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18歳
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「…あ、来た来た」
一同の目が釘付けになったのは、デザートが沢山乗ったワゴン。大喜田が目を輝かす。
「3年ぶりのチョコファウンテン。これ食べないと新年会は終われないのよね」
おばちゃん達は普段の膝や腰の痛みを忘れたかの様に、軽い足取りでデザートを取りに向かう。
「あ~、明日からダイエットしないと」
「なに言ってるの。丹野さん痩せてるからいいじゃない」
スマホを取り出し通知を確認する六角に、宗屋千春が話しかける。
「そう言えば六角さん、A工業大だったと訊いたんだけど…」
「はい。でも中退してますよ」
六角が採用された当時、社内では『中退とは言え本物の理系イマドキ女子がやって来た!』と、少々話題となった。六角に直接会って無くとも、名前や経歴を知っている者は多い。
だが、宗屋は二言目にこんな事を言った。
「もしかして、工学部だったりします?」
「いえ。薬学部でした」
「そうなんだ…。同じ学部の生徒って、同期生同士で専用のSNSのメンバーに入ってたりとか、するかな?」
六角は目をパチクリさせた後、少し考え口を開いた。
「学校のですか?」
「えっと、何て言ったらいいのかな…。PINEで言う『トークグループ』みたいなやつ」
「まあ、仲の良い人同士や同じ研究室なら、あるかもしれませんが。私が在学中には、そう言ったものは無かったかと」
六角が答えると、宗屋は自分のスマホを取り出した。
「PINEに最近『オープンチャットシステム』が出来たでしょ? これで探したり出来ないかな?」
六角は寄越されたスマホを手に取ると、目を細めつつ画面を見やった。
「…検索しても出て来ないなら、存在しないんじゃないかなぁ。…どうかなさったんですか?」
宗屋は少し沈黙した後、口を開いた。
「うちの末っ子がね、A工業大だったの。去年の春に卒業してから、連絡が取れなくなっちゃって…」
話が聞こえた佐野が目を丸くする。
「え⁈ どういう事、それ」
「内定も貰って、卒業式に参加したのよ。式が終わって、『あと友達と二次会行くから』って別れて数日後に、スマホに電話しても繋がらなくなって。心配で住んでた部屋に行ったら、引っ越してあってもぬけの殻。
…内定先の会社にも問い合わせたら、『その人に内定を出してません』って言われて…」
佐野を始め、同じテーブルの一同は不穏な空気を感じ取った。大喜田は尋ねた。
「いや、それ『行方不明』でしょ? 警察に届け出した?」
宗屋は首を振ると口を開いた。
「主人に相談して、『上の子供達が事情を知ってるかも』ってなったんだけど、上の子2人とも連絡が付かなくなってて、やっぱり家に行ったら引っ越した後で…」
奇怪過ぎる話に、首を竦めつつゆず子も尋ねた。
「えっと…? じゃあ、宗屋さんのお子さん全員が『行方不明』ってこと?」
「ちょっと待って、順を追って話してくれる?」
佐野の言葉に、楽しいはずのデザートタイムは、物々しい雰囲気に一変する。宗屋は重い口を開いた。
「私には28歳の息子と、26歳と23歳の娘が居るのね。息子は名古屋で車メーカー、上の娘は東京の病院で医療事務、下の娘がA工業大に通ってたの」
「…お子さん同士は仲が良いの? みんな独身?」
大喜田が訊くと、宗屋は答えた。
「小さい頃は兄弟喧嘩はしてたけど、基本的に悪くは無いと思うよ。みんな独身だけど、彼氏や彼女が居るかはよくわからない。最近は離れて暮らしてるから、紹介もされないし」
「下の娘さんは実家出てて、上の子2人も1人暮らし?」
「うん。息子は東海地方の大学だったから、入学から向こうに行ってて、上の娘は高卒で勤め始めて、2年目から都内で1人暮らし。下の娘も、大学2年から学校に近い都内で1人暮らし」
佐野は口を挟んだ。
「3人とも、いつまで連絡取れていたの? 旦那さんも取れない感じ? それぞれの住まいが引き払われたのは、いつ頃?」
その質問に、宗屋はスマホに視線を落とす。
「電話とかメッセージ出来ていたのは息子と上の娘は去年2月までで、下の娘は去年の3月中旬が最後。夫はPINE入れてないから、連絡は私が主に取っていたよ。
