82 / 99
前任者
しおりを挟む
「おう、六角さん。おばちゃん達にいじめられてないか?」
ゆず子達のテーブルに来て、声をかけてきたのは社長である鳥海淳司だ。大喜田と佐野が口を尖らす。
「何それー、んな訳ありません!」
「酷いですぅ!」
六角は笑って答えた。
「全然いじめられてませんよ。むしろ可愛がってもらってます」
「そうかぁ? 長話飽きない?」
「いいえ、色々と為になるお話ばかりで楽しいですよ」
「ははは、なら良かった」
心なしか、六角と話す時の鳥海は笑顔が多い。鳥海が居なくなると、佐野は言った。
「…ひなちゃんを雇い入れる時ね、社長が『あの子は萩野さんタイプかな、平井さんタイプかな?長続きするといいんだけど』って、心配してたんだよね」
その言葉に、丹野ひろ美が反応する。
「わぁ、懐かしい名前! 居たね、萩野。私、平井ちゃんとはたまに連絡取ってるよ」
「平井さん元気?」
「元気。秋に2人目生まれて、画像送ってくれたよ。めっちゃ可愛いの」
丹野はまるで自分の孫の様に、満面の笑みでゆず子らに画像を見せた。ゆず子は言った。
「平井さんが続けて居ればねえ、ひなちゃんのいい話し相手になったんだけど」
「そうだね、あたし達よりずっと齢が近いしね」
六角は尋ねた。
「…以前、勤めていた人ですか?」
ハッとした丹野が弁解する。
「ああ、ごめんね。そうなの、前にここで働いていた若い女の子。ここって仕事の内容が内容だから、若い子入ってもすぐに飽きて辞めちゃうんだよね。
私が知ってる範囲でも、1年以上勤めていた子は、萩野さんと平井ちゃんと、ひなちゃんだけなんだ」
「へえ…、そうなんですか」
大喜田も口を開く。
「丹野さん、萩野さんとバチバチにやり合ったよね?」
「それ、佐野さんも大喜田さんもじゃん? って言うか、あの子と上手くやれてた人、ここには居ないでしょう」
丹野の言い方に、六角は笑う。
「すごく気になる。どんな事があったんですか?」
「うーん…、20年くらい前になるかなぁ? フリーターで入ってきたのが、萩野さんだったのね。仕事は出来る方だった。1回教えれば何でも覚えて、要領もいいタイプ」
佐野が言うと、丹野は顔をしかめて付け加えた。
「性格は最悪なの。相手によって態度を使い分けるタイプ。社長や社長の息子に対しては、キャバ嬢みたいな距離感で接していたね。私の齢を知った時に『えー、うちのお母さんと同じくらいです~』とか、くねくねしながら言ってた!」
丹野の言い草に、宗屋は爆笑した。
「あたし会った事無いけど、何となくどんな感じか想像出来た!」
「そうですね、私も丹野さんがどのくらいその人の事が嫌いか、伝わりました」
笑いを堪えつつ六角が言うと、丹野は続けた。
「ともかく、いけ好かない奴だったのよ。自分が出来るから、他人の出来てない点をよく指摘したりチクったり。仕事中に嫌な事があると、直帰せず会社に来て人目のある場所でわざわざ泣くし。
班もちょくちょく変わってたよね? 行く先々で、同じ担当場所のおばちゃんと対立してさ」
ゆず子は言った。
「顔を合わせる事はなかったけど、社長が『もうどこにも行かせる場所が無い…』とか、難儀してるのは見た事があったよ」
「わー、すごい。ある意味才能ですね」
六角が言うと、丹野は頷いた。
「うん。でも辞めさせるには至らないのよ。出向先では勤務態度がいいし、ひなちゃんと同じでフルタイムやヘルプ対応が出来る子だったから」
「確か、出向先で知り合った人とデキ婚したんだっけ?」
佐野が言うと、丹野が頷いた。
「うん、そうだよ。そこに至るのにも色々あったなぁ…。まあとにかく、萩野さんが入って1年半後に、平井ちゃんが入って来たんだよね。
同い年だけど自分の方がキャリアあるからって、萩野さんは露骨に先輩面して教えてた」
佐野は当時を懐かしんで笑った。
