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女子力

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「本当、路田さんて女子力が高いよね~」

 ご満悦な表情でそう言ったのは、営業課課長:剣菱けんびし。ゆず子は尋ねた。

「そうなんですか?」

「そうですよ。可愛くて気遣いも出来る上に、料理もちゃんとやってるからね。あれはすぐ結婚するよ」

 入社5年の一般事務:路田紗綾みちだ さや28歳は、アイドル並みのルックスとスタイル、可愛い笑顔で、社内の男性から人気である。

「路田さんて、彼氏は居ましたっけ?」

「多分居ると思うよ。斉藤や大嶋が口説いてた事もあったけど、『好きな人居るので~』って言われたみたいだし」

「なら、いつ結婚してもおかしくないですね。齢も齢だし」

「あー、まだ結婚しないで欲しいな。俺、『ロス』になっちゃうよ」

 既に結婚している剣菱は、ナチュラルに気持ち悪いセリフを吐いた。


「わあ沙綾ちゃん、今日も美味しそうなお弁当」

 コンビニパンを食べる同僚の女子:笠原は、弁当を覗き込み声を上げる。

「ありがとう。そんな凝ってないけどね」

「朝何時に起きてるの? よく毎日作れるね」

「ううん、朝に作ってないよ。おかずだけ夜に詰めて、朝に炊いたご飯詰めてるから。そうすれば朝早く起きなくても持って来れるもん」

 路田は余裕の笑みで答えた。



 この昨今の値上げのせいか、『弁当女子』だけでなく『弁当男子』も、あちこちの職場で見かけるようになった。節約のためだ。

(2000年代の初めは500円あれば、飲み物とデザートにカップ麺やおにぎりでも揃えれたものだけど、最近は無理ね)

 『弁当』と言っても、家から手製のおにぎりを持参するだけとか、タッパーに米と冷凍おかずを詰めただけの人も多く居る。
 あくまで本人が良ければ、どんなスタイルでも『手作り弁当』なのだ。

(SNSもあるから、毎日手の凝った物を作る人も居るわね。趣味とか、本当に料理が好きな子とか)



 そんなある時。

「いいなあ、今日は冷やし中華持ってきたの?」

 ゆず子が目をやると、照れ笑いする路田が居た。

「えー、昨日の残りだよ」

 タッパーには、綺麗に盛り付けられた冷やし中華。思わずゆず子も声を上げた。

「あら、美味しそう! いいわね、今日暑いから」

「ありがとうございます」

 路田はにっこり笑うと、タレを回しかけた。笠原は言った。

「あたし、冷やし中華なんて自分で作んないや。コンビニとかスーパーで完成品買って、済ませちゃう」

「そう? 好きな具を乗せれるから、あたしは断然手作りだよ」

 路田の言葉に、ゆず子も頷く。

「あー、でも笠原さんの気持ちも分かるな。1人分だけ作るとなると、面倒になるんだよね。麺茹でて、具材切って…、ってなるから」

「そうですか? 具材によって切り方変えるのも、楽しいじゃないですか。四角切りとか、三日月切りとか」

 聞きなれぬ単語に、ゆず子がふと反応する。

「四角切り…?」

「ええ、この胡瓜の切り方ですよ」

 路田は冷やし中華の胡瓜を箸でつまんで、見せた。

「まず胡瓜を切って、それを更に薄く『四角』になるようにスライスする。その後重ねて、同じ幅に切る。全部『四角』の断面になる四角切りですよ」

(いや、この切り方は『拍子木切り』でしょ?)
「じゃあ『三日月』は?」

 疑問を持ったが顔に出さずにゆず子が尋ねると、路田はにこやかに続けた。

「三日月はこれ、トマト」

 箸で指し示したのは、『櫛形切り』にされたトマトだった。笠原は感嘆の声を上げた。

「すごーい! さすが料理上手だね、沙綾ちゃん」

 ゆず子は心の中で首を傾げた。



(まあ、世代によって習う内容が変わるし、名称変更もあるのかな…)

 『いい国1192作ろう鎌倉幕府』と覚えたものだが、近年は歴史の研究や検証が進み、『いいはこ1185作ろう鎌倉幕府』へ変更され学校で教えられるとも聞く。

(東日本と西日本でも、呼称が違う場合もあるしね)