ちなみに上2人のアパートの管理事務所とかに訊いたら、去年の2月~3月にかけて引っ越してるみたいだった。それで、2人の勤務先にそれぞれ電話してみたんだけど、『昨年退社した』って言われて、引っ越し先も新しい勤務先も全く分からないの。
成人したいい大人なんだろうけど、心配で…」
イチゴのジェラートを口にして、佐野は腕組みした。
「…3人全員、似たような時期にねぇ。偶然にしちゃタイミングおかしいよね。揃って転職までしてるなんて」
バナナのチョコがけを頬張りつつ、丹野も言った。
「お子さんの友達には訊けないの?」
「…子供が小さい頃からの友達なら把握してるけど、同じように実家出ていたり、スマホの番号も知らないから訊けてない。夫からも『地元の友達に事情が知れて、大事になったらもっと大変になるかも』って言われたし。
せめてA工業大のオープンチャットで、娘の事を知ってる人を探せないかと思ってたんだけど、存在しないみたいだし」
途方に暮れる宗屋に、六角が口を開く。
「良ければ、宗屋さんのスマホのメッセージアプリ見せて頂けますか?」
「いいけど…」
六角はスマホを借りると、操作を始めた。ゆず子は尋ねた。
「何か分かりそうなの?」
「PINEアプリって、スマホの電話番号でアカウントを作るんですよ。もし、お子さん達が宗屋さんからの連絡を断っているだけなら、『メッセージと通話』の拒否設定をしているんですけど…。
これ見ると『アカウント削除により不在』、となってますね」
宗屋は言った。
「これって、つまりどういう事なの? 私も夫もスマホやPINEに詳しくないから、分からなくて」
「スマホの番号を変えて、今まで使っていたアカウントを消してます」
「番号を?」
「はい。番号が変わったのに、設定を変更せずアカウントも使わないまま数か月って事はありえないです。このアプリ自体やめてしまう若い人は珍しいので。恐らく、新しい番号で新アカウント作成して使ってるかと」
宗屋は、藁にも縋るような表情で六角に訴えた。
「その『新あかうんと』って言うのは、どうやって登録したらいいの?」
六角は渋い表情をした。
「PINEの場合は、基本的に自分で登録先を決めるんですよ。先方が登録すると、登録した相手に『登録されました』って通知が届いて、やり取りが可能になるんです。お子さん方がたまたま宗屋さんの連絡先を登録し忘れているのか、或いは…」
「じゃあ、こっちからは打つ手無しってこと⁈」
泣きそうな宗屋に、ゆず子は宥めるように言った。
「ねえねえ、電話とPINE以外の方法は無い? 携帯メールとか他のSNSなんかは?」
「携帯電話のメールは、だいぶ前に使うのをやめていて、SNSとかブログもやってるんだかやっていないんだか…」
テーブルは静まり返る。沈黙を破ったのは、佐野。
「…悪いけど、何か思い当たるフシ、あるんじゃない? 1人だけだったら誤解って考えられるけども」
「いやいや、本当に無いのよ。上の娘とは性格的に合わない場面もあったけど、息子と下の娘に関しては何も。家に来た時に一緒に買い物したり、家の修理で業者とのやり取りした時も、気にかけてくれたりとかしてくれたし」
宗屋の言葉に、六角が反応する。
「…上の娘さん、合わないんですか?」
「うん。強情な子でね、反抗期は私とも夫とも色々やり合ったわ。でもそれも高校生ぐらいまでの話よ。距離が出来たら落ち着いたし」
宗屋が言うと、ゆず子は頷いた。
「確かに、実の親子と言えども相性ってあるからね。独立すると親離れ子離れ出来るから、上手く行くって言うよね」
「そうね。言っちゃなんだけど、上の娘が家を出るって聞いた時は内心ホッとしたの。その後は年に数回だけ会う感じだから、お互い平穏で居られたかな」
ガトーショコラを口にする宗屋に、六角が質問する。
「上の娘さん、医療事務と伺いましたが、大学ではなく専門学校ですか?」
「そうだよ、専門学校。大学入りたいって言われたけど、夫が身体壊して入院してて、私のパートで何とかしのいでる時だったから、『どうしても大学行きたいなら、自分で何年間か働いてお金貯めてから行って』って、情けないけどそう言ったの」
「奨学金は? うちのせがれも使ったよ」
大喜田が言うと、宗屋は首を振った。
