来客は必ずここで呼びかけて開けてもらうのだが、男は中へ入らず、その場で待機していた。
(何だろう。丁度、中の人が来るとこだったのかな?)
外回りの掃除をしつつ窺うと、中から出て来たのは津山だった。
「ミズキくん! 久しぶりねえ、息子くんは元気?」
「お久しぶりです。息子も元気ですよ」
2人は町内の話で盛り上がってるので、恐らく近所に住む住民か顔見知りの息子なのだろう。
(それにしてもこの時間に居るって事は、平日休の仕事の人なのかな)
ふと見えた顔に、ゆず子は見覚えがあった。
(あら…?)
小塚瑞生は、滝童SC内にあるラーメン店で働く若手社員だ。
「本店から来たんだけど、学生時代からバイトで勤務していて社員に昇格した人なんだ」
ラーメン店副店長:会田は、ゆず子にそう教えてくれた。
「本店なんだ。でも何か、ラーメン屋さんの割に大人しそうっていうか」
ラーメン屋の店員と言えば、威勢が良いとか呼び込みの声が大きい雰囲気だが、小塚は控えめで静かな青年だ。
会田は言った。
「彼ね、ああ見えてやり手なの。昇格したのも、『売り上げワースト店舗』の収益の立て直しに成功したからなんだ。問題点を見つけ改善して、良い点を見つけ、それを伸ばす」
「へえ、学校の先生みたいね」
小塚の能力は本社も重宝していて、色々な店舗に出向を命じられ勤務しているようだった。一時期見かけていた小塚も、しばらく見かけなくなり、再度見かける様になった時のこと。
「聞いたけど、堀内くんと長島くんにバイク勧めたんだって? 小塚くんもバイク趣味なの?」
休憩が被った会田がそう言うと、小塚はにこやかに答えた。
「いいえ、僕は車派です。2人ともまだ高校生なので」
「へえ、何でまた?」
「ここで働く人の内、学生さんが多い時と社会人が多い時とがありますよね? 学生さんが少ないと、社会人にどうしてもシフトの割り当てや負担が多くなったり」
「ええ、まあね」
「かと言って『もっとシフトに入って!』なんて言ったら、一発で『パワハラ』扱いになりますよね。なので、学生さんに『長期的に働かないといけない理由』を与えると良いんですよ」
その話に、会田もゆず子も頭上にハテナマークが浮かんだ。小塚は続けた。
「男の子は、『乗り物の趣味』を持たせるといいんです。バイクでも車でも、まず興味を持たせて、興味持ったら『運転してみたい』に持っていく。
運転するには免許が必要で教習所に行かないとならないから、そこで『教習所に通う為のお金が必要』って事で、『勤務シフトを増やす』って思考にさせる訳です」
「なるほどねー。だからあの2人、最近よくシフトに入る様になったんだ」
「そうですね。免許取ったら今度バイクを買うためにまたお金貯めるだろうし、その後はカスタマイズ費用なり、維持費用なり、長期的に入り用になりますから。
合法的な、勤務シフトを増やさせる方法です」
小塚は、カップラーメンを食べ始めた。
新店の開店準備や、問題のある店舗への指導以外に、慢性的に人手不足となっている店舗にも、小塚は積極的に出向しているようだった。
パート従業員:末永もからかう様に小塚へ言った。
「小塚くん、本社勤務の人なのに現場しか入ってないよね」
「そうですね。俺、年間通して見ても、本社出勤なの3ヶ月もないらしいですよ。『ラーメンさこた』専門の人材派遣サービスですから」
本社の人間でありながら高圧的でもないため、出向先の店舗の人間にもよく馴染んでいるようだ。
「彼、よくここの店舗にやって来るよね。もしかして陽希ちゃん狙い?」
ゆず子がラーメン店の年頃女子の名を言うと、会田は首を振った。
「ううん、小塚くん彼女居るわよ」
「あら、残念。どういう子なの? 付き合って長い?」
「看護師やってて、出身がこっちらしいよ。馴れ初めはよく知らないけど、付き合って3,4年経つかな」
「成程、だからここによく来るのかな?」
「さあね。…でね、本社の人が言うには『本人達は結婚に前向きなんだけど、難航している』って噂なの」
ゆず子は首を傾げた。
「『難航』? 反対にでも遭ってるの?」
