鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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旧友

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 ゆず子の勤める鳥海クリンネスでは、会議や朝礼、ミーティングなど、従業員同士が顔を合わせる機会はほとんどない。

 基本的に出向先と自宅との直行直帰の勤務形式なので、同じ現場を担当していても、勤務日が違えば顔を知らない(名前はシフト表などで把握しているが)。

 だが年に1度、1月に『新年会』が催される。よくある宴会ではなく、ホテルのレストランを貸し切った『食事会』なのだが、従業員同士で顔を合わすとても貴重な機会なのである。


「明けましておめでとう。ひなちゃん、大喜田さん」

 待ち合わせ場所には、私服姿の六角陽詩ろっかく ひなた大喜田おおきたふじよが居た。

「明けましておめでとうございます、鳴瀬さん」

「明けましておめでとう! しばらくぶりね、新年会も」

 ここ数年は例により自粛となっていた。そのため、六角は初参加だ。

「初めて参加なんですよ、私。どんな感じなんだろう? って思ってて」

 六角が言うと、大喜田が答える。

「おじちゃんおばちゃん達が、ワチャワチャ喋りながらご飯食べる感じよ」

「へえ」

「為になる話なんて無いから、別に改まる必要もないの。適当に相槌打ってればいいわよ」

 ゆず子も言った。


 会場は、結婚式も執り行われる『ホテルペールスカイ』。
 先代社長(故人)の知人(故人)が経営していたという縁で、毎回ここで新年会を行なうのが慣例だ。大喜田は言った。

「ここ、結婚式場もやっているから、料理すごく美味しいのよ」

「わあ、楽しみ」

 3人は会場である大広間へ向かった。中は既に人が大勢居た。6人1組のテーブル席に着席すると、六角はゆず子に尋ねた。

「うちって、従業員数はどのくらいなんですか?」

「4、50人くらいかな? 持病とか腰痛とかで辞めたり休んだりする人も居るから、毎年出入りあるわね」

「あたし達ですら顔を知らない人も沢山居るよ。まあ、そういう会社よ」

 大喜田も口を添えた。座席にはその後、佐野さの丹野たんの宗屋そうやの3人が座った。

 社長が新年の挨拶をした後、ブッフェ形式の食事会が始まった。料理を皿に取り分けていると、女の声。

「な~んか、前回と比べたらグレードダウンしてると思わない?」

 声の主は『元お姫様』:斎川さいかわ。斎川はローストビーフを取りつつ続けた。

「昨今の値上げのせいかしらね。美味しい物食べたかったわぁ」

「…玄原くろはらさんがここのホテルの料理、『お値段の割に美味しい』って評価してたわよ」

「現役セレブの方が言ってるなら、確実ですね」

 ゆず子が天敵の名を出すと、斎川は鼻を鳴らして場を後にした。ゆず子と六角はフフッと笑った。

 料理を持って2人が戻ると、佐野が口を開いた。

「宗屋さん、ひなちゃんとは初めましてよね? この子が最年少のうちの従業員よ」

「え、この人が? 鳴瀬さんの娘さんかと思った」

「まさか。でもとっても気が合うのよね」

 ゆず子が笑うと、六角も笑った。

「娘に見えました? 妹ではなく?」

 テーブルは笑いに包まれた。佐野も笑いつつ尋ねた。

「ひなちゃん、年末年始は帰ったの? 実家どこだっけ」

「岩手です。実家でゆっくりして、同窓会で友達と会ってました」

 エビフライをたべつつ、熊谷が尋ねる。

「同窓会、若いのにあるのね。定年間際くらいにあるイメージだけど」

「田舎だから、学校出たら都会に行く子が多いので、マメに連絡取らないとそれっきりになっちゃうんですよ。なので、高校卒業の時から毎年やってるんです」

「みんな参加するの?」

「する子もしない子も色々です。サービス業とかで正月休みの無い子も居るし、そんな感じですね」

 六角は鶏の唐揚げを口にした。佐野は尋ねた。

「いいわね、同窓会。子供の頃、パッとしなかったのにイケメンになった子が居たりは?」

「うーん。地味だった女子が、派手めのギャルになったりはありました」

 六角が言うと、大喜田も言った。

「居るよね、イケメンだったのにハゲちゃったりとかね」

「初恋の人と再会したりは?」

 ゆず子が言うと、六角はにこやかに答えた。

「初恋っていうか、初カレの現在を聞いて何とも言えない気分には、なりました」

 その言葉に、おばちゃん達は色めき立った。

「え! 何それ、気になる!!」

「詳しく聞かせて!」

 あまりの食いつき様に、六角は気圧されつつも口を開いた。

「あら…、ええとですね。私の生まれ育った田舎っていうのが、1学年1クラスしかない少人数で、それが中3まで続く感じなんです。だから自然と家族構成とか、親御さんの仕事とか、みんな熟知してるような田舎なんです」

「分かるよ、うちもそんな感じの田舎だわ」

 佐野が頬杖をつく。ゆず子も口を添えた。

「良くも悪くも、プライバシーが無いのよね」

「そんな感じです。中学生の時に、同級生の男子と付き合い始めたんですね」

「あら! 最近の子はマセてるわね」

 丹野が囃し立てるように言うと、六角は苦笑した。

「まあ、子供だったから『付き合う』って言ってもよく分からなくて。毎日一緒に喋りながら下校するだけで、手を繋ぐ事すらもなかったんです」

 大喜田が黄色い声を上げる。

「あ~、いいわね! 青春って感じ!! その彼、どんな子だったの?」

「皆を盛り上げるのが上手いリーダー、って感じですかね。明るくて熱いから、私とは真逆で」

 それを聞いてゆず子がニヤつく。

「ひなちゃん、そういう子がタイプなんだ?」

「いえ。合わないから、続かなかったんでしょうね」

「あ、なるほど…」

 六角は続けた。

「彼…、夏輝なつきって言うんですけど、高校出て地元で働き始めたんで、同窓会の幹事をしてたんです。企画や声掛けもナツキが中心。で、一昨年にオンラインで同窓会した時に、とある同級生の話題になったんです」

「同級生?」

「はい。彼の大親友に、四ツ谷よつやっていう男子が居て。常に落ち着いていて、勉強もスポーツもそこそこ出来る子で、ナツキとはいいコンビだったんです。その四ツ谷が、初回からずっと欠席してるんですよ」

 エビシュウマイを食べつつ、佐野が言葉を返す。

「へえ、同窓会参加しないんだ?」

「そうなんです。四ツ谷は、中学卒業の時に親が離婚して、母親実家のある仙台に引っ越してるんですよ」

「あー、距離があるしね」

「そうですね。それで『誰か四ツ谷の連絡先知らない?声掛けようよ!』って話になったら、夏輝が反対したんですよ」

 飲み物を飲む丹野が目を丸くした。

「何で?」

「夏輝は『実はあいつ、事件を起こして捕まったから声をかけていない。償いが終わったら連絡寄越すよう、彼の母親に伝えている』って言ったんです」

「えー? その若さで何やったの、彼」

「さあ。夏輝も『相手の居る事件だから詳しく話せない』って口をつぐんじゃいまして。同級生達は口々に『何があったんだろう』『まさかアイツが?』って、ざわついてました」

 佐野はローストビーフを箸でつまみつつ、口を開いた。

「事件の加害者ねえ…、未成年じゃないなら実名報道されているよね? 四ツ谷くんの本名で、ネットで調べてみたりは?」

「勿論しました。でも、出て来なかったんですよね。だから別の友達と『検索ワードを変えて調べてみよう』とか、色々やってみたんですよ。でもそれっぽいものは皆無だったんです」

 佐野は腕組みした。

「四ツ谷くん、学校の先生だったりする? 事件によっては被害者が誰か推測されるから、加害者が匿名になるけど」

 六角は飲み物を口にすると、口を開いた。

「…それで迎えた今年、四ツ谷が出席したんですよ。普通に仙台で会社員やっているそうで。今回、夏輝は欠席したんです」

「あら」

 ゆず子は目を丸くした。六角は続けた。

「一昨年の話を聞きつけた別の同級生が、1年かけて探し出したみたいなんです。逮捕も事件を起こした事実も、全くありませんでした」

 大喜田は額に手を当てる。

「夏輝くんってば…。誰かと勘違いしちゃったかな?」

「いえ。悪意を持って噂を立てたんです。去年の夏に、夏輝と同級生の男子が遠出した時に、内密に四ツ谷にも声を掛けて、出先で再会させたんです。噂の事も相まって、現場はかなり荒れたそうですが」

「あらあら、まあ…」

 六角は飲み物を口にして、続けた。

「仲が良いと思ってた2人だけど、実はずっと夏輝は四ツ谷に嫉妬していたんですって。それでずっと声は掛けなかったし、噂を立てた。
一応、夏輝は四ツ谷に謝罪したけど、私を含め『噂を吹き込んだ』メンバーに訂正する事は無く。そして今年の同窓会は欠席、再会の顛末も同級生達から教えられた感じです」

 佐野は顔をしかめた。

「嫉妬は分かるけど、それはイカンよ。完全に名誉毀損じゃない」

「そうだねえ、普通に考えればすぐにバレるようなこと、何でしちゃったんだろうね」

 丹野も苦笑した。六角も息をついた。

「本当、馬鹿ですよね。地元で生活してるのに、地元に居づらくなっちゃうじゃないですか。酷い噂を立てた張本人、ってね」

 六角は照明を眺めた後、口を開いた。

「ずっと『あの頃のまま』って訳には、いかないものなんですね。これが大人ってやつかなあ」


 離れてみないと分からない、『変化』と『実情』は何事にも付きものだ。知るべきか、知らざるべきか、それが世の中には溢れているのである。

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