「イイ子だったよね、平井ちゃん。ミスをフォローすると、仕事終わりにわざわざ直接謝罪とお礼を言いに来たっけ」
「そうそう、義理堅い子だよね。すごく頭が切れるとか、すごく仕事が出来るわけではないけど、おばちゃん達への気遣いがすごく出来る子なの。
仕事は出来るけど連携の出来ない人と、仕事は人並みで連携の出来る人、後者の方が重宝がられるでしょ? いつしか、出向先と社内で萩野さんと平井さんの評価が逆転しちゃったんだよね」
丹野の言葉に、六角は頷いた。
「…確かに、仕事自体は単独でも見えない部分での連携が必要ですよね。私も実際に勤めてから知りました」
丹野は続けた。
「ある時から、萩野さんの化粧が濃くなって、どうしたんだろうって思ったら、出向先の会社の社員さんと付き合い始めたらしくて。付き合って、半年足らずでオメデタ。
『つわり酷いし、このまま辞めまーす』ってなった。『ああ、そうですか。お幸せに~』って見送ったよ」
ゆず子は当時を思い出し苦笑した。
「みんな口では『おめでとう』って言ってるけど、誰も目が笑ってなかったんだよね」
「だって当日朝にいきなり『妊娠して、匂いづわり酷いから現場行けないです』って連絡来て、急遽全員のシフト組み直しよ。なのに本人は『来年ママになります~、彼とは昨日入籍しましたぁ』ってヘラヘラ笑うだけで、頭の中お花畑。謝罪も無ければ反省もないんだもん!」
丹野は口を尖らせると、一口飲み物を飲み、六角に言った。
「勘違いしないでね、おめでたい事はちゃんと祝福するよ? でもあの子のあの態度は無いと思う。そういうこと」
佐野も当時を思い出したか、遠い目をした。
「あの頃…、社長がたまたま体調崩してて、良晴さんが社長の業務も兼務してて超忙しくて、私達も萩野さんの穴埋めと引継ぎでバタバタしてたよね。萩野さん、『式は親族だけ』って言ってたけど、良晴さんと平井ちゃんには、ちゃっかり招待状出してたんだって。
2人が欠礼で返したら、『二次会だけでも』ってダメ押しの電話あったらしいよ。誰のせいで、行けないくらい忙しくなったと思ってんだか」
丹野は吐き捨てるように返した。
「所詮、そういう子なんだよ。…結局さあ、そうやって大騒ぎで結婚したのに、3年経たずに離婚してるし」
「あら、随分短いんですね」
六角が意外そうな顔をすると、ゆず子が口を開く。
「何か、ただ辞めるのではなく寿退職を狙ったみたいな結婚だったわね。今もシングルマザーなの? それとも再婚した?」
その質問に反応したのは、ニヤッと笑う丹野。
「再婚は、したよ。でも再婚する1,2年前に、離婚の時に引き取った子供を施設に厄介払いしたみたい」
大喜田が目を見開く。
「ええっ! 何それ、どういうこと?」
「元夫の職場の人の話では、『育児放棄があって、児相案件になったらしい』って聞いたけど、萩野さん実家暮らしで両親も健在だし、しかも子供が入所してすぐに再婚したらしいもん。
完全に厄介払い。あいつならやりかねないね、何せ『デキる自分は最優先されるべき!』って子だし」
萩野に会った事もない宗屋も、その話には引いていた。
「…せめて、子供の事は1番に考えて欲しかったな。今はどうしてるの?」
「分かんない。平井ちゃんも萩野さんとの連絡はとうに取ってないみたいだし、元夫も転職して今は居ないし、親権とか子供の現在も知らない。…2個目のバツ、ついてなけりゃいいけど」
丹野は肩を竦めて言うと、佐野が口を開いた。
「それとは対照的に、平井ちゃんはおばちゃん達に愛されていたよね。結婚を機に辞めた時は、丹野さんが送別会の幹事をしたし」
「だって9年も勤めたんだよ? あたしが骨折したら、仕事復帰した時に快気祝いでクッキーを差し入れしてくれたりね。世話になったおばちゃんが辞める時は、最終日とか制服返却で会社来た時に合わせて挨拶しに来るんだよ?
