84 / 93
見た目 ※ストーカー行為、同性愛と性的嗜好の批判的表現あり
しおりを挟む
『性善説』という言葉がある。何となく意味合いとしては、『人とは悪い事をしない生き物だ』主義、的な覚え方をしていたが実は違うらしい。
(正しくは古代中国の偉い人が言った、『人は良いとこを伸ばせば立派になれる』って言葉なのよね。道理で『主義』のニュアンスなのに、『説』ってつくんだろう?って思ったわよ)
警察官は犯罪を犯さないだとか、そういう意味で多くの人が使っている気がする。まあ、実際はどんな職業の人でも、何かしら起こす可能性があるのだが。
「鳴瀬さんて、『A』ってグループ知ってます?」
「あー、訊いた事はあるけど、どういう子が居るまでは分からない」
話しかけて来たのは、事務の橋爪裕佳。橋爪は続けた。
「『黒夜のリスト』ってドラマ見た事あります?主人公やってた佐賀美アタルは?」
「あのドラマの主人公? なら分かる。その人がどうかした?」
橋爪は、自身のスマホで画像を見せて来た。
「これ、うちの子が通ってる保育園のホームページなんだけど、この男の保育士さん、似てると思いません?」
職員紹介欄に『せんごく・しゅう』と書かれているその男は、確かに整った顔立ちをしていた。
「あらま、確かに似てるわね」
「産休中の先生に代わって入った先生なんだけど、イケメンだから女の子やママ達に人気なの。うちの上の子も『センゴク先生が担任だったらいいのに!』って言ってるぐらい」
「女の子っておませね」
「本当、こないだも『センゴク先生に会うから、この服じゃ嫌だ!』って朝から大騒ぎで。始業前からもうヘトヘト…」
こめかみをさする橋爪に、ゆず子は尋ねた。
「5歳児でそんななら、ママさんや同僚の先生達も放っておかないでしょ?」
「勿論。急にメイクが濃くなったり、スカート姿になったママさんが増えたよ。独身の女の先生達は、互いに牽制し合っている感じかも」
「橋爪さんは?」
「う~ん、あたしはアタルより同じグループのタクマ派かな? あくまで目の保養」
橋爪は笑っていた。
次に会った時、橋爪はこんな話をしてきた。
「鳴瀬さん、佐賀美アタル似の保育園の先生の話、覚えてます?」
「ああ、勿論。何かあったの?」
「…ガチ狙いが出現したよ」
橋爪は、悪戯っぽく笑って続けた。
「1人はね、アパレルで働くシンママなの。齢は先生と同じ25歳、若くて可愛い、あざとい系。もう1人は、旦那さんと冷め切ってる生保レディ。齢は30前後のセクシー系。その2人のお子さんの担任は、例のイケメン先生なのね。
そして最後の1人は、1歳児クラス担当の天然&清純派気取りの23歳の保母さん。三つ巴の争い」
ゆず子は、クセの強い人物紹介に思わず噴き出した。
「あははは、何それ。揃いも揃って強そうね!」
「実際そうらしいよ。ママ友に訊いただけで直接見てないんだけど、結構アプローチすごいらしいよ。連絡帳とか園への提出物にPINEの連絡先書いた紙を挟んだり、出身学校のOBとか個人ブログを聞き出して探そうとして、何とか繋がりを持とうとしてるとか」
橋爪が首を竦めて言うと、ゆず子も苦笑した。
「他所の父兄にも知れ渡るとか、普通じゃ考えられないわね…」
「本当、そうなのよ。見かねた副園長先生がお二方に、『目に余りますよ』って注意したみたいだけど、全然効果がないらしくて。他の父兄もずっと噂話してるよ」
園側が注意をするとは、余程の事なのだろう。ゆず子は尋ねた。
「ちなみに23歳の先生は? 業務時間外にアプローチしてるの?」
すると橋爪はしかめっ面をした。
「それがこないだ、勤務中に持ち場を勝手に抜けてイケメン先生と話してたらしく、問題になったの」
「えー…」
「本人は『来週の行事の事で確認に行った』と言ったらしいけど、そんなの別の先生にも違う時間にも出来るじゃん。めっちゃ怒られたみたい」
「…本当、揃いも揃ってすごい人達ね」
ゆず子は感心というより、呆れた顔で息をついた。
恋は盲目と言うものだ。恋をすると周囲が見えなくなり、意中の人だけ見えてしまう。
その特性は性別・年齢・時代関係なく発動するので、職場恋愛がご法度とされるのも仕方のないものだ。
(とは言え、子供の居る前とか夫が居ながら夢中になるのもちょっとねえ。周囲の父兄に知れてるって事は、察しの良い大人びた子供にも伝わってるかもしれないわよね…)
『ませている子供』は、何も小学生だけを指すものではない。情報源はネットか親など周りの大人かは知らぬが、未就学児なのにギョッとする単語を知ってて使う子供もザラに居る。
(例のイケメン先生本人は、この状況どうお考えなのかしら。楽しんでいる?それとも憂いている?)