「上の娘って、楽な方に流される傾向があるから、大学を『勉強する場』じゃなく『就職するまで遊ぶ場』っていう認識でいたと思うのよ。事実、高校時代は遊んでばっかで毎回赤点だったし。
『遊ぶ』ために大学、入るために借金するとか、私も夫も到底承諾できなかった。
…ごめんなさい、熱くなって。とにかく、先行きが不透明で、しかも奨学金の返済に関しても本人の性格上、不安しかなかった。だから利用しなかったの」
「なるほど…」
六角は小さく頷いた。ゆず子はふと気づき、宗屋に尋ねた。
「あれ? でも下の娘さんは、大学行ったのよね」
「うん。あの子は成績良かったし、高校の先生にも勧められたから。その頃は夫も仕事復帰してて、しかもお舅さんが亡くなって、まとまった遺産が入ったから」
(何だろう、この違和感…)
ゆず子は小さな戸惑いを覚えた。丹野が尋ねる。
「行かせたんだ。上の娘さんは?」
「その時はもう働いていたよ。大学の事を打診したけど『今更ムリ』って、けんもほろろ。あんなに『進学したい』って言ってたけど、所詮その程度だったのよね」
宗屋は吐き捨てるように言うと、アップルパイを口にした。ゆず子は伺うように尋ねた。
「…1番上のお兄ちゃん、東海の方の大学だと言ってたけど何でそっちなの? ここなら東京も近いし、関東圏なら大学も沢山あるのに」
宗屋はその言葉に、息をついた。
「そう。それも良く分からないのよ。中高とサッカーをやってて、『テストを受けてプロになりたい』ってずっと言っててね。でも、プロになれるのはそもそも一握りでしょ? 『夢ばかり見てないで堅実的な道を選びなさい』って夫と反対して、そしたら『静岡にあるB大学に入りたい』って言い出して。
同じランクの学校なんて、ここや東京にもいっぱいあるのに。何かうちの子って高校卒業の辺りから、訳分かんない事を言いだすのよ。
下の娘の時も『やっぱり上の学校行きたくない』って、センター試験の頃に騒いだし」
宗屋以外の全員は、みな同じ表情を浮かべていた。六角はヘーゼルナッツのジェラートを口にした後、ポツリと言った。
「…宗屋さんは、もしお子さん方と連絡が付いたら、何をしたいですか?」
「『何を』? …そりゃあ、元気にやってるかとか、ちゃんと将来の事を考えているのかを聞きたいわ。顔も見たいよ母親だもの。
本当に、何でみんな行方をくらませるような事、したんだろう」
すると、六角は唐突にこんな事を言いだした。
「私、いま突然無職になっても、実家には戻らないです」
宗屋は訝しげに尋ねる。
「何で? 帰省もしてるぐらいだし、親御さんと仲がいいんでしょ?」
「そうですね、たまに長電話するぐらい仲はいいです。私の場合、学力が合ってないのに大学のネームバリューと上京生活に目が眩んで、A工業大に入って挫折したんです。
親に支援されてたのに反故にしちゃったから、戒めとして親元には帰らないつもりでいます。勿論それだけじゃなくて、就きたい仕事があるのも理由ですが」
宗屋は俯いた。
「…途絶えちゃったのは、私のせいなのかな?」
声を掛けたのは佐野だ。
「さあね。でも、何かあれば向こうからやって来るでしょう。親なんだし、その時がいつでもいいようにど~んと構えて、待ってればいいんじゃない?」
佐野は、宗屋を気分転換に誘うがごとく、スイーツを一緒に取りに向かった。見届けた丹野が口を開く。
「…上のお兄ちゃんお姉ちゃんは、妹の卒業を待って行動を開始したんだろうね」
「難しいね、子育てって。良かれと思うのは親だけかぁ」
大喜田もイチゴのチョコがけを頬張る。ゆず子もガトーショコラをフォークに挿す。
「1度しかない人生だもの。挑戦するのも失敗するのもその人の学びになるから、どっちにとっても悪くないきっかけだと思うよ」
成人年齢の引き下げにより、法律上18歳からは親ではなく本人が自由に契約する権利と、それに伴う責任を負う事になった。
つまり18歳から先、薔薇色の人生になるか不遇の人生になるかは、その人の行動次第なのである。
長く生きれば、節目節目でこれまでの分岐を回想するものだ。『失敗』があってもどこかで挽回の機会があったり、『成功』したのに思わぬしっぺ返しを受けた事もあるだろう。
同じ後悔でも、『行動した後悔』より『行動しなかった後悔』の方が、良くないのではないか。