結婚式行きたかったぐらいよ、第二の娘みたいなものだから」
丹野がまくし立てるように話すと、ゆず子は笑った。
「丹野さんの平井さんへの愛、とってもよく伝わったよ」
「ありがと。…ところでひなちゃん。いきなりだけど結婚願望ってある?」
丹野の急な言葉に、六角は目を丸くした。
「結婚ですか? 今は、まだ」
「子供は好き?」
「子供…、見てて可愛いなあとは思いますけど、好きまでは」
やり取りを見ていた、佐野が尋ねる。
「急にどうしたの、丹野さん」
「あのね。例の2人がまだ居た頃の新年会で、良晴さんが当時1歳だった息子を連れてきた事あったの、覚えてる?」
丹野の言葉にしばし記憶を掘り起こすおばさん一同だが、大喜田とゆず子は頷いた。
「…あった」
「あー、そう言えばあったね」
「あの時ね、萩野は『超可愛い!あたし、子供大好きなんです~。結婚願望も強いんです』って言って、平井ちゃんは『可愛いと思うけど、大好きまで行けない』って言ったんだよね」
そこまで言うと、丹野は一旦言葉を止め、再度口を開いた。
「『子供好き』なくせに、自分の子供は捨ててるんだよ。独身の内は『好きまで行かない』くらいがいい。あたしの持論だけど、ひなちゃんはいいお母さんになれるよ。事実、平井ちゃんはいい母親になってるから」
大喜田も口を開いた。
「そういう意味では、確かにひなちゃんはいいお母さんになれそう。団地の子供達に好かれてるんでしょ?」
「えー。ゲームのキャラクターのキーホルダーを自転車の鍵に付けてたら、何処で買ったか教えてって囲まれたぐらいですよ」
困惑の表情の六角に、佐野も口を添える。
「そうね。ドライそうな人ほど、『いいお母さん』に豹変するもんだよ。いい報告待ってるからね」
時期を同じくして、短い間だけ共に過ごした、対照的な2人。長い人生においては一瞬の出来事なのだが、誰かの記憶に焼き付けば、永く語り継がれる出来事になる。
(9年勤めた平井さんはともかく、20年近く前に3年だけ勤めた萩野さんも、会った事すらない後輩に暴露されているとは想像もつかないでしょうね)
ゆず子は在りし日の2人の姿を、ふと思い出すのであった。
ゆず子達のテーブルに来て、声をかけてきたのは社長である鳥海淳司だ。大喜田と佐野が口を尖らす。
「何それー、んな訳ありません!」
「酷いですぅ!」
六角は笑って答えた。
「全然いじめられてませんよ。むしろ可愛がってもらってます」
「そうかぁ? 長話飽きない?」
「いいえ、色々と為になるお話ばかりで楽しいですよ」
「ははは、なら良かった」
心なしか、六角と話す時の鳥海は笑顔が多い。鳥海が居なくなると、佐野は言った。
「…ひなちゃんを雇い入れる時ね、社長が『あの子は萩野さんタイプかな、平井さんタイプかな?長続きするといいんだけど』って、心配してたんだよね」
その言葉に、丹野ひろ美が反応する。
「わぁ、懐かしい名前! 居たね、萩野。私、平井ちゃんとはたまに連絡取ってるよ」
「平井さん元気?」
「元気。秋に2人目生まれて、画像送ってくれたよ。めっちゃ可愛いの」
丹野はまるで自分の孫の様に、満面の笑みでゆず子らに画像を見せた。ゆず子は言った。
「平井さんが続けて居ればねえ、ひなちゃんのいい話し相手になったんだけど」
「そうだね、あたし達よりずっと齢が近いしね」
六角は尋ねた。
「…以前、勤めていた人ですか?」
ハッとした丹野が弁解する。
「ああ、ごめんね。そうなの、前にここで働いていた若い女の子。ここって仕事の内容が内容だから、若い子入ってもすぐに飽きて辞めちゃうんだよね。
私が知ってる範囲でも、1年以上勤めていた子は、萩野さんと平井ちゃんと、ひなちゃんだけなんだ」
「へえ…、そうなんですか」
大喜田も口を開く。
「丹野さん、萩野さんとバチバチにやり合ったよね?」
「それ、佐野さんも大喜田さんもじゃん? って言うか、あの子と上手くやれてた人、ここには居ないでしょう」
丹野の言い方に、六角は笑う。
「すごく気になる。どんな事があったんですか?」
「うーん…、20年くらい前になるかなぁ? フリーターで入ってきたのが、萩野さんだったのね。仕事は出来る方だった。1回教えれば何でも覚えて、要領もいいタイプ」
佐野が言うと、丹野は顔をしかめて付け加えた。
「性格は最悪なの。相手によって態度を使い分けるタイプ。社長や社長の息子に対しては、キャバ嬢みたいな距離感で接していたね。私の齢を知った時に『えー、うちのお母さんと同じくらいです~』とか、くねくねしながら言ってた!」
丹野の言い草に、宗屋は爆笑した。
「あたし会った事無いけど、何となくどんな感じか想像出来た!」
「そうですね、私も丹野さんがどのくらいその人の事が嫌いか、伝わりました」
笑いを堪えつつ六角が言うと、丹野は続けた。