一進一退の三者。続報がもたらされたのは、ひと月も経たない頃だった。
「生保レディのママが、旦那さんバレしたかも。ずっと旦那さんが子供の送り迎えで、行事にも不参加なんだって」
橋爪がビターな笑みで言うと、ゆず子は顔をしかめてみせた。
「あらま。離婚危機? 追い出されて別居?」
「そうじゃないね。あくまで顔を合わせたりしないよう、制限されてる感じ? 元々、旦那さん『ソクバッキー』気質だから上手く行ってなかったみたいだね」
「『ソクバッキー』、久しぶりに訊いたわ。束縛する人、だっけ?」
ゆず子が笑って言うと、橋爪も笑った。
「すご~い、さすが鳴瀬さん。知ってるんだ! 結城さんに言ったら通じなかったんだよね」
「って事は、アパレルママと23歳の先生が1歩進んで、生保レディママが1回休みって感じなのね」
双六に例えてゆず子が言うと、橋爪は腕組みした。
「最近ね、互いにバチバチやってるよ。アパレルママのお子さんが休み明けにお熱で早退になると、『解熱剤飲ませて連れて来たんじゃない?』とか言ったり、23歳の先生が担当の子を抱っこしてイケメン先生と会話すれば、『職務中をアピールするために抱っこしてるよね』って言ったり。
生保レディママが来てた頃は、『お相手居るのによその人に夢中になる意味、理解出来ない』とか聞こえる様に言ったりしてね。本人同士での衝突はないけど、空気相当悪いよ」
「まるでマンガやドラマの世界ね。ところで、イケメン先生に彼女は居ないの?」
ゆず子が問うと、橋爪は首を振った。
「多分今は居ないと思う。SNSとかネットを駆使して調べてる、アパレルママが見つけ出せてないから。もし居ても今時SNSやってない人かな?」
「まるで探偵ね」
半分は感心、半分は状況に引いてるゆず子は、何とも言えない表情をした。
(恋敵同士って、ある地点から『攻撃』を始めるのよね)
自分の魅力を恋愛相手にアピールし終えたら、始まるのは敵のネガティブな所を突いた『ネガティブキャンペーン』だ。
(場合によっては自分のアラが出て足元を掬われちゃうけど、やっちゃうのよね)
本人達は至って大真面目に戦っているのだろうが、他人からすれば不快でしかない。
(問題なのは、子供達が巻き込まれている事かな。絶対影響があると思う…)
次にゆず子が橋爪と顔を合わせた時、眉をひそめて話をされた。
「…イケメン先生、先月付けで急に退職になった」
「え? 何があったの?」
「分かんないの。最近見かけないと思ったら、急に園から『遅くなりましたが、先月を以って退職となりました』って通達あった。急過ぎて親も子もびっくり」
「もしかして、例のお三方の誰かと何かあった…?」
ところが橋爪は首を大きく振った。
「無いみたい。3人とも寝耳に水状態で、大層落ち込んでいるから」
橋爪とゆず子は腕組みした。
「何があったのかしらね…。お三方のアピールに参っちゃったとか?」
「第4の勢力が実は存在して、そっちでトラブルが起きたり?」
「或いは、通っているお子さん達に、悪い影響があったんじゃないの?」
「それは、ちょっとある…。『男性の取り合いごっこ』遊びしてる子、居るみたいだから」
橋爪はバツが悪そうに頭を搔いた。
(急な退職ねえ…)
産休の代替教員という事は期間が決まっているし、抜けたら人手も足らなくなるのは明白だ。それを差し引いても『退職』になったという事は、余程の事情があるのだろう。
(自己都合退職なのかな、それとも表向きは『退職』と言う『懲戒処分』だったりするかな?)