そう、ゆず子はぼんやりと考えるのであった。
一同の目が釘付けになったのは、デザートが沢山乗ったワゴン。大喜田が目を輝かす。
「3年ぶりのチョコファウンテン。これ食べないと新年会は終われないのよね」
おばちゃん達は普段の膝や腰の痛みを忘れたかの様に、軽い足取りでデザートを取りに向かう。
「あ~、明日からダイエットしないと」
「なに言ってるの。丹野さん痩せてるからいいじゃない」
スマホを取り出し通知を確認する六角に、宗屋千春が話しかける。
「そう言えば六角さん、A工業大だったと訊いたんだけど…」
「はい。でも中退してますよ」
六角が採用された当時、社内では『中退とは言え本物の理系イマドキ女子がやって来た!』と、少々話題となった。六角に直接会って無くとも、名前や経歴を知っている者は多い。
だが、宗屋は二言目にこんな事を言った。
「もしかして、工学部だったりします?」
「いえ。薬学部でした」
「そうなんだ…。同じ学部の生徒って、同期生同士で専用のSNSのメンバーに入ってたりとか、するかな?」
六角は目をパチクリさせた後、少し考え口を開いた。
「学校のですか?」
「えっと、何て言ったらいいのかな…。PINEで言う『トークグループ』みたいなやつ」
「まあ、仲の良い人同士や同じ研究室なら、あるかもしれませんが。私が在学中には、そう言ったものは無かったかと」
六角が答えると、宗屋は自分のスマホを取り出した。
「PINEに最近『オープンチャットシステム』が出来たでしょ? これで探したり出来ないかな?」
六角は寄越されたスマホを手に取ると、目を細めつつ画面を見やった。
「…検索しても出て来ないなら、存在しないんじゃないかなぁ。…どうかなさったんですか?」
宗屋は少し沈黙した後、口を開いた。
「うちの末っ子がね、A工業大だったの。去年の春に卒業してから、連絡が取れなくなっちゃって…」
話が聞こえた佐野が目を丸くする。
「え⁈ どういう事、それ」
「内定も貰って、卒業式に参加したのよ。式が終わって、『あと友達と二次会行くから』って別れて数日後に、スマホに電話しても繋がらなくなって。心配で住んでた部屋に行ったら、引っ越してあってもぬけの殻。
…内定先の会社にも問い合わせたら、『その人に内定を出してません』って言われて…」
佐野を始め、同じテーブルの一同は不穏な空気を感じ取った。大喜田は尋ねた。
「いや、それ『行方不明』でしょ? 警察に届け出した?」
宗屋は首を振ると口を開いた。
「主人に相談して、『上の子供達が事情を知ってるかも』ってなったんだけど、上の子2人とも連絡が付かなくなってて、やっぱり家に行ったら引っ越した後で…」
奇怪過ぎる話に、首を竦めつつゆず子も尋ねた。
「えっと…? じゃあ、宗屋さんのお子さん全員が『行方不明』ってこと?」
「ちょっと待って、順を追って話してくれる?」
佐野の言葉に、楽しいはずのデザートタイムは、物々しい雰囲気に一変する。宗屋は重い口を開いた。
「私には28歳の息子と、26歳と23歳の娘が居るのね。息子は名古屋で車メーカー、上の娘は東京の病院で医療事務、下の娘がA工業大に通ってたの」
「…お子さん同士は仲が良いの? みんな独身?」
大喜田が訊くと、宗屋は答えた。
「小さい頃は兄弟喧嘩はしてたけど、基本的に悪くは無いと思うよ。みんな独身だけど、彼氏や彼女が居るかはよくわからない。最近は離れて暮らしてるから、紹介もされないし」
「下の娘さんは実家出てて、上の子2人も1人暮らし?」
「うん。息子は東海地方の大学だったから、入学から向こうに行ってて、上の娘は高卒で勤め始めて、2年目から都内で1人暮らし。下の娘も、大学2年から学校に近い都内で1人暮らし」
佐野は口を挟んだ。
「3人とも、いつまで連絡取れていたの? 旦那さんも取れない感じ? それぞれの住まいが引き払われたのは、いつ頃?」
その質問に、宗屋はスマホに視線を落とす。
「電話とかメッセージ出来ていたのは息子と上の娘は去年2月までで、下の娘は去年の3月中旬が最後。夫はPINE入れてないから、連絡は私が主に取っていたよ。
ちなみに上2人のアパートの管理事務所とかに訊いたら、去年の2月~3月にかけて引っ越してるみたいだった。それで、2人の勤務先にそれぞれ電話してみたんだけど、『昨年退社した』って言われて、引っ越し先も新しい勤務先も全く分からないの。