「ともかく、いけ好かない奴だったのよ。自分が出来るから、他人の出来てない点をよく指摘したりチクったり。仕事中に嫌な事があると、直帰せず会社に来て人目のある場所でわざわざ泣くし。
班もちょくちょく変わってたよね? 行く先々で、同じ担当場所のおばちゃんと対立してさ」
ゆず子は言った。
「顔を合わせる事はなかったけど、社長が『もうどこにも行かせる場所が無い…』とか、難儀してるのは見た事があったよ」
「わー、すごい。ある意味才能ですね」
六角が言うと、丹野は頷いた。
「うん。でも辞めさせるには至らないのよ。出向先では勤務態度がいいし、ひなちゃんと同じでフルタイムやヘルプ対応が出来る子だったから」
「確か、出向先で知り合った人とデキ婚したんだっけ?」
佐野が言うと、丹野が頷いた。
「うん、そうだよ。そこに至るのにも色々あったなぁ…。まあとにかく、萩野さんが入って1年半後に、平井ちゃんが入って来たんだよね。
同い年だけど自分の方がキャリアあるからって、萩野さんは露骨に先輩面して教えてた」
佐野は当時を懐かしんで笑った。
「イイ子だったよね、平井ちゃん。ミスをフォローすると、仕事終わりにわざわざ直接謝罪とお礼を言いに来たっけ」
「そうそう、義理堅い子だよね。すごく頭が切れるとか、すごく仕事が出来るわけではないけど、おばちゃん達への気遣いがすごく出来る子なの。
仕事は出来るけど連携の出来ない人と、仕事は人並みで連携の出来る人、後者の方が重宝がられるでしょ? いつしか、出向先と社内で萩野さんと平井さんの評価が逆転しちゃったんだよね」
丹野の言葉に、六角は頷いた。
「…確かに、仕事自体は単独でも見えない部分での連携が必要ですよね。私も実際に勤めてから知りました」
丹野は続けた。
「ある時から、萩野さんの化粧が濃くなって、どうしたんだろうって思ったら、出向先の会社の社員さんと付き合い始めたらしくて。付き合って、半年足らずでオメデタ。
『つわり酷いし、このまま辞めまーす』ってなった。『ああ、そうですか。お幸せに~』って見送ったよ」
ゆず子は当時を思い出し苦笑した。
「みんな口では『おめでとう』って言ってるけど、誰も目が笑ってなかったんだよね」
「だって当日朝にいきなり『妊娠して、匂いづわり酷いから現場行けないです』って連絡来て、急遽全員のシフト組み直しよ。なのに本人は『来年ママになります~、彼とは昨日入籍しましたぁ』ってヘラヘラ笑うだけで、頭の中お花畑。謝罪も無ければ反省もないんだもん!」
丹野は口を尖らせると、一口飲み物を飲み、六角に言った。
「勘違いしないでね、おめでたい事はちゃんと祝福するよ? でもあの子のあの態度は無いと思う。そういうこと」
佐野も当時を思い出したか、遠い目をした。
「あの頃…、社長がたまたま体調崩してて、良晴さんが社長の業務も兼務してて超忙しくて、私達も萩野さんの穴埋めと引継ぎでバタバタしてたよね。萩野さん、『式は親族だけ』って言ってたけど、良晴さんと平井ちゃんには、ちゃっかり招待状出してたんだって。
2人が欠礼で返したら、『二次会だけでも』ってダメ押しの電話あったらしいよ。誰のせいで、行けないくらい忙しくなったと思ってんだか」
丹野は吐き捨てるように返した。
「所詮、そういう子なんだよ。…結局さあ、そうやって大騒ぎで結婚したのに、3年経たずに離婚してるし」
「あら、随分短いんですね」
六角が意外そうな顔をすると、ゆず子が口を開く。
「何か、ただ辞めるのではなく寿退職を狙ったみたいな結婚だったわね。今もシングルマザーなの? それとも再婚した?」
その質問に反応したのは、ニヤッと笑う丹野。
「再婚は、したよ。でも再婚する1,2年前に、離婚の時に引き取った子供を施設に厄介払いしたみたい」
大喜田が目を見開く。
「ええっ! 何それ、どういうこと?」
「元夫の職場の人の話では、『育児放棄があって、児相案件になったらしい』って聞いたけど、萩野さん実家暮らしで両親も健在だし、しかも子供が入所してすぐに再婚したらしいもん。
完全に厄介払い。あいつならやりかねないね、何せ『デキる自分は最優先されるべき!』って子だし」
萩野に会った事もない宗屋も、その話には引いていた。
「…せめて、子供の事は1番に考えて欲しかったな。今はどうしてるの?」
「分かんない。平井ちゃんも萩野さんとの連絡はとうに取ってないみたいだし、元夫も転職して今は居ないし、親権とか子供の現在も知らない。…2個目のバツ、ついてなけりゃいいけど」
丹野は肩を竦めて言うと、佐野が口を開いた。
「それとは対照的に、平井ちゃんはおばちゃん達に愛されていたよね。結婚を機に辞めた時は、丹野さんが送別会の幹事をしたし」
「だって9年も勤めたんだよ? あたしが骨折したら、仕事復帰した時に快気祝いでクッキーを差し入れしてくれたりね。世話になったおばちゃんが辞める時は、最終日とか制服返却で会社来た時に合わせて挨拶しに来るんだよ?