橋爪によれば保護者への本人の挨拶も、園側からの詳細な説明も無いとの事なので、後者の可能性が濃厚だ。
(考えたくはないけど、子供へ犯罪を企てた保育士がニュースになった事もあったな。そういうのじゃないといいけど)
日々の仕事や生活に追われ、そんな騒動を忘れかけた頃。橋爪から話をされた。
「そう言えば鳴瀬さん覚えてる? うちの子の保育園に、佐賀美アタル似のイケメン保育士が居た話」
「覚えてるよ。保護者と同僚の先生とで取り合いになってて、急に辞めた人でしょ?」
「急に辞めた理由、分かったの」
橋爪はニヤリとして言った。ゆず子は思わず目を丸くした。
「何? トラブルでも起こした?」
「園児の親族へ盗撮行為をしたんだって」
「盗撮…」
橋爪は壁にもたれかかりながら、説明を始めた。
「えーとね。子供の送り迎えで顔を合わせた時に、先生がその人に一目ぼれしちゃったんだって。その後、偶然道で見かけて、尾行して家を特定。
それで仕事終わりとか休日は、家に行って周囲でずっと待ち伏せと、本人を見かけたら遠くから撮影」
「やだぁ、ストーカーじゃないの」
ゆず子が言うと橋爪は頷いた。
「まあ、そんなもんよ。先生に気づいたご近所さんが『怪しい人がいる』って通報して、警察が来て終了。
一応、立件は免れて厳重注意だけ。でも園にも連絡行ったし、本人から退職を願い出たみたい」
ゆず子は息をついた。
「成程、残念なパターンだったのね。先生が一目惚れしたママさんって、どんな人なの? あ、でもそこまでは分からないか」
ところが橋爪は皮肉な笑みを浮かべた。
「どの人かは分からないけど、ママさんじゃないよ」
「え、じゃあ園児のお姉ちゃんとか?」
「ううん」
「えー、ママさんのお姉さんや妹? もしくは…、まさかのお祖母さん?」
「だったらまだアレなんだけど…」
苦笑いのまま首を振り続けた橋爪は、周囲を窺うとこう言った。
「…お祖父さんなんだって」
ゆず子は目を点にした。橋爪は続けた。
「ゲ○な上にジ○専。今時こういう言い方しちゃいけないのは、分かってるんだけど。そんなイケメンな爺さん、送り迎えに来てたかなぁ?
まあ、人の趣味嗜好はそれぞれ、でも家まで尾行して遠くから撮影はダメだよね」
肩書で人となりを見てしまう人間は、かなり居る。でも、自分もそうではないだろうか?長く大人をやっていればいるほど、そういう思考や視点が強まってしまうものだ。
どんな人間でも、道を踏み外しかけたり、気軽に言えない趣味嗜好が存在する可能性がある。
『人は見た目によらない』…、そういう意味でこの言葉の重さを知る事となるのか。
(正しくは古代中国の偉い人が言った、『人は良いとこを伸ばせば立派になれる』って言葉なのよね。道理で『主義』のニュアンスなのに、『説』ってつくんだろう?って思ったわよ)
警察官は犯罪を犯さないだとか、そういう意味で多くの人が使っている気がする。まあ、実際はどんな職業の人でも、何かしら起こす可能性があるのだが。
「鳴瀬さんて、『A』ってグループ知ってます?」
「あー、訊いた事はあるけど、どういう子が居るまでは分からない」
話しかけて来たのは、事務の橋爪裕佳。橋爪は続けた。
「『黒夜のリスト』ってドラマ見た事あります?主人公やってた佐賀美アタルは?」
「あのドラマの主人公? なら分かる。その人がどうかした?」
橋爪は、自身のスマホで画像を見せて来た。
「これ、うちの子が通ってる保育園のホームページなんだけど、この男の保育士さん、似てると思いません?」
職員紹介欄に『せんごく・しゅう』と書かれているその男は、確かに整った顔立ちをしていた。
「あらま、確かに似てるわね」
「産休中の先生に代わって入った先生なんだけど、イケメンだから女の子やママ達に人気なの。うちの上の子も『センゴク先生が担任だったらいいのに!』って言ってるぐらい」
「女の子っておませね」
「本当、こないだも『センゴク先生に会うから、この服じゃ嫌だ!』って朝から大騒ぎで。始業前からもうヘトヘト…」
こめかみをさする橋爪に、ゆず子は尋ねた。
「5歳児でそんななら、ママさんや同僚の先生達も放っておかないでしょ?」
「勿論。急にメイクが濃くなったり、スカート姿になったママさんが増えたよ。独身の女の先生達は、互いに牽制し合っている感じかも」
「橋爪さんは?」
「う~ん、あたしはアタルより同じグループのタクマ派かな? あくまで目の保養」
橋爪は笑っていた。
次に会った時、橋爪はこんな話をしてきた。
「鳴瀬さん、佐賀美アタル似の保育園の先生の話、覚えてます?」
「ああ、勿論。何かあったの?」