「彼女のお父さんが難色を示してるみたいよ。一人娘だから」
「もしや…、説得のためにこっちへ?」
会田は乾いた笑みを浮かべた。
「かもね」
次にゆず子が小塚についての話を聞いたのは、約半年後。トイレ掃除中、やって来た末永に呼び止められた。
「あ、ちょっと鳴瀬さん聞いてよ~」
「なになに、どうしたの?」
「さっき、本社の小塚くんがオッサン客と一緒に来たんだけど、『婚約者のお父さん』だったのよ」
「『婚約者』? って事は、付き合ってた彼女と結婚決まったんだ」
ゆず子の言葉に、末永は意外そうな顔をした。
「あー、知ってたんだ? 長く付き合ってた彼女居たの」
「うん、会田さんからちょっと聞いてた」
「それなら話は早いや。そんでさ、店の前の席でずっと喋ってるんだけど、言葉の節々に『トゲ』があってさ」
「どんな感じなの?」
「『医者と結婚させるつもりだったのに、ラーメン屋と結婚かぁ』とか、『うちの一族に入るからにはそれなりの器が無いとな!』とかね。
笑顔だけど、延々と『俺んちとお前んちじゃ釣り合わない』って感じの言い方してるんだよ」
末永はしかめっ面をしていた。ゆず子もそれを聞いて息をついた。
「婚約したはいいけど、合わなそうね。一人娘の男親ってそんなもんかな」
「いやいや、彼女の父ちゃん自体が性格悪いよ。さっきも『ここの店、行列出来るの味じゃなくて安いからだわな』ってわざわざ聞こえるように言うし、お盆の返却も投げるように置くし。
挙句の果てには…、小塚くん中学生の時にお父さん亡くしてるんだけど、知ってる上で『片親で育った男は碌でもない』だの、どうにもならない文句つけてんだもん」
「あらら。よく婚約まで行けたわね」
目を細めるゆず子へ、末永はニヤニヤしながら言った。
「大方、『これ以上長引かせると娘の婚期が遅れる』って気づいたんじゃない? 小塚くん来年30だし、彼女も同い年って聞いてたから」
その後、相変わらず多忙の小塚は何処かにまた出向したのか、姿を見かけなくなった。
翌年。前年は周期的に姿を見かけていた小塚を、気づいたら全く見てないのを思い出し、ゆず子は休憩中の会田へ尋ねた。
「小塚くんね、退社したのよ」
「あら、退社したの…」
「お義父さんが『大企業に転職しろ』って、ずっとうるさかったみたいだしね。式を挙げて少し後かな、次の仕事決まったのか分かんないけど、引継ぎして辞めて行ったよ」
「そうだったのね。何か末永さんがお義父さんに良くない印象持ってたから、どうしてるか気になったんだよね」
会田は、釈然としない表情を浮かべて口を開いた。
「あたしも所詮他人だけど、確かにいい気はしなかったね。結局婿入りで結婚したんだけど、頂いた結納金は全額挙式費用に充てて、それでも足りなくて結構な持ち出しあったって話なんだよ。
小塚くん、お父さん居ないから代わりに大学生の弟の学費払ってたけど、大丈夫だったのかしら」
「えー、今時随分とゴージャスな式にしたのね」
ゆず子が感心すると、会田は首を振った。
「出席したうちの店長の話では、『式自体は普通だけど、やたら招待客が多かった』って言ってたよ。席次表見たら『町内会』に『新婦父友人知人』とか、新郎新婦が招待した職場の人や友達の2倍くらい、お義父さんの知り合いが占めていたんだって」
「そんなに? ここってそういう風習ある?」
会田はさっきよりも大きく首を振った。
「無い無い。お義父さんが見せびらかしたいだけよ。親戚だったら割と大きい金額のご祝儀包むでしょうけど、父親の友達に町内会の人なんて幾ら包んでくれるだろうね。そりゃ赤字になるよ」
「しかも退社して、どうしてるでしょうね…」
ゆず子と会田は俯いた。
ゆず子の小塚瑞生に対する思い出は、そこまでだ。
「あの子ね、ここの市のマンションオーナーの組合で、一応副理事やってるの。何年か前に婿入りでやって来たんだけど、すごく気さくで爽やかな好青年なの」
豆菓子をつまみつつ、津山はゆず子に教えてくれた。
「へえ、あの若さで。すごいのね」