成人したいい大人なんだろうけど、心配で…」
イチゴのジェラートを口にして、佐野は腕組みした。
「…3人全員、似たような時期にねぇ。偶然にしちゃタイミングおかしいよね。揃って転職までしてるなんて」
バナナのチョコがけを頬張りつつ、丹野も言った。
「お子さんの友達には訊けないの?」
「…子供が小さい頃からの友達なら把握してるけど、同じように実家出ていたり、スマホの番号も知らないから訊けてない。夫からも『地元の友達に事情が知れて、大事になったらもっと大変になるかも』って言われたし。
せめてA工業大のオープンチャットで、娘の事を知ってる人を探せないかと思ってたんだけど、存在しないみたいだし」
途方に暮れる宗屋に、六角が口を開く。
「良ければ、宗屋さんのスマホのメッセージアプリ見せて頂けますか?」
「いいけど…」
六角はスマホを借りると、操作を始めた。ゆず子は尋ねた。
「何か分かりそうなの?」
「PINEアプリって、スマホの電話番号でアカウントを作るんですよ。もし、お子さん達が宗屋さんからの連絡を断っているだけなら、『メッセージと通話』の拒否設定をしているんですけど…。
これ見ると『アカウント削除により不在』、となってますね」
宗屋は言った。
「これって、つまりどういう事なの? 私も夫もスマホやPINEに詳しくないから、分からなくて」
「スマホの番号を変えて、今まで使っていたアカウントを消してます」
「番号を?」
「はい。番号が変わったのに、設定を変更せずアカウントも使わないまま数か月って事はありえないです。このアプリ自体やめてしまう若い人は珍しいので。恐らく、新しい番号で新アカウント作成して使ってるかと」
宗屋は、藁にも縋るような表情で六角に訴えた。
「その『新あかうんと』って言うのは、どうやって登録したらいいの?」
六角は渋い表情をした。
「PINEの場合は、基本的に自分で登録先を決めるんですよ。先方が登録すると、登録した相手に『登録されました』って通知が届いて、やり取りが可能になるんです。お子さん方がたまたま宗屋さんの連絡先を登録し忘れているのか、或いは…」
「じゃあ、こっちからは打つ手無しってこと⁈」
泣きそうな宗屋に、ゆず子は宥めるように言った。
「ねえねえ、電話とPINE以外の方法は無い? 携帯メールとか他のSNSなんかは?」
「携帯電話のメールは、だいぶ前に使うのをやめていて、SNSとかブログもやってるんだかやっていないんだか…」
テーブルは静まり返る。沈黙を破ったのは、佐野。
「…悪いけど、何か思い当たるフシ、あるんじゃない? 1人だけだったら誤解って考えられるけども」
「いやいや、本当に無いのよ。上の娘とは性格的に合わない場面もあったけど、息子と下の娘に関しては何も。家に来た時に一緒に買い物したり、家の修理で業者とのやり取りした時も、気にかけてくれたりとかしてくれたし」
宗屋の言葉に、六角が反応する。
「…上の娘さん、合わないんですか?」
「うん。強情な子でね、反抗期は私とも夫とも色々やり合ったわ。でもそれも高校生ぐらいまでの話よ。距離が出来たら落ち着いたし」
宗屋が言うと、ゆず子は頷いた。
「確かに、実の親子と言えども相性ってあるからね。独立すると親離れ子離れ出来るから、上手く行くって言うよね」
「そうね。言っちゃなんだけど、上の娘が家を出るって聞いた時は内心ホッとしたの。その後は年に数回だけ会う感じだから、お互い平穏で居られたかな」
ガトーショコラを口にする宗屋に、六角が質問する。
「上の娘さん、医療事務と伺いましたが、大学ではなく専門学校ですか?」
「そうだよ、専門学校。大学入りたいって言われたけど、夫が身体壊して入院してて、私のパートで何とかしのいでる時だったから、『どうしても大学行きたいなら、自分で何年間か働いてお金貯めてから行って』って、情けないけどそう言ったの」
「奨学金は? うちのせがれも使ったよ」
大喜田が言うと、宗屋は首を振った。
「上の娘って、楽な方に流される傾向があるから、大学を『勉強する場』じゃなく『就職するまで遊ぶ場』っていう認識でいたと思うのよ。事実、高校時代は遊んでばっかで毎回赤点だったし。