結婚式行きたかったぐらいよ、第二の娘みたいなものだから」
丹野がまくし立てるように話すと、ゆず子は笑った。
「丹野さんの平井さんへの愛、とってもよく伝わったよ」
「ありがと。…ところでひなちゃん。いきなりだけど結婚願望ってある?」
丹野の急な言葉に、六角は目を丸くした。
「結婚ですか? 今は、まだ」
「子供は好き?」
「子供…、見てて可愛いなあとは思いますけど、好きまでは」
やり取りを見ていた、佐野が尋ねる。
「急にどうしたの、丹野さん」
「あのね。例の2人がまだ居た頃の新年会で、良晴さんが当時1歳だった息子を連れてきた事あったの、覚えてる?」
丹野の言葉にしばし記憶を掘り起こすおばさん一同だが、大喜田とゆず子は頷いた。
「…あった」
「あー、そう言えばあったね」
「あの時ね、萩野は『超可愛い!あたし、子供大好きなんです~。結婚願望も強いんです』って言って、平井ちゃんは『可愛いと思うけど、大好きまで行けない』って言ったんだよね」
そこまで言うと、丹野は一旦言葉を止め、再度口を開いた。
「『子供好き』なくせに、自分の子供は捨ててるんだよ。独身の内は『好きまで行かない』くらいがいい。あたしの持論だけど、ひなちゃんはいいお母さんになれるよ。事実、平井ちゃんはいい母親になってるから」
大喜田も口を開いた。
「そういう意味では、確かにひなちゃんはいいお母さんになれそう。団地の子供達に好かれてるんでしょ?」
「えー。ゲームのキャラクターのキーホルダーを自転車の鍵に付けてたら、何処で買ったか教えてって囲まれたぐらいですよ」
困惑の表情の六角に、佐野も口を添える。
「そうね。ドライそうな人ほど、『いいお母さん』に豹変するもんだよ。いい報告待ってるからね」
時期を同じくして、短い間だけ共に過ごした、対照的な2人。長い人生においては一瞬の出来事なのだが、誰かの記憶に焼き付けば、永く語り継がれる出来事になる。
(9年勤めた平井さんはともかく、20年近く前に3年だけ勤めた萩野さんも、会った事すらない後輩に暴露されているとは想像もつかないでしょうね)
ゆず子は在りし日の2人の姿を、ふと思い出すのであった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『食管法廃止と米の行方一倉庫管理者の証言』
小川敦人
経済・企業
エッセイ『食管法廃止と米の行方――倉庫管理者の証言』は、1995年に廃止された食糧管理法(食管法)を背景に、日本の食料政策とその影響について倉庫管理者の視点から描いた作品です。主人公の野村隆志は、1977年から政府米の品質管理に携わり、食管法のもとで米の一元管理が行われていた時代を経験してきました。戦後の食糧難を知る世代として、米の価値を重んじ、厳格な倉庫管理のもとで働いていました。
しかし、1980年代後半から米の過剰生産や市場原理の導入を背景に、食管法の廃止が議論されるようになります。1993年の「タイ米騒動」を経て、1995年に食管法が正式に廃止されると、政府の関与が縮小され、米市場は自由化の道を歩み始めます。野村の職場である倉庫業界も大きな変化を余儀なくされ、彼は市場原理が支配する新たな時代への不安を抱えながらも、変化に適応していきます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男と女の初夜
緑谷めい
恋愛
キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。
終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。
しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる