鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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虚栄の家

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「同窓会って言えばさぁ…」

 口を開いたのは佐野真喜絵さの まきえ

「あたしの田舎に、ちょっと記憶に残る一家が住んでたの思い出したわ」

 ゆず子はカニクリームコロッケを食べつつ、尋ねた。

「佐野さん、田舎はどちらだっけ?」

「九州よ。もう両親も居なくなったから、今は墓参りと弟の家に用のある時しか、行かないんだけどね」

「遠いね」

「まあね。それで、弟の同級生にある子が居てさぁ、」

 佐野は春巻きを咀嚼し終えると、話を切り出した。

「マサトシって言ったかな。小学校時代は普通だったのに、中学からグレだして変なバイク乗り回すようになっちゃったのよ」

「改造バイクみたいな?」

「うん、何か変な屋根付きの。エンジン音もバカみたいに大きいやつ。まあ、当時そういう不良少年が流行ってたのも、あるんだけどさ」

 丹野も反応した。

「流行ったね、そういうドラマとか」

「そうそう。で、マサトシのお母ちゃんはPTA会長とか務めた人だったから、周りは尚更『躾が間違っていた?』とか『あんなに教育熱心だったのに何で?』って、首を傾げていたくらいだったのよね」

 大喜田が苦笑する。

「まあ、子供って思うように育たないよね~」

「そうそう。小学生時代は『うちの自慢の息子なの~!この前も作文で賞取ったのよ』って、うちの親とかに自慢してたのに、中学校になったらしょっちゅう悪事働いて、よく警察に迎えに行ったりしてたの」

「あらら…」

「PTA会長までやってた小学生時代とはうって変わって、一気に肩身が狭くなっちゃったのよね。道端で会っても人を避ける様になった」

 ゆず子は言った。

「息子さんがグレちゃってご町内で肩身が狭いのは仕方ないけど、PTA会長ってだけで幅を利かせるのもね…」

「本当、それなのよ。たかだか期間限定のボランティアなのに。マサトシはハタチ前にできちゃった婚したけど仕事が長続きしなくて、家計が危うい時は実家や親類を頼って、食べさせてもらったりしてたみたいなんだよね。結局、5,6年後には離婚したのか、嫁さんは子供連れて出て行っちゃったらしい」

 宗屋は息をついた。

「えー、人の親になったのに、仕事続かなくて食べていけないとか、どんだけ堪え性無い息子なのよ」

「ダメな奴は結婚しても成人しても変わんないのよ。それに尽きる! それから間もなく、マサトシのお父ちゃんが亡くなってお母ちゃんも体調崩して、それでマサトシは実家に戻った。
相変わらず仕事は長続きしないけど、病院の送迎とかはしていたのよね。どこか思う所があったのかな~」

 黙って訊いていた六角が口を開く。

「すごい。成長したんですね」

「確かにそうね、親孝行には程遠いけど。で、マサトシにはトワコって言う妹が居るんだけど、ある時医者と結婚する事になったの。そしたらまた自慢癖が復活したんだよね。
『娘が良いとこに嫁ぐ事になった、玉の輿だ』、『クリスマスケーキに間に合った』って…」

 ゆず子は苦笑した。

「クリスマスケーキかぁ。懐かしい、よく言われたわね」

 六角が首を傾げる。

「どういう事ですか?」

 大喜田が説明する。

「昔ね、結婚適齢期を『女はクリスマスケーキ、男は年越しそば』って言ってね。クリスマスケーキは24か25日、年越しそばは31日に食べるから、それくらいの年齢までに結婚すべきって言われてたんだ」

 丹野も頷く。

「クリスマスケーキも年越しそばも、1日過ぎたら『期限切れ』になるでしょ? 26歳でも独身だと『行き遅れ扱い』されたもんなんだよ」

「へえ…」

 感心する六角に、佐野も笑う。

「そうなんだよ。一転、毎日ハツラツとし始めて。ところがさ、トワコが嫁いで5年くらい経ったら、マサトシの家に見かけない車も停まってるようになったの」

「どういうこと?」

「最初は、『マサトシの再婚相手の車』って思われたらしいのよ。お母ちゃんと息子の2人暮らしで、運転出来るのはマサトシだけだし、2台目の車を買う余裕もない筈だから。
そしたら、近所に住むあたしの同級生が『トワコが出戻ってるかも』って…」

「えー…」

「その車がさ、家の裏手に停めてあるんだけど塀がちょっと入り組んでて、車への乗り降りはその同級生宅からしか見えないらしいの。同級生が観察してみると、ものすごく警戒して乗り降りしてるんだって。
面している窓がカーテン開いてると、車内の人物は何故か降りて来なくて、カーテンが閉まるとサッと降りて家に入る感じで」

 佐野の話に、大喜田は笑った。

「何それ、忍者なの⁉ と言うか、観察する同級生も趣味悪いって!」

「その同級生、家督娘で晩婚だったから、散々自慢されて腹立ってたんだと思う。でもわざわざ見張る必要も無いよね。トワコは元々看護婦だったから、離婚後に再就職したんでしょうね。
家から離れた病院で夜勤もしてたか出勤も帰宅もまちまちで、だからそういう『隠密』みたいな生活が出来ていたんだと思うのよ」

 ゆず子は尋ねた。

「お母さんは? 娘の自慢しなくなったの?」

「しなくなったよ~。孫が生まれたならあの性格だし、更に自慢すると思うんだけど、それもなく。娘の事を訊くと『あの子は外にやった子だから、今更言う事は何も無い』とか言ったらしいし。
で、トワコが更に遠い職場に勤める事になったか車を見かけなくなって、そしたら『トワコは旦那さんの実家で同居する事になって、遠くに引っ越した』とか、訊かれて無いのに言うようになったの」

 丹野は腕組みをした。

「さては娘さん、子宝に恵まれなくて離婚に至ったかな。お母さんも黙ってればいいのに」

「うん、口は災いの元ってね。虚栄心強くて、黙ってられないんだね」

 佐野は苦笑して、話を続けた。

「今から20年位前かな? 台風が来た時に、大きい土砂崩れがあってさ。マサトシの奴、よせばいいのにわざわざ見に出かけて行ったの。結局、巻き込まれて死んじゃった」

 ゆず子には思い当たるフシがあった。

「…もしかしてそれって、ニュースでやってた?」

「うん、報じられたよ。『崩落現場を見に行った野次馬が崩落に巻き込まれ死傷』って。3人巻き込まれて、唯一の死者が彼」

「わあ…、そうだったんだ」

「ま、何の感情も無いけどね! でもね、可哀想な事に良くない噂も流れたんだよ。マサトシには借金があって、どうにも首が回らなくて、自棄を起こして死に行ったんじゃないか、なんて」

 丹野は息をついた。

「いくら死者に口無しとは言え、酷いね」

「可哀想なのはお母ちゃんよね。夫にも息子にも先立たれちゃって、高齢だし誰かに頼るにも娘は遠方だから行政ぐらいしか無いし。そしたら変な事を始めたの」

 佐野に流し目で話を振られた六角は、少し考え口を開く。

「…宗教、とか?」

「残念、『仲人』業を始めようとしたの。『仲人の成り手が居ないから、独身の人が多いんだ』とか言い出して、色んな伝手で独身の人を探し始めたんだ」

「へえ…。腕はどうなの?」

 大喜田に尋ねられた佐野は大笑いした。

「良い訳ないって!! 『40歳の家事手伝い女性』とか、『50代のバツ2ギャンブル好き男性』とか、極端に大変なケースの人しか集まらなくて難航状態。結局、体調崩したりしたから、1年と経たずに辞めちゃった」

「これまた、揃いも揃ってすごい伝手なのね…」

「知り合いが『何で仲人しようと思ったの』って訊いたら、『○○さんは息子たちが遠方に住んでるけど、仲人してもらった△さんが息子の代わりに世話してるから』って答えたらしいよ。
自分の面倒見て貰いたいから、仲人をするとか、自分本位にも程があるっての」

 おばちゃん達が苦笑いの渦に包まれる中、六角は質問した。

「『仲人』してもらったら、その人の老後の面倒見ないといけないものなんですか?」

 ゆず子は笑いながら首を振った。

「まさか。そんな義務ないない」

「たまに『呪われた』仲人も居るのよ。結婚のお世話をした夫婦が何故か離婚しちゃうのが、続いちゃう人」

 丹野の言葉に、六角は神妙な顔で頷いた。

「へえ、勉強になりました」

 佐野は料理を取りに立ち上がった。

「マサトシのお母ちゃんは、それから少し後に施設に入ったんだけど、半年も経たずに亡くなったっけ。家庭を持ったり世の中を知るまでは、『あそこの家の人はおかしい』って思ってたけど…、世の中もっとおかしい人って沢山居るよね。いま思えば全然序の口って感じだよ」

 大喜田は何度も頷いた。

「分かる~。『茶色の助教』とかね」

「居たね~、懐かしい! でも案外、他人から自分が『おかしい人』とか『変わり者』って見られてる可能性もあるんだよね。世の中、難しいよね」


 人の数だけ価値観があり、人の数だけ正義が存在する。『多様性』という考え方が導入されつつある現在でも、逸脱すれば批判の対象に充分成り得るのだ。


(『多様性』って言葉を使っても、そこのご家族は当てはまらないかな)

 そう思いつつもゆず子は、会った事も無いその家族の話を、しっかりと脳内に記憶するのだった。

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