「うん。かなりのやり手だよ。最初は1棟しかなかったマンションを、今では3棟所有しててね。まあ言ってもそんな大きくはないけどさ、不動産の商才があるんだよね」
「元々、不動産の仕事でもしてたの?」
「いいや、東京で食べ物関係の会社に勤めてたみたいよ。義理のお父さんが倒れて介護が必要になってからは、仕事を辞めて介護しつつ、マンション経営の勉強もして業務拡張にこぎつけたみたいなの。
元手としたマンションは、元々お義父さんの物だったんだけどさ、お義母ちゃんも娘もマンション経営はサッパリだし、『やり方が分からなくて人手にやるくらいなら』って経営を継いで、才能も開花したんだね」
ゆず子は頬杖をついた。
「…お義父さん、いい婿が入って良かったわね」
「そうだね。元気だった頃は、婿の事をボロクソに言ってたんだけどね。『あいつは娘のすねかじりだ。娘より稼げてないから~』って。
今じゃ、頭も身体も回らなくなったお義父さんを施設に厄介払いして、ゆったりマンション経営しながらお義父さんより稼いでるよ」
彼はきっと、ものすごく地頭が良いのだ。目標を立て、あらゆる角度から分析し、達成のために行動と努力を怠らない人間なのだろう。
そんな彼は1つ、人には言えない特徴を持っていたかもしれない。人から受けた事を記憶し、受けた事をその人に返すべく、あらゆる手段を思案し、行動すること。
すなわち、『復讐心』だ。
憎んだ男が行動不能になるのを狙い、彼は男の財産を管理し殖やす役割に就いた。殖やせば殖やすほど、周りの人間は彼の才能だと絶賛する。
『家族を養い、彼の介護の為の金銭も稼ぐ』…、大義名分としてもこの上ない状態だろう。
今では立場が逆転どころか、それ以上の差がついてしまった。功績を使い切る事も出来たが、それよりも殖やすこと、男の功績を自分の功績で上書きする事で、彼の復讐としたのかもしれない。
「すいません、アサクラです。組合のお知らせをお持ちしました」
30代半ばと思われる男は、インターホン越しにそう語り掛けると、応答を待って返事した。
「あ、はい。分かりました」
シャルマン登美野。一応オートロックなので、来客は必ずここで呼びかけて開けてもらうのだが、男は中へ入らず、その場で待機していた。
(何だろう。丁度、中の人が来るとこだったのかな?)
外回りの掃除をしつつ窺うと、中から出て来たのは津山だった。
「ミズキくん! 久しぶりねえ、息子くんは元気?」
「お久しぶりです。息子も元気ですよ」
2人は町内の話で盛り上がってるので、恐らく近所に住む住民か顔見知りの息子なのだろう。
(それにしてもこの時間に居るって事は、平日休の仕事の人なのかな)
ふと見えた顔に、ゆず子は見覚えがあった。
(あら…?)
小塚瑞生は、滝童SC内にあるラーメン店で働く若手社員だ。
「本店から来たんだけど、学生時代からバイトで勤務していて社員に昇格した人なんだ」
ラーメン店副店長:会田は、ゆず子にそう教えてくれた。
「本店なんだ。でも何か、ラーメン屋さんの割に大人しそうっていうか」
ラーメン屋の店員と言えば、威勢が良いとか呼び込みの声が大きい雰囲気だが、小塚は控えめで静かな青年だ。
会田は言った。
「彼ね、ああ見えてやり手なの。昇格したのも、『売り上げワースト店舗』の収益の立て直しに成功したからなんだ。問題点を見つけ改善して、良い点を見つけ、それを伸ばす」
「へえ、学校の先生みたいね」
小塚の能力は本社も重宝していて、色々な店舗に出向を命じられ勤務しているようだった。一時期見かけていた小塚も、しばらく見かけなくなり、再度見かける様になった時のこと。
「聞いたけど、堀内くんと長島くんにバイク勧めたんだって? 小塚くんもバイク趣味なの?」
休憩が被った会田がそう言うと、小塚はにこやかに答えた。
「いいえ、僕は車派です。2人ともまだ高校生なので」
「へえ、何でまた?」
「ここで働く人の内、学生さんが多い時と社会人が多い時とがありますよね? 学生さんが少ないと、社会人にどうしてもシフトの割り当てや負担が多くなったり」
「ええ、まあね」