 本日の出向先にて。弁当に切ったトマトが入ってるのを見つけたゆず子は、尋ねてみた。

柄北からきたさん、このトマトの切り方って『何切り』って言うかな?」

 柄北は、ゆず子の顔を見た後、トマトに視線を落とし言った。

「え。櫛形切り…、ですよね?」

 柄北は21歳、路田よりも年下だ。名称が『三日月』に変更した後、また『櫛形』に戻ることは有り得るか。
 考え込むゆず子に、柄北は怪訝な表情を浮かべた。

「えー、えっと?」

「あ! ごめんなさいね、そうよね、その名前よね!」

 ゆず子は慌てて弁解した。



 それからしばらくした、ある時。ゆず子が女子トイレ掃除に入ると、路田が手洗い場でゴソゴソやっていた。

「お疲れ様です。あら、どうかされました?」

「あ、お疲れ様です。ええ、ちょっと…」

 路田は割と大きなメイクポーチの中身を出し、何かを探している様子だった。

「探し物?」

「そうなんです。この前買ったリップをね」

 鏡の前には、アイライナーやパウダー、BBクリームなどが次から次へと置かれてゆく。ゆず子は目を丸くした。

「わぁ、沢山持っているのね」

「はい、コスメ大好きなので。可愛いの出るとすぐ買っちゃうんです」

 可愛く笑う路田。だがゆず子はある事に気づき、口を結んだ。
(ポーチの中、きったないわね。ファンデかクリームが漏れて、ポーチの内側がギトギトして肌色だ)

 置かれたコスメ類もよく見ると、容器に肌色の指紋が付いてたり、アイシャドウが割れてたり、メイクブラシも変色してボサボサだった。
(こんな状態の化粧品で、よく可愛くメイク出来るものだわ…)