「…ガチ狙いが出現したよ」
橋爪は、悪戯っぽく笑って続けた。
「1人はね、アパレルで働くシンママなの。齢は先生と同じ25歳、若くて可愛い、あざとい系。もう1人は、旦那さんと冷め切ってる生保レディ。齢は30前後のセクシー系。その2人のお子さんの担任は、例のイケメン先生なのね。
そして最後の1人は、1歳児クラス担当の天然&清純派気取りの23歳の保母さん。三つ巴の争い」
ゆず子は、クセの強い人物紹介に思わず噴き出した。
「あははは、何それ。揃いも揃って強そうね!」
「実際そうらしいよ。ママ友に訊いただけで直接見てないんだけど、結構アプローチすごいらしいよ。連絡帳とか園への提出物にPINEの連絡先書いた紙を挟んだり、出身学校のOBとか個人ブログを聞き出して探そうとして、何とか繋がりを持とうとしてるとか」
橋爪が首を竦めて言うと、ゆず子も苦笑した。
「他所の父兄にも知れ渡るとか、普通じゃ考えられないわね…」
「本当、そうなのよ。見かねた副園長先生がお二方に、『目に余りますよ』って注意したみたいだけど、全然効果がないらしくて。他の父兄もずっと噂話してるよ」
園側が注意をするとは、余程の事なのだろう。ゆず子は尋ねた。
「ちなみに23歳の先生は? 業務時間外にアプローチしてるの?」
すると橋爪はしかめっ面をした。
「それがこないだ、勤務中に持ち場を勝手に抜けてイケメン先生と話してたらしく、問題になったの」
「えー…」
「本人は『来週の行事の事で確認に行った』と言ったらしいけど、そんなの別の先生にも違う時間にも出来るじゃん。めっちゃ怒られたみたい」
「…本当、揃いも揃ってすごい人達ね」
ゆず子は感心というより、呆れた顔で息をついた。
恋は盲目と言うものだ。恋をすると周囲が見えなくなり、意中の人だけ見えてしまう。
その特性は性別・年齢・時代関係なく発動するので、職場恋愛がご法度とされるのも仕方のないものだ。
(とは言え、子供の居る前とか夫が居ながら夢中になるのもちょっとねえ。周囲の父兄に知れてるって事は、察しの良い大人びた子供にも伝わってるかもしれないわよね…)
『ませている子供』は、何も小学生だけを指すものではない。情報源はネットか親など周りの大人かは知らぬが、未就学児なのにギョッとする単語を知ってて使う子供もザラに居る。
(例のイケメン先生本人は、この状況どうお考えなのかしら。楽しんでいる?それとも憂いている?)
一進一退の三者。続報がもたらされたのは、ひと月も経たない頃だった。
「生保レディのママが、旦那さんバレしたかも。ずっと旦那さんが子供の送り迎えで、行事にも不参加なんだって」
橋爪がビターな笑みで言うと、ゆず子は顔をしかめてみせた。
「あらま。離婚危機? 追い出されて別居?」
「そうじゃないね。あくまで顔を合わせたりしないよう、制限されてる感じ? 元々、旦那さん『ソクバッキー』気質だから上手く行ってなかったみたいだね」
「『ソクバッキー』、久しぶりに訊いたわ。束縛する人、だっけ?」
ゆず子が笑って言うと、橋爪も笑った。
「すご~い、さすが鳴瀬さん。知ってるんだ! 結城さんに言ったら通じなかったんだよね」
「って事は、アパレルママと23歳の先生が1歩進んで、生保レディママが1回休みって感じなのね」
双六に例えてゆず子が言うと、橋爪は腕組みした。
「最近ね、互いにバチバチやってるよ。アパレルママのお子さんが休み明けにお熱で早退になると、『解熱剤飲ませて連れて来たんじゃない?』とか言ったり、23歳の先生が担当の子を抱っこしてイケメン先生と会話すれば、『職務中をアピールするために抱っこしてるよね』って言ったり。
生保レディママが来てた頃は、『お相手居るのによその人に夢中になる意味、理解出来ない』とか聞こえる様に言ったりしてね。本人同士での衝突はないけど、空気相当悪いよ」
「まるでマンガやドラマの世界ね。ところで、イケメン先生に彼女は居ないの?」
ゆず子が問うと、橋爪は首を振った。
「多分今は居ないと思う。SNSとかネットを駆使して調べてる、アパレルママが見つけ出せてないから。もし居ても今時SNSやってない人かな?」
「まるで探偵ね」
半分は感心、半分は状況に引いてるゆず子は、何とも言えない表情をした。
(恋敵同士って、ある地点から『攻撃』を始めるのよね)
自分の魅力を恋愛相手にアピールし終えたら、始まるのは敵のネガティブな所を突いた『ネガティブキャンペーン』だ。
(場合によっては自分のアラが出て足元を掬われちゃうけど、やっちゃうのよね)