「かと言って『もっとシフトに入って!』なんて言ったら、一発で『パワハラ』扱いになりますよね。なので、学生さんに『長期的に働かないといけない理由』を与えると良いんですよ」
その話に、会田もゆず子も頭上にハテナマークが浮かんだ。小塚は続けた。
「男の子は、『乗り物の趣味』を持たせるといいんです。バイクでも車でも、まず興味を持たせて、興味持ったら『運転してみたい』に持っていく。
運転するには免許が必要で教習所に行かないとならないから、そこで『教習所に通う為のお金が必要』って事で、『勤務シフトを増やす』って思考にさせる訳です」
「なるほどねー。だからあの2人、最近よくシフトに入る様になったんだ」
「そうですね。免許取ったら今度バイクを買うためにまたお金貯めるだろうし、その後はカスタマイズ費用なり、維持費用なり、長期的に入り用になりますから。
合法的な、勤務シフトを増やさせる方法です」
小塚は、カップラーメンを食べ始めた。
新店の開店準備や、問題のある店舗への指導以外に、慢性的に人手不足となっている店舗にも、小塚は積極的に出向しているようだった。
パート従業員:末永もからかう様に小塚へ言った。
「小塚くん、本社勤務の人なのに現場しか入ってないよね」
「そうですね。俺、年間通して見ても、本社出勤なの3ヶ月もないらしいですよ。『ラーメンさこた』専門の人材派遣サービスですから」
本社の人間でありながら高圧的でもないため、出向先の店舗の人間にもよく馴染んでいるようだ。
「彼、よくここの店舗にやって来るよね。もしかして陽希ちゃん狙い?」
ゆず子がラーメン店の年頃女子の名を言うと、会田は首を振った。
「ううん、小塚くん彼女居るわよ」
「あら、残念。どういう子なの? 付き合って長い?」
「看護師やってて、出身がこっちらしいよ。馴れ初めはよく知らないけど、付き合って3,4年経つかな」
「成程、だからここによく来るのかな?」
「さあね。…でね、本社の人が言うには『本人達は結婚に前向きなんだけど、難航している』って噂なの」
ゆず子は首を傾げた。
「『難航』? 反対にでも遭ってるの?」
「彼女のお父さんが難色を示してるみたいよ。一人娘だから」
「もしや…、説得のためにこっちへ?」
会田は乾いた笑みを浮かべた。
「かもね」
次にゆず子が小塚についての話を聞いたのは、約半年後。トイレ掃除中、やって来た末永に呼び止められた。
「あ、ちょっと鳴瀬さん聞いてよ~」
「なになに、どうしたの?」
「さっき、本社の小塚くんがオッサン客と一緒に来たんだけど、『婚約者のお父さん』だったのよ」
「『婚約者』? って事は、付き合ってた彼女と結婚決まったんだ」
ゆず子の言葉に、末永は意外そうな顔をした。
「あー、知ってたんだ? 長く付き合ってた彼女居たの」
「うん、会田さんからちょっと聞いてた」
「それなら話は早いや。そんでさ、店の前の席でずっと喋ってるんだけど、言葉の節々に『トゲ』があってさ」
「どんな感じなの?」
「『医者と結婚させるつもりだったのに、ラーメン屋と結婚かぁ』とか、『うちの一族に入るからにはそれなりの器が無いとな!』とかね。
笑顔だけど、延々と『俺んちとお前んちじゃ釣り合わない』って感じの言い方してるんだよ」
末永はしかめっ面をしていた。ゆず子もそれを聞いて息をついた。
「婚約したはいいけど、合わなそうね。一人娘の男親ってそんなもんかな」
「いやいや、彼女の父ちゃん自体が性格悪いよ。さっきも『ここの店、行列出来るの味じゃなくて安いからだわな』ってわざわざ聞こえるように言うし、お盆の返却も投げるように置くし。
挙句の果てには…、小塚くん中学生の時にお父さん亡くしてるんだけど、知ってる上で『片親で育った男は碌でもない』だの、どうにもならない文句つけてんだもん」
「あらら。よく婚約まで行けたわね」
目を細めるゆず子へ、末永はニヤニヤしながら言った。
「大方、『これ以上長引かせると娘の婚期が遅れる』って気づいたんじゃない? 小塚くん来年30だし、彼女も同い年って聞いてたから」
その後、相変わらず多忙の小塚は何処かにまた出向したのか、姿を見かけなくなった。
翌年。前年は周期的に姿を見かけていた小塚を、気づいたら全く見てないのを思い出し、ゆず子は休憩中の会田へ尋ねた。
「小塚くんね、退社したのよ」
「あら、退社したの…」
「お義父さんが『大企業に転職しろ』って、ずっとうるさかったみたいだしね。式を挙げて少し後かな、次の仕事決まったのか分かんないけど、引継ぎして辞めて行ったよ」
「そうだったのね。何か末永さんがお義父さんに良くない印象持ってたから、どうしてるか気になったんだよね」
会田は、釈然としない表情を浮かべて口を開いた。
「あたしも所詮他人だけど、確かにいい気はしなかったね。結局婿入りで結婚したんだけど、頂いた結納金は全額挙式費用に充てて、それでも足りなくて結構な持ち出しあったって話なんだよ。
小塚くん、お父さん居ないから代わりに大学生の弟の学費払ってたけど、大丈夫だったのかしら」
「えー、今時随分とゴージャスな式にしたのね」
ゆず子が感心すると、会田は首を振った。
「出席したうちの店長の話では、『式自体は普通だけど、やたら招待客が多かった』って言ってたよ。席次表見たら『町内会』に『新婦父友人知人』とか、新郎新婦が招待した職場の人や友達の2倍くらい、お義父さんの知り合いが占めていたんだって」
「そんなに? ここってそういう風習ある?」
会田はさっきよりも大きく首を振った。
「無い無い。お義父さんが見せびらかしたいだけよ。親戚だったら割と大きい金額のご祝儀包むでしょうけど、父親の友達に町内会の人なんて幾ら包んでくれるだろうね。そりゃ赤字になるよ」
「しかも退社して、どうしてるでしょうね…」
ゆず子と会田は俯いた。
ゆず子の小塚瑞生に対する思い出は、そこまでだ。
「あの子ね、ここの市のマンションオーナーの組合で、一応副理事やってるの。何年か前に婿入りでやって来たんだけど、すごく気さくで爽やかな好青年なの」
豆菓子をつまみつつ、津山はゆず子に教えてくれた。
「へえ、あの若さで。すごいのね」
「うん。かなりのやり手だよ。最初は1棟しかなかったマンションを、今では3棟所有しててね。まあ言ってもそんな大きくはないけどさ、不動産の商才があるんだよね」
「元々、不動産の仕事でもしてたの?」
「いいや、東京で食べ物関係の会社に勤めてたみたいよ。義理のお父さんが倒れて介護が必要になってからは、仕事を辞めて介護しつつ、マンション経営の勉強もして業務拡張にこぎつけたみたいなの。
元手としたマンションは、元々お義父さんの物だったんだけどさ、お義母ちゃんも娘もマンション経営はサッパリだし、『やり方が分からなくて人手にやるくらいなら』って経営を継いで、才能も開花したんだね」
ゆず子は頬杖をついた。
「…お義父さん、いい婿が入って良かったわね」
「そうだね。元気だった頃は、婿の事をボロクソに言ってたんだけどね。『あいつは娘のすねかじりだ。娘より稼げてないから~』って。
今じゃ、頭も身体も回らなくなったお義父さんを施設に厄介払いして、ゆったりマンション経営しながらお義父さんより稼いでるよ」
彼はきっと、ものすごく地頭が良いのだ。目標を立て、あらゆる角度から分析し、達成のために行動と努力を怠らない人間なのだろう。
そんな彼は1つ、人には言えない特徴を持っていたかもしれない。人から受けた事を記憶し、受けた事をその人に返すべく、あらゆる手段を思案し、行動すること。
すなわち、『復讐心』だ。
憎んだ男が行動不能になるのを狙い、彼は男の財産を管理し殖やす役割に就いた。殖やせば殖やすほど、周りの人間は彼の才能だと絶賛する。
『家族を養い、彼の介護の為の金銭も稼ぐ』…、大義名分としてもこの上ない状態だろう。
今では立場が逆転どころか、それ以上の差がついてしまった。功績を使い切る事も出来たが、それよりも殖やすこと、男の功績を自分の功績で上書きする事で、彼の復讐としたのかもしれない。
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