 男性好感度が高い彼女の思わぬ一面に、ゆず子は閉口した。



 そんな事など忘れた頃。ゆず子が出向しても、路田を見かけない事が増えた。

「ああ。沙綾ちゃん、お母さんが倒れちゃったですよ」

 笠原に尋ねると、こっそり教えられた。

「そうだったんだ」

「沙綾ちゃん1人っ子だし、お母さんもシングルだもんで、病院とのやり取りとかでバタバタしてるから、お休み貰ってるんです」

「お母さん、大丈夫なの?」

「意識は戻ったけど、心臓の手術が必要らしいから、大変みたい」



 復帰した路田の表情は、とても暗かった。仕事は何とかこなしているが、目に見えて元気がない。
 並んで昼食をとる、笠原が小声で尋ねる。

「…お母さん、あまり良くないの?」

「ううん。手術の日程も決まったし、話せる状態になってるよ」

「そうなんだ。元気無いから、もしや…と思って」

「ああ、うん。ちょっと疲れちゃってね」

 力なく笑うと、路田はコンビニおにぎりを食べ始めた。


 ゆず子が湯沸室に行くと、カップ麵を片手に剣菱が路田の様子を窺っていた。

「あー、俺が独身だったらな。あんなに元気の無い彼女の事、支えてあげるのに」

「何で独身じゃないといけないんですか。いま支えたらいいじゃない」

 ゆず子がゴミ袋を交換しつつ言うと、剣菱は首を振った。

「プロポーズは独身じゃないと出来ないでしょ?」

「付き合っても無いのにプロポーズされても、元気にはならないですよ?」

 ゆず子は首を竦めて苦笑した。



 それから路田に、気になる変化が起きた。

「沙綾ちゃん、最近お弁当作んないね」
「うん。余裕なくって」


「路田さん。ジャケットのボタン、取れかけてるよ」
「あ、本当だ」

 指摘に頷くも、路田はボタンの補修をしないどころか数日間放置。その後、違う物を着るようになった。


「そのピンクのバッグ、可愛いね」
「ありがとうございます!これ、お気に入りなんです。奮発して買っちゃいました」

 路田は満面の笑み。ところが、ひと月と経たず違うバッグになり、ゆず子は言った。

「最近、あのピンクのバッグで来てないけど、やめたの?」
「ああ、あのバッグ、プライベート様にしたんです。こっちの方が沢山入るし」

 一瞬だけ真顔になった後、路田は笑みを浮かべた。



 ゆず子は気になって笠原に尋ねた。

「路田さん、何か変わったね。前と比べて、雰囲気が暗くなったというか。お母さん、まだ入院してるの?」

「どうですかね? 手術して2ヶ月経つし、病状良くないとは聞いてないんですけどね。確かにちょっと常に疲れた雰囲気ですよね~」

「ずっとお弁当も持って来てないよね。…鬱とか?」

「う~ん。社会人になってから1人暮らしなんですけど、毎週末お母さんが泊りに来るぐらい仲良し親子らしいんですよ。やっぱ、今回の入院で参っちゃってるのかなぁ?」

 笠原は俯いた。



 そんな折、女子トイレの掃除中に路田と会ったゆず子は、こんな事を訊かれた。

「鳴瀬さんの会社って、個人からの清掃依頼も受けてたりしますか?」

「個人? いや、基本的に法人だけよ」

「そうですか。ちょっとお尋ねしたいんですけど、個人からの依頼を受けてくれる会社って、ご存知ですか? 系列にあったりは?」

 ゆず子は清掃の手を止め、口を開く。

「うーん、でも内容によるわよ? 個人の家の中、ならハウスクリーニングだけど、敷地内の不用品撤去、なら粗大ゴミ回収の関係会社だし。どういう感じなの?」

 路田は口を真一文字にした後、辺りを窺う様に言った。

「実は、母の住む実家の事なんですが…。来月初旬に退院する予定なんですけど、恥ずかしい話、『ゴミ屋敷』なもので…」

「あら…。だから業者を探してたの?」

「はい。同じ市内だから、退院後に同居する話も出たんですが、とてもじゃないけど、散らかり過ぎで住めない状態で。母が入院してから、私も片付けてはいるんですが、大変で…」

(常に疲れている状態なのは、ゴミ屋敷の片づけをしてるせいだったのね)
 職業柄、たまに家の片づけ相談もされるゆず子は、話を聞き頷いた。

「そうだったのね。自分の親の事とは言え、それじゃあ大変ね。おうちって一軒家? 何部屋くらいあるの?」

 親身になるゆず子に、ホッとした表情を浮かべた路田は、話を続けた。

「賃貸の集合団地で、間取りは1LDKです」

「ゴミって何の種類が多そう? 家庭ごみ? 粗大?」

「多分、家庭ごみだけだと思います…」

「分かったわ、うちの社長にも訊いてみるけど、ネットでも業者を探して見積もり取ったりして、何社か検討しておいてね」

 2人はそれぞれ、自分の業務に戻った。



 その後話は進み、鳥海社長の計らいで知り合いのハウスクリーニング会社を紹介してもらい、路田の母親宅の清掃は完了した。

「お世話になりました、ありがとうございます!」

 路田はゆず子に何回も礼を言ってくれた、のだが。



「こないだ鳴瀬さんが紹介してきた子、あの子やばいね」

 ゆず子が書類提出で会社に行った時、鳥海は苦々しい表情で口を開いた。

「路田さんですか? 彼女、何か粗相でも?」

「昨日芳賀さんと電話した時に、片付けの時の話をされたんだけど、『あれきっと管理会社に見つかったら、即退去になるぐらい酷かった』って、言われたんだ。大袋20個分あったってさ」

「へえ、そんなにだったんですか。じゃあ、心臓に悪影響にもなるわね」

「え、あの子、心臓悪いの?」

「いえ、彼女のお母さんですよ。そんな家に暮らしてるから、体調悪くなるんだなーと思って」

 鳥海は首を振った。

「その部屋を契約している居住者は、あの子本人だけで、母親は住んでいない。あの部屋のゴミは、全部あの子が出した物なんだよ」

「え」

「多分、定期的に母親が片付けに来てたんだな。母親倒れて、立ち行かなくなったんだろう。…また、お呼びがかからないといいんだが」

 鳥海は、遠い目をして珈琲を口にした。



 『正式じゃない切り方の名前を言う』、『母親の入院後は毎日買った昼食』…、本当は料理が出来ず、母親に弁当を作ってもらってたのではないか?

 『汚いメイクポーチ』、『取れかけたボタンを放置、その後は違う服』、『お気に入りのバッグを持って来ない』…、自分で服や持ち物の手入れが出来なかったり(母親任せ?)、部屋が汚すぎて紛失したのではないか?

 『社内の高スペック男性の誘いを彼氏を言い訳に断る』、『毎週末に母親が泊りに来る』…、母親が部屋を片付けるために来てるのを、同じ会社の人に知られないため?


 母親の退院後、路田は同居する事なく、独り暮らしを続けているらしい。
 手作り弁当持参は週1回程度にはなったが、毎日キレイにメイクして、流行の小綺麗な服やバッグを身に着け、可愛い笑顔を見せながら仕事をしている。


 一連の実情を知るゆず子は、あえて何も言わないが、路田を見ていると『女子力とは一体何なのだろう?』と混乱するのである。

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