『遊ぶ』ために大学、入るために借金するとか、私も夫も到底承諾できなかった。
…ごめんなさい、熱くなって。とにかく、先行きが不透明で、しかも奨学金の返済に関しても本人の性格上、不安しかなかった。だから利用しなかったの」
「なるほど…」
六角は小さく頷いた。ゆず子はふと気づき、宗屋に尋ねた。
「あれ? でも下の娘さんは、大学行ったのよね」
「うん。あの子は成績良かったし、高校の先生にも勧められたから。その頃は夫も仕事復帰してて、しかもお舅さんが亡くなって、まとまった遺産が入ったから」
(何だろう、この違和感…)
ゆず子は小さな戸惑いを覚えた。丹野が尋ねる。
「行かせたんだ。上の娘さんは?」
「その時はもう働いていたよ。大学の事を打診したけど『今更ムリ』って、けんもほろろ。あんなに『進学したい』って言ってたけど、所詮その程度だったのよね」
宗屋は吐き捨てるように言うと、アップルパイを口にした。ゆず子は伺うように尋ねた。
「…1番上のお兄ちゃん、東海の方の大学だと言ってたけど何でそっちなの? ここなら東京も近いし、関東圏なら大学も沢山あるのに」
宗屋はその言葉に、息をついた。
「そう。それも良く分からないのよ。中高とサッカーをやってて、『テストを受けてプロになりたい』ってずっと言っててね。でも、プロになれるのはそもそも一握りでしょ? 『夢ばかり見てないで堅実的な道を選びなさい』って夫と反対して、そしたら『静岡にあるB大学に入りたい』って言い出して。
同じランクの学校なんて、ここや東京にもいっぱいあるのに。何かうちの子って高校卒業の辺りから、訳分かんない事を言いだすのよ。
下の娘の時も『やっぱり上の学校行きたくない』って、センター試験の頃に騒いだし」
宗屋以外の全員は、みな同じ表情を浮かべていた。六角はヘーゼルナッツのジェラートを口にした後、ポツリと言った。
「…宗屋さんは、もしお子さん方と連絡が付いたら、何をしたいですか?」
「『何を』? …そりゃあ、元気にやってるかとか、ちゃんと将来の事を考えているのかを聞きたいわ。顔も見たいよ母親だもの。
本当に、何でみんな行方をくらませるような事、したんだろう」
すると、六角は唐突にこんな事を言いだした。
「私、いま突然無職になっても、実家には戻らないです」
宗屋は訝しげに尋ねる。
「何で? 帰省もしてるぐらいだし、親御さんと仲がいいんでしょ?」
「そうですね、たまに長電話するぐらい仲はいいです。私の場合、学力が合ってないのに大学のネームバリューと上京生活に目が眩んで、A工業大に入って挫折したんです。
親に支援されてたのに反故にしちゃったから、戒めとして親元には帰らないつもりでいます。勿論それだけじゃなくて、就きたい仕事があるのも理由ですが」
宗屋は俯いた。
「…途絶えちゃったのは、私のせいなのかな?」
声を掛けたのは佐野だ。
「さあね。でも、何かあれば向こうからやって来るでしょう。親なんだし、その時がいつでもいいようにど~んと構えて、待ってればいいんじゃない?」
佐野は、宗屋を気分転換に誘うがごとく、スイーツを一緒に取りに向かった。見届けた丹野が口を開く。
「…上のお兄ちゃんお姉ちゃんは、妹の卒業を待って行動を開始したんだろうね」
「難しいね、子育てって。良かれと思うのは親だけかぁ」
大喜田もイチゴのチョコがけを頬張る。ゆず子もガトーショコラをフォークに挿す。
「1度しかない人生だもの。挑戦するのも失敗するのもその人の学びになるから、どっちにとっても悪くないきっかけだと思うよ」
成人年齢の引き下げにより、法律上18歳からは親ではなく本人が自由に契約する権利と、それに伴う責任を負う事になった。
つまり18歳から先、薔薇色の人生になるか不遇の人生になるかは、その人の行動次第なのである。
長く生きれば、節目節目でこれまでの分岐を回想するものだ。『失敗』があってもどこかで挽回の機会があったり、『成功』したのに思わぬしっぺ返しを受けた事もあるだろう。
同じ後悔でも、『行動した後悔』より『行動しなかった後悔』の方が、良くないのではないか。
そう、ゆず子はぼんやりと考えるのであった。
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