本人達は至って大真面目に戦っているのだろうが、他人からすれば不快でしかない。
(問題なのは、子供達が巻き込まれている事かな。絶対影響があると思う…)
次にゆず子が橋爪と顔を合わせた時、眉をひそめて話をされた。
「…イケメン先生、先月付けで急に退職になった」
「え? 何があったの?」
「分かんないの。最近見かけないと思ったら、急に園から『遅くなりましたが、先月を以って退職となりました』って通達あった。急過ぎて親も子もびっくり」
「もしかして、例のお三方の誰かと何かあった…?」
ところが橋爪は首を大きく振った。
「無いみたい。3人とも寝耳に水状態で、大層落ち込んでいるから」
橋爪とゆず子は腕組みした。
「何があったのかしらね…。お三方のアピールに参っちゃったとか?」
「第4の勢力が実は存在して、そっちでトラブルが起きたり?」
「或いは、通っているお子さん達に、悪い影響があったんじゃないの?」
「それは、ちょっとある…。『男性の取り合いごっこ』遊びしてる子、居るみたいだから」
橋爪はバツが悪そうに頭を搔いた。
(急な退職ねえ…)
産休の代替教員という事は期間が決まっているし、抜けたら人手も足らなくなるのは明白だ。それを差し引いても『退職』になったという事は、余程の事情があるのだろう。
(自己都合退職なのかな、それとも表向きは『退職』と言う『懲戒処分』だったりするかな?)
橋爪によれば保護者への本人の挨拶も、園側からの詳細な説明も無いとの事なので、後者の可能性が濃厚だ。
(考えたくはないけど、子供へ犯罪を企てた保育士がニュースになった事もあったな。そういうのじゃないといいけど)
日々の仕事や生活に追われ、そんな騒動を忘れかけた頃。橋爪から話をされた。
「そう言えば鳴瀬さん覚えてる? うちの子の保育園に、佐賀美アタル似のイケメン保育士が居た話」
「覚えてるよ。保護者と同僚の先生とで取り合いになってて、急に辞めた人でしょ?」
「急に辞めた理由、分かったの」
橋爪はニヤリとして言った。ゆず子は思わず目を丸くした。
「何? トラブルでも起こした?」
「園児の親族へ盗撮行為をしたんだって」
「盗撮…」
橋爪は壁にもたれかかりながら、説明を始めた。
「えーとね。子供の送り迎えで顔を合わせた時に、先生がその人に一目ぼれしちゃったんだって。その後、偶然道で見かけて、尾行して家を特定。
それで仕事終わりとか休日は、家に行って周囲でずっと待ち伏せと、本人を見かけたら遠くから撮影」
「やだぁ、ストーカーじゃないの」
ゆず子が言うと橋爪は頷いた。
「まあ、そんなもんよ。先生に気づいたご近所さんが『怪しい人がいる』って通報して、警察が来て終了。
一応、立件は免れて厳重注意だけ。でも園にも連絡行ったし、本人から退職を願い出たみたい」
ゆず子は息をついた。
「成程、残念なパターンだったのね。先生が一目惚れしたママさんって、どんな人なの? あ、でもそこまでは分からないか」
ところが橋爪は皮肉な笑みを浮かべた。
「どの人かは分からないけど、ママさんじゃないよ」
「え、じゃあ園児のお姉ちゃんとか?」
「ううん」
「えー、ママさんのお姉さんや妹? もしくは…、まさかのお祖母さん?」
「だったらまだアレなんだけど…」
苦笑いのまま首を振り続けた橋爪は、周囲を窺うとこう言った。
「…お祖父さんなんだって」
ゆず子は目を点にした。橋爪は続けた。
「ゲ○な上にジ○専。今時こういう言い方しちゃいけないのは、分かってるんだけど。そんなイケメンな爺さん、送り迎えに来てたかなぁ?
まあ、人の趣味嗜好はそれぞれ、でも家まで尾行して遠くから撮影はダメだよね」
肩書で人となりを見てしまう人間は、かなり居る。でも、自分もそうではないだろうか?長く大人をやっていればいるほど、そういう思考や視点が強まってしまうものだ。
どんな人間でも、道を踏み外しかけたり、気軽に言えない趣味嗜好が存在する可能性がある。
『人は見た目によらない』…、そういう意味でこの言葉の重さを知る事となるのか。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
これ友達から聞いた話なんだけど──
家紋武範
ホラー
オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。
読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。
(*^^*